エニグマ
一夜明けてなんとか冷静さを取り戻した俺たちは、マクシムが朝食を作ってくれるということで朝から再びレストランにいた。昨日は夕飯も食べることができなかったし、お腹は空きすぎて痛いほどなのでとてもありがたい。
だが俺とルキにとっては問題があった。
マクシムが腕によりをかけて作ってくれた朝食は一目でわかるほどのハチミツ、ハチミツ、ハチミツ。甘いものが苦手な俺とハチミツが苦手なルキには厳しいものがある。
「こちらがパンケーキです。いただいたハチミツの中でも一番糖度が高い種類にしたのでとても美味しいですよ。」
そう一つ目に紹介されたのはハチミツがたっぷりかかった、というよりもハチミツに沈んでいるパンケーキ。深めの皿に沈んだそれはパンケーキと言われなければわからなかっただろう。
もしよろしければこちらも、と横に置かれたでかいそれは恐らく透明だったであろうボウルで。
「パンケーキと言えば生クリームも必須ですからね。好きなだけ取ってかけてください。」
「あぁ、ありがとう……。」
ハチミツに沈んでいるただでさえ甘いパンケーキに追い打ちをかける大量の生クリーム。甘いものが好きなリーナたちは目を輝かせてそれを見ているが、俺とルキは目を曇らせてそれから目を逸らした。
「そしてこちらがデザートのハチミツのムースにドリンクのハチミツレモネードです。」
「見事にハチミツ尽くしね。」
「どれも味には自信がありますので冷めないうちにどうぞ。」
その言葉に待ってましたとシンティアが早速生クリームを大量にパンケーキの上に乗せる。ハチミツと生クリームの海に沈んだパンケーキはもはやパンケーキですと言われなければわからないほどだ。
それに続いてリーナとソフィアも控えめだが生クリームを乗せ、丁寧にナイフとフォークで切りながら口へ運んでいる。
「なにこのハチミツ! すっごい美味しいわ!」
「これはマクシムが必死になるのも頷けるわね〜。」
「生クリームも美味しいし、シンティアこれ毎日でもいいなー!」
嬉々としながら次々とパンケーキを口に運ぶリーナたちの様子を、マクシムは満足そうに眺めながら自分のパンケーキを食べ出した。
それを見てせっかく作ってくれたのだし、と俺とルキも生クリームはかけないがパンケーキを切り出す。どうか甘すぎるということがありませんように、と沈みきっていたそれを口に入れると、確かに甘いは甘いが上品で嫌な甘さは感じない。
これなら食べられるな、とハチミツパンケーキを食べつつ今日の本題についてマクシムに問いかけた。
「で、ヒラソルでのあの眠気と次々に宙から現れるお礼のハチミツ。どう考えても普通じゃないんだがどういうことだ。」
「おっと、そうでした。ヒラソルは簡単に言ってしまえば異空間です。この世界から切り離された場所でして、依頼達成のために特別に今回行けるようにしたので皆さん辿り着けましたが、あ、そこのハチミツ取ってくださいリーナさん。追いハチミツします。」
「い、異空間……?」
普通ではない場所とは思っていたが、さすがに世界が違うとは思わなかった。それにそんな簡単にこの世界とは違う場所ですと言われて納得できるものでもない。
そう、普通なら納得なんてできない話だ。今までこの世界ではない世界も存在していますよなどと聞いたことがないし、あまりにも非科学的すぎる。
だがヒラソルで見たあのあまりにも鮮やかな色とりどりの花に意識が遠のく甘い香り、そして何もない空中から現れるハチミツの瓶が入った箱。もうこの世の理とは外れたものと言われても納得してしまいそうな出来事を体験してきただけに否定もできなかった。
そして何よりも先ほどからマクシムの隣の席にいる、ユラユラと揺らめいている“そいつ”の存在がより一層説得力を出していた。
「まぁあとは説明が面倒なので省きますが、こちらに座っていらっしゃる方がヒラソルの住人のエニグマさんです。」
「■→◆●$↑」
紹介されたエニグマという生き物が椅子から飛び跳ねて機械音を発した。透明なスライム状のそれはいろんな形になれるのか、丸くなったり腕のようなものを出したりと蠢いている。
水のように透けて見えるエニグマは見た感じ臓器や機械的な装置もなく、見た目は本当に水が形を保っているだけのようだ。
「嘘だろヒラソルの説明これ以上しないつもりだこの人。あとエニグマなんて言ったのかわかんねえ……。」
「よろしくなそこのくそチャラそうな人間どもって言ってます。」
「いや口悪いねキミ! オレも良い方じゃないけど!」
「☆▼〜@/」
「顔だけは良い銀髪野郎落ち着けよプニプニさせてやってもいいからほらって言ってます。」
「一々腹たつなキミ! 顔だけはってなんだよ、オレは顔も身体も性格も良いですう!」
このっと指をエニグマに突き刺そうとするルキと寸前で形を変えてヒョイっと避けるエニグマ。プニプニさせてやってもいいとは言ったが簡単にはさせる気はないようだ。
それにさらにムキになってルキは次々と攻撃のように指を出すがどれも触れるギリギリでエニグマは避けており、完全にエニグマに遊ばれている状態になっていた。
「むっかつくー! プニプニさせろよなぁ!」
「#%$!」
「テメェが遅ぇだけだろ銀髪野郎ほれほれ、って言ってます。」
「だああああああ! 絶対ぇプニってやっからなぁ!」
もはや戯れ始めた2人を横目にしながら俺はデザートのハチミツムースに手をつけ始めた。全くかすりもしないそれは長い戦いになりそうだ。




