09 事後処理
歩いて半日かかった道程も、馬車に揺られれば早いもので。昼過ぎには俺たちが殺戮の限りを尽くした森に辿り着いていた。
「うっ……」
馬車から降りると風に乗って血の臭いが漂ってくる。それに気づいた冒険者数名が顔を顰めていた。
「馬車の護衛に何人か残した方がいいか?」
「いえ、私のことはお構いなく。これでも自衛程度は出来ますので」
「……そうか」
護衛が必要なら率先して残ろうと思っていたのに。
「エウレカ、集落の場所を覚えてるか?」
「もちろんです」
「じゃあ、案内を頼んだぞ」
「はーい、では皆さん。私に付いてきてください」
エウレカに先導して貰い、森に足を踏み入れてから一時間程度で、元集落があった場所が見えてきた。
「うわぁ。なに、これ……」
「うげぇ……俺たちが処理しなきゃいけねぇのかよ……」
「やたら報酬がいいと思ったら、こんな苦行……」
視界に広がる肉の海を見た冒険者たちは、嫌そうな表情を浮かべていた。
「はいはい、文句を言っても始まらないだろ! 手分けして一ヵ所に死体を集めていきな!」
そんな中、冒険者の一人が手を叩いて一歩前に出た。
腰ほどまでに伸びた紅い髪に、少し日焼けした肌。髪とお揃いの紅い瞳からキリっと印象を受けるが、何よりも目立つのは彼女の背負っている巨大な剣だろう。
彼女は冒険者パーティ「時の砂」のリーダーで、ヒルダというらしい。
ちなみに、現在集まっている冒険者の中で彼女のランクが一番高かった。ランクCの冒険者を、ゴブリンの死体処理に動員する必要があるのかと思って御者に尋ねると、ゴブリンキングが倒されたことで逃げ延びた上位種が他の集落を作る可能性があって、その時に上位種を逃がさないようにするためらしい。
彼女が率先して動き始めると、他の冒険者も「しゃーねーな」と愚痴をこぼしつつ、それに従って、ゴブリンを一ヵ所に集めていく。ここの死体からは魔石を抜き取ってないので、冒険者の報酬は、ギルドから支払われる報酬+処理したゴブリンの買取価格となっていた。
自分が動けば動いた分だけ報酬が少しでも増えるせいか、最初は文句を言っていた冒険者たちも、ゴブリンの死体の多さからいい臨時収入になるとわかったのか、次々にゴブリンたちを集めていた。
ある程度重ねて死体の山が出来たら、俺とカノンと名乗った魔法使いの少女と二人がかりでひたすらゴブリンを燃やしていった。
嗅ぎ慣れた鉄錆と、肉の焼ける臭い。
過酷な環境に慣れているはずの冒険者ですら、漂う悪臭に不快感を隠そうともしなかった。
心を無にして、目の前に積み重なったゴブリンの死体を燃やしていく。
俺が倒したゴブリンたちは問題なかったが、エウレカの暴力で蹂躙されたゴブリンの死体を回収するのに、時間がかかっていた。肉片が周囲に飛び散っているせいで、集めにくいのだ。話し合った結果、ある程度の大きさ以下の肉塊は放置することに決めた。
「あぁ~! 疲れた!」
俺の前に集められた最後の一山を燃やし尽くした所で、俺はその場に座り込んだ。
一気に燃やしてしまうと山火事の危険があったので小分けにして燃やしていたのだが、ゴブリンの死体が多く、先にカノンの魔力が底をついた。
これが男であれば魔力ポーションをがぶ飲みさせてでも、魔法を使わせたのに。
成人を迎えて間もない少女にそのような方法を取ることも出来ず、半ばヤケクソになって一人でゴブリンの死体を燃やし続けていたのだ。
「お疲れさまです、ジャクリさん」
エウレカから声を掛けられ、差し出された皮の水筒を一気に呷る。温くなってはいたが、ほのかに果実の味がする水が疲れた身体に染みわたっていく。
結局、回収を命じられたゴブリンキングの死体以外を処理するのに、四時間近くかかっていた。いや、この場合は四時間程度で済んだと言うべきだろうか。
後はゴブリンキングの回収をちゃっちゃと済ませて帰ろう。
「エウレカ。キングの死体がある場所まで案内してくれ」
「あ、ジャクリさん。ゴブリンキングの回収は私とヒルダさんに任せてください」
「アンタも随分と魔法を使って疲れただろ? 後は私たちに任せて、休んでるといい」
……エウレカを一人で行動させるのは不安だが、俺の背中を豪快に叩きながら笑うヒルダを見て、悪い奴じゃないだろうと判断し、ここは甘えておくことにした。
言い方は悪いが、ヒルダ程度の実力であればエウレカに触れることすら出来ないだろうし。
他の冒険者は俺が見張っていればいい。
「エウレカ、一応肉塊も持ってきておいてくれ」
「……? わかりました」
潰された肉塊の中に、ゴブリンキングの王冠が辛うじて残っている可能性も、いや、ないか。あんな状態になったゴブリンキングに使い道があるとは思えないが、回収を頼んだのはギルドだ。
エウレカとヒルダが森の奥へ行くのを見送ると、入れ替わるようにカノンが俺の元へとやってくる。
「あっ、あのっ! すみませんでした!」
と、いきなり頭を下げられた。頭の横で二つ結んだ髪が揺れている。
謝られるようなことは何もしていないはずだ。
遠くで様子を見ていた冒険者が、ドン引きしていた。
待ってくれ、俺だって好き好んで少女に頭を下げさせてるわけじゃないんだ。
「カノン、だったよな? とりあえず頭を上げてくれ」
このままだと、冒険者の中で少女に謝罪を強要する外道などと言われかねない。
「は、はいっ! あぅっ!」
「大丈夫か?」
「大丈夫でふぅ……」
物凄い勢いで頭を上げたせいで、結んでいた髪がカノンの顔に直撃していた。
栗色の髪に、まだあどけなさの残る顔。身長は平均的くらいだろうか、ちゃんとご飯を食べているのか心配になるほど華奢な体躯をしていた。
「落ち着いたか? どうして急に謝ったりしたんだ? 何もされた覚えは無いんだが」
「それは、その……私、魔力切れを起こして倒れちゃって。途中からジャクリさんが一人でゴブリンの処理をしていたと聞いたので」
なるほど。途中でリタイアしたことを気にしているのか。それとも単純に気絶していたせいで取り分が減る事の方か?
まあ、この様子を見る限りは前者だろう。
「よっ、と。あまり気にしない方がいい。人には向き不向きがある」
「きゃっ」
立ち上がって、カノンの頭を撫でる。
突然の事に彼女は驚き、顔を赤らめていた。
「冒険者は全ての行動に自己責任が伴う。だから今回、カノンが魔力切れを起こしたことは確かに反省するべきだ。もし、戦闘中に魔力切れを起こせば、魔法使いは使い物にならなくなる。魔力切れを起こしたことで、自分が死ぬのならまだいい。それが原因で共に行動していた誰かが命を落とすことだってある」
「……はい」
カノンは真剣な表情で頷いていた。
「その表情が出来るなら十分だ。今回の失敗を次に活かして、同じことが二度とないようにすればいい。一度の失敗を引きずって、無数の未来を捨てるのはいけないことだ」
「っ! はいっ! 」
「いい返事だ。そうだな、若者に一つアドバイスをしておこう。魔法を詠唱する時、魔力を杖に集中させずに、杖も身体の一部だと思って魔力を流してみるといい」
これを意識するだけで、魔力効率が段違いに変わる。効率が上がれば、魔法の発動回数も増えて、結果的に魔力切れが遠のくことになる。
「こう、ですか?」
「そうだな。体内の魔力を移動させようと意識しすぎているせいで、まだ少し移動に固さがあるが、繰り返していくうちに慣れるだろう。難しいようなら、最初は魔力を全身に循環させる訓練をやった方がいいかもな。無意識のうちに魔力を全身に流れるように出来れば、後は杖を身体の一部分だと思って流してみるといい」
「こう? うーん、それとも、こう、かな?」
杖を握って必死に魔力を流す練習をするカノンに、思わず昔を思い出した。
ああ、そうだ。
あの時は師匠から、これが出来ないとご飯抜きって言われて必死にやったっけ。全然上手く出来なかったし、合格を貰ったのも修練を始めてから一年近く経った頃だったなあ。
その間、本当にご飯くれないし、餓死しそうになって師匠のご飯盗んだらボコボコにされたんだ。あの時は本当に死ぬかと思った。
全然いい思い出じゃないな、これ。
それどころかあの頃の恐怖を思い出して背筋が寒くなってきた。
「あ、焦らなくていいからな? 俺だって、上手く出来るようになるまで一年近くかかったし」
俺がいつか人に教える時が来たら、師匠のように人を窮地に追い込んで極限状態で覚えさせるようなことは絶対にしないと誓っていた。というか、多分あの方法で修行すると、確実に死人が出る。
「うぅ、ジャクリさんも一年近くかけて出来るように……頑張ります!」
「無理はしなくていいからな。自分ペースでゆっくりやっていいんだぞ」
意気込むカノンを宥めながら、俺はどうにか説得して魔力操作の特訓に割く時間に制限を付けたのだった。
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