逃がす気なんて始めからなかった
「いや流石に似てるだけじゃね? オレ前に会ったときもっとお淑やかでこう、守ってあげてぇって感じだったし……。」
「シンティアが見たときも大人しそうな感じだったけどなぁ。」
「でもでも〜、あの風貌とあの名前、絶対そうよ〜!」
アリーチェたちが消えたあと、俺たちは鍛冶屋で椅子に座りながらあれは本当に皇女だったのかと話しあっていた。もちろんこんな話をしている暇があったらクライノートへの道を進むべきなのはわかっている。わかってはいるが休憩くらいしないと俺の腕と足がもちそうにないのだから仕方がない。
それに実際アリーチェ、彼女の正体が気になるのも事実。あれだけの気高さがそこらの人に出せるとは思えないし、お嬢様であるのは確実だろう。しかしだからといってヒンメルの皇女というのはさすがに信じることができるものでもない。
仮に皇女だったとしてアドラーと親しいこともそうだが、アドラーを探しに自由にあちこち出歩けるはずがない。それにアドラーのアリーチェに対する言葉遣いや態度も、皇女相手とは思えないものだった。
「いや俺とヒンメルの皇女が知り合いとかありえないだろ。てか俺以上にアドラーと知り合いなのもありえない。皇女だぞ皇女。」
「え〜? 実はヒンメル軍と皇帝一族がズブズブとかかもしれないじゃない〜!」
「ズブズブだとしても皇女がってのは違和感しかねぇな。それにオレが昔ヒンメル軍とやりあったときあんな可愛い子いなかったぜ? アドラーはいたけど。」
いたら戦いながら口説いてたし、と言いながらルキは足を組んだ。それにより長い足が強調されて少し憎い。
結局その後も話し合ったものの当然ながら憶測の範囲でしか話が進まないため、とりあえず良いとこのお嬢様ということになった。どうしても気になればまた、あの様子なら近いうちに向こうから来る気がするしそのとき聞けば良い。
足も腕もそろそろ疲れが取れてきたしそろそろクライノートへ向かうか、と立ち上がったところで俺は鉱石のことをすっかり忘れていたことを思い出した。まだこの無駄にでかい鉱石をどうするか決めていない。
俺は未だにジッと鉱石を見つめている鍛冶屋の横に立った。アリーチェの突然の来訪にも動じずに鍛冶屋はずっと鉱石を見ていたが、何か使い道でも思いついていないだろうか。
「さすがにデカすぎてこのままではどうしようもないよな。」
「そうっすねー。削っていくにも時間かかりそうですし、うーん。とりあえず買い取ってもいいっすか? はい5万エール。」
「5万! クライノート着いたらいっぱい美味しいもの食べられるね!」
嬉しそうなシンティアに同意して遠慮なくお金を受け取る。アクセサリーにできないのは少し残念だが仕方ない。
「さてっと、ブルーダイヤがないんじゃここにいても仕方ないんで、また移動するっす。どこかで会ったらご贔屓に!」
それじゃ、と移動するための準備を始めた鍛冶屋の腕をソフィアはガシッと掴んで止めた。一体何が起きたのかと鍛冶屋は困惑しているが仕方ない。こんなところで出会って、コイツらがタダでさよならなんてするわけがないのだから。
「あら〜? 一体何処へ行こうと言うのかしら〜。」
「移動って大変よね。私たちも常に移動してるようなものだしわかるわ。でももう大丈夫、これからは当分移動なんてしなくていいのよ。」
「そうだよ! 大きな店を構えてこそ鍛冶屋ってもんだし!」
そう好き勝手言い出したみんなを俺は止めることもなく見つめる。せっかく出会った鍛冶屋を簡単に逃すほど俺も人が良いわけではない。
何を言われてるのかとポカンとしている鍛冶屋にもう一押しだとルキが立ち上がった。ツカツカと鍛冶屋に近づいて行く姿が今はなぜか頼もしく感じる。
「なぁ……、なるだろ、仲間に。当然なるよなぁ?」
そう言ってルキは鍛冶屋を壁に追い込み、その長い足でダンッと押しつけて退路を塞いだ。なるほど、あれが噂の足ドンというやつかと勉強になったが俺の身長ではできそうにないのが悔しい。
女性だったら落ちているであろう足ドンをされた鍛冶屋はというと、ようやく自分の身に謎の危機が迫っていることに気づいたようで俺の方を困ったように見ていた。それにいつもなら助けてやるかとなるが、相手は待望の鍛冶屋。捕まってくれないとこちらが困る。
「すまんな。おまえが知っているかはわからないが、俺は指名手配犯のフィン・クラウザー。ヒンメルと戦うために仲間を集めている。俺たちはちょうど鍛冶屋を探していてな、土地や建物はあるから悪い話じゃないと思うが。」
「いやいや、自分戦えないっすし、お役に立てないと思うっす……。」
「そんなことはないぜ! 鍛冶屋がいるってだけでオレたちは満足だ。たまに拠点に帰った時に武器の整備してくれりゃオッケー! てわけで拠点ここな。好きな建物使っていいから! じゃ、これからよろしくな!」
無理矢理どころではない強引さで勝手に仲間にしたルキを頼もしく思うと同時に鍛冶屋には少し同情した。だが鍛冶屋も困惑しつつも諦めたのか渡された地図で場所を確認している。
「あれ、ここってマクシムさんとこっすか?」
「そうだよ!」
「なーんだ、先に言ってくださいよ! マクシムさんとこなら不安もないしさっさと荷物持って向かうっす! それでは!」
先ほどまでの嫌そうな顔はなんだったのかというくらい晴れやかな顔で荷造りを始めた鍛冶屋。道具屋の少年といいこの鍛冶屋といい、マクシムの名を出すとスッと物事がうまくいく。マクシムの人望はどうなっているのかと不思議に思うほどだ。
マクシムは指名手配犯となった俺の方が人集めに便利だと言っていたが、明らかにマクシムの名前の方が役に立っている。もうこれからは出会う人みんなにまずマクシムと一緒に拠点で戦いませんかと尋ねたいくらいだ。
(いくらヒンメルと戦っているとはいえ、マクシム有名すぎないか……? まぁ別にどうでもいいが)
よくわからなくても使えるものは使うべきだろうし、それで簡単に仲間が増えるならありがたい。この調子でクライノートでも新しい仲間ができればいいんだが、と思っていると不意に携帯が震えた。ポケットから取り出して確認してみると、そこにはアリーチェからの長文チャットがつらつらと書かれていた。
「いつのまにチャット追加されたんだよこれ……。えっと、ごきげんよう、わたくしは早速アドラーに貰ったフィンの写真の中でもお気に入りのものをプリントして額縁に入れ……って何してんだよ怖えよ!」
あまりの恐怖に思わずそう叫べば、近くにいたリーナが何事かと同じく携帯を覗き込んできた。まずい、確実に面倒なことになると思ったものの時すでに遅し。リーナは丁寧にも音読しながら顔をどんどん曇らせていく。
「また会いに行きますわ。子供の頃のように一緒にお風呂は今はできませんが、添い寝くらいなら……ってちょっとフィン、どういうことよこれ。」
「あー、風呂はまずいもんな。うん。いろいろと風呂はな、うん。」
「添い寝もまずいに決まっているでしょう! 何添い寝ならみたいに言ってるのよ! ダメよ!」
「いや俺に言われても……。アリーチェが勝手に送ってきただけだしな。あ、さーてと、今度は山道でクライノートに向かおう。さ、行くぞおまえら。」
「わかりやすく逃げたな、フィンのやつ。」
これ以上はと携帯を急いで閉まって俺は鍛冶屋だった坑道の入り口から外へ出た。後ろからは文句を言いたげなリーナの視線を感じるが気にしない。
俺は後ろを振り返ることなくひたすら山道を登っていった。




