04 取引
ライツの商船に同乗させてもらい、ゲーウェルの港町へ向かうことになった俺とエウレカ。用意された部屋に辿り着いた途端、強烈な眠気に襲われたが、部屋で安眠効果のあるお香を焚いていたせいらしい。
ゲーウェルの港までの三日間は、道中で海賊が襲撃してきたことを除けば特に問題もなく、無事に港へ辿り着くことが出来た。
魔法の手加減を間違えたり、エウレカの拳を喰らって打ちどころが悪かったりした数人が死んだが、海賊なので自業自得だろう。
襲ってきた海賊のうち、死んだ数人を除いて全て生け捕りにしてあった。ついでに海賊たちが使っていた船も拿捕しており、これらは街に引き渡すことで討伐報酬が出るらしい。
報酬については話し合った結果、全てライツが受け取ることになっており、その分素材の買取価格に上乗せすることに決まった。
「ようこそ、ゲーウェルの街へ」
船から降りると同時に、ライツは俺たちに向かってそう言った。
船上からでも確認できた通り、ゲーウェルの港町は規模が大きい。桟橋では荷物を担ぎながら移動する多くの人々や、少し離れた所では屋台からいい匂いが漂っていた。
本来であれば港から街へ入る際には身分の証明が必要なのだが、他の大陸から逃げ出すように海へと出た俺たちにそんなものはなく、また持っていたとしても聖女候補だったことを隠したいエウレカの手前、提示するわけにはいかない。
そんな俺たちの身元をライツは保証してくれた。どうやら彼はこの街の中でも一、二を争う程大きな商会を営んでいるそうだ。この町で俺たちが何か問題を起こした場合、身元保証人のライツにも迷惑がかかるとのことで、くれぐれも問題を起こさないように、と念を押されて解放された。
「それでは、私の店に向かいましょうか」
ライツに案内された彼の店は、街の中央に建っていた。想定していたよりも随分と大きい店で、ひっきりなしに客が出入りしている。
「どうぞこちらへ」
言われるがままに店の中を通り抜ける。途中、ライツの顔を見た従業員たちが頭を下げて「おかえりなさいませ!」と勢いよく挨拶をしていた。
俺たちはそのまま応接室へと通される。換金用にいくつかの素材を手渡すと、「少しお待ちください」とライツは部屋を出ていった。傍に控えたメイドに勧められ並んでソファへと腰かける。
「うおっ」
腰が深く沈み込んでしまうようなソファの柔らかさに驚いて思わず声が出た。そんな俺の様子を見てエウレカは笑っていたが、いざ座ってみれば同じように「わぁ」と、声を出して驚いていた。
メイドが淹れてくれた紅茶に口を付け、改めて応接室の中を見渡してみる。
壁に掛けられた絵画。華美な装飾が施された壺。趣味の悪そうな置物などが目に付いた。俺には何の価値があるのか分からないが、それでも随分と金が掛かっていることは分かる。
「ジャクリさん、多分なんですけど、あの絵だけで家が何軒か建ちますよ」
「……嘘だろ?」
「本当です。本物であれば、ですが」
エウレカが壁に掛けられた一枚の絵画を指して言った。
あんな絵一枚で家が建つとか、正気か? とも思ったが、すぐにその考えを改める。俺が蒐集している魔導書の中にも、確かに王都の一等地に家が買える程度の価値を持ったものが存在している。
絵画でもそう言った逸品が存在するのだろう。
部屋の中にある高価な品々を眺めていると、ぱんぱんに詰まった布袋を持って戻ってきた。彼は俺たちと向かい合うように座るとメイドに退出するように促し、テーブルの上に麻の袋を置いた。
「どうぞ、こちらが今回の報酬です」
「これはまた、随分と多いような気がするが?」
中身を確認すると、袋一杯に金貨が詰められていた。
「適正な価格ですよ。海竜の素材に、海賊の報酬、港までの護衛報酬。それと先程手渡して頂いた素材はどれも質の良いものばかりでした。後は、そうですね。正直に言ってしまえば今後とも御贔屓に、という思いもあります」
「随分と評価してくれているようだが、掃いて捨てる程いる魔法使いの一人だぞ?」
「はは、ご冗談を。ドラゴンの素材を手に入れることが出来るあなたがたがその程度の評価しか下されないのなら、世に居る魔法使いの大半が一般人みたいなものですよ」
そう、先程ライツに手渡した素材の中には勇者パーティとして活動していた頃に討伐したドラゴンの鱗や牙を混ぜていた。
確かに、ドラゴンの素材には間違いないが、倒したのは成体になったばかり個体で大して強くも無かった。火も噴かないし、魔法も使わない。言ってしまえばちょっと強いワイヴァーンのようなものだ。
「こっちの大陸にはドラゴンがいないのか?」
「いえ、普通に生息していますよ。ただ、ほとんどが高ランクの冒険者推奨の地域に棲んでいるのです。たまに群れからはぐれた個体が街に来ますが、冒険者ギルドが緊急討伐依頼を出すので、素材は全て冒険者ギルドと商業ギルドに流れてしまうんです。そこから個人に販売されるのですが、ドラゴンの素材はほとんど貴族が買いつくしてしまうので、私たちが買えることは滅多にないんです」
そう言うライツの表情は曇っていた。
ドラゴンの素材は使い道が多い。皮や鱗は上質な防具になるし、骨や牙は武器の素材として優秀だ。血は錬金術の触媒として破格の効果を持っているし、その肉はとても美味だという。ドラゴンの素材は捨てる部分がないと言われる程に誰もが欲しがるのだ。
「数年前、竜の素材が出回った時は公爵家が丸ごと購入して剥製にしたらしいですし、いや、なんとも羨ましい限りです」
うっとりとした表情を浮かべるライツ。顔立ちが良いせいか、どんな表情でも絵になるのは少しだけ羨ましい所だ。
個人的には竜の剥製なんぞあっても邪魔になるだけだと思うが、貴族の場合は他の貴族に対する見栄も必要なのだろう。
「おっと、すいません。久しぶりにいい素材に触れたおかげでついうっとりとしてしまいました」
「どうせ死蔵していたものだ。使わないまま持っておくよりも、必要としている人間の手に渡った方がいいだろう」
「ありがとうございます。……お二人にお願いがあるのですが、もしも珍しい魔物を狩れた際には、少しでもいいので是非ともうちに下ろしては頂けないでしょうか。もちろん、通常の買取価格よりも色を付けさせて頂きますし、必要なものがあればこちらで支援も致します。ジャクリさんは魔導書にご興味があるようですし、商人の伝手を使って表に出回ることのない魔導書を手に入れることも可能です」
ふーむ。確かにいい提案ではあるが……。
「エウレカ。どう思う?」
俺たちの話に興味が無かったのか、お茶請けのお菓子をひたすら頬張っているエウレカに俺は聞いてみた。
俺の一人旅であれば受けてもいい提案だったが、この旅はエウレカが一緒だ。旅に出る前、エウレカは無理やりついてきたから俺の好きなようにしていい、と俺に言った。
エウレカを連れていく決断をしたのは俺だ。彼女を見捨てることが出来なったし、旅の間は俺が面倒を見ようと思っていた。幼い頃から聖女候補として厳しく躾けられ、成人してからは魔王討伐の使命を受けて、旅をしていた。けれど、決して楽しいものではなかった。
魔物の被害が出ている場所に駆けつけては傷を負いながら討伐し、ふらふらになった身体でエウレかは怪我人の治療を行っていた。それでも、掬い上げることの出来なかった命はたくさんあった。時には、エウレカに酷い罵倒が飛ぶこともあった。
それでも、彼女は怒ることもなく、ただただ自分の無力さを呪っていた。
そんな彼女が、たとえ不本意な形だったとしてもようやく聖女という柵から解き放たれたのだ。エウレカには自分の人生を楽しんでもらいたいと思っている。
「私はそれで問題ないと思います。ただ、条件は付けた方がいいんじゃないでしょうか」
小動物のように口一杯に頬張ったお菓子を飲み込んでから、ようやくエウレカは口を開いた。
「条件、ですか?」
エウレカの言葉を聞いたライツの表情が少しだけ険しくなる。しかし、エウレカはそれを気にすることなく言葉を続けた。
「別に無理難題を押し付けようってわけじゃありません。素材を納品した際に、素材を持ち運んだのが、私たちだということを隠して頂きたいのです。とりあえず、私が提示する条件はこれだけです。ジャクリさんは何かありませんか?」
「そうだな。魔導書に関してだが、魔導書の所在に関するものならばどんなに怪しい噂でもいいから集めてもらいたい。素材を下ろしていることを秘匿してもらうのは当然として、どんな状況に陥ってもエウレカの名前を出さないことを誓ってくれ」
「それはもちろん。エウレカさんだけでなく、ジャクリさんの事も他言するつもりはありません。商人は命よりも信用が大事ですから」
ライツは笑顔を浮かべたままそう言い切った。
「あと、素材を納品するのはいいが、俺たちは今のところ冒険者でも何もない。珍しい魔物となれば高ランク冒険者にならないと出会う機会も少ないだろうし、滅多に下ろすことは出来ないぞ?」
もちろん、これからギルドで冒険者の登録をするつもりだが、ランクは簡単に上がるようなものでもない。冒険者というのは基本的に自己責任だ。ただ、身の丈に合った依頼を受けずに無茶をして死人が増えたことからランク制度が出来た。
高ランクになれば、指名依頼の報酬を指定できるという話をどこかで聞いた覚えがあるので、最終的にはランクを上げるつもりだったが、魔導書の蒐集は半ば趣味のようなものなので、急いでランクを上げる必要もなかった。
「それで構いません。このお願いはどちらかと言えば、お二人との縁を繋ぐためのようなものですから、納品をされないならされないで何の問題もないのです。ただ、使い道のない素材の取引先に困った時に私の事を思い出して頂けると幸いです。ああ、それと納品先に関してですが、この大陸の大きい街であれば私の商会の支店がありますので、そちらの方に持って行ってくださればきちんと買い取るよう連絡をいれておきます。魔導書の情報に関しても支店で受け取れるようにしておきますので、街に着いた際、お時間がある時で構わないので、顔を出してこのカードを店員にお見せください」
ライツは懐から小さな黒いカードを取り出して、テーブルの上に置いた。手に取ってみると、表にはライツの商会名が、裏面にはライツ名が刻印されている。
「随分と準備がいいんだな」
「このような機会を逃す様では商人としてやっていけませんので」
ライツから受け取った金貨を鞄の中に入れ、別れの挨拶をしてから店を後にした。
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