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02 そうなんですか?

「そうなんだなぁ……」

「そうなんですねぇ……」


 真っ青な空。真っ白い雲。照り付ける太陽に、見渡す限りの水平線。筏に乗った俺とエウレカ。

 俺たちは絶賛遭難中だった。

 どうしてこうなった?

 いや、原因は分かっている。

 

「あのクソ教会め」

「すみません」

「気にするな、エウレカは悪くない」


 思わず口に出た言葉にエウレカが反応した。申し訳なさそうな顔をしているが、エウレカは全く悪くないので、ぽんぽんと頭を撫でておく。

 俺もどこかで教会を甘く見ていたのだろう。

 海洋へと進出する数日前。魔王城で出会った俺とエウレカが大陸を渡るために北へと向かっている途中、襲撃があった。教会から逃げ出したエウレカを放置するとは考えていなかったが、まさか魔王城が存在する僻地まであんなにも早く追手が来るとは思っていなかった。直接襲ってきた人間は全て命を奪っておいたが、既に俺たちが北の海岸を目指していることは報告されていることだろう。

 予定ではそれなりに立派な船を作る予定だったが、襲撃を考えてこれを断念。単純な造りの筏を製作し、これでもかというくらいに魔法で補強した。耐久力はたとえ嵐の中を航行しても壊れることはない。ちなみに、動力は風魔術で補っている。

 後はコンパスに従って他の大陸を目指すだけだったのだが、ここでも教会の邪魔が入る。突如現れた船の上から直接攻撃をするでもなく、進路を導かれるように誘導され、俺たちは嵐の中へと進んでいた。魔法で補強しているので特に問題はなかったが、揺れを無くすことは出来ない。そのせいで、コンパスが海中に投げ出された挙句、海竜がそれを飲み込んで何処かへと消えてしまった。

 それから数日かけて嵐を抜け出した俺たちだったが、方向すらもあやふやで漂流を続けて今に至る。


「食料は十分にある。水は魔術で創り出せばいいし、餓えることはないだろう」

「後は無事に大陸に辿り着けるかどうかですね」

「大丈夫だ。今までも何度か遭難しかけたことがあるが、その時もどうにかなった」


 時々、魔術で空を飛んで周囲を確認している。よっぽど運が悪くなければ陸も見えてくるだろう。常に空を飛んでいれば島を見つけることも簡単だが、飛翔魔術というものは非常に燃費が悪い。数十分もすれば俺の魔力は底をついてしまう。空中で魔力が尽きるということは、すなわち死を意味する。

 今はまだそのリスクを負うべき時じゃない。


「しばらくはこの方向に進もう」


 ついさっき上空を確認して何も見えなかった。距離を稼ぐために風魔法の出力を上げると、一気に進む速度が速くなった。島が見えればそれでいいし、もしかすると船が見えるかもしれない。

 飛翔と風魔術で魔力もそれなりに使ったし、休憩でもしようかと考えていたが、うとうとするエウレカが視界に映る。

 ああ、そうだよな。ここは筏の上で、しかも遭難中。何かを見落とさないためにも交互に睡眠を取っていたが、睡眠環境としては最悪だ。そんな中で、十分な睡眠がとれるわけがない。眠たげに瞼を擦るエウレカの姿を見て、俺は決めた。

 寝具を作ろう。


「ちょっと待ってろよ」


 帆を作った時に使った布が余っているし、筏を作った時の材木も筏に積んである。万が一、筏が壊れた時の修復用だったが、嵐の中を航行したこの筏が壊れることはないだろう。

 積んでいた木材を取り出し、手頃なサイズに切り出してフレームを組み立てていく。大きさはエウレカよりも少し大きいくらいで良いだろう。筏にフレームの足をはめ込むための切り込みを入れ、外れないように固定する。

 日が当たらないようにベッドの四方に板を張り付け、入口がある方向だけ半分ほど開けておく。雨避けに布を被せれば枠組みの完成だ。残りはマットだが、これは海の水を使うことで解決した。

 掬い上げた水に弾性を付与し、水の周囲を薄い布で包み込んで状態固定を付与する。これを敷き詰めれば完成だ。世の中にはテイムしたスライムをベッドにしている国もあるらしい。さしずめこれは疑似スライムベッドと言った所か。同じように枕も作って、安眠の魔術をかけておく。魔術と言っても、効果は気休め程度のものだ。無いよりはマシ程度だろう。


「エウレカ。ちょっとこっちに来てくれ。……エウレカ?」


 エウレカの名前を呼ぶが、反応がない。

 振り返ると、エウレカは座ったままの状態で、すぅすぅと寝息を立てていた。


「疲れて眠ったか」


 エウレカを起こさないようにゆっくりと抱きかかえ、ベッドへと運ぶ。しかし、ここで問題が起こる。僅かな距離だったが、ぴっちりと張り付いた神官服で主張された二つの巨大な山が歩く度に揺れるのだ。

 己の心を律しながらエウレカをベッドに寝かせ、心と下半身を鎮めようとする。


 結局、エウレカが目を覚ましたのは翌日の朝になってからだった。

 朝食を食べ終えると、エウレカのために服を作ることにする。

 いつまでも神官服姿というのは不味いだろう。他の大陸に教会の手が迫るとは考えにくいが、少しでも追撃の確率を減らすために手間を惜しむことはしない。

 目算で大体のサイズは分かっているので、後はデザインだけだったが無難なものにしておいた。王都や大きな都市で取り扱っている衣服を思い出しながら布を縫っていく。

 なるべく露出は少なめにして、上下の繋がった黒をベースにしたワンピース。首元には花のブローチを添えている。丈は膝下に抑え、下着が見えないようにレギンスも用意した。


「後は細かい調整だが、これは本人にやってもらうしかないな。エウレカ、ちょっといいか?」

「どうしました?」


 手に持っていた武器を置いて、エウレカはひょこひょことこちらへ近づいてくる。


「これ、俺が作ったんだが、試しに着てくれるか?」

「ジャクリさんが?」

「ああ、いつまでも神官服でいると人目をひくからな。服を変えるだけでも随分と印象が変わるだろう?」

「手作り……ジャクリさんの、手作り……。うふ、うふふ」


 持っていたワンピースとレギンスを手渡すと、エウレカはそれを抱きかかえて小声で呟き始めた。


「エウレカ?」

「はっ! 早速着替えてきますから! 待っててください!」

「そ、そんなに急がなくても……」


 俺の言葉が届く前に、エウレカは寝室(仮)へと駆け込んでいく。

 数分程待っていると、黒いワンピースを身に纏ったエウレカが俺の前へと現れた。


「ど、どうですか? 似合ってますか? 変じゃ、ありませんか?」

「あ、ああ。似合ってるよ」


 エウレカは頬を紅く染めながら、恥ずかしそうにしている。

 神官服姿の彼女に慣れているせいか、ワンピース姿の彼女がとても新鮮で可愛く見えた。

 いつまでも見惚れているわけには行かないので、着心地などを聞いてみる。


「着心地はどうだ? 少し大きめに作ったんだが、何処かきつい所はあるか?」

「それは大丈夫です。いつも着用していた神官服が少しきつめだったので、ゆったりしていてとても楽ですよ。」

「そうか」


 喜んでくれたようで何よりだ。自分のローブなどは何度か作った覚えがあるが、女性用の衣服は初めてだったからな。上手くいって何よりだ。


「ああ、ちょっと待った。エウレカ、後ろを向いてじっとしていてくれ」

「? はい」


 大事な仕上げを忘れていた。このままでは普通の服となんら変わりがないので、防具として使えるように魔法を付与しなければいけない。

 別に、ワンピース姿のエウレカが可愛かったので日頃から着て欲しいと思ったわけでは決してない。

 ワンピースに使った生地はごく普通の布だし、触媒もない。付与の数は二つが限界か。

 うーん。二つ、二つかぁ。やっぱり定番の物理耐性と魔法耐性が無難か? 余裕があるなら全属性耐性や斬撃耐性も欲しいし、エウレカの戦闘スタイル的には攻撃力増加もつけたいんだが、こればっかりは仕方がない。


「少し触るぞ」

「んっ……」


 エウレカの背中に触れると、彼女は小さく声を漏らす。

 エウレカの背中をなぞるように這わせながら、服に魔力を浸透させていく。その度にエウレカの口からは声が出るが、俺の精神を保つためにも無心で指を走らせる。


「よし。エウレカ、大丈夫か?」

「はぁっ、はぁっ、だいっ、じょうぶ、です」


 身体を震わせながら肩で息をしているエウレカ。

 この状態のエウレカを見ているのは悪いと思ったので、視線を外して海を見る。


「ん、あ? ……船、か?」


 最初は見間違いかとも思ったが、目を凝らして遠くを見れば、僅かに動く黒点のようなものが見えた。

 商船か、それとも海賊船か。しかし、ようやく見つけた人の気配を逃すつもりはない。


「悪いエウレカ! 速度を上げる。しっかり何かに捕まってくれ!」

「はいっ!」

「――っ!」


 返事の直後、腰の辺りに柔らかな感触が押し付けられ、思わず叫びそうになる。

 いや、確かに捕まれとは言ったけどよ!

 まさか俺に抱きつくとは思わないだろ!

 ここで慌てている間にも黒点はどんどんと小さくなっていく。

 ああ、もう、どうにでもなれ!

 風魔法の出力を最大にし、海の上を滑っていく。速度を出せば出すほど揺れは激しくなり、エウレカの腕に力が入り、スライムの如き柔らかさが腰に押し付けられる。

 無心、無心だ。心を落ち着かせろ。魔術の操作に集中するんだ。出力を上げて、徐々に黒点が大きくなっていく。


「あの船、随分と速いな」


 魔法の出力をかなり上げているはずなのに、その距離は徐々にしか縮まらない。

 船の船体に描かれている紋章を見るに、おそらく商船の類だろう。


「おーい! 聞こえるかー!」


 出力を更に上げ、船の側面に並ぶ。何やら甲板では慌ただしく人が動いているらしく、叫んでみても俺たちに気付く様子はない。


「困ったな」


 船に追いつくために出力を上げているせいで、飛翔の魔術を使うことが出来ない。俺一人であればどうにでもなるんだが、エウレカを置いていくことは出来ないからな。


「どうにかして気づいて貰いたいんだが……」

「わかりやすいように魔法を撃ち上げたらどうですか?」

「うーん、そうだな。そうするか」


 我に返ったのか、慌てて腰から手を離していたエウレカの意見を採用する。

 一目で目立つのは火属性の魔術なんだが、木造船だからな。飛び火して炎上したら大変なことになる。やはりここは被害の出にくい水属性を使うことにしよう。

 筏から手を伸ばし海面に触れる。手のひらを回転させ上に向けると、海面から大きな球体の水が浮かび上がった。指先で操作し、甲板から見える程度の位置まで高さを上げ、水球を爆ぜようとした瞬間――甲板から放たれた炎で水球が蒸発して消える。


「お?」


 少し予想外ではあったものの、今の魔術のお陰で甲板の人間が数人顔を出したので良しとしよう。

 ん? なにやら物凄い剣幕で何かを叫んでいる。


「――――ねえ! ――後ろから――!」


 遠くてよく聞き取れないが、えーっと?


「後ろ?」


 辛うじて聞き取れた言葉に反応して振り返った俺の視界に映ったのは、俺たちを喰らおうと鋭い牙を見せながらこちらに向かって来ていた海竜の頭が、エウレカの握ったメイスによって粉々に砕かれる光景だった。


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