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ずっと前からあなただけを見ていた

 無性にリーナに会いたくなった俺は、庭園を出て真っ直ぐに湖へと向かった。別にそこにいると確証があったわけではないが、なんとなくそこで寂しそうにしているんじゃないかとそう感じたからだ。

 そしてそのなんとなくの勘は当たったようで、リーナは何をするわけでもなく、ただ1人で湖を眺めていた。その寂しげな表情も可愛いものだが、彼女は笑っている方が彼女らしいだろう。


「何してるんだ、こんなところで。そろそろ冷えてくるだろ。風邪引いても知らないぞ。」

 

 せっかく会いにきたのだから少しでも笑ってほしくて俺は声をかける。しかし俺の声を聞いたリーナはいつものように笑うどころか、余計辛そうな顔をして俺から顔を背けた。


「リーナ……?」


「……スミラが羨ましいわ。真っ直ぐに、アドラーに想いを伝えられて。私もあれくらい素直だったら、振り向いてもらえるのかしら。」


 そう言って俯くリーナに俺は少し困惑した。どうやらアドラーとスミラのやりとりにあてられたらしい。今までも何度か恋バナと称してリーナの好きな人の話は聞いてきたし、やはり年頃の女の子としてはあの2人のやりとりが羨ましいのかもしれない。


(まぁ、あの2人は付き合ってるわけではないが……。それでも似たような空気だしな。)

 

 もし想いを寄せる相手に想いが通じたら、リーナは軍を抜けて俺のもとを去るのだろうか。それとも一緒にまだここにいてくれるのだろうか。

 普通に考えて軍には残ったとしても、今までと同じように俺の隣にはいてくれないだろう。もちろん髪を撫でたり、抱きしめたりなんてもってのほかだ。

 この数ヶ月間ずっと当たり前のようにそばにいて、笑って、喧嘩して。日常になりつつあるそれがなくなるかもしれないと思うと、正直気が狂いそうになる。俺の隣にいつもいたのに、今更いなくなるというのか。


「リーナが伝えるって言うなら、俺は……。」


 応援する、といつもなら続く言葉もうまくでてこなかった。それどころか、嫉妬のような感情が胸を支配してこのままだと酷いことを言いかねない。


(嫌だ。リーナが俺の隣からいなくなるなんて、耐えられるわけがない。だったら俺がソイツから奪って……奪っ……? まさか、俺は。)


 そこまで考えてようやく気づく。俺はこの生活がずっと続くと思っていたわけではない。それでもリーナだけは隣にいつもいるのが当然だと思っていた。そしてそれは気づいていなかっただけでずっと感情として俺の中に存在していたんだろう。


(そうか、俺は……リーナが好きなのか。)


 しかしこんな感情をまさかそのまま言うわけにもいかず、かと言って気の利いたことも思い浮かばず、俺は小さくため息をついた。第一、暗殺者である俺と一緒にいて幸せになれるわけがないし、この気づいてしまった想いは封じ込めるべきかもしれない。俺の隣にいるより、想い人と結ばれた方が幸せに決まっている。


 そう頭では確かにわかっている。それでも奪ってやりたいという気持ちももう抑えることはできず、少しだけでもいいから意識してほしくて、最低だとわかっていながら俺は後ろからリーナを抱きしめた。


「きゃあ! え、な、フィン、何?」


 リーナは驚いているものの、特に抵抗することはなく俺の腕の中で大人しくしている。好きな男がいるなら抵抗しろよ、と思いつつも受け入れられて少し嬉しい自分もいて、本当に最低なやつだと苦笑した。


「別に、何でもない。」


「もう、何でもないのにこんなことすると勘違いされるわよ。」


 そう言いながらも俺の腕に自分の腕を巻きつけてくるあたり、リーナも相当人が悪いと思う。そしてそれを良いことに、さらに力を強める俺も。


(あぁ、好きだ、リーナが。ずっと、ずっと前から。)


 気づいてしまえばふわっと香るシャンプーの香りも、女性らしい柔らかな体も、俺の名前を呼ぶ可愛らしくも凛とした声も、全部誰にも渡したくない。


「おまえにしか、しない。」


 その言葉がどれだけ罪深いかなんて知っている。知っていて俺はわざとリーナの耳元でそう囁いた。こんなことをするなんて俺らしくないのは承知の上だ。


「おまえに、だけだ。こんなことするのも、こんなこと言うのも……。」


 だから他の男のところになんか行かないでくれ、と心の中で呟きながらリーナの肩に顔を埋めた。きっとアドラーとスミラのやり取りを見なければ、あの空気にあてられなければ。そして今ここでリーナに会いに来なければ、気づかずにいられた。きっと、前みたいにリーナの恋を応援できていただろうに。


(そんなの、もう無理だ。)


「おまえに好きな男がいるのは知っている。イケメンで強くて優しくて器用で……、そんな完璧なやつに勝てると思えないけど。それでも俺は、そいつのもとに行くのを黙って見てられるほど、できた人間じゃない。」


「フィン……?」


 戸惑うような声色でリーナが俺の名前を呼んだ。そりゃあ困惑するよな、と思う。今まで自分の恋を応援してきた仲間が急にこんなこと言い出すのだから。それでも一度溢れ出した言葉は止めることはできず、次々とこぼれ落ちていく。告白はもっとロマンチックにするものだと思っていたのに、そんな雰囲気とは無縁になってしまった。


(理想通りにいかないもんだな、現実は。それでも今を逃したらきっと、二度と言えないと思うから。だから……。)


「リーナが、好きだ。他の誰よりも、ずっと前から、おまえを、おまえだけを愛している。」


「えっ……!」


 びっくりしたかのようにリーナは腕を解いて真正面から俺を見た。正直今の顔は見れたものじゃないと思うので見ないで欲しいのだが、隠すものがなくなってしまった以上どうすることもできない。

 なんでこのタイミングで振り向くんだよ、と若干の場違いな苛立ちを抱えつつも、俺は次にくるであろう言葉を待った。リーナは優しいからきっと振り方も優しいと思いたい。もしこれで再起不能なまでにボコボコに言われたら、俺は明日自ら処刑台に向かう自信がある。

 頼むから優しく振ってくれ、そしたら明日からまたいつも通りに接することができるだろうから。まぁ残念ながら俺は諦めが悪いので全力で奪いにはいくけども、と脳内であれこれ考えていると、何があったのかリーナは大粒の涙を目に溜めてこちらを見ていた。


「あー、そんな泣くほどショックだったか? すまない、聞かなかったことにしてくれ。泣かせたいわけじゃなかった。」


 泣くほど嫌だったとは思わず、申し訳ない気持ちと言わなければよかったという後悔がドッと押し寄せる。しかしこちらの考えをうち消すかのように、リーナは涙が飛ぶほど勢いよく頭を横に振って叫んだ。


「違う! もう、何もかも違う!」


「違う?」


 一体何が、と聞く前に今度はリーナが俺に抱きついてきた。


「ショックで泣いたわけじゃないし、聞かなかったことになんてしたくないし、ずっと言ってた一目惚れのイケメンで強くて優しくて器用な人、フィンだし!」


「は? え、俺? いや一個も当てはまらないだろ。」


「全部フィンのことに決まってるでしょう! なのにずっとこっちの気持ちも知らないで応援してくるし、脈なしじゃんって……ずっと……思って……。」


 まさか本人相手に恋バナしてくるヤツがいるとは思わなかったのだからそれは仕方ないと思う。というか、ずっと言ってた相手が俺だったということは、俺は俺に嫉妬してこんな行動をとったということであり、なんとも情けないような恥ずかしさが押し寄せてきた。正直今は本当に顔を見ないでほしい。


「おま、だって、まさか俺だなんて思わないだろ!」


「わかりやすいくらいアピールしたわよ! でも一向に気づかなかったのはそっちでしょ! 一体どれだけ私が頑張ったか!」


「あ、はい、すいませんでした……。」


 あまりの迫力に思わず謝った。告白してこんなに怒られる人なんて俺くらいじゃないだろうか。

 思い返せば確かに可愛いか聞いてきたり、キスしようとしてきたり、膝枕してくれたりと積極的にアピールされていた気がしないでもない。それを全て見事にスルーした過去の自分は鈍いのかただの馬鹿なのか、相当リーナはその都度堪えただろうなと思う。

 そう思うとなんだか申し訳なくなってきて、でもそれと同時に嬉しさもきてしまって顔がだらしなく緩んでしまった。だがまだリーナからはっきりと聞いていない言葉がある。


「で、つまりリーナは俺のことが好きで好きでたまらないと? しかも一目惚れで。」


 怒られた腹いせに少し意地悪な聞き方をすれば、リーナはさらに顔を赤くさせて口を開いた。


「そうよ、悪い? ずっとずっと、フィンのことが好きだった。今だって、好き。」


 先ほどの涙のせいで潤んだ瞳に赤くなった顔、ただでさえ可愛い顔をしているのにそんな表情で好きと言われるのは破壊力が凄い。俺今世界一幸せだろこれ、と幸せを噛み締めつつリーナの頬に手を添えた。


「こんな状況だし、デートもろくにできないかもしれないが……。大切にするから。」


 頷いて目を閉じたリーナにそっとキスをして、ニヤけてだらしない顔を見られないようにキツく抱きしめた。

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