01 プロローグ
魔導士様は魔法蒐集が趣味のようです。
「……温い」
主を失った古城で、俺は一人寂しく紅茶を啜っていた。
大規模な戦闘の跡が残る城で探し物をしていたが、戦闘の余波で消え去ったのか、元々存在していなかったのか、お目当てのものは見つからなかった。
「此処の魔王ならあるいは、と思っていたんだが」
「あら? 何かお探しものですか?」
温くなった紅茶を一気に飲み干して、声のした方へと振り返る。そこには、神官服を身に纏った美少女が立っていた。
「エウレカ?」
金色の髪を揺らしながら、こちらへと近づいて俺の向かいに座る。笑顔で俺の顔をじぃっと見つめる彼女は、怒っているようにも見える。しかし、理由が俺には分からない。無言の圧力に耐えられなくなった俺は持っていたカップを手に置いて席を立つ。
「茶でも飲むか? その辺りにあった奴だし、味の保証はしないが」
「ええ、お願いします」
近くの棚からカップを取り出し、水魔法で一杯分の水を指先に浮かべる。火魔法で水の温度を上げた後、缶から取り出した茶葉を投入して混ぜていると、エウレカは呆れた表情を浮かべていた。
「随分と豪華な魔法の使い方をしますね」
「む? 俺は魔法使いだからな。日々魔法の研鑽と蒐集には余念がない。ほれ、出来たぞ」
「だからと言って紅茶を淹れるのに数種類の魔法を使うのは貴方だけでしょう。……少し温くないですか?」
差し出したカップに口を付け、不満を口にするエウレカ。普段から紅茶を淹れているわけでもない素人に対して、そんな事を言われても困る。
「それで、聖女様であらせられるエウレカがどうしてこんなところに?」
これ以上紅茶に対して不満を言われても困るので、話を変えるついでに気になっていたことを本人に尋ねる。本来なら王都でパレードと共に聖女の就任式を執り行う予定になっていたはずだ。その主役であるエウレカがこんな場所にいるはずがない。
「それ、聞いちゃいます?」
「そういう割には、聞いて欲しそうな顔してるけどな」
「もう、仕方がないですね。そんなに聞きたいなら教えてあげます」
「じゃあ別にいいや」
「ごめんなさい嘘です是非聞いてください。出来ればその後に私を慰めてください」
見るからに気落ちするエウレカ。瞳の端には涙を浮かべ、放って置くと泣き出してしまいそうだったので、仕方なしに話を聞くことにする。
「その、ですね。私、聖女として認められなかったんです。というか、別の人が聖女として就任されたので、今頃は盛大に祝われてるんじゃないでしょうか」
「何故だ? 魔王の討伐までした聖女候補が聖女として認められないなんてそんなことがあるのか?」
「それが、あるんです。自分で言うのもなんですけど、私って可愛いし、能力も高いじゃないですか? だからてっきり、自分が選ばれるものだと思っていたんですけど。その、勇者様がですね、別の聖女候補……ああ、今の聖女を見初めてしまって」
エウレカの言葉に呆れてものが言えなくなる。つまるところバカ勇者が聖女候補を気に入ったせいで、勇者を取り込みたい教会側が婚姻と共に聖女候補を正式に聖女に認定したのか。
いや、教会は馬鹿なのか?
いくら勇者が気に入ったからと言っても、エウレカは数年近くも魔王討伐を目的とした旅を続けている。旅の道中では聖女候補だったとしても、その功績は確かなものだ。それを無視して教会にいた聖女候補を聖女としても人々が納得するだろうか?
「教会は良くても、エウレカに助けられた人たちは納得しないだろう?」
「あー、それはですねえ。私、死んだことになる予定だったらしいです」
「は?」
予想外の言葉に思わず間抜けな声が出る。
「魔王との戦いでか?」
「いえ、そうではなく。本来なら魔王討伐を終えて聖女になる予定だった訳ですがここで突然の不幸――あのクソ勇者がクソビッチを気に入るという事態が起こってしまったわけで」
「急に言葉が悪くなったな」
「クソビッチを聖女に据えたい勢力からすれば、私は邪魔なわけですよ。私の方が百倍可愛いですし、力もある。魔王討伐や人々を助けてきた実績もある。そんな私が聖女の下にいたら邪魔でしょう?」
「百倍はいいすぎじゃないか?」
確かに可愛いと思うが、自分で言うのはどうかと思う。
「もう! そこは無視してくださいよう!」
ぷくー、と頬を膨らませるエウレカ。
「教会側も最初は穏便に暗殺しようと思ったのか、口にするもの全てに毒が混ぜられていました」
暗殺に穏便も何もないと思うのだが。しかも暗殺対象が自分だというのに随分気軽に話すんだな。
「ですが、私はこの通り聖女ですので。一般的な全ての毒に対して耐性を持っている私はその程度で殺されたりはしません」
「毒耐性持ちってことは……随分と危険な事を」
毒耐性を得るためには自ら毒を摂取しなければならず、回復魔法や薬などを使わずに耐えなければならない。耐えきれば抗体が出来て毒耐性を得ることが出来るが、もちろん途中で命を落とすことだって珍しくはない。
成人してから数年しか経っていない少女が笑いながら話していい内容ではない。
「知っていますか? 歴代聖女の死因で一番多いのは毒による暗殺なんですよ?」
「その噂は教会が否定しているはずだろう」
「あら? 噂って言うのは根拠があるから流れるんですよ。私が聞いた話によると、教会を良く思わない勢力からの妨害だという事でしたが、私が受けた仕打ちを鑑みるに、これまでに亡くなった聖女の中には教会に殺された方も多く存在しているのでしょうね」
少しだけ、悲しそうな表情を浮かべたエウレカだったが、すぐに笑顔へと戻る。
「それで? エウレカが毒殺されかけたのは分かったけど、此処に居る理由にはなってないよな?」
「えー、最後まで言わないと駄目ですか? 大体予想出来ますよね?」
「話を聞いて慰めろって言ったのはそっちだろう?」
エウレカの話を詳しく聞いてみると、大体俺が予想した通りだった。
毒殺に失敗した教会は教会暗部の暗殺者にエウレカの寝込みを襲わせたらしい。しかし、エウレカはこれを難なく撃退。傷一つ負うことなく王都の教会に用意された部屋の壁をぶっ壊してここまで逃げてきたと。
最初は当てもなく逃げていたらしいが、魔王との決戦前にエウレカがパーティメンバーに配った加護付きのアミュレットには持ち主の大まかな居場所が分かる能力があるらしく、それを追って此処まで辿り着いたようだった。
教会の連中は侵入者が入ったという時点で教会の信用が地に落ちるとは考えなかったのか? いや、そもそも暗殺を実行している時点で何を言っても無駄か。エウレカが邪魔になったなら、地方巡礼に出すなり、王都から離れた街の教会に置くなり色んな方法があっただろうに。
どうしてもエウレカを亡き者にしたい理由があるのかと考えもしたが、答えは全く出てこなかった。
「私が此処にいる理由は話したんですから、次はそっちの番ですよ」
「ん? 俺の番?」
一体俺に何を話せと言うのか。
エウレカみたいに珍事に出くわしたわけでもない。主を失った魔王城の家探しならぬ城探ししていただけだ。
何を話せばいいか迷う俺に、エウレカは確認するように問う。
「ジャクリさん、勇者を庇って死にましたよね?」
「ああ、そのことか」
エウレカの言葉で、俺は少し前の出来事を思い出す。
魔王との決戦で、俺は勇者に向かって放たれた魔法から身を挺して庇った。確かにそれは事実だ。その魔法で俺は致命傷を受けて命を落とした――ことになっている。
腹部に大きな穴を開け、勇者が魔王に止めを刺した技の余波で破壊された瓦礫に飲み込まれた俺の姿を見れば、死んだと思っても不思議ではない。
まあ、俺はこの通りピンピンしてるけど。
「俺があんな攻撃程度で死ぬわけないだろう」
「だったら戻ってきてくれてもいいじゃないですか! 私、悲しかったんですよ! ジャクリさんを探しましょうって言っても、あの傷で生きているはずがないって言うし」
腹にどでかい風穴が開いて生きている方が珍しいだろう。少なくとも、俺の生死に関してはエウレカよりも他の言い分が正しい。
というか、俺が死んだらエウレカは悲しんでくれるんだな……。彼女の優しさに思わず涙が出そうになる。勇者は『俺を助けて死んだなら、それは名誉なことだろう』とか言うような人間だからな。俺も勇者の事が嫌いだったから約束がなければ助けなかったかも知れないし。
「悪いとは思ったけど。魔王との戦闘で死ぬ、というか死んだことにするまでが俺の仕事だったから」
「どうしてそんな……」
「王族に伝わる魔導書を読ませてもらう代わりに、魔王討伐に力を貸す。討伐成功後の富とか名誉とかは必要ないから、魔王城にある魔導書は全部貰う。って王様との約束っていうか、契約? をしたからな。まあ、魔王城の書庫は無くなってたけど」
勇者を守る約束は、第一王女と交わしている。それなりに高値が付く宝石類と、魔導書ではないが歴史に名を遺した魔導士の日記を貰った結果、非常に不本意ではあったものの勇者の命を幾度となく救っている。勇者自身はそれを運がいいだの自分の実力だのと勘違いをしていたが。
そういえば、王女と約束を交わす時に将来の旦那様がどうのこうの言っていたはずだが、勇者は聖女にお熱らしいし、一体どうなるんだろうな。
まあ、俺が気にすることでもないか。あの勇者は精々修羅場を潜り抜ければいい。
「魔導書のためにそんな約束……でも、思い返してみればジャクリさんって結構色んな所で魔導書集めていましたよね」
「世界中に存在する魔導書を集めるまで俺は死ねん」
「世界中……ってこの国を出るんですか?」
「ん? ああ、そのつもりだよ。この大陸は十分回ったし、それに死んだはずの魔法使いが歩き回るのも不味いだろう」
勇者との旅で手に入れた魔導書も結構あるし、何より王族に伝わる魔導書も手に入れることが出来た。内容は子孫繁栄のための魔法――言ってしまえば百発百中で子どもが出来る魔法だったので俺には必要ないが、跡継ぎの問題もあるし王族にとっては重要なものだろう。
探し求めている魔導書の噂すらも聞かないし、あるとすれば魔王城だったのだが、今回は失敗に終わっている。他の大陸に行けば見た事のない魔導書もあるだろうし。さっさと次の大陸へ向かう方が得策かもしれないな。この大陸に残っても良いことないし。
「目当ての魔導書もなかったし、別の大陸で魔導書を探す旅にでも出るさ」
まだ行ったことのない大陸もいくつかあるし、知らない魔導書もあるかもしれない。
「私も連れてってください!」
どの大陸に向かうか考えを巡らせていると、エウレカがそんなことを言う。
うん、そうだよね。この国を出るって言った瞬間、目が輝いてたもんね。
「一度大陸を出てしまえば、中々戻ってこれないぞ? 両親とか、友人とかにも簡単には会えなくなる」
空間魔法でも使えれば話は別なんだろうが、生憎習得には至ってない。
「大丈夫です。お父さんもお母さんも天に帰りましたし、友人は元々居ないので」
「いや、その。……すまん」
やべぇ……。地雷を踏み抜いてしまった。
申し訳なさそうな顔をしながら笑みを浮かべるエウレカに、慌てて謝罪の言葉を出す。
確かに両親が既に亡くなっていることは旅の道中、少し話をした時に聞いた覚えがある。当時、魔導書を読むのに熱中していたせいで適当に返事をしていた自分をぶん殴りたくなる。
「大丈夫ですよ。あんまり気にしてませんから」
「でも、本当にいいのか? 男と二人旅だぞ?」
念のためにもう一度聞いてみるが、エウレカと旅をすることは既に決定事項だ。
教会が暗殺という強硬手段を取った中、エウレカをこの大陸に放っておけば、彼女は命を狙われ続けるだろう。他のメンバーも一緒だったが、数年近く旅を続けてきて、エウレカのことは知らない仲ではない。
事情を知らなければ放置していたかもしれないが、知ってしまった以上は手を貸さないという選択肢が俺にはなかった。
「はっ、私のこと襲うつもりですか!? 駄目です、そういうことはちゃんと手順を踏んでからですよ」
胸を腕で隠しながら、ジト目でこっちを見てくるエウレカ。
「いや、襲わないから」
というか、手順を踏めば手を出してもいいのかよ。
出さないけど! ……多分。
「ふふ、私、ジャクリさんを信じてますから」
無邪気な笑顔を浮かべるエウレカに思わずドキッとしてしまう。
そんなことを言われたら、絶対に手を出せないじゃないか。
「俺も、行動でエウレカの信用を勝ち取るとしよう」
こうして、俺とエウレカの旅が幕を開ける。
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