実家では
一方そのころ、ハベリア家では。
「ええいっ! まだ支度金は届かんのか!?」
マイアの父、エドニアが怒鳴り散らす。
嫁がせてから一週間、何の音沙汰もない。
マイアにはすぐ支度金の話をするように、事前に何度も言っておいた。
「ご、ご主人様……落ち着いてください」
商人のデナリスが怯えたように言う。
デナリスは長いことハベリア家に仕える、中年の商人だ。
ハベリア家の財政にも携わっており、この家が経済的に苦しいことも理解している。
「落ち着いていられるか……! マイアめ、あのグズのことだ! 忘れているに違いない!」
「まあ、そうでしょうね……どうします? 催促の書簡を認めますか?」
「ううむ……しかし公爵家に催促というのも……失礼にあたってしまう」
商人のデナリス含め、家の者はみなマイアを見下していた。
公爵家から金をもらうための道具としか考えていない。
「あ、お父様!」
二人が悩んでいると、経済難の元凶がやってきた。
コルディア・ハベリア。
彼女は母とともに金を浪費し、家計を傾かせている。
ハベリア家の領地は小さく、そこまで余裕があるわけでもない。
「ねえお父様! 今度夜会があるの!
それでドレスが必要なんだけど」
「う、うむ……しかしコルディアよ。たまには同じドレスを着てみるのはどうかね? 今までに買ってあげたドレスで、気に入った物があるだろう?」
「はあ? 流行遅れのドレスで夜会に行けっていうの? 庶民じゃないんだし、そんなの嫌よ!」
コルディアの言葉を聞いて、デナリスは心中で呆れかえる。彼女は金が無尽蔵に湧くとでも思っているのだろうか。
ろくに勉強しないからこうなるのだ。
コルディアを甘やかした父にも責任はある。
「それにね、贈り物をすると殿方はみんな喜んでくださるのよ! 私が褒められるほど、ハベリア家の評判も上がるでしょう?
お姉様のせいでハベリア家のイメージが悪くなっているんだから、私に感謝してほしいものね!」
コルディアはこう言っているが、彼女に対する社交界の評判はよろしくない。
いつも遊び呆けていて、やかましく、そして大した学もないとの評価だ。
彼女は単に金ヅルにされているだけ。
しかし面と向かってそんなことを言える父ではなかった。
そこで思いついたのが、姉のマイアを下げる作戦だ。
コルディアのような女でも、あの悪評高いマイアよりはマシと思い込ませればいい。
結果として出来上がったのが、このわがまま娘だった。
「とにかく、次の夜会までに新しいドレスを買うお金をちょうだい。素敵な殿方とめぐり合うには、素敵な衣装が必要なの」
「わかった……」
用件だけを告げてコルディアは去っていく。
上品なのは外見だけ。
中身は上品さの欠片もない。
「で、どうします? ジョシュア公爵に催促の手紙を出しますか?」
「そうだな……」
エドニアはソファに沈んで項垂れる。
このままではマズいことになってしまう。
とりあえず金が必要なのだ。
「手紙ではあらぬ誤解を招くやもしれん。
デナリスよ、直接公爵家に行って催促してきてくれんか。偶然近くを通りかかったとか理由をつけて、決して失礼がないようにな」
「承知しました。マイア様のことですから、公爵様にも相手されずに支度金も忘れられているのでしょう。それとなく伝えておきます」
「頼んだぞ」