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{ショートショートを一杯} 「来世論」

作者: 圭

「ねぇ、健ちゃん。死後の世界ってあると思う?」

隣に座る清子が、無表情にそう言う。精悍な顔立ちに、キリリとした目元。高崎達が言っていた様に、確かに改めて見てみると、整った顔つきだなあと思う。

「さぁ」

自分はそっけなく答える。縁側から聞こえてくる蝉の声が、沈黙を塗りつぶしていくように頭の中に響いてくる。

「前、高ちゃんに聞いたことなんだけどね、『現世地獄説』ってのがあるんだって」

やっぱり高崎か。あいつはいつも、地獄だとか幽霊だとかいう話を俺たちに面白おかしく話しては、してやったりという顔をしていた。清子はいつも目を輝かせて聞いていたが、こっちからすればいい迷惑だ。

「私たちの生きているこの世は、実は地獄で、死んだ後こそが現実の世界なんだって。」

「へぇ」

「なんだそりゃ」と言おうと思ったが、口から言葉が出てこない。

「でね、つまり何が言いたいかっていうとね。」

少しでも言葉の空白を埋めるように、清子が続けざまに話を続ける。

「結局、人間の住んでいる現世なんて、そんなものだと思うんだ。自分がいるのが、どこなのかもわからない位に、人ってのは何も知らないんだよね。ってこと。」

相変わらず、高崎の話す事は下らない。一体そんなことを考えて、どうしようというのか。

「だからさ」

うるさい。聞きたくない。


「高ちゃん達も、あの世かどこかで、楽しく暮らしてるといいね」

 言い終えると、清子は泣いているのか笑っているのか分からない表情になり、前のめりになって嗚咽を漏らし始めた。自分も、下唇を噛み、必死に上を向いて堪える。

 高崎め、あんな馬鹿げた話を楽しそうに聞いていた清子を置いて、何処に行こうというのだ。

『ヨロシク挙国一家、子孫相伝エ、カタク信州ノ不滅ヲ信ジ、任重クシテ———』

 玉音放送と、鳴り響く蝉の声が、自分の沈黙と清子の嗚咽を塗りつぶしていった。




 空気を揺るがすような蝉の声に、ふと目を開けると、見えるのは白い天井だった。呼吸が苦しい。喉に何か、管の様な物がつながっている感覚がある。

「あなた」

 その声にふと目を向けると、清子が立っていた。髪もすっかり白くなり、顔にはいくつもしわが出来ているが、清子だ。間違えない。瞳に深い悲しみを浮かべ、自分の手を握っている。それと同時に、後ろにいる人影に気が付く。いく人かの50代程の男女、そして、自分を心配そうに見つめる子供たち。

 唐突に、全てを思い出した。終戦後の清子との関係や、家族との記憶も。そして、さっきまでの記憶が、世にいう「走馬灯」という物だった事も、瞬時に理解した。ああ、やっとか。と安堵すると同時に、体を釘で貫くような恐怖が、私の脳裏に浮かんだ。このまますべて終わってしまうのか。永遠という深い眠りに、一人つかなければならないのか。年甲斐もなく、大声を挙げて泣きたくなる。ベッドから飛び出して、何処までも逃げていきたくなる。怖い。誰か、助けてくれ。助けを求めるように、清子の顔を見つめると



あのときのような泣き笑い顔をした清子が目に入った。

 あぁ、まさかあの馬鹿の高崎に救われるなんて。自然と、笑いがこぼれてくる。耐えられない。遂に、口から「あっはっはっは」という声が出た。家族のぎょっとした顔が又面白くて、本当に笑いが止まらない。涙が出てきてむせる程笑い転げていると、いつの間にか清子も微笑んでいた。

 ひとしきり笑い終え、ベッドの上に横になると、そばにあった清子の手を握る。こちらを見つめる清子の顔は、老けたとはいえ、やはり中々の美人だな、と思う。この後どうなるのかは分からないけど、多分、どうにかなる。そう思っていよう。そして、もしあっちに高崎がいたら「馬ァ鹿」と言ってやろう。

 清子を見つめ、「あ り が と う」と、唇を動かした。自己満足だが、届いていればいいなと思う。

彼女の姿を目に納めると、まるで、日が沈むように、ゆっくりとまぶたを閉じた———











ここは、何処だ。


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