なんちゃって漫才【人体】
ツッコミ「こんにちは。今日も暑いですね。皆さま夏バテとかしてませんか?」
ボケ「ところで僕は最近、健康のありがたみをしみじみと噛みしめているんですよ」
ツッコミ「たまに風邪とかひくと、ありがたさに気付きますよね」
ボケ「今日は身体の様々な部位へ感謝の気持ちを伝えたいと思います」
ツッコミ「うんうん、良い事ですね」
ボケ「まずは目から。(右の眼球を取り出して、水晶体に繋がった繊維部分を撫でながら)毛様体さん。毛様体さん。いつも水晶体の厚みを変える事でピント調節に関わって下すって、ありがとうございます」
ツッコミ「(全身をワナワナと震わせながら)おま……それ……なんて……なんて事を……」
ボケ「(ツッコミを左目で見つめて不思議そうに首を傾げる)……?」
ツッコミ「お前……! その部位はチン小帯だろうが!! 謝れ!チン小帯さんと毛様体さんに謝れ!!」
ボケ「(眼球に頬ずりし、同時に自らの頭を叩きながら)バカバカバカ、僕のバカッ!! 日頃お世話になっているチン小帯さんと毛様体さん、間違えちゃって本当にごめんなさい!!」
ツッコミ「オレからも、謝っておきます。チン小帯さん、毛様体さん、申し訳ございません」
ボケ「(眼球を元に戻して)次に頭部。(頭をパカッと開けて脳漿を掌に少量注ぐ。)脳漿さん。脳漿さん。いつも脳や脊髄を保護したりとか、なんやかんやして下さって、どうもありがとうございます。(脳漿を脳に戻し、頭を閉じる)」
ツッコミ「オレからも、ありがとうございます」
ボケ「(腹部を観音開きにして)それからお腹。上行結腸さん。上行結腸さん。いつも水分を吸収したりとかして下すってありがとうございます。(大腸の一部を取り出し、トントンと優しく叩く)」
ツッコミ「(皿のような目で)お前何言ってんの?! それはS状結腸だろうが!! 謝れ! 上行結腸さんとS状結腸さんに、ひれ伏して謝れ!!」
ボケ「(地に両の手をつく。小腸や大腸や腎臓などが地にこぼれ落ちる。)うわぁぁぁん! またやってしまった!! ごめんなさい、上行結腸さんとS状結腸さん!! 」
ツッコミ「オレからも、すみませんでした。おい、臓物早く仕舞えよ。見苦しい」
ボケ「(内臓を腹に収めて閉じ、立ち上がる)もう間違えないぞ」
ツッコミ「うん、頑張れよ。次はどこだ?」
ボケ「えぇと、次は……ふくらはぎあたりかな……?」
(ナレーション)
それからもボケは身体の様々な部位に対して感謝の言葉を述べていった。S状結腸の次は右脚のヒラメ筋、左手薬指の爪半月、膵臓ランゲルハンス島と続いた。
彼は馬鹿ではない。過去の過ちを猛省し、その後決してそれらの名称を誤る事はなかったのだ。丁寧にひとつひとつ、スマートフォンにて調べながら、ありがとうを伝えていった。ボケはいちいち身体の内部からその対象部位を取り出して慈しみながらありがとうと伝えていく。
……その行為は二時間経ってもまだ続いていた。ツッコミはそんなボケを、横に立ちただ黙って見ていた。が、ついに待つ事に耐えられなくなったのだ。
ボケ「……砧骨さん。砧骨さん。いつも外部からの音を振動として内耳に伝えて下すって、ありがとうございます。(砧骨を耳の中へ戻す)」
ツッコミ「……それさ、まだ続く感じ?」
ボケ「もちろん。身体の全ての部位に感謝しているからね」
ツッコミ「効率が悪いんだよな。最初に目、頭、腸、ふくらはぎと来ただろ。行き当たりばったりなんだよ。目は目でまとめてやるべきだったんだよ」
ボケ「今さら言われても……」
ツッコミ「もうさ、細胞に対してやっちゃえば? これならある程度全身まとめて出来るだろ」
ボケ「いい考えだね。そうするよ。ではさっそく……(細胞内からゴルジ体を取り出してそのひだひだを突つきながら)ゴルジ体さん。ゴルジ体さん。いつも、なんか良く知らんけど、タンパク質の輸送とかに関わって下すって、ありがとうございます……」
(ナレーション)
ボケはこの後、ありとあらゆる細胞内小器官――核やミトコンドリア、小胞体など――に対して、ゴルジ体にした事と同じ事を行なった。ツッコミはまた、その様子を隣でじっと見ていた。
ボケ「………ペルオキシソームさん、いつもありがとうございます(ペルオキシソームを細胞内へと戻す)。あーやっと終わったぁ」
ツッコミ「うんうん、頑張ったな。疲れたろ。今夜はゆっくり休めよ」
ボケ「最後にツッコミ、君にも言いたい。いつもありがとう」
ツッコミ「何だ、改まって……オレは好きでお前のそばにいるんだから礼を言われる筋合いは無いんだよ。じゃあ、またなんかあったら呼べよ。(足から順に、スゥ〜〜〜ッと消えてゆく)」
ボケ「まったくツッコミは素直じゃないなぁ」
(ボケの回想が始まる。ボケの心の声が辺りに響き渡る)
ねぇツッコミ、僕が君に出会ったのは、今日みたいな真夏の日のお昼前だった。いや、今日みたいな、という表現は間違っているかもしれない。最近の夏はあの頃とは比較にならないくらい暑くなったと感じるから。
僕は一人、アパートの狭いベランダでダンゴムシを探して並べていた。本当は公園に行きたかったけど、お母さんにご飯の準備で忙しいからベランダで遊んでなさいって言われて、しぶしぶその通りにしたんだ。三歳のタラオと一歳のイクラは二人きりで公園に行っているのに何で五歳の僕は一人で行っちゃダメなのかって凄く不満だった。(ボケは反復横跳びを開始する。)
ベランダには飽きっぽいお母さんが買ってきたプランターが所狭しと並べられていて、朝からの水遣りを忘れたのか、ミニヒマワリやアサガオやローズマリー達は水分が抜けてぐったりとしていた。狭いベランダはプランターのお陰でさらに狭くなっていたので、僕は身を縮こめてプランターの下を覗き込んでダンゴムシを探した。ベランダの端っこの方は日当たりの関係で常に湿っていたからか、プランターの下にはよくダンゴムシが蠢いていた。僕はそれらをつついて丸くして遊ぶのが好きだった。
あの日僕はいつものようにダンゴムシを探して、何匹いるのか数える為に並べてみようと試みた。でもダンゴムシは丸まってもすぐに動き出してしまうのでそうするのは難しかった。
すると突然「ダンゴムシは動くから、瓶か何かに入れるといい」って声がして、後ろを向くとツッコミがいたんだ。(ボケの反復横跳びは速度を増す。)
ツッコミは僕と同じくらいの年頃に見えた。彼はミニヒマワリとローズマリーのプランターの間に腕組みをして立っていた。パラソルへんべえが持っている傘みたいな渦巻き模様がたくさん描かれたTシャツを着ていて、そのインパクトが強すぎてどんなズボンを履いていたのかまでは思い出せない。扇風機代りの室外機が生ぬるい風を僕たちに送っていたヨネ。
ツッコミの言う事はもっともだったので、僕は部屋に入ってプリンの空き容器を取って戻って来た。あの頃お母さんはプリンやヨーグルトやご飯ですよ! の容器を捨てずに全て洗って取っていたっけ。
ツッコミが背後で見守る中、僕はダンゴムシを一心に容器に入れ続けた。ダンゴムシは全部で八匹いた。
「八匹か。八と言う数字は末広がりで縁起が良いんだぞ。これからいいことがあるかもな」
ツッコミがそう言った時、お母さんの「ご飯出来たよー!」という声が聞こえた。
「飯だってよ。じゃあな、また来るから」
ツッコミはそう言って、目の前からス〜ッと消えていった。
そしてお昼ご飯の時にツッコミの言う通り、さっそくいいことが起きた。ご飯は僕の好物の冷やし中華だったんだ。
ツッコミはそれからも度々僕の前に現れた。大抵僕が困っている時や一人きりで寂しい時だ。一人っ子でしかも友だちの少ない僕は兄弟が出来たみたいで嬉しかった。ツッコミは僕に的確なアドバイスをくれたり間違いを正してくれたりと、年の離れた兄貴みたいな存在だ。僕にとってもはや無くてはならない存在だ。
でも、何となくだけどツッコミ、君はサヨナラも言わずに突然いなくなってしまう気がする。そんなのは絶対に嫌だからね。消える時はちゃんと、一言で良いから教えてね。(ボケの反復横跳びはさらに速くなり光の速さを超え、やがて見えなくなる。)
(暗転)
ありがとうございました。