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限りなく地面に近いクリスマスっすけど、何か問題でも?

作者: Q輔

 今夜だけは あかりが欲しい


 ひかりじゃない あかりが欲しい 



 ※ ※ ※ ※ ※



 今から二十五年以上前の話。


 僕、嬉し恥ずかし十九歳。十二月、その年一番の寒波が東海地方を襲った冬の夜のこと。今夜はクリスマスってんで、街はまばゆい電飾の光で色めきだっていた。

 

 そして、夜が深くなるにつれ、それらの電光も、やがては、ひとつ残らず、消えた。


 僕はといえば終電に乗り遅れ、名古屋の今池という歓楽街の片隅の、薄汚い公園のベンチに腰を下ろしていた。


 その日、今池のライブハウスに、お気に入りのパンクバンドのライブを一人で観に来て、大騒ぎして、その帰り際、見知らぬパンクスが「電車賃がねーのよ。お金貸してくんない?」と申すので、「オッケー! オーライ! 困ったときはお互い様よぉ! てか、あんた誰?」なんつって、ポケットからくしゃくしゃの千円をほじくりだして、まあ、相手にくれてやったんだけどさ。


 ところが、駅の改札で、あの千円が自分の所持金、全財産だってことに気が付いてさ。やっべー、切符買えねー。んで、猛ダッシュで、そのパンクスのとこ引き返して「金返せコノヤロー!」つったらさ。なんだか知らねーけど、そいつブチキレちゃって、僕、ぶん殴られちゃって。んで、去り際に、何故か三百円だけくれてさ。そんなこんなで、よたよたと駅に戻ったら、もうシャッター閉まってた。


 しゃーねー、公園で野宿すんべ。



 ※ ※ ※ ※ ※



 願いをかける 星さえ見えず


 そんな気持ちなんです



 ※ ※ ※ ※ ※



 僕は公園のベンチに横になって就寝を試みる。さ、さ、さ、寒い。とにかく寒いの何のって。何か暖を取れる物を探そうと、公園内を物色する。ゴミ箱に大量の雑誌が捨ててあった。僕は、ゴミ箱から「ジャンプ」「マガジン」などの分厚い漫画雑誌数冊をあさって、雑誌をへの字形に開いて、自分の足元から胸のあたりまで隙間なく、掛け布団代わりに掛けた。


 あったけー。漫画雑誌のお布団は思いのほか暖かかった。僕は押し寄せる孤独感を紛らわせるために、ひたすら「あったけー、あったけー」とつぶやき続けた。


 小一時間が過ぎ、うとうとしかけた頃、どこからともなく一人の浮浪者が現れて、僕に話かけてきた。


「おい小僧、そのジャンプ、俺によこせ」


「……は?」


「今週号、まだ読んでねーんだ、よこせよ」


「おいおい、おっさん、そいつは無理な話だぜ。見りゃ分かるだろ、これは僕のぽっかぽかの掛け布団だからな」


 僕はベンチに横になったままの姿勢で、浮浪者に答えた。


「だったら、このフライデーと交換しろ」


 浮浪者はぺらっぺらのゴシップ雑誌をゴミ箱からわし掴み、僕に放り投げ、僕のジャンプに手を掛けた。


「この泥棒野郎!」


 僕は慌てて起き上がり、浮浪者に奪われぬよう、ジャンプを掴んだ。


 寒波吹きすさぶ真夜中の公園で、僕と浮浪者は、ゴミ箱に捨ててあった漫画雑誌を、引っぱって、奪い合った。


 突然、浮浪者が手を離す。


 僕は、その勢いで地面に転げた。


 公園の土が、口に入る。


 ションベン臭い味がした。


「ふん、乞食めっ!」


 浮浪者が、僕に吐き捨て、立ち去った。


 乞食はテメーだろ! そう言い返してやりたかったが、当時の僕の服装はビリビリのパンクファッションで、実にみすぼらしく、浮浪者の身なりの方が、しゅっとしていたので、言い返せなかった。


「まあ、そんなようなもんだ」


 僕は、自分に、吐き捨てた。


 学生の頃、ロックだ自由だと、共に歌い騒いだ仲間たち、あいつらみんなどこ行った? お付き合いした女の子たち、あいつらみんなどこ行った? 卒業と同時に、どいつもこいつも、すっかり見かけなくなっちまった。マジ、あいつら、みんな、どこへ消えた?


 僕は、これから、どんな大人になるのだろう? どんな人生を送るのだろう? こんな僕でも、結婚したりするのかな? こんな僕でも、子供がいたり、座敷犬なんか飼ってたり? こんな僕でも、いつか高級住宅街に住んで、ふかふかの羽毛布団で寝たり出来るかな。


 無理、無理、無理、有り得ねー。


 あーあ、なんだかもう、どーでもよくなってきた。


 立ち上がるのも、面倒くさい。


 呼吸するのも、だるい。


 あーあ、寒みー。


 死んじまうほど、寒みー。


 てか、凍死って、どうなの?


 今日、ここで、なんとなーく終わっても、それなら、それで、まあ、いーか。


 夜空を見上げると、白い、冷たいのが、ホコリのように、ちらつきはじめていた。



 ※ ※ ※ ※ ※



 ほんとうのとき 教える時計


 おもいをはかる 温度計



 ※ ※ ※ ※ ※



 結局、僕は、始発で家に帰った。僕は、凍死しなかった。心のほうは「もう死んじゃってもいっかあ」つって思ってもさあ。本能のほうが「生きろ、生きろ」つってうるせえのよね。参るよ、まったく。カッコつけて「絶望」なんてしてみたものの、結局寒さに耐えきれず、一目散に公衆便所の個室に逃げ込んで、一晩過ごしてやんの。「絶望」三分もたねーでやんの。たはは。


 どうやら「僕の仕組み」は、そんなに繊細に出来ていないみたい。今も昔も。


 そんじゃあ、親愛なる読者様、ちょっくら、メーリークリスマスってことで。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 著者様の自伝風と受け取りましたがロックな青春で羨ましい限りですな(笑) [一言] 私の思春期はバットと木刀をマイク代わりに<自分達の居場所>を守ると嘯き<在○三世達>相手にダンスを踊ってお…
[良い点] あるあるですね(笑)。乞食絡みはないけど……(;'∀')よく凍死しませんでしたね。 [一言] ハッピー・クリスマスッ! Q輔さまもよい休日をっ!
2021/12/25 05:31 退会済み
管理
[良い点] 松任谷由実のいちご白書をもう一度の一節にもありますな。 学生運動に参加したのはファッションで、もう若くないさと大人になっていく。 若さとともに失う愚かさに甘酸っぱかったり、苦かったり、恥…
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