第6話:邂逅
「ーぷはっ!」
まさか初っ端から水に叩き込まれるとは!
あの魔法使い、もし今度あったら崖から突き落としてやろうか…
「本当に、碌なことをしない奴だ…」
まずは呼吸を整えなければ!
幸いにして泳ぎ方は心得ている。こういう時のために、小学校から水泳の授業があるのだな。
…いや、それは違うか。
なんとか落ち着きを取り戻し、周囲を確認しようとして気づいた。
しょっぱい。
「ここ…もしかして、海か?」
だとしたら非常に不味い…
ここが、どこの海の、どこら辺にあるのか分からないし、助けが来るのかも怪しい。
ここが本当に元の世界と異なるのなら「海ではない」という可能性も捨てきれないが、それは些か楽観視が過ぎるというものだろう。
どうする…どうする…!
打つ手がない俺に、しかし、運は味方をしてくれたらしい。
「そこの者!これに捕まりなさい!」
声が響くと同時に、大きな木材のようなものがこちらに投げ込まれてきた。
水に浮く木材なのか、沈んだと思ったらぷかぷかと水面に浮き上がってきた。
俺はそれにしがみついて、なんとか体を安定させる。
よく見ると崖の上に人が立っているのがなんとか見える。
どうやら、俺が落ちた場所から岸までは近かったらしい。
…だったらなぜ水の中になんて落としたのか…!あの魔法使いめ…
それから俺は、自力で岸辺まで泳ぎつき、数人の男たちに引き揚げられたのだった。
*
俺を引き揚げてくれたのは、4人の男達に1人の少女を加えた一行だった。
今は彼らの焚いてくれた焚き火にあたりながら、半ば尋問をくらっているみたいなものだ。
まあ、身なりも身なりだし、仕方ないか。
「ーで、あの状況にあった、と。」
「はい、そんなところです…」
俺の答えに納得いっていなさそうに、少女は険しい顔でこちらを観察してくる。
少女は、歳の頃は俺と同じか少し上、つまりは18才くらい、見える。
あくまでも背格好の話だが。
灰色の髪を肩甲骨辺りまでサラリと流し、蒼い瞳は冷ややかに俺を見据えている。
一言で言えば、ファンタジー小説の世界の住人、という感じか。
少女の側に控える男達もそう。
服の上からでも分かる屈強な体躯。
こちらを観る目に油断はなく、手元には剣らしきものが置かれている。
警戒心丸出しだ。
「この辺りの村の住人が、釣りや漁をしている最中に流された、という話はさほど珍しくもないですが…」
と、少女の傍の男はそこで言葉を止め、俺を凝視する。
まあ、そうだろうな。
俺の服装はこの時代にそぐわないものだろう。
あちらの服は、本当にどこぞのRPGの村人のような服装だ。
対してこちらは、恐らくは見慣れないであろう形態の服、パーカーにジーンズ。
RPGの村人がこんな服装だったら、緊張感もなにもないだろうな…
「えっと…何度も言うように、俺は怪しい者ではなくてですね…ただ、海に落ちる前の記憶がなくて…」
そう、俺が「どうして海で溺れていたのだ?」と聞かれて出した返答は「記憶がない」という、なんとも便利な答えだった。
実質ゼロ回答。
「…ふむ、しかし、貴様の髪の色も、瞳の色も、何よりその服も、この辺りでは全く見かけぬものだ。本当に、貴様は何者なのだ?」
少女の後ろに控えていたもう1人の男の発言だ。
こちらは、先の男と比べるとやや線は細いが、こちらを睨め付ける冷ややかな視線には伶俐さがある。
「もしかして…亡命者、かしら…?」
「…!?リヒトさん!それは、しかし…」
少女の一言がその場をざわつかせる。
残りの2人も顔を見合わせて、何事か話し合い始めてしまった。
これは、何か面倒くさい流れになった…か?
「レーイチ、と言ったわね?」
「…はい。そうですけど」
正しくは零一だ。
そんなことは今どうでも良いが。
「…まず、その丁寧な口調は結構よ。あなた、見たところ私と同い年くらいでしょう?」
「…はぁ、なら、遠慮なく」
リヒトと呼ばれた少女は、一度考え込むような仕草を取り間を開けた。
それから隣の男と目を合わせると、何か覚悟を決めたらしく、俺に向き直り口を開いた。
「私達は、貴方がリンクリヒテンからの亡命者ではないかと思っているけれど…どうかしら?」
「…は?リンク…なに?」
少女の口からまろび出た単語についていけなかった。
そもそも、何で言葉が通じるのか?
魔法使いの図らい…?
そんなに親切か?あいつ。
しかし、そんな事を考える時間はないらしかった。
「惚けてるのかしら?こちらには、貴方を拘束して尋問する、という選択肢もあるのよ?」
「何を…言っているのかよく分からないんだが…?」
ふっー、と少女は一息つき、今度は俺を睨んでくる。
これは不味い。
「本当の事と思われること」を話さなければ解放してくれない流れだ。
加えて、話がかなり物騒になってきてしまった。
今の話が本当なら、俺は彼女達に身柄を拘束され、尋問…いや、拷問?を受けることになる。
そうなれば、本探しをするかどうかという話ですらなくなってしまう。
「まあ、ちょっと落ち着いて欲しい…本当に今までの記憶がないんだ!だから、俺を尋問したって、何も聞き出せないぞ?」
「問題ないわ…その点は、私達の力でどうとでもなる」
ゴクリと、後ろの細身の男の喉が鳴る音が聞こえた。
なんでお前が生唾を呑むんだ…普通は俺だろう
一体、何が行われるのか…ゴクリ
しかし、考えるにも考えようがない。
俺には圧倒的に情報が足りないし、この状況では逃げ出そうにも逃げきれないだろう。
辺りには既に、夜の帳が下り始めている
土地勘もないこの場所で、暗闇の中逃げるのは危険に過ぎる。
それに、魔法使いに見せられたあの巨人の姿も脳裏をチラつく。
あんな化け物に1人の時にあったとすれば…ゾッとしない話だ。
…ここは、開き直るのも一つの手か。
「…分かった。どうせ、俺には何も出来ないし…拘束してくれても構わないよ」
「ほう…随分と素直だな」
「言っただろ、何もできはしないし…」
そこで、少女の目線が膝の上の俺の腕に向いたが、すぐに視線を戻してしまった。
なんだ?俺がなにか、武器を隠し持っているとでも思っているのだろうか?
生憎だが、一切の準備なしにこちらに飛び込んできてしまっている。
便利アイテムの一つだって持っていない。
「しかし、悪いんだが替えの服を貰いたい…」
こうして、異世界での俺の1日目の夜は過ぎていった。