二人の本音
買い物を終えて帰宅したマイア。
結局、かなり多くの物を買ってしまった。
セーレは遠慮するなと言うが、やはり貧相な暮らしをしていたマイアには恐れ多かった。
時刻は夜。ジョシュアも先程帰ってきたようだ。
普段着用に買ったドレスを着て、ジョシュアの待つ執務室へと向かった。
「ただいま戻りました」
「マイア嬢……っと。驚いたな」
書類から顔を上げたジョシュアは刮目した。
「とても似合っている。最初に来た時と比べて……その、なんだ。かなり綺麗になったな」
「!? き、綺麗ですか!? ご、ごご冗談を!!」
「いいや、冗談じゃない。君は自分を卑下しすぎだ。君は美しいのだから、もっと自信を持つといい。
……まあ、そのまま奥ゆかしい性格でも素敵だがな」
「は、はい……公爵家の妻として、少し自信を持って振る舞います」
率直な褒め言葉に赤面するマイア。
なにせ女嫌いで有名だったジョシュアのことなので、なおさら意外さを感じてしまう。
こうも紳士的に褒めてくれるとは。
「特に胸元のブローチが似合っているな。マイア嬢には落ち着いた色合いが似合う」
「ありがとうございます。ジョシュア様の髪と瞳を思い浮かべて選びました」
胸元には金縁とエメラルドと宝石をあしらったブローチ。これはマイア自身が選んだ物だ。
セーレに選んだもらったドレスではなく、自分の意思で選んだブローチを褒めてもらえたこと。
それが何よりも嬉しかった。
「さて、それでは調達したドレスをさっそく活用しようか」
「それは……どういうことですか?」
「今度夜会があると言ったが、その前に茶会があることを忘れていた。よければ茶会に一緒に来てほしい。
人も少なめだし、いい経験になるだろう」
貴族の社交場に出た経験がほとんどないマイアにとって、少人数の場はありがたい。まずは茶会で交流に慣れておくべきだ。
「もちろんです! 夜会や茶会など……お忙しいのですね」
「貴族の仕事は社交だからな。俺も社交が面倒で、自分自身で悪い噂を流していた。しかし、君と婚約を結べば……金目当ての女も寄ってこなくなる。ようやくまともな社交ができるようになりそうだ」
ジョシュアは疲れた様子で言った。
公爵なりの苦労があるのだろう。
自分が支えになってあげられたら……とマイアは思う。
「でも、ジョシュア様は私が婚約相手でよかったのですか?」
「何度も言っているが、俺は良識のある人物を求めていた。しかしどれだけ探しても、良識のある相手は見つからず……せめて仕事の邪魔さえされなければと、悪評が流れているマイア嬢に縁談を出した。
蓋を開けてみれば、まったく噂と違う令嬢ではないか。君が来てくれて本当によかったと思う」
「そこまで言ってくださって嬉しいです。その……私も、ジョシュア様が縁談を出してくれなければ、一生独り身だったと思います」
彼女の言葉を聞いて、ジョシュアの胸中には安堵が渦巻いた。ここまで喜んでくれるなら、縁談を出してよかったと思う。
ジョシュアはしばし悩んだ。
この質問をマイアにぶつけていいものか。
だが、腹を割って話さねばならないこともある。
「ときにマイア嬢。
君はなぜ……悪い噂を流されていた?」
「そ、それは……」
言いづらそうに口ごもるマイア。
彼女の様子を見て、やはりかとジョシュアはため息をついた。
よほど言いたくない理由でなければ、こんな反応はしないだろう。
「すまない。意地の悪い質問をしたな。
……実はな、君の実家であるハベリア家に密偵を出していたんだ」
「え……」
つまり、マイアがどのような待遇を受けていたのかも知られていたのだろうか。
実家の地獄のような経験を思い出し、マイアは動悸が高まった。あの日々にはもう……戻りたくない。
「君への扱いは、伯爵令嬢に対するそれではなかったな。義母や妹によるいじめ、使用人からの暴力……すべて明らかになった。
……辛かっただろう」
「ジョシュア様、私は……」
これでは支度金目当てにマイアが嫁いだことがバレてしまう。
マイアにはそれが何よりも恐ろしかった。
「支度金をハベリア家には送らん。
そしてマイア嬢……いや、マイア」
温かい抱擁がマイアを包む。
ふわりといい匂いが漂い、直接ジョシュアの温度を感じた。
この感覚は知らない。
今までにマイアは味わったことがない。
動悸が少しずつ小さくなっていく。
「俺の妻は、俺が守る。もう二度と君をあの家には返さない。今日からここが君の実家だ」
「ジョシュア、様……私……」
ずっと辛かった。
元気なふりをしていただけで、本当は苦しかった。
ジョシュアは本当の居場所をマイアにくれたのだ。
もう苦しまなくていいと言ってくれた。
ジョシュアの腕の中で、マイアは涙をこぼした。




