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回復魔法は禁忌指定です  作者: 鳴座
第1章 回復魔法は如何ですか?
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第7話:現状と一端

 夜が過ぎていったと言ったな。あれは、嘘だ。

 うん、夜が過ぎていっているのに変わりはないのだが…一つ確かめたいことがあり、俺は起きていることにしたのだ。


 今は、彼ら一行が移動の際に使っているとか言うリヤカー、のようなものに寄り掛かってぼんやりと空を眺めている。

 この世界にも月はあるらしい。

 どこの世界で見る月も美しいもんだ。


 彼らの方はというと、見張り番と俺の監視も兼ねてか、1人は必ず起きている。

 交代で休息をとっている、といったところか。

 今起きているのは、先程、少女の後ろに立ってこちらに鋭い視線を常に向けて来ていた細身の男だ。

 彼らの話を盗み聞きした結果、名前はオルドと言うらしい。

 俺の方を意識していないようにしているが、正直言ってなんだが背筋にとても寒いものを感じる…

 これが殺気とでもいうやつだろうか?

 この人は敵に回してはいけない人種、なのだろう…


 まあ、無駄話はこのくらいにしよう。

 まずは現状の整理からだ。


 断言しよう。ここは俺が元いた世界ではない。

 つまるところ異世界。

 その証拠に、空に浮かんでいる、あの月。

 いや、正しく言えばアレらの2つの月。これが決定的な証拠だろう。

 月が2つ「俺が交通事故にあったその日に月に隕石が衝突してその破片で新たな月が作られた」とかでない限り、少なくともここは俺が元いた世界ではないだろう。


 あの魔法使い、本当にやりやがった…

 「回復魔法をの真髄を見せる」とか言っていたが、まさか何も準備のない状態で放り込まれるとは。

 …まあ、一度は死んだ命だ。

 助けられた身で、何も言えた義理ではないだろう。


 そして現状。

 まずは五体満足。コレは良い。素晴らしい。

 体の前で縛られている両手…コレは、百歩譲っても良い。俺は完全に不審者だからな。


 さらに彼ら。海で溺れていた俺を助けてくれた一行。

 今見張り番をしている、オルドという男。

 先程の尋問の場で、少女の横に座っていたガタイのいい男、ケマ。

 その少女、リヒト。

 この3人の後ろに控えていた、若干幼目の顔立ちをした少年、クゼ。クゼとひっついて動いているもう1人の少年で、クゼより背が少し低い少年、クゾル。


 どれも彼らの話を盗み聞きして得た情報だが…

 そこまで間抜けでも無いか。仮の名前の可能性もあるが、今のところは仮称でもこれでいいだろう。


 最後に、最も面倒な問題。

 俺は今、その彼らに亡命者として捕まっている。

 いや、広義的には間違ってもいない気がするが、それにしてもこの状況はマズイ。


 魔法使いに頼まれたお使い…は、正直どうでもいいのだが、それ以前の問題だ。

 下手すれば、元いた世界の某共産主義国よろしく獄中で変死、なんてことも考えられる…


 そこまで考えて、ふとある考えが頭によぎった。

 「それはそれで良いかもしれない」と。

 このまま死ねれば、存外楽かもしれない。

 何も考えず、抗わず、踏ん張らず、そのまま流されて消えていけたら、どれほど楽だろう。


 しかしその思考は、不意に掛かったある声に掻き消された。


「ーおい」


 夜の闇より、尚も冷たく響く声に、顔を上げた。

 その声の主は、見張り番をしているオルドと呼ばれる細身の男だった。


 男はこちらをチラと一瞥すると、またすぐに焚火に向き直った。

 火に照らされて、顔に映る影がゆらゆらと揺れる。


「何を考えているかは知らないが…逃げようなどとは考えないことだ。貴様の事情がハッキリするまでは、私達は貴様を逃してやろうとは思っていない」


「…」


 男の放った言葉は、そこまで俺に衝撃や恐怖を与えるようなものでなかった。

 しかし、だからこそ何か恐ろしいものを感じる。

 どこか機械的に、俺を処理しようとしているような、そんな悪寒。


「…別に、逃げようとなんて思って、ない…」


「ふん…どうだかな…」


 言葉が途切れる。

 わざわざ会話を続けようとも思わないが、ここで否定しなければ、俺に対する疑惑は深まっていくだけだろう。

 かと言って、否定する材料が手元にある訳ではない。

 このまま時が過ぎるのを待つのが無難だ。


 だが、そんな思考とは裏腹に、言葉が口をついて出た。

 つまり、感情だけを乗せた言葉だ。


「そんなに逃したくないのなら…いっそ殺したらどうだ?」


 俺の出した言葉は、考えとは全く逆のただの嫌味だっただろう。

 彼らを俺を、殺せるはずがないのだから。

 男がこちらを見る事はない。揺れる火を見つめてる瞳の色は、伺えない。


「ーハッ!殺すとしたら、とっくのとうに殺しているさ。リヒトが拾った奴が、たまたま亡命者の可能性があるから生かしているだけだ。」


 男の口から言葉が漏れた。

 男の冷徹な印象にそぐわぬ、乾いた笑い。


 俺はそれを黙って聞いた。

 またこれだ。亡命者。彼らにとっては貴重な存在らしい、亡命者。

 しかし残念ながら、俺はそこまで貴重な人間ではない。

 そんな俺の考えなどお構いなしに続けられた男の言葉に、俺は口を噤むしかなかった。


「だが、貴様が本当に亡命者で有れば…有益な情報を絞り尽くして、その後は…」


 男は黙って立ち上がり、俺の側まで近寄ってきた。

 向こうの行動に、俺はどうしようも出来ないのに咄嗟に身構えてしまう。


 男の左脚が、俺の右肩をリヤカーの側面に叩きつける。

 蹴られた衝撃で、寄り掛かっていた木製のリヤカーが乾いた音を立ててグラついた。


 ーその後は、楽に死ねると思うなよ?

 無関係な俺にも分かるほどの、この言葉に込められている感情の名は、憎悪とでも言ったところか。

 一体何が、この男にそこまでの感情を抱かせたのか。

 そしてそれは、この男だけの感情なのか。


 翌朝、確かめたい事が確かめられたかどうかは分からないが、朝日を受けて俺は起きた。

 右肩に痛みは残ってはいなかった。

 しかし、俺が触れたであろう、この一行が抱えている何かは、頭の片隅に確実にこびりついた。


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