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03 血塗れの聖女

 頭部を無くした海竜の胴体は、勢いよく海面へと叩きつけられて水飛沫を上げた。

 船から一部始終を見ていた数人は、何が起こったのか理解出来ないと言ったような表情で口がぽかんと開いたままになっている。


「うぅ、血生臭いです……」


 頭部から海竜の血肉を被ったエウレカは、血塗れのメイスを握ったまま顔を顰めている。さっき着替えたばかりだというのに、ワンピースには返り血がべっとりと付着していた。


「ちっ、血の臭いに惹かれてきたか。エウレカ、これで顔くらい拭いておけ」


 エウレカに布を投げ渡し、海面から新たに顔を出した二匹の海竜と対峙する。

 まったく、海に出てから海竜に縁がありすぎるんだよ。仲間を殺されたからかめちゃくちゃ怒ってるし。

 その割に全然近づいてこないのはエウレカを警戒しているのか?

 多少距離があった所で何も問題はないが。

 腰のホルスターにぶら下げている古びた一冊の本を取り出し、ぱらぱらとページを捲る。


「ライトニングランス」


 呪文を唱えると本の背表紙が切り替わり、俺の背後に二本の雷で出来た槍が浮かぶ。右腕で雷の槍を掴んで海竜の頭部目掛けて投擲。手を離れた槍は寸分違わず狙った場所へと突き刺さるとバチィ! という轟音と共に全身が焼け焦げた海竜が、力なく海に倒れ込む。


「シャー!」


 立て続けに二匹の仲間がやられた海竜が叫ぶ。


「お前も死んでろッ!」


 同じように雷の槍を投擲するが、学習したのか海竜は尻尾を叩きつけて水の壁を作り出した。だが、槍の勢いは衰えることなく海竜の胴体を半分に貫いて消える。

 まだ他にも海竜が出てくる可能性があったので周囲を警戒するが、どうやらこの三匹だけだったらしい。


「おーい! 大丈夫かー!」

「ああ! 問題ない! 悪いが引き上げてくれると助かる!」


 船上で呆けていた男たちが我に返り、こちらへと声を掛けてくる。

 ロープを垂らしてもらい、エウレカを担いで船へと引き上げて貰った。俺に抱えられたエウレカは「納得がいきません!」と、抱き方に文句を言っていたが、片手でロープを掴まなければいけない以上、脇に抱えるしかないだろう。


「オウ兄ちゃん、すげぇな!」 

「そっちの嬢ちゃんもちっこいのに海竜の頭を吹っ飛ばすなんて、随分と強えんだな!」

「海竜が襲い掛かった時には死んだかと思ったが、魔法使いってのはすげぇな!」


 甲板に引き上げられ、一部始終を見ていたらしい、いかにも屈強な船員と言った風貌の男たちに囲まれるとバンバンと背中を叩かれる。

 その光景を見ていた周囲の人間もどんどん集まり始め、周囲に人だかりが出来ていた。

 ちょっ、さっきからずっと背中叩いてる奴! 痛いからちょっとは遠慮してくれ!


「皆さん、お静かに。恩人が困っているでしょう。持ち場に戻ってください」


 ぱん、と。

 手を叩く音と共に声が聞こえてくる。先程まで大騒ぎしていた人たちがその声を聞くと、「ありがとな」と、感謝の言葉を述べてから散っていく。

 ほとんどが俺たちから離れるように移動する中、こちらへと近づいてくる二人の人影があった。

 一人は40代くらいの年齢で、いかにも船長と言ったような風貌をしており、もう一人は20代後半くらいに見える顔立ちのいい青年だ。


「私はナージャの街で商人をしておりますライツと申します。お二方のお陰で海竜から人と荷を守ることが出来ました。助けて頂いて本当に感謝しております」


 と、青年は深々と頭を下げた。


「俺からも礼を言わせてくれ。俺はこの船の船長をしているマーロッツだ。船と船員が助かったのはお前たちのお陰だ。感謝する」


 続けて、船長も頭を下げた。


「俺たちもたまたま通りがかっただけでな。気にしないでくれ。俺はジャクリ。こっちは」

「エウレカです」

「ジャクリさんにエウレカさんですね。お二人は……どうしてこんな所に?」


 ライツからしてみれば、どうしたらこの広い海上でたまたま通りがかることが出来るのか? という至極真っ当な疑問なのだろうが、俺はその言葉を遮る。


「悪い、その前に水浴びか、なければ新しい服とタオルをこいつのために用意して貰えると助かるんだが」


 血塗れになったエウレカを指しながら言うと、ライツは申し訳なさそうな顔をして近くにいた船員に誰かを呼んでくるように指示していた。


「気が利かずにすみません。すぐに準備させますので」


 それから数分程待っていると、白衣を着た女性が船内から出てきてこちらへと近づいてくる。


「ライツさん。何の用でしょうか?」

「オリビア。彼女をお風呂まで案内してくれ。それから、彼女に合う衣類を見繕ってくれると助かる」

「分かりました。ではこちらへ」

「ジャクリさん、少しだけ席を外しますね」

「ああ。血生臭いから早く落としてくるといい。……一応気を付けておけよ」


 他には聞こえないような小声で注意をしておく。商船ということは、乗せている人員の素性を調べているだろうし、船の雰囲気からしても大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはない。どこに教会関係者が潜んでいるかすら分からないのだ。

 そんな俺の心配のよそに、にへらと笑いながら「大丈夫ですよ」と言ってエウレカはオリビアさんに連れられて船内へと向かって行った。


「船に女性を乗せているんだな……」


 半ば独り言のような呟きだったが、ライツはそれに反応した。


「彼女は僕の妻でして。船医として僕たちに同行しているんです。船に女性が乗っているのはやっぱり珍しいですか?」

「俺も船に乗った回数は少ないが、女性の船員は初めて見たな。漁師が船に女性を乗せないという話を港町で聞いた事があるが」

「そりゃあ迷信だよ。船に女を乗せていると海の神様が怒るってな。まぁ、俺が操縦する船にゃあ関係ねぇが」

「今時その話を信じているのは年寄りの漁師連中だけでしょう。それより、話を戻しますがジャクリさん達はどうやってこんな場所に? 近くに船は見えませんでしたが」

「船には乗ってきてないからな。俺とエウレカは筏で海洋を彷徨ってたから」


 今まで笑顔を崩さなかったライツだったが、俺の言葉に苦笑いを浮かべる。船長に至っては横で冗談はいけねぇ、と笑っていたが、実際に俺たちが使っていた筏を目にすると二人とも言葉を失って絶句していた。


「本当に筏で……」

「海竜を素手で殴り殺すような奴らは、やることが違うな……」


 失礼な。その言い方だと俺まで海竜を殴り殺したみたいじゃないか。そんな芸当が出来るのは俺が知っている中でも片手で数えるくらいしかいないぞ。そんな非常識な枠に俺を入れるのはやめて欲しい所だ。


「この船ってどこに向かっているんだ?」


 海で迷っていた俺たちだが、これだけは聞いておかねばならない。

 目的地が俺たちの出発した大陸だった場合、これまで過ごした時間が無駄になる。


「船の行先ですか? ゲーウェルという港町ですが」


 ゲーウェル、か。聞いたことがないな。念のために大陸の名前も聞いてみたが、そっちも聞き覚えが無かった。

 そうなれば、どうにか交渉してこの一団に便乗できないだろうか。


「ライツさん、実は俺たちここ一週間ほど漂流してたんだが、出来ればこの船に同行させてもらいたい」


 俺たちの正体や、教会に追われていることを隠しながら、嵐に巻き込まれ漂流するに至った経緯を話す。詳しく話をしていると、どうやらライツ達一行も嵐に巻き込まれ、海竜の縄張りへと踏み込んでしまったらしい。


「勿論謝礼はする。今は手持ちがないので素材で支払うことになるが」


 荷物の中には魔王討伐の旅で手に入れた希少な素材が大量、とはいかないまでも種類がある。出来れば、向こうの大陸に辿り着いた時のことを考えるといくつか買い取ってもらいたい所だ。


「いえ、命の恩人とも言える方々からお金なんて頂けませんよ」


 どうやらライツは義理堅い性格をしているらしい。

 俺としてはあくまで対等な条件で取引をして、海竜の件は貸しにしておきたかったのだが、ここで意固地になっても仕方がないだろう。


「助かる」

「いえ、礼を言うのはこちらの方です。ところでジャクリさん、一つお願いがあるのですが、海竜の死体を買い取らせて頂けないでしょうか?」

「海竜の死体を? それは別に構わないが……船で曳いて行くのか?」


 あれだけ大きなサイズの海竜を持ち運ぶ術が俺にない以上、ここに捨てていくしかなかった。それを買い取って貰えるというのなら願ってもない。二体は焼け焦げているせいで素材の価値が下がっているが、エウレカが倒した海竜は頭部がないだけで一切の損傷はない。

 しかし、現時点で損傷がないだけで、船で曳いて持ち帰ろうとすれば水中で魚や魔物に食べられる可能性もあるし、首から流れる血で他の魔物を誘引する可能性もある。

 ああ、なるほど。その護衛のために俺を船に乗せたのか。と、一人で納得していた俺だったが、ライツの口から出た言葉は予想外のものだった。


「船で曳くのは危険ですから。私の魔法に収納しておきます」

「収納? 空間魔法が使えるのか?」

「ええ。商人としては大変有用な魔法ですからね」

「もしかして、空間魔法の魔導書があるのか!?」

「い、いえ。私は師から直接教えて頂いたので……」

「……そうか」


 魔導書の蒐集を趣味にしている俺にとって、空間魔法の魔導書は中々に出会えないものだ。そもそも空間魔法の使い手が少ない挙句、その魔術構造が書かれた魔導書は誰も彼もが存在を隠蔽したがる。空間魔法が使える、というだけで箔が付くのだ。その希少性を高めるためか、滅多に表に出てくることが無い。

 せっかく空間魔法の魔導書が読めるかと思ったのだが……。

 いや、もしかすると本当は持っているかもしれないがそれを出会ったばかりの怪しい魔法使いに教えるだろうか? 俺がライツの立場になった場合、本を持っていることは隠そうとするだろう。

 だとすれば、彼には恩を売っておくべきか。商人である彼にとって、私の持ちこむ素材が有益なものであると判断されれば、条件として空間魔法の魔導書を見せてくれるかも知れないし、仮に所持していなくても、伝手で探して貰えるかも知れない。


「海竜だけでなく、出来れば俺の持っている素材も買い取って貰えると助かるんだが」

「ええ、それはもちろんですとも。ただ、申し訳ないのですが、お支払いはゲーウェルに到着してからでも構いませんか?」

「ああ、問題ない。それまでは護衛として働かせてもらおう」

「助かります。それと、お二人のお部屋を手配するように伝えておきますので、ご自由に使ってください!」


 その場を離れるライツを見送り、船長に案内されて用意された部屋を訪れる。


「あー、疲れた……」


 そのままよろよろとベッドに倒れ込み、大きく息を吐く。

 後でエウレカの様子を見に行かないといけないな、と思いつつも俺は心地良い感触に包まれて意識を手放した。

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