男湯で語り合うあれこれ
「いい機会だし、オレみんなに聞きたいことあるんだよね。」
湯船に浸かりながらルキがそう切りだした。どこか真剣そうな表情でお湯を見つめつつ言う姿に、俺もアドラーも何も言わずルキに向き合う。
「あのさ……。」
いつもならスッと言いたいことを言うルキが珍しく言い淀んだ。そんなに言いにくいことなのか、それとも言う言葉を選んでいるのか。
別に今更何を聞かれたところで怒ったりしないし、困りもしない。いややっぱり困りはするかもしれない。記憶がない間のこととかは正直答えようがないから困る。
だがアドラーと俺に対してならそういう類の話ではないだろうし、一体何をそんなに言い淀んでいるのか。あー、だの、んー、だの言いながらアヒルさんを沈めたり握ったりしている姿はカッコよくなさすぎて、できれば見たくなかったと思う。
「んだよ、さっさと言えや。男がモジモジしても可愛くねえわ。」
「そうだぞ、ルキ。おまえがイケメンなのはわかるが、流石にそのアヒルさんと戯れる姿は厳しいぞ。」
「2人とも酷いね? 言っとくけどオレだって好きでモジモジしてるわけじゃないから!」
あまりに言わないルキにアドラーと2人で早くしろとせかす。そんなに言いにくいなら今度でも、と思うが、ルキとしては今言いたい気持ちはあるらしい。
早くしないと内容によっては長引いてのぼせるぞ、とだんだんと温まってきた体を心配し始める。こんなにゆったりと湯船に浸かるのも久々だし、できるだけ長く浸かっていたいが体はそうもいかない。
現にアドラーはもう体が赤くなってきているように見える。あれはもってあと数分だろう。
そう思う俺の体もきっと数分で限界がくるだろうし、なんとしてでも早く話してもらわないと困る。あまりにルキが握りつぶすからかアヒルさんももうズタズタになっていた。
「ルキ、俺そろそろのぼせると思う。多分アドラーももうやばい。」
「じゃあ言うわ……。あのさ、2人はヒンメルにいたわけじゃん? ……、シュタール家って知ってるか?」
「シュタール家?」
初めて聞く言葉に俺は首を傾げる。過去の俺は知っていたのだろうか。
残念ながら知らない、と言うとルキは疑うような目をしてこちらを見てきた。もしかしてヒンメルではみんな知ってるレベルの有名な家なんだろうか。
しかし仮にそうだとしても今の俺に心当たりはない。過去の俺なら知っていたのかもしれないが、それを確かめる術は今はない。
アドラーはどうなんだろう、とアドラーを見るとビックリするくらい真剣な顔でルキを見ていた。
「これでも一応軍の所属だしなぁ? ヒンメル軍最高司令官の名字くらい知ってるぜ。ま、あの司令官殿のあまりイイ噂は聞かねえが。」
バレたら不敬罪かな、と言いながらアドラーは湯船から出て椅子に座った。それに続いて俺も湯船に足だけ浸かりながら浴槽のふちに座る。
「そう、ヒンメル軍最高司令官のこと。さすがにアドラーは知ってるか……。」
「金のためなら何だってやる、女癖が悪い、犯罪してはもみ消す。真実か単なる噂か、はわからねぇけどなぁ? その辺はテメェのが詳しいだろうよ、ルキ・シュタール?」
アドラーがそう言った瞬間、ルキの表情がわかりやすく強張った。ついでにアヒルさんは完全に握りつぶされた。
「その表情見るにアタリか。昔から、そうだ、俺と殺りあったあん時からもしかしてと思ってはいたがなぁ。」
「……オレ、オヤジに似てないと思うけど。使う武器だって違うしシュタールを名乗ったこともない。気づく要素ゼロだったはず。」
ルキはそう言いながらアドラー睨んだ。睨みついでに砕け散ったアヒルさんの破片も集めている。
俺はというと話の展開についていけずただ黙ることと、アヒルさんの無残な姿を見つめることしかできない。ルキがヒンメル軍の最高司令官の息子、なのはわかったがそれが何故2人をこんな張り詰めた空気にしているのかはわからなかった。
「それでも隠し切れない染み付いたモンがあんだろ? 例えば暗……。」
「それ以上言ったら今ここで殺すから!」
急に大声を出してアドラーの言葉を遮ったルキ。同時に放たれた強い殺気に俺は思わず少し2人から離れた。こんなに怒ったルキを見たことがないし、武器がなくても本当に殺しかねない勢いだ。
そんなルキに俺は完全にビビって何も言えないでいるが、アドラーはそれを軽くあしらうようにして手のひらをヒラヒラさせている。こんな状況下でその態度、一体アドラーのメンタルはどうなっているのか。
「オレ本気で言ってるからね。」
「ハイハイ、一旦落ち着けや。俺としてはテメェがシュタールで好都合だし……。で、テメェ何か聞きたいことがあったんじゃなかったのか?」
好都合、と言う言葉が気になったのはルキも同じのようで怪訝そうな表情をしながらアドラーを睨んでいる。だがアドラーはそれに答えるつもりはないのか、ジッとルキを見て言葉を待っていた。
ついでにアヒルさんはもう救いようがないくらいに掬えなくなっている。これはお風呂掃除が大変なやつだ。
「……、今どうなってんのかなって思っただけ。まぁ、評判は相変わらずみたいだし、そのうち失脚すればいいぜ。」
「実際それを願ってる奴は多そうだが、クーデターなんざ起こせるような国じゃねぇしなぁ。当分はこのままだろうよ。」
そう2人は深いため息をついた。確かに軍事国家でクーデターなんて簡単に起こせはしないだろう。仮に起きたところですぐ鎮圧されて終わりだ。
「はーあ、オレほんと顔も身体も声も性格も良いのに家がなー。唯一の汚点すぎてイヤになっちゃうぜ……。てわけでずっと置いてけぼりのフィン、オレがシュタール家の息子ってのは誰にも言うなよ!」
「よくわからんがわかった。これからもルキって呼ぶし大丈夫だ。」
そう言うとルキはいつもの表情に戻って浴槽のふちに腰かけた。ずっと浸かっていたしやはり熱かったようだ。
それを見つつ俺はルキと初めて会った日のことを少しだけ思い出していた。あの日、鍛冶屋で会ってからみんなでリンドブルムを出たとき。みんな自己紹介をしていたとき唯一ルキはルキとだけ名乗って名字は言わなかった。
特に疑問を持つこともなくスルーしていたが、知られたくなくて故意に隠していたとは。ヒンメル軍の最高司令官の息子、ただそれだけのことなのにと思うのはきっと俺が何も知らないからなんだろう。
「さーてと! なんか暗い話になっちゃったお詫びに、オレとっておきのモテる口説き方講座でも。」
「ぜひ教えてくれルキ! なんでもする!」
「食いつき方が非モテ表してて悲しすぎんだろ、フィン・クラウザー……。」
可哀想な目で見てくるアドラーをよそに、俺は必死になってルキの講座を受けていた。




