05 冒険者登録
ライツの店を出てから俺とエウレカは冒険者ギルドへと向かっていた。
「ジャクリさん、私も冒険者になるんですか?」
「ああ、この大陸では俺たちの身分を証明する術がないからな。冒険者というのはそれだけで身元の証明になる。それと、冒険者登録の際に名前を記入するが性は隠しておけ。安全を考えると偽名を使った方が良いんだが」
「私は両親から頂いた名前を偽るつもりはありません」
「だよな」
そんな話をしながら歩いていると、すぐに目的の場所が見えた。
街の中でもそれなりに大きい建物だったが、向かいにある商業ギルドが一回り大きいせいで小さく見えた。
港町で交易が盛んなおかげか、商業ギルドの規模が他に比べて大きいのだろう。
「ほら、行くぞ」
商業ギルドの建物を見上げているエウレカの手を引きながら、冒険者ギルドの中へと入る。扉を潜った瞬間、不躾な視線がエウレカに飛ぶ。エウレカは人からの悪意ある視線にどうしても疎くなりがちなので、武器を持った男たちからの視線を遮るようにエウレカを俺の後ろへ隠して窓口へと向かう。エウレカと一緒に行動している俺が気にくわないのか、値踏みをするような視線や、遠くで暴言を吐いているのが聞こえた。
変に絡まれても面倒なので、席を立とうとしていた男たちの靴と床と魔法で固定すると、案の定数人が盛大に転倒し、それを見た冒険者たちは大笑いしていた。
彼らの注意が逸れているうちにさっさと登録を済ませてしまおう。幸い、窓口は空いていて、すぐに俺たちの番になった。
「冒険者登録をしたい」
「お二人ともですか?」
「そうだ」
「では、こちらに記入をお願いします」
20代前後であろう受付の女性はエウレカを見て少し困惑した表情を浮かべていたが、どうやら仕事はきっちりする性格をしているようだ。
用紙を受け取り、名前と職業を記入して受付嬢に渡す。エウレカは職業の欄に何を書くか迷っていたがこっそりと耳打ちをして「治癒師」と書かせておいた。
「登録料に一人銀貨五枚、お二人で銀貨十枚を頂くことになっています」
銀貨か。ライツから貰った袋の中身は全て金貨だったはずだ。金貨一枚で払っても良いんだが、そんな事をすれば目立つに決まっている。ただでさえ冒険者登録にきた初心者として舐められているのに、金貨を使えば金を集りに来る馬鹿どもが増えるだろう。
そういえば、他の大陸の銀貨は使えるのだろうか?
「この銀貨は使えるか?」
荷物の中から王国で流通していた銀貨を一枚取り出し、受付に手渡す。
「これは……別大陸の銀貨ですか。問題はありませんが、ギルドや大商会以外では使用できませんのでご注意を。それではカードに血を一滴垂らしてください」
残り九枚の銀貨を渡すと、代わりに小さな針と何も書かれていない銀色のカードを手渡された。言われた通りに指先に針を刺し、カードに血を垂らす。浮かんでいた血は徐々にカードへと浸透していき、やがて何も無かったかのように銀色のカードは輝いていた。
「では少しカードをお預かり致します。カードの登録が完了するまで少々お時間がかかりますので、その間にギルドの説明や注意事項などを行いたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「ああ、頼む」
俺の言葉に一瞬驚いたような顔を浮かべた受付嬢だったが、すぐに平静を取り戻し、説明を始めた。
「先程作って頂いたギルドカードは、個人の情報が記録されていきます。身分を証明する代わりに記入して頂いた名前、職業はもちろんですが、受けた依頼の総数、依頼の成功数、失敗数などが記入されていきます。また、護衛依頼に関しては別枠で成功数、失敗数が表示されることになっています。この情報は依頼を受注する際にギルドの方で参考する可能性もあり、ギルドでは受けた依頼の内訳を見ることも出来ます」
「護衛任務の失敗数が多い冒険者には、護衛の仕事を振らないのか」
「そうですね。依頼の失敗は受注した冒険者だけでなく、その依頼を割り振った冒険者ギルドの責任もありますので。自分だけでなく、他人の命を預かる依頼は本来失敗することを許されませんから」
依頼の失敗数を記録していくことで、ギルドは質の低い冒険者に難易度の高い依頼を振らなくなり、依頼者は確かな実力を持った冒険者に依頼が受注される可能性が高まる、と。確かに合理的だな。
「では続いて冒険者ランクについて説明したいのですが、大丈夫ですか? 飽きたりしてないでしょうか?」
「大丈夫ですけど、その言い方からして、ちゃんと聞かない冒険者志望の方が多いのでしょうか?」
「エウレカ、後ろを振り返って見てみろ。どいつもこいつも脳みそまで筋肉に染まったような奴らばかりだろう。ああいう奴はな、人の話をちゃんと聞けないんだぞ」
「本当に、そうなんですよ……。その癖に、何か問題があってから聞いてないぞ! って騒ぐんです」
受付嬢が頭を抱えながら、悲痛な表情で呟いていた。
港には様々な国から冒険者が集まっている。中には荒くれものも多いだろう。周囲を見る限りまともそうな奴は二割程度しかいない。
そんな奴らに笑顔で相手をしないといけない彼女は想像以上に疲れているらしい。
「すいません、愚痴を言ってしまって……。久しぶりにちゃんと話を聞いてくれる人に出会って感動してしまいました」
「その、おつかれさまです」
エウレカは困ったような表情を浮かべて俺と受付嬢の顔を交互に見て、労いの言葉を口にしていた。うん、多分それで正解だと思うぞ。
「気を取り直して、冒険者ランクの説明をさせていただきますね。冒険者ランクはFから始まり、一つ上のランクの依頼まで受注が可能です。また、ランクの上昇条件は依頼の受注件数や成功率を加味してギルドが判断します。ランクはFからE、D、C、B、A、Sと上がっていきますが、ランクを上げる条件として、一つ上のランクの依頼を規定回数こなすことも条件になっております」
「具体的には何回こなせばいいんだ?」
「申し訳ありませんが、それは答えることが出来ません。ただ、FからEにランクを上げるまではどの冒険者の方々も、十回程度Eランクのクエストをこなしていらっしゃいます」
「パーティを組んで依頼を受注した場合は?」
「メンバーのランク次第ですが、同じランクでパーティを組んだ場合は多少依頼をこなす回数が増えますね。パーティを組んだ場合は個人の実力を正確に測ることが出来ませんので。また、自分よりもランクの高いメンバーとパーティを組むことは出来ますが、受注できる依頼の条件は一番ランクが低い方を参照致します。仮にランクが二つ以上離れているメンバーとパーティを組んで依頼を達成した場合、依頼の成功件数は増えますがランクを上げることは出来ません」
「それだとパーティを組まずに受注して、高ランク冒険者に手助けしてもらう奴も出てくると思うが」
「そうですね。やはりそういう人も少なからずいますが、大抵は貴族の道楽息子ですので緊急依頼に駆り出されれば出ればすぐに死にます。一定期間同ランクの依頼を受けなければ冒険者の資格を剥奪されるのですが、それを防ぐために金に物を言わせた収集依頼を指名依頼として自ら出した貴族の方もいらっしゃいました。もちろん、その方の資格は剥奪致しましたけど」
確か高ランクになれば、緊急依頼を強制的に受ける義務もあったはずだ。それなのに金でランクを買う貴族が少なからずいることに驚いた。
「さて、カードが完成したようなので先にお渡しいたします。このカードを紛失されますと、金貨一枚の手数料で再発行致します」
「随分とお高いんですね」
「酔っぱらってカードを無くす方があまりにも多かったので、その予防策としてですね」
受付嬢の言葉に何人か心当たりがあるのか、ギルドで騒いでいた冒険者数名が俯いて目を泳がせていた。
受け取った銀色のカードの表には、
名前:ジャクリ
職業:魔法使い
冒険者ランク:F
と書かれていた。
裏には依頼の受注数や成功数と書かれていたが、何も受けていないので全て0が表示されていた。
「これでお二人の冒険者登録は完了致しました。他に何か聞きたいことはございますか?」
「パーティの申請はどうしたらいい?」
「お二人で組まれるのですか?」
「そのつもりだが、何か不都合でもあるのか?」
「お二人の職業は魔法使いと治癒師ですので、後衛二人のパーティでは随分とバランスが悪いかと。個人的には前衛指定でパーティメンバーの募集をおすすめ致します」
なんだ。そんなことか。てっきり二人ではパーティとして認められないとか言い出すのかと思ったが、前衛の不足など問題ではない。
というか、そもそも前提が間違っている。
エウレカは後衛などではなく、前線で自らを治癒しながら相手を殴り殺していく、所謂殴りヒーラーだ。魔王軍からは撲殺聖女などと呼ばれていたが、本人はその名称をいたく気に入っていた。
「大丈夫だ、問題はない」
と、言おうと思ったその瞬間、背後から声がかかる。
「なぁ、そこの嬢ちゃんよ。そんなひょろい奴は捨てて俺たちのパーティに入らねぇか?」
「あ?」
振り返るとそこにはオークのような体系をした男が下卑た笑みを浮かべて立っていた。
酒に酔っているのか、口からは酷い酒の臭いが漂って来ていた。
「最近のギルドはオークを飼い始めたんだな」
いかん。つい思ったことが口に出てしまった。
「あぁん!?」
ぼそりと呟いた言葉が聞き取れたらしく、頭に血管を浮かべながらオークは声を荒げていた。
相手をするのも面倒だし、騒ぎになればライツに迷惑をかけることになる。
「それでオークが何のようだ? 悪いが共用語で喋ってくれないと理解出来ないぞ」
「テメェ!」
どうやらオークは怒りの沸点が大分低いらしい。少し煽っただけで怒っていたら普通に生活するのも不便だろうに。
エウレカは騒動に興味がないのか、まだ終わらないの? と言ったような表情で俺の隣に立っていた。
「お前みたいな奴にそこの嬢ちゃんは勿体ねえから俺たちに寄越せってんだよ!」
エウレカの姿が人目を引くことは分かっていたが、こうも直接的に馬鹿なことを言い出す奴がいるとは思っていなかった。行動に移しそうなバカ共は魔法で足止めしたが、動かなくなった靴を片方だけ脱ぎすててわざわざ絡みに来たらしい。
「なあ、少し聞きたいんだが。もし俺が今このオークを殴った場合問題になるか?」
冒険者同士の諍いは日常茶飯事なのだろう。仲裁に入らない受付嬢に尋ねてみる。
「基本的に冒険者同士の争いに、ギルドが手を出すことはありません」
あぁ、なるほど。だからコイツは俺たちが冒険者登録を終えるまで待っていたのか。見た目のわりに卑怯な事を考える奴だ。
「悪いが、お前と話をするだけ時間の無駄だ。さっさと靴を拾って帰ったらどうだ? それともお前の中では片方だけ靴を履くのが流行りなのか?」
「テメェさっきから言わせておけば……」
「さっきから似たような言葉しか喋らないがオークは語彙が随分と少ないんだな」
「この野郎ッ!」
適当に煽っていたが、どうやらオークが我慢の限界を超えたらしい。腰に携えていた剣を抜いて振りかざした。俺に目掛けて振り下ろされる剣を半身で躱し、ホルスターから取り出した本を手に持って禁断魔法の呪文を唱える。
「魔導書コーナーブレイク!」
呪文の詠唱を終えると同時に、俺は手に持った本の角をオークの頭に打ちおろす。オークの頭は床を貫通し、身体をぴくぴくと震わせていた。
訪れる一瞬の静寂。
誰かが呟いた「あんなの魔法じゃねぇ……」という言葉に反応して周囲を見渡すと、誰もが慌てて俺から視線を外していた。
「終わりましたか?」
「ちょっとやりすぎた気もするが、自業自得だ」
頭が床にめり込んだまま動かないオークの荷物から金が入っている布袋を手に取って、受付嬢の前に置く。
「暴れて悪かったな。これは床の修理代に使ってくれ。足りなかったらそこでノビてるオークに請求してくれ。パーティの申請は明日また来た時に頼む」
「あ、ありがとうございます?」
「エウレカ、行くぞ」
「はーい」
困惑する受付嬢をよそに、俺たちはギルドを出て宿屋へと向かった。
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