限りなく地面に近いクリスマスっすけど、何か問題でも?
今夜だけは あかりが欲しい
ひかりじゃない あかりが欲しい
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今から二十五年以上前の話。
僕、嬉し恥ずかし十九歳。十二月、その年一番の寒波が東海地方を襲った冬の夜のこと。今夜はクリスマスってんで、街はまばゆい電飾の光で色めきだっていた。
そして、夜が深くなるにつれ、それらの電光も、やがては、ひとつ残らず、消えた。
僕はといえば終電に乗り遅れ、名古屋の今池という歓楽街の片隅の、薄汚い公園のベンチに腰を下ろしていた。
その日、今池のライブハウスに、お気に入りのパンクバンドのライブを一人で観に来て、大騒ぎして、その帰り際、見知らぬパンクスが「電車賃がねーのよ。お金貸してくんない?」と申すので、「オッケー! オーライ! 困ったときはお互い様よぉ! てか、あんた誰?」なんつって、ポケットからくしゃくしゃの千円をほじくりだして、まあ、相手にくれてやったんだけどさ。
ところが、駅の改札で、あの千円が自分の所持金、全財産だってことに気が付いてさ。やっべー、切符買えねー。んで、猛ダッシュで、そのパンクスのとこ引き返して「金返せコノヤロー!」つったらさ。なんだか知らねーけど、そいつブチキレちゃって、僕、ぶん殴られちゃって。んで、去り際に、何故か三百円だけくれてさ。そんなこんなで、よたよたと駅に戻ったら、もうシャッター閉まってた。
しゃーねー、公園で野宿すんべ。
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願いをかける 星さえ見えず
そんな気持ちなんです
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僕は公園のベンチに横になって就寝を試みる。さ、さ、さ、寒い。とにかく寒いの何のって。何か暖を取れる物を探そうと、公園内を物色する。ゴミ箱に大量の雑誌が捨ててあった。僕は、ゴミ箱から「ジャンプ」「マガジン」などの分厚い漫画雑誌数冊をあさって、雑誌をへの字形に開いて、自分の足元から胸のあたりまで隙間なく、掛け布団代わりに掛けた。
あったけー。漫画雑誌のお布団は思いのほか暖かかった。僕は押し寄せる孤独感を紛らわせるために、ひたすら「あったけー、あったけー」とつぶやき続けた。
小一時間が過ぎ、うとうとしかけた頃、どこからともなく一人の浮浪者が現れて、僕に話かけてきた。
「おい小僧、そのジャンプ、俺によこせ」
「……は?」
「今週号、まだ読んでねーんだ、よこせよ」
「おいおい、おっさん、そいつは無理な話だぜ。見りゃ分かるだろ、これは僕のぽっかぽかの掛け布団だからな」
僕はベンチに横になったままの姿勢で、浮浪者に答えた。
「だったら、このフライデーと交換しろ」
浮浪者はぺらっぺらのゴシップ雑誌をゴミ箱からわし掴み、僕に放り投げ、僕のジャンプに手を掛けた。
「この泥棒野郎!」
僕は慌てて起き上がり、浮浪者に奪われぬよう、ジャンプを掴んだ。
寒波吹きすさぶ真夜中の公園で、僕と浮浪者は、ゴミ箱に捨ててあった漫画雑誌を、引っぱって、奪い合った。
突然、浮浪者が手を離す。
僕は、その勢いで地面に転げた。
公園の土が、口に入る。
ションベン臭い味がした。
「ふん、乞食めっ!」
浮浪者が、僕に吐き捨て、立ち去った。
乞食はテメーだろ! そう言い返してやりたかったが、当時の僕の服装はビリビリのパンクファッションで、実にみすぼらしく、浮浪者の身なりの方が、しゅっとしていたので、言い返せなかった。
「まあ、そんなようなもんだ」
僕は、自分に、吐き捨てた。
学生の頃、ロックだ自由だと、共に歌い騒いだ仲間たち、あいつらみんなどこ行った? お付き合いした女の子たち、あいつらみんなどこ行った? 卒業と同時に、どいつもこいつも、すっかり見かけなくなっちまった。マジ、あいつら、みんな、どこへ消えた?
僕は、これから、どんな大人になるのだろう? どんな人生を送るのだろう? こんな僕でも、結婚したりするのかな? こんな僕でも、子供がいたり、座敷犬なんか飼ってたり? こんな僕でも、いつか高級住宅街に住んで、ふかふかの羽毛布団で寝たり出来るかな。
無理、無理、無理、有り得ねー。
あーあ、なんだかもう、どーでもよくなってきた。
立ち上がるのも、面倒くさい。
呼吸するのも、だるい。
あーあ、寒みー。
死んじまうほど、寒みー。
てか、凍死って、どうなの?
今日、ここで、なんとなーく終わっても、それなら、それで、まあ、いーか。
夜空を見上げると、白い、冷たいのが、ホコリのように、ちらつきはじめていた。
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ほんとうのとき 教える時計
おもいをはかる 温度計
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結局、僕は、始発で家に帰った。僕は、凍死しなかった。心のほうは「もう死んじゃってもいっかあ」つって思ってもさあ。本能のほうが「生きろ、生きろ」つってうるせえのよね。参るよ、まったく。カッコつけて「絶望」なんてしてみたものの、結局寒さに耐えきれず、一目散に公衆便所の個室に逃げ込んで、一晩過ごしてやんの。「絶望」三分もたねーでやんの。たはは。
どうやら「僕の仕組み」は、そんなに繊細に出来ていないみたい。今も昔も。
そんじゃあ、親愛なる読者様、ちょっくら、メーリークリスマスってことで。