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怒られる


 声が聞こえる。

 柔らかくて、澄んでいて。このまま聞いていたいくらい心地が良い。一体何を言っているのかはうまく聞き取れないが、そんなことはどうでもいい。

 それでももう少しだけ近くで聞きたくて、どこにいるかわからないそれを捕まえようと手を伸ばした。

 伸ばした手はその何かにあたり、こちらに手繰り寄せようと引っ張ってみる。それはすごく柔らかくて癒された。なんだか少し重たい気もするが、そんなのは些細なことだ。


(あー……。あったかい……。もう少し……)


 もっとその温もりを感じたくて腕全体に力を入れて抱き締めると、大きな叫び声とともに頬にバチンッと衝撃が走った。




「すいませんでした。」


 そして俺は今正座でリーナに怒られている。あの温もりはリーナだったらしく、急に抱き締めるなだの私以外の人だったらセクハラで通報されるだの、次から次へと出てくるお小言。正直足が痺れてきたのでそろそろこの辺で勘弁してもらいたいが、悪いのは俺なので何も言えないでいる。

 誰かに助けてもらおうにも、ソフィアとシンティアは可哀想なものを見るような目でこちらを見ながら朝ごはんを食べているし、助けてくれる気配がない。

 俺は諦めてこっそり辺りを見渡すと、すでに食べ終わったルキと目が合った。男同士だしうまいこと助け舟を出してくれるだろうと期待して見つめると、こちらの思いが伝わったのか、こちらに向かって歩いてきた。


「その辺にしといてやれよ。フィンも寝惚けてただけなんだしさ。」


「でも抱き締めるまでする!? 一応これでも私女の子なの! ビックリするに決まってるでしょう!」


「まぁでもフィンも反省してるみたいだし。なぁ、フィン。」


「本当に悪かった。ムニムニしてて柔らかかったし、ちょっと良い匂いしたからつい。」


「ちょ、キミ何言っちゃってんの!?」


 次の瞬間、本日二度目の頬への衝撃を感じた。何がいけなかったのかさっぱりわからない。




 それからは激怒しているリーナの機嫌をなんとか取ろうと、飲み物を淹れたり、足が疲れてないか気遣ったりしてみたが怒りは収まらずツンツンしている。

 ルキに俺の何が悪かったのかも聞いたが、女心を知らなさすぎると怒られる始末。だが女心を知らないのは許してもらいたい。俺の人生でこんなに女性と一緒に過ごすのは初めてなんだ。

 参ったなぁと途方に暮れていると、何があったのか突然リーナの方からこちらに近づいてきた。


「その、急にはああいうことしないでよね。さすがに恥ずかしかったんだから。」


「悪かったって。もうしない。どうしたら許してくれるんだ?」


 わからないものは仕方がない、と本人に直接聞けば、リーナはポケットから小さな鉱石を取り出してこちらに差し出した。


「これで私にもアクセサリー作ってくれたら許すわ。シンティアだけフィンから貰ってるのずるい。私だってフィンから欲しいのに。」


「え……。」


「あ……。」


 まさかリーナがそんなにアクセサリーが好きだとは思わなかった。ネックレスや指輪をしているところは見たことがないし、つけるとしたらヘアアクセサリーだろうか。

 そう考えながらリーナの髪をじっくりと観察する。ゴールドに薄くピンクが入った可愛らしい色に腰までのゆるいパーマ。この先ここまで長い髪の毛を全部下ろしているのは危険かもしれないし、軽く纏めることができるバレッタなんかいいかもしれない。

 リーナが渡してきた鉱石の色も赤く透き通った綺麗なもので、きっとリーナの髪に似合うことだろう。それにバレッタの元部分はさっきの街でルキが買ってくれているし問題ない。

 せっかく作るのに赤だけでは勿体ないしリュックに入っている緑の鉱石も使って花みたいにするか、とデザインも頭の中であれこれ考える。


(赤って薔薇しか思いつかないが、リーナは薔薇ってイメージもないんだよなぁ)


 俺がそんなことを思っている間、リーナは何故か顔を赤くして俯いていた。そんなにアクセサリーが好きなのをバレたくなかったのだろうか。別に女性なら普通のことだと思うのだが。


「リーナ、別にアクセサリー好きなのは恥ずかしいことじゃないぞ。」


「え。あ、えっと、そうよね。じゃあお願いね、楽しみにしてるから!」


 リーナはそれだけ言うとソフィアとシンティアの元に向かった。もう怒っている雰囲気はないし、アクセサリーを渡す前から仲直りはしてくれたようだ。

 よかった、と思っているとルキに後ろから肩を叩かれた。なんだろうとルキを見ると、軽くため息をつきながらルキが口を開いた。


「キミその顔で女性のことわからなさすぎじゃない? さすがにリーナが可哀想だわ……。で、次どこ行くよ。」


 なんだか軽く馬鹿にされた気がするが気にしない。それよりも次だ。一体どこに逃げればいいか思い当たる場所がない。

 この調子だとリンドブルムにいるのは危険だし、ヒンメルなんてもってのほかだ。もちろんいつまでも逃げ続けるわけにもいかないので、どこかで拠点を作り手配書を出した奴を倒して日常を取り戻したい。

 ヒンメルやリンドブルムと戦える戦力と設備。それを手に入れるにはどうしたらいいか。一から作っていくのは無理だし、どこかにそんな都合のいい場所と戦える人がいれば。


「オレとしてはアゲート共和国を推すね。あの国はヒンメルともリンドブルムとも仲が悪いから、アドラーも両国の兵士も迂闊には入れない。リンドブルムみたいに兵をヒンメルのために動員することもないだろうし。」


 ルキのその言葉にシンティアが嬉しそうに食いついた。


「アゲート共和国は鉱山が多いから武器屋も多いし、ヒンメルほどではないけど軍事力もあるよ! 民間の部隊もいるくらい。」


「詳しいんだな、シンティア。」


「アゲート共和国の出身だもん。シンティアの家まだあるはずだから、拠点にはならなくても寝床とかシャワーは確保できるよ!」


「行きましょうすぐに。」


 シャワーに釣られたリーナが急に荷物を持って立ち上がった。本当にすぐ行くつもりのようだ。

 確かに他に思い当たるところもないし、ここはシンティアの家を一旦目指すのもありかもしれない。


「じゃあ行くか。道のりは長そうだが。」


 それでも進まないわけにはいかない。

 よいしょっとリュックを背負って、俺たちはアゲート共和国に向かい歩き始めた。


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