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海鳥

作者: 詩雨

今日はわたしの誕生日ですので、命にちなんだ(?)お話を投稿。



 その日は、漏れ出る家の灯りと数少ない街灯の灯りしかないような、澄んだ夜の日だった。


 闇に紛れて、僕は散歩をしていた。ゲームをするのも気が引けるし、はたまた勉強かと言われれば気は進まない。かといって眠気はゼロだ。何はなしに、夜の街を行くあてもなく散歩しているのであった。


 例えば、イヤホンを持って行って夜に合うお気に入りの洋楽を流しながらカフェにでも立ち寄って、静かな空気を嗜む、なんて大人びたことが出来ればいいのだが、ひっきりなしに車が来て渡る隙間もないような道では、向こう側にばかりあるカフェに入ることも出来ない。僕の戦利品は洋楽が詰まったイヤホンだけであった。


 くすんだオレンジ色の正方形コンクリートの歩道を踏みしめて、僕は夜を歩いた。こちら側には僕しかいないようで、カフェと同じく向こう側にだけ、人が歩いている。


 忙しそうに帰るサラリーマンや、深夜にちょっとうろついてみる色男、そんな男に声をかけてほしそうに待っている厚化粧の女、そして……おそらく部活帰りだと思われる、女子高生。


――おかしい。今は深夜だ。それも、1時近い。


 ほっほっと白い息を吐きながら、女子高生は駆けて行く。僕とすれ違う形で、対岸を走り抜けていった。肩掛けのバッグが落ちそうではらはらする。首にかけられたタオルとミディアムボブの髪の毛が微かな風になびいている。


 普通ならばこういうとき、ストーキングといういかにも怪しい行動を取るのだろうが、僕は今1人だけの闇散歩をしているのだ。不可思議な事件に自ら巻き込まれに行く気など毛頭ない。


 途中で、子供用の小さな公園を見つけた。この辺りで存続している公園は実に珍しい。よく見ればやはり、公園の名前が書いてあったであろう石板は掠れて文字が見えなくなっている。


 女子高生にはさらさら湧かなかった興味が、何故か今は湧いてきており、僕はその小さな公園に足を踏み入れた。その公園にあるのは、小さな赤い滑り台と同じく赤のブランコが2つ、そして古くなって黒ずんだ木製ベンチのみ。金木犀の木も一本、ベンチの右側に植えてあった。


 高校の時、何故だか僕はやけに女子力が高くて、花言葉なんかをよく知っていた。金木犀は確か……誘惑とあと何か……。まぁいいや、と2人がけベンチの右側に座る。暗い深夜に1人、公園に座る男性はそりゃあ不気味だろうが、構わない。


 ふと左を見ると、ハンカチがぽとりと落ちている。別に悲しげでも淋しげでも何でもなかったので、そのまま放っておくことにした。時間がたてば、持ち主も探しに来るであろう。一応、手すりという目立つ所にはおいておく。小説の主人公のように、交番に届けに行く途中で持ち主とばったり、なんてことは望まない。


 瞼をすぅっと閉じてみる。僕の目の裏には、満天の星空に紺青の夜空が光り輝いていた。でも、眠気はなかった。イヤホンの音楽を切ってみると、更に睡魔は逃げていく。眠れない。仕方なく目を開けると、何も変わらない公園だった。隣にハンカチもある。


 そっとハンカチを取ってみる。女物のようで、淵に小さく繊細に作られたレースがあった。薄いピンクのハンカチの右下に、銀色の糸でちんまりと、名前が刻まれていた。


『入片海鳥』


 奇妙な名前であった。……だが、僕には見覚えがある。とんでもなく、見覚えがある。それに、実際呼んでいた名前であった。


「いりかた、みどり……」

「あれ、呼んだ?」


 驚いて、僕はハンカチを取り落としそうになった。急いで手すりに戻して、僕は声が降ってきた方を見る。予想通り、そこには先程すれ違ったはずの女子高生がいた。


「……どういうことだ?」

「ふふ、秘密。ところで、久しぶりじゃない?」

「まぁ。高校以来だな。……コスプレか?」

「あれ、知らないの?私、死んだんだよ」

「……は?」


 茶色みがかったミディアムボブ、細身で白くてすっくとしてどこか凛々しく可愛らしい顔に大きなテニスラケット、いつも肩にかかっていたふわふわタオル。


 僕は覚えている。高校時代の同級生であり彼女、入方海鳥。彼女は紛れもなく、海鳥なのだ。そして、このハンカチの持ち主でもある。僕があげた最初で最後のプレゼントなのだから。


 そんな海鳥がいきなり、「死にました」なんて言ってくるから、僕は度肝を抜かれて体をベンチに押し付けた。


「そんなに怖がらなくてもいいと思うよ?ふふ。卒業式にね、私、死んだんだ」

「畏まらなくていいから……、僕は今何を見てるんだ?」

「え、何って、私でしょ?」

「海鳥の幽霊か?」

「幽霊っていうか、魂?会いたくなってね、来ちゃった」

「どこからだ!」

「上から~」

「……また、来れるのか?」

「上が決めるよ」


 海鳥は昔のように、あっけらかんと上の方を人差し指で指さす。どうやら、元カレの僕に会いたくて、死んだくせに舞い戻って来たようだ。


「君の家に行ったのにね、誰ですかって。お母さんったら私のこと、忘れちゃったみたい」

「そりゃあそうだろ!息子の高校時代の彼女が、制服でやって来ても、分かるわけがねぇ!」

「相変わらずツッコミ気質だね~、君は」


 ふふっと笑って、海鳥は僕の隣に座った。ちょっと理解できない状況ではあるが、久しぶりの邂逅に心が浮き足立っているのが分かる。


「ね、海行きたい」

「いきなり何だよ?」

「海行こう?」

「無理だって」

「行けるでしょ?車は?」

「ない。散歩だよ」

「あ~、だからここにいたの?」

「逆になんだと思ったのか聞きたいぞ、僕は」

「家出?」

「馬鹿か!」


 海鳥は、僕を誘惑してくる。いや、本人に誘惑の姿勢はないのだろうが、僕はどうしても誘惑されている気分になる。海鳥は男心を掴むのが上手かった。海鳥自身は、好かれたいなどの欲望はないそうだが。


 海に行けないと分かっても、海鳥は楽しそうに足をぶらぶらさせている。高校の時から更に身長が伸びた僕は、余裕で足が地面につくが、高校時代の体のままの海鳥は、ぶらぶらさせるほどの合間があるようだった。


「なぁ、何でここに来たのか聞いても良いか?」

「え、だから、君に会いたかったって言ったでしょ?」

「……だから、僕に分かるようにその格好で来たのか」

「逆になんだと思ったの?」

「コスプレ」

「違うよ!」


 ちょっと怒ったように言う海鳥も、相変わらず可愛い。高校卒業から高校時代の友人とは完全に縁を切って、同じ高校出身の奴が誰もいない大学に進学したため、海鳥の死を知らなかったのだろう。僕は勝手に、自然消滅したのだと思っていた。


 頬を膨らませて「ぷんぽこぷんぽこ」と喚いているちんちくりんの頭をつんとつついてみる。


「うぎゃ。何だい」

「僕、そろそろ帰りたい頃合いなんだけど?」

「夜更かしは若者によくありません!帰りましょう!」


 海鳥はぴょこんと立ち上がって、にっこりと僕を見上げてくる。それにしても大きくなったね~、と顔に書かれてある。僕も負けずと、背は伸びるものだからな、と顔に書いた。


「明日もいるのか?」

「いるよ?しばらくは君を見たいから」

「そうか。でも僕はただ大学に行くだけだからな?つまらんぞ」

「いいよ。君が見られれば、それで」


 素直で元気がよくて利発な海鳥は、了解しましたと頷く。やけに真面目な元カノの顔が可笑しくて、僕は思わず吹き出した。


「あ、あとさ、女子力下がったね~」

「お前!それは――それはさっき僕も思った」




―――――――――――




「よう、堺」

「よう」


 大学で出来た友人の肩を叩いて、朝を喜び合う。嘘だ。ただの接触と挨拶である。


「お前これ知ってる?」

「ん?あー、あれだろ、ディナビ」

「えっ、お前が知ってる⁈珍しいな!」

「あのなぁ、僕も一応ゲーヲタだって」

「いや、認めん。真のゲーヲタは俺だ」

「どっちもどっちだろ!」


 今、堺の中で流行っているゲームが、ディナビだ。堺と親しい他の友人から既に伝わっては来ていたので一応ディナビの存在は知っているが、実際僕はディナビをしていない。つまり、ディナビについての知識はゼロということだ。


「ね、ディナビって、何?」

「あー、お前が死んだ後に出来たゲームだな。……ってお前、ここにも来たのか」

「え、駄目?」

「……いいけど」


 いきなり、僕の耳元で空中浮遊している海鳥が話しかけてきた。傍から見たら僕は見えない誰かと話しているこじらせまくった中二病患者だ。


 海鳥は、嬉しそうに「やったぁ」と騒いでいる。僕としては、好きに騒いでいてほしい。それが海鳥の楽しいことならば、僕は嬉しい。


 僕は海鳥が死んだ今でも、海鳥が好きなようだった。


「な、今度ディナビやろうぜ」

「ダウンロードとかチュートリアルとかあるぞ?」

「いくらでも待てるって!」

「その前にお前、進路は?」

「……任せとけ!」

「こえぇ!すげぇこえぇ!」


 もの凄く楽しそうに堺が笑っている。親友の引き笑いを聞くと、海鳥の笑顔ほどではないが幸せな気分になる。


 見ると、隣で海鳥も微笑ましそうに笑い転げる堺を見つめていた。


「何か、楽しそうだね」

「……堺はいつでもこうだぞ?」

「堺くんもそうだけど、君も。何かねぇ、高校の時より、ラフ。肩の力が抜けている感じっていうの?」

「まぁ、色々重なって、ちょっと今幸せだしな」

「へぇ、幸せなんだぁ?……彼女でも出来た?」

「いねぇよ!」


 作るとしてもお前だけだ、と、僕は改めて心に誓った。




―――――――――――――――





「……ね。あと、1時間なんだ」


 自宅に帰ってから、海鳥が僕を振り返って、そっとそう言った。目玉と同時に、あぁ、と何かがすとんと落ちた。納得、というやつだった。もう、それで察する。海鳥は、もうこの世にはいないのだから。


 久しぶりの逢瀬も、一瞬で終わることなのだ。1日くらいしかいないのに、不意に感じるのは大きすぎる喪失感だった。


「ずっと前からさ、私たち、一緒に過ごして来たみたいだね。……予告してなくて、ごめんね」


 言いたくなくって、と海鳥は言う。たった1日、それもあまり会話もしていないのに、辛い。久しぶりに、本当に久しぶりに会ったからだろう。


 寂しそうに笑う海鳥を見て、僕はふっと思い出す。


「……海鳥、少し家の外で待てるか?」

「え?うん、待てるよ?……何かありそうだし、待ってるね」


 何かを察してくれたらしい海鳥は、僕の部屋の窓をすり抜けて外へ出て行った。僕は、海鳥を寒い中待たせないうちにと急いで探し物を始める。


 もう体はないのだから寒さは感じないことも分かっているのだが、元カレの僕として、今でも大好きな彼女を外に置いてけぼりにするのはあまり好かない行為であった。




―――――――――――――――





「海鳥!」

「あ、終わった?」


 窓の外に呼びかけると、海鳥が再び窓をすり抜けて入って来た。


「ね、リビングで待ってたかったよ?」

「あ……ごめん」

「んふ、いいよいいよ、何かあったんでしょ?どうしたのさ」


 海鳥は、訝し気に僕の全身を眺めはじめる。特に異常はないようですけど、と体をかがめたまま、僕を見上げてくるので、僕はちょっと笑って海鳥をまっすぐに立たせる。


「いや、元カノと別れる前にちょっと――」

「え?」


 口角を少しだけあげながら海鳥に話しかけると、彼女の悲しそうな声が降ってきた。僕が「え?」だ。今の言葉に何かおかしいところがあっただろうか。


 相変わらずふわふわ浮いているかと思ったら、海鳥はちゃんと立っていた。海鳥の目は、潤んでいた。


「ね、私、元カノ、なんだ……?」


 ヒュッと息を呑んだ。恋人関係にあったけれど、片方が死んだためその関係はなくなると思っていた。でも、ここに海鳥がいて、まだ海鳥も僕を好きならば、まだ、まだ……。


「――僕の、もう死んでしまった大切で大好きで、代わりに死んであげたいくらい愛している彼女に、2個目のプレゼント」


 高校時代に海鳥にあげようと隠していたプレゼントがあったことを思い出したのだ。部屋中漁って、悲しいことに50分くらい使ってしまった。


 あと、10分だ。


「……ハンカチの次は、何?」


 一度うるうるが止まった瞳を、また潤ませながら、先程より熱く震えた声が聞こえる。僕はそっと、第二のプレゼントを海鳥に差し出した。


「金木犀の、瓶詰めキーホルダー」

「……っ」


 僕は、右手の人差し指と親指でキーホルダーをつまみ上げて見せる。海鳥は、キーホルダーを見上げて、口を半開きにして、代わりに目を見開いて金木犀の瓶詰めを見ている。


「ね、ねぇ、知ってる?金木犀ってね、花言葉がいくつかあるの」


 突然、海鳥が早口で喋り出した。


「……うん」

「そのうちのね、1つにね。誘惑っていう花言葉があるんだよ」


 キーホルダーから、金木犀の香りが漂ってくる。僕が唯一思い出した、金木犀の花言葉だった。僕もなんだか、つられて泣きそうで、グッと歯を食いしばって頷く。チェーンを持つ手が震える。


「……君はね、今、誘惑をしているんだよ」

「……それは、海鳥だって。いつもしてるくせに」

「誘惑……あは、バレてた?君がほっぺをね、真っ赤にするのが可愛くって。……今度は君が私を誘惑してるの」


 海鳥が、僕の持つキーホルダーに手を伸ばしてくる。上に持って行けるのかな、と号泣しながら涙声で。一筋、僕の頬に涙が伝った。


「転生してくる。私、転生してくるよ。そしたらまた……ううん、嘘」

「……どこに?」

「えっとね。私の従姉妹のとこ。大丈夫、君も会えるよ。……ね、君が命名して」

「僕にそんな大役、回ってこないって……」

「私が上にお願いするもん。任せて」


 堺より信用できないが、必死で笑っている海鳥が愛らしくて愛しくて、泣かせている僕が惨めだった。彼女の死も知らずに、僕はのうのうと生きていた。


「分かった。僕が名前つけてやる。だからまた、産まれ直してこい」

「了解です!……記憶は、ないけど」

「お前なら、分かるだろ。僕だって」


 彼女はまた、「任せて」と言った。その任せては、妙に信じられた。海鳥は、僕の震える手をそっと擦った。


「ねぇ、君の幸せ、見つけて。私以外の、誰か」


 あと、30秒。


 あぁ、あぁ、あと、あと少しだけ――


「あのとき私、死ななきゃ良かった」


 あと、25秒。


「でも、引き留めちゃ駄目だよ?」


 あと20秒。


「次は海、連れてってよ?」


 あと15秒。


「死んじゃ駄目。死んじゃ嫌だからね?」


 あと10秒。


「キーホルダー、頂戴」


 あと、5秒。


「……ねっ。抱きしめて。キスして」


 僕は、海鳥の腰に手を回す。そして、海鳥の片手にキーホルダーを置こうとしながら、唇を近づけた。







トン、カタン





 金木犀の花言葉を、もう1つ思い出した。

『初恋』





 僕の彼女、入片海鳥は、上に帰っていった。


 月が、呆れ顔で笑っている。





                    5か月後





「ねぇねぇ、海鳥の元カレくんだよね?……命名してやって」

「え……」


 あのとき抱きしめられていたら。あのときキスが出来ていたら。あのとき金木犀の瓶詰めキーホルダーを渡せていたら。あのときの記憶を閉じ込められたら。金木犀と一緒に瓶詰めに出来たら。あのとき引き留められたら。あのときは、最後の記憶……?


 ずっと、このことばかり考えていた。毎夜泣いてきた。何粒の涙を零しただろう。君以上はいないよ、と叫んだ夜もあった。あのときの記憶を、少しずつ剥がれかけていた記憶を、何度ループさせた?


 アイツは、君は、お前は、海鳥は、やったのだ。上の許可を得て、転生できたのだ。僕が海鳥の転生先を命名する許可も、得たのだ。


 海鳥は僕が、海鳥以外の誰かと幸せになることを望んでいた。海鳥の望みで叶えられないのは、それだけかもしれない。僕は、海鳥でなければ、駄目なのだ。僕にとっての理想は海鳥で、海鳥以上は僕の中で存在しないのだ。


「……」


 海鳥に相応しい名前。それはもちろん、「海鳥」しかないのだが、今の海鳥の名字は「入片」ではない。「思閉(しへい)」という、ちょっと変わった名字だ。


 思閉に合う名前をいくら考えていたところで、ベストなど出てこないのだ。出来ることならば、「海鳥」と名付けてしまいたい。でも……この子は、海鳥と同じ魂だとしても、する経験も感じる想いも、全部違う。それならば……。






                      5年後





「ねー」

「ん?どうしたの」


 僕は、この子の子守を任されていた。海鳥の従姉妹のお姉さんと仲良くなって、最近ではよくこのちょっと生意気で可愛すぎる五歳児に会いに来ている。


 この子を見ると、まだあの海鳥を思い出す。あの笑った月には、女々しい夜には、もう手を振って別れたはずなのに、まだ心が疼く。


「あのねー、あのねー」


 拙く喋り、愛しいこの子は僕の両手をキュッと握る。


 僕は、この5年で大学を卒業して就職した。海鳥が見ていれば、「へぇー、結構いいとこ行ったんだね!んふふ、さっすが私のかれぴっぴ!褒めて差し上げよう」なんて言って2個目のプレゼント何かをくれる。


 でも、僕が経験したのは卒業と就職だけではないのだ。


 彼女が出来た。


 この子に命名した際に、僕は決めた。海鳥が言った通り、僕は海鳥以外の誰かと幸せになることにした。あの思い出はそっと胸に閉まって、たまに引っ張り出す。その程度に、する。


 海鳥以上の誰かはいない。でも僕は、海鳥以上に誰かを幸せにする。海鳥以上の誰かはいないから、海鳥以上に幸せにする。その誰かが、今の彼女だ。名を、未来という。


 僕は何だか、「み」が好きなのかもしれない。


「ねー、あのねー」


 よいっと立って、僕が名付けたこの子が僕の近くにあるバッグを持ち上げる。


「あのねー、佳花ねー、この色好きー」


 僕が前来た時にあげたバッグを、佳花はぐっと目の前に突き出してくる。


「良かった。……佳花は、好きだと思ったんだ」

「んー」


 佳花は、僕の様子も見ていないようで、それいった瞬間バッグを放り投げた。それを体を伸ばして拾う。ぽたりと、バッグに涙が落ちる。佳花は気が付いていないようだった。


 あぁ、佳花は、佳花はこの色が好きなのか。


 やっぱり、海鳥だなぁ。





 「思閉佳花」の持ち上げたバッグ、僕が作ったちょっと編み目が荒いバッグの模様は、真っ青な海の上を、制服を着た鳥が一匹飛んでいるものだ。


 作るのに手間暇かかった。


 でも、海鳥と佳花のことを考えながら作ると、一瞬だった。未来には、「何作ってるの?」とよく聞かれた。子守をしている子にあげるバッグだよ、と言って、未来の質問を躱した。未来の事だって、もちろん好きだけれど、僕は海鳥が好きだった。佳花も好きだったはずなのだ。


 だから、この色のバッグをあげた。海鳥から貰った1個目のプレゼント、緑色の染色剤を使って染めて編んだ、不格好なバッグだ。




 海鳥色をした緑色の、佳花へあげる未来が好きな、僕の3個目のプレゼント。それは、綺麗な緑色をしたバッグだ。




ねぇ皆さん。

「佳花」って、知ってます?

・・・ふふ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかもうほんとに、はあ 泣いたすごく泣いた
[一言]  ばっと一気読みして、読み終えた瞬間、「あぁ読んだな」っていう読みごたえというか、そんな確かな感覚が私を襲いました。 私のかく小説は短編であり、内容が薄っぺらい、というか。 そして短いんです…
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