恋のどさん子カルテット
昼も夜も変わらない坑道内を歩き始めて数時間、そろそろ疲れよりも空腹が耐えられなくなってきた。今日口にしたものは朝食べたマクシム作のハチミツ尽くしのみ。カロリーは確実に足りているだろうがそろそろ何か食べたいものだ。
まだみんな、そう特にリーナは平気なのだろうか。あのキノコセクハラ事件の前に確かお腹が空いたと機嫌を悪くしていたし、そろそろ限界がきているだろう。
きっとみんながやけに静かなのはお腹が空いているからに違いない。そう思い後ろにいるリーナたちを見る。するとそこには機嫌が悪いというより、真剣な表情をしながら携帯をいじっている5人の姿があった。
「何してるんだ、おまえら。」
思わずそう聞くと携帯から目を離さずにシンティアが話し出した。そのまま行くと壁にぶつかるが前は見えているのだろうか。
「アドラーが今ハマってるゲームの集団戦が熱くてみんなで手伝ってるの! フィンも話してる暇があったら手伝って! ゲーム名は恋のどさん子カルテットだよ!」
シンティアはそう言いながら壁に激突した。それにも関わらず動じないあたりなかなか神経が図太い。
「集団戦がありそうなタイトルに思えないし、どさん子ってなんだよ……。」
「あぁ? んだよフィン・クラウザー。テメェまさかどさカル知らねぇのか? 主人公のどさん子がイケメンに囲まれて右往左往しながらライバルになりうる女を物理的に消していく涙の恋愛シミュレーションバトルじゃねぇか。」
「すまないが何一つとして存じ上げていないな。」
得意げに説明し出したアドラーの言葉を右から左に受け流しながら俺は再び歩き始めた。インストールだけでもしておけよ、という声が聞こえるが聞かなかったことにしたい。
俺にとってはそんなことよりも坑道内で何処かキャンプができそうな場所を探す方がよっぽど重要だ。とにかくお腹が空いた今、なんとしてでも開けた場所を見つけたい。
というか大体今何時だ、と携帯を取り出して時間を見るとそこには信じたくない数字が表示されていた。
「22時……!」
たくさん歩いたしたくさん正座したからありえなくはない時間だが、目で見てしまうと一気に現実を突きつけられた感じがしてドッと疲れもでてきた。むしろ朝からこの時間までよく体がもった方だと思う。
もう多少狭くてもここら辺でキャンプにしようか、と辺りを見渡した。今までのキャンプほど広くはないが、これだけの人数が寝られるくらいの場所はある。みんなが此処でも良ければもうキャンプにしてしまった方が明日のことも考えると最善だろう。
俺はゲームで忙しそうにしているみんなの方をもう一度振り返ってキャンプの話をし始めた。
「明日もたくさん歩くし、ここでキャンプにしないか? お腹も空いたしそろそろ疲れもあるだろう。」
そう言うとやはりお腹が空いていたらしいリーナが賛成とその場に座り込んだ。それに続いて他のみんなも次々に座り出す。座りながらも携帯から目を離さないあたり、タイトルのセンスはともかくとしてよっぽど恋のどさん子カルテットは面白いのだろう。
そんなに面白いなら一回やってみるか、とインストールをしつつ俺も同じように荷物を置いて座り足を思いっきり伸ばした。焚き火などできる木もないし今日は保存食を食べるしかなさそうだ。
食いながらやればいいだろ、とバッグから以前作っておいた魚の干物や肉の燻製を取り出して皿に並べる。みんなお腹が空いているのは確かなようで置いたそばから手を伸ばして貪り始めていた。
さてインストールは終わったかなと携帯を見ると、先ほどまではなかった蟹のようなアイコンが目に入った。アイコンのすぐ下にはどさカルと書いてあるし、このどう見ても子供が描いたような蟹アイコンがどさカルのアプリなんだろう。
俺は干物を食べながら恐る恐るどさカルのアプリをタッチして起動した。すると可愛らしいツインテールの少女、名前を見るにどさん子がこちらに話しかけて来た。
「わたしはどさん子。で、間抜けヅラクソ野郎の名前は?」
「初対面でここまでディスられることあるか?」
開発者はどういう神経をしているのかと疑いたくなるゲームの始まりに軽く目眩を感じる。ヒロインに間抜けヅラクソ野郎と言われる恋愛ゲームは多分これくらいなものだろう。
起動直後から雲行きが怪しいどころではないが、とりあえず失礼すぎて先が気になりはするので大人しく名前を入力した。オンライン要素があるし本名ではなく適当な名前でいいだろう。
「ふぅん、フィーっていうのね。顔だけじゃなく名前もゴミ虫くらい冴えないけど、仲良くしてあげなくもないわ。今この世界はなんやかんやあってわたしvs世界中の女どもで戦いが起きているの。さぁ、裸踊りしてないでわたし以外の女どもを殲滅しに行くわよ!」
「ことごとく失礼だし大事なところなんやかんやで終わらすし俺ずっと裸踊りしながら自己紹介してたのか?」
理解に苦しむ世界観に混乱しつつあるがゲーム画面はもうすでに戦闘チュートリアルへと移行している。敵として出てきた女性キャラクターたちを倒すためにどさん子を動かすのだろうか。両手に一本ずつ斧を持ったどさん子だ、きっとすごいスキルとかがあってそれを俺が指示するに違いない。
不本意にも少しワクワクしてきた自分に気づかないフリをしながら画面を見つめていると、ついにどさん子が敵に向かって走り出した。斧をブンブンと振り回しながら敵を薙ぎ払っていく様は狂気としか言えない。
一体いつスキルの指示が出せるんだろうかとどさん子の活躍を見ていると、画面の右下にスピーカーのようなマークが出てきた。どさん子は未だ敵を忙しそうに薙ぎ払っており、チュートリアルのくせに押してとも言われていないが出てきたからには押さないわけにはいかない。
俺はつい興味本位でそのスピーカーマークを押した。すると画面にデカデカと“頑張れ”という文字が一瞬表示されて消えていった。
「いや何今の意味あったか?」
何かどさん子にバフなどがかかるのかと様子を見ているがそんなこともなさそうだ。だがわざわざ機能があるということは何かしらの効果があるに違いない。
そんな淡い期待を込めて俺はまたスピーカーマークを数回タップした。すると今度は画面にデカデカと“頑張ってください”や“頑張ってほしい”と一瞬表示されてはまた消えていく。
「いや語彙力酷すぎだろこっちの俺。頑張れしか言ってないぞ。」
「セリフは基本課金でしか増えねぇからなぁ。たまーにイベント報酬で貰えたりもするから頑張れや。」
「いや別にいらないが。欲しがってる前提で話すな。」
自分の携帯でも操作しながら俺のどさカルを覗き込むアドラー。こんなのに課金するとかヒンメル軍は暇なのだろうか。
まぁまだゲームは始まったばかり、きっとこの先が面白かったりするんだろう。チュートリアルの時点で面白いかどうかを決めるのは早すぎるかもしれない。
そんなことを思っているとどさん子が敵を倒し終わったらしく、勝利の決めポーズをしながら俺に話しかけてきた。
「ようやく倒しきれたわね。フィーの応援のせいで気が散ったけどなんとかなったわ。さぁ、いい加減裸踊りはやめて拠点に行くわよ。」
「気が散ってるし俺まだ裸踊りしてたしなんなんだよ! 何が面白いんだよこのゲーム! せめて俺に服を寄越せよ! どさん子だけやけに着込んでるのも腹が立つ……!」
口を開けばディスられるゲームの何が楽しいのかわからない。おまけに恋愛シミュレーションと言いながら恋愛要素をどこにも感じないどころか殺伐さしか感じていない。
つい先ほどチュートリアルで面白いかを決めるのは早いと思っていたところだが、これ以上このゲームに時間を費やしたくないと俺の心が訴えかけている。まさに無駄な時間だと。
もう消してやろうか、とどさん子をタップする。すると真顔のどさん子のスチルとともに“チュートリアル突破おめでとうウジ虫野郎”と祝ってるのか貶しているのかよくわからない文字が表示された。
「マジでいちいち腹が立つなおい。」
「まぁまぁフィン、どさん子はイイ奴なんだぜ? オレちょっとさっき過去編やって泣いたもん。蟹と一致団結しながらダンジョン攻略してくやつ。」
「そうよ、どさん子は努力家で可愛い女の子なのよ。斧だって自分で作ったものだって言ってたし。」
だから何だと言うのか。残念ながら俺には良さがわからないようなのでアプリを長押しして携帯から削除した。消した今、本当になんの時間だったのかと軽く後悔さえしている。
何故だかドッと疲れが押し寄せてきたし、アプリをしながら干物を食べていたせいでお腹も満たされており眠気がきていた。時間的にはもう日付が変わるくらいだし寝てもいいのだが、今日はキャンプ。誰かが見張りで起きていなければいけない日だ。
眠気は来ているがそれ以上にここに来るまでに採ったイエロー鉱石を磨いたりしたいし、今日は俺が見張りで起きていてもいいかもしれない。
「みんなそろそろ寝ていいぞ。俺が見張りで起きとくから。鉱石削りたいしな。」
そう言うとリーナとソフィアはすぐさま横になって寝出した。巨大キノコと戦ったり俺にあれこれされたりで体力が限界だったのかもしれない。そういえばシンティアはと様子を見るとすでに壁にもたれかかって夢の世界へ旅立っていた。
「俺は数日は寝なくても平気だから起きてるぜ。襲いやしねぇからおまえらも寝てろや。どさカルやらねぇとだし。」
「オレもどさカルやりたいし起きてるぜ!」
寝ないでどさカルをやる宣言をした2人は再び携帯を持って無言でタップしまくっている。2人が起きてるなら俺は寝ようかと一瞬思うも、たまには数人で起きていてもいいかと鉱石を取り出して俺も作業を始めた。
明日こそはブルーダイヤを手に入れて入り口に戻りたいものだ。




