第8話:時間と村
朝日を受けて起きた…ということは、この世界にも太陽がある、という認識で一応いいのだろう。
まさか、月と同じように2つあったりは…しないか。
太陽2つなんて、危うく暑くてやってられないところだった。
さて、ここで1つ俺に関する豆知識を話しておこう。
これは、昨晩…オルドと呼ばれる男と話をした夜に確かめたかったことに関係している。
俺は、こと生活習慣に関しては、とある事情から、殆どブレることの無い生活を送っていた。
具体的に言えば、まあ、決められた時間に物事を実行するタイプだったのだ。
つまり、俺は自分の中の体内時計を割と信用していて、なんならそれによる体調管理が可能だったりする。
まず、俺の起きる時間は毎日決まって午前7時30分。
しかし今朝は眠気が残る。
というのも、例の少女に「起きなさい」と命令され、その上蹴りまで食らって起きたのだ…
くっ…殺すなら殺せ!くっころ!
…などとふざけている場合ではない。
これでほぼ正確(と自負する)体内時計による時間管理が出来なくなってしまった…が、まあ、恐らく7時とかその程度だろう。眠気は軽いようだし。
さて、確認…と、そこまできて気がついた。
この一行、時計を所持している人間が見当たらない。
まさか、時計を作る、使うという文化が発展していない世界なのか?
これでは、この世界の時間について検証できない…
いや、まだ懐中時計という選択肢もある。
…仕方ない、聞いてみるか。
「悪いが、1つ聞きたい事があるのだが…」
「む?なんだ?」
応えたのは、俺の近くにいたリヒトと呼ばれる少女だ。
「あの…時間が知りたい、のだが…今は一体何時なんだ?」
途端、少女の顔が険しいものへと変わる。
蒼い瞳は、温度の高い炎が宿ったようにも見えた。
少女だけではない。その場にいた者たちの目つきが鋭くなり…そして次第に、不思議そうな、怪訝な表情に変わっていった。
もちろん、少女もご多分に漏れない。
「…私達を…試しているのか?それとも、混乱させようとでも?」
「は?いや、別にそんなんじゃないけど…いや、ただ気になっただけなんだ…気にしないで欲しい…」
「…」
なんとか言い繕ったが、少女はやはり納得のいかないと言った顔をしたままだった。
そのまま考え込みそうな少女に、大柄な男ー名前は確か、ケマだったか、が近づいていく。
「リヒトさん、まずは、この男を連れていくのが先決ですよ?」
「…あぁ、そうだな」
少女はまたこちらをチラと見たが、考えることは止めたらしく、そのままテキパキと指示を出して出発の準備を整えしまった。
「では、行くとしよう」
少女の号令で、俺を連れた一行は出発する。
俺に関しては、両手を縛っている縄がリヤカーに繋がれており、まるで奴隷のようだ。
…ところで、本当にどこに向かうのだろう?
*
途中、川に立ち寄り顔を洗い、水を確保した。
まあ、海があったのだし、川があるのも当然と言えば当然か。
なんにせよ、飲める水で助かった、というところか。
そのまま一行は、川沿いを上流に向かって歩いていく。
ここまで来れば俺でも想像はつく。
古来より、人々は大小関わらず川の近くに集団を形成したものだ。
だとすれば、彼らが目指しているものは、恐らくは町。または、それに準ずる村や集落。
川のすぐ横には林が形成されており、木材にも困らなそうではある。
今までの文明レベルから考えると…規模的には恐らく村程度だろう。
それともレンガ作りの家があったりするのだろうか?
それは、現段階では分からないか…
2時間は歩いただろうか?
この世界の太陽の動きは分からないが、その位置は朝見た時よりも明らかに高い位置にあった。
俺の眼前で繰り広げられる、小柄の少年クゼとクゾルのコンビのおしゃべりのネタも尽きてきた頃。
…ていうかこの2人、本当にずっと喋ってたぞ…
2時間喋りっぱなしって、暇なJKなの?
「着いたか…」
「おっ!着きましたー!?」
「コラ、クゾル!静かにしろって!」
辿り着いたのは、規模的には村と呼ぶ程度の場所だった。
家は見たところ木造。村の外れには畑のような場所も見える。
人々の服装は遠目でも分かる、質素なものだ。
村の入り口で少女が立ち止まり、一行に向き直る。
「よし、今日は一旦、この村で休息をとる。村の長には私から話をつける。皆は、とりあえず今晩の準備を整えておいてくれ。それからー」
そこまで言って、少女は俺の方を見た。
険しい目つきで俺を一瞥した後、順繰りに仲間を見渡していく。
まあ、今、1番扱いに困るのは俺だろうな。
放っておく訳にもいかず、誰かの手を煩わせる訳にもいかない。
「ーそれから、コイツは…ケマ、監視を頼めるか?」
「ああ、問題ない」
「よし。では各員、行動開始だ!」
少女の号令により、またしても男達が動き出した。
何というか、この世界では女性の方が男性に優越していたりするのだろうか?
それともこの一行だけか?
などと考えていると、そんな尻に敷かれている大柄な男、ケマが俺の縄をぐいと引っ張る。
「お前は、こっちだ」
俺は言われるがまま着いて行き、男のする準備とやらを黙って見守る羽目になったのだった。