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ゾンビなJKの異常な日常  作者: 結愛りりす
第二章
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第二章-4

 秋の行楽シーズンというにはちょっとまだ早いが、山間の地は涼しくなってきている。温泉地ともなるともう少し寒いぐらいの方が雰囲気があって良いのだが、しかし残念ながらそこまで寒いわけでもなかった。

「はぁ……」

 列車に揺られながら、まなは何度目かの大きなため息をついた。

「まなちゃん、幸せ逃げるで」

 亜衣に指摘されなくてもとっくに幸せは逃げている。

「もう死んでるから逃げる幸せなんてありません」

「あかん、やさぐれてはるわ……」

 原因ははっきりしている。まなの向かいの席では美蘭と瑠花。隣同士でいちゃいちゃべたべたくっ付いているのだ。どっちかというと美蘭が一方的にくっ付いていて瑠花は若干引いているのだが、それでも見せ付けられていい気持ちがするものではない。

「瑠花さん。胡麻団子作ってきたね♡食べるよろし♡」

「あ、ありがと……でも今はお腹いっぱいだから、また後でもらうわ」

 瑠花にしてみれば美蘭の同行を知ったのは夜勤中の休憩時間である。ラインで知ったのだが、その時はさほど気にしておらず、いいんじゃない?ぐらいの感覚だった。それがまさかこんなに濃厚な接触が待っていようとは思ってもいなかっただろう。

 そういう瑠花の事情を汲み取っても、まなにとっては全く面白くない。

「ま、まなちゃん。胡麻団子あるんだってー……」

 瑠花が何のフォローか知らないが話しかけてもまなは「あ、そうですか」と塩対応。さすがの礼司も知らん顔。リーダーに至っては「若いっていいわねー」と放置である。

 せっかく二人の時間を満喫できると思ったのに……。これではただストレスを抱えにいくようなものだ。

「だいたい、美蘭さんの席、美鈴さんの隣じゃないですか。美鈴さん放っといていいんですか」

 リーダー桜子の前が本来の美蘭の席だ。元はと言えば瑠花の隣はまなの席なのだ。それを強引に美蘭が奪ったのである。当のまなは亜衣の隣に追いやられている。

「大丈夫あるよ。美鈴は一人の時は寝ているある」

 礼司の前に座っている美鈴は目を閉じてスリープモードだ。額に書かれている文字はファンデーションで隠され、ぱっと見はまるで普通の人間である。

「じゃあ、アンデッド同士、私も寝ます」

 何を言っても聞こうとしない美蘭を見たくなくて、まなはぷいっと席を立った。そして美鈴の隣に移動する。

「う、うん……」

 まなの勢いに押されて瑠花も見送ることしか出来なかった。

 亜衣が小さな声でまなちゃんもここまで怒るんやな、と呟いた。

「別に怒ってませんからっ!」

 どうやら聞こえていたらしい。亜衣は首を竦めた。

 特急は名古屋駅を出発し、岐阜、美濃太田を経て下呂に至る。出発してしまえば時間としては一時間半ほどである。

 まなはまたもう一つ大きなため息をついた。

「瑠花さんのばか……」

 すると、目の前にお菓子が差し出された。その元を辿ると、美鈴だった。

「何ですか、美鈴さん」

「ううん、これ台湾のパイナップルケーキ。美味しいアルよ」

「ありがとうございます……」

 美鈴は小腹が空いたのか、自分の分も一つ開けて食べ始めた。そして独り言のように呟いた。

「熱しやすく冷めやすい、姉さんの悪いところアル」

「そうなんですね」

「主とアンデッドは強い絆で結ばれているものアルよ。自信持つアル」

 へ?と美鈴の顔を見た。美鈴はまなの顔を見ることなく、パイナップルケーキをもふもふしている。しかしどこか寂しそうにも見えた。

「でも、あんな姉さん見るの、初めてアルよ」

 まなははっとした。その表情に美鈴も気付き、苦笑いのような笑顔を見せた。

「お互い苦労するアルな」

 アンデッドには選択権はない。主を選べないし、主の意のままに動く。アンデッドが自ら自由になることもない。自由になれるのは主が解放を宣言した時か死亡した時ぐらいだ。全て主の都合で決められる。そして主がどんな人間であっても敬愛しなければならない。どんな人間であっても我慢しなければならない。恋人とか夫婦といった生温い関係ではない。主と従者より厳しい。本当の意味で奴隷だ。それも切なくなるほど主に対し恋い焦がれる気持ちを持っている。もちろん、この気持ちがアンデッド特有なのか、それともまな個人の気持ちなのかは分からない。しかし多かれ少なかれ主のいるアンデッドはこういう気持ちを持っているはずだ。

 美鈴もそうなのだろう。そして二人は血の繋がった姉妹だ。姉妹であるからこそ、その焦がれはまなのそれよりも複雑な愛情となっているような気がした。

「美鈴さんも、一緒にがんばろ」

「そのつもりアル」

 美鈴はにこっと笑った。戦いの時は非常に冷たく怖い印象だったが、こうして隣同士になって笑う顔を見ると、とても可愛らしい顔をしているんだな、とまなは思った。


 下呂に着いた。シーズンではないせいか、あまり一緒に降りる客はいなかったが、それでもちらほらと降りていく。駅前に一台のマイクロバスが止まっていた。横には『朝霞亭』の文字が書かれており、その傍に年配の女性が立っていた。

 桜子がその年配の女性に近付いていく。

「『朝霞亭』の女将さんですか?」

「あ、はい。あなた方が慈冥寺の?」

「そうです。その関係者になります」

 今回『エゾルチスタ』に応援要請を出してきたのは慈冥寺というお寺の住職だった。小さなお寺ながら、この住職は退魔師としてそこそこの霊験があり、岐阜県内北部の一部のお祓いを担当していた。桜子とも面識があり、お互いお世話になっているという間柄だ。そういう関係上、今回は慈冥寺の関係者ということで話を通しているのだ。あくまで『エゾルチスタ』は秘密結社なのである。

「お待ちしておりました。こちらへお乗りください」

 指し示されたのはそのマイクロバス。それに全員乗り込んだ。マイクロバスに揺られること十五分ほどで目的地『朝霞亭』に着いた。

 新築の旅館とのことで、まだ入り口の玄関先からして新しい木の香りがする。老舗にはない真新しい明るさがあった。

「改めて自己紹介いたします。当館の女将、倉多咲と申します。実は今日は慈冥寺の御一行様しかお客を入れておりませんので、どうかご自由にお使いください。ただ、本件の速やかな解決をお願いいたします」

 タトゥーお断りを覚悟していた礼司がガッツポーズを決める。

 桜子は咲に深々と頭を下げた。

「お気遣いありがとうございます。必ず原因を究明し、早期解決に尽力いたします」

 貸切と聞いてみんなは少し浮かれている様子だったが、まなと美鈴は敷居を跨いだ瞬間から嫌な雰囲気を感じ取っていた。いかにも「何か出そう」な気配というやつだろうか。

「瑠花さん」

 そっと瑠花の横に寄る。その反対側には美蘭がぴっとりしていて少しいらっとしたが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

「感じるね」

 まなはこくりと頷いた。

「とりあえず、部屋に荷物置きに行こうぜー」

 そんな二人の様子を気にした様子もなく、礼司がそう言った。

「わたし、瑠花さんと同じ部屋がいいね」

「それはだめ」

 さすがに勢いに押され気味だった瑠花もそこは断りを入れた。

「パートナーと一緒じゃないと、何かあった時に初動が遅れちゃうから。美蘭ちゃんは美鈴ちゃんと一緒にしなさい」

 美蘭はむーっとしたが、遊びに来てるんじゃないのよ、と窘められて渋々承知した。

 ちなみに女将は一人一室用意しておりますと言ってくれたが、結局一人で部屋を利用するのは礼司のみで、あとは二人一組で利用することとなった。

 依頼主である慈冥寺の住職は他の用事をしてから来るため、夕方まで来られないとのことだった。今の時刻は午後三時。まだ数時間は余裕があった。

「……と言うわけで、作戦会議は住職が合流してから。それまでは各自自由行動」

 桜子の許可で温泉に入ることも出来るようになった。


 まなはゾンビになって初めての公衆浴場である。しかし正直みんなと入るのは気が引けた。というのも、スタイルが全然違うのだ。

 瑠花は以前から知っていたが出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという理想的プロポーションである。そんな中で胸が一際目立つ。Gカップあるらしい。

 美蘭はそこまで大きい訳ではないがこれまた十分な大きさである。美鈴は美蘭よりは小さいがラインは美しい。二人とも少し背が高めなので、まるでモデルさんのようにすらっとしていた。

 亜衣は着痩せするタイプで、服を着ていると分からないが、脱ぐとEカップぐらいはありそうだった。全体的に肉付きの程よい感じである。

 まなはそんな中で細く薄い幼児体型のAカップ。もしかしたらAAでもいけるんじゃないかという体付きだ。美鈴に「十二歳で死んだアルか?」と真顔で言われた時はさすがにショックだった。

「じゅ、十六歳だもん。一応……」

 大浴場の湯船に浸かる。ゾンビになっても体は温まる。生前よりはゆっくりではあるが頰も赤らんで来る。それはキョンシーも同じようだった。美鈴の額のファンデーションは落ち、額の文字は露わになっていた。他に客もいないのであれば隠す必要もないというところだろう。刺青で書かれており、消せないそうだ。イービルスピリットの暴走を止める作用があるらしい。

「なんだ、それなら同い年アルな」

「え……」

 同じクラスの人でもここまで大人びた十六歳はいない。

「ワタシも十六の時に死んだアル。姉さんと一緒に道士になる修行していたアルよ」

 そして妹を失いたくない一心で姉が死霊術を施したということだった。

「それでキョンシーになったアルよ」

 なぜ死んだのかは教えてくれなかった。何か深い訳があるのかもしれなかった。

「まなちゃんは体力と腕力は十分ネ。あとは戦い方だけ身に付けるといいアルよ」

「戦い方……」

「拳法でも柔道でも合気道でもなんでもいいアル。ゾンビは力が強いし、相手を捕まえたらほぼ勝ちアルよ。何か一個でもいいから技を覚えて捕まえる練習すればいいアル」

 細かい技を色々覚えず、ただ相手を捕まえる技を一つ身につければいい。それは運動下手のまなにとっては分かりやすい方法に思えた。

「それってまるでプロレスやん」

 亜衣がその話に割り込んで来た。

「捕まえる技術。捕まえたら離さない技術。プロレスやったら完璧やで」

「でもあれはー……」

 シナリオがあるでしょ、と言いかけるのを亜衣は制止した。

「分かっとる。せやけど、技はほんまにかけてるのもある。そこを盗むんや」

「まぁ、何からでもいいアル。ゾンビの凶暴な力を制御するためにも、何かしらの技は必要アルよ」

 何か一つ、と言われるとハードルはかなり下がるのだが、何をすればいいのかは選択肢がまだまだ多い。

「プロレスねぇ……」

 そういえばこの前礼司さんが見せてくれたのがあったな、と思い出す。

「本気で戦えばクマとも渡り合えるって話だからねー」

 瑠花が美蘭を振り切って話に入って来た。

 振り切られた美蘭はむくれているが、仲間外れにされるのは嫌なのか、結局この話題に乗って来た。

「武器を持つのも一つあるよ。棒一本でもあれば十分脅威ね。もっとも対怨霊儀式を済ませないと霊体には効果ないね」

 瑠花たちが普段相手にするのは死霊などの霊体が多く、肉体がない相手には馬鹿力は使い道がない。

「瑠花さん、作ってくださいよ」

「あたしには無理。沙樹さんなら出来ると思うけど。あの人、魔術道具作るの得意だし」

「じゃあ帰ってから交渉してみよー」

 とりあえずまな用の武器は保留ということになった。


 風呂から上がって部屋で待機する。結局桜子は風呂に入らず、仕事の下見をしていたようだった。

「まなちゃん、そこに座って」

 瑠花に言われて座布団にぺたんと座る。瑠花は寝転がってまなの太ももに頭を預けた。

「ふふ……温泉入って、まなちゃんの膝枕なんて、極楽極楽」

「仕事じゃなかったらもっと極楽気分だったのに」

「なぁに、仕事をちゃちゃっと終えたら同じことよ」

「そうなんですけど……」

 この旅館、新しいのに何か薄気味悪い。それは玄関でも感じ取っていたが、風呂と部屋の間の廊下を歩いている時もひんやりとした何ともいえない霊気を感じた。霊を払って終わりというものではない気がした。

「地縛霊」

 不意に瑠花がそう呟くように言った。

「地縛霊特有の霊気を感じるわ。それも一つや二つじゃない。この旅館にはずっと根深い何かがいるんだと思う」

 住職がヘルプを求めるぐらいだ。実際は簡単な話ではないだろう。

「ま、とりあえず今は英気を養う時間ってことで」

 瑠花はそっとまなのお尻を撫でた。

「ひゃんっ!な、何ですか、いきなりっ!」

「あたしなりの英気の養い方だけどー」

 さわさわとお尻を撫で回し、そのまま太ももも撫で回す。手つきがいやらしい。

「やめてくださいっ!」

「嫌?」

 そう言われるとずっと触って欲しかった気持ちもあることに気付く。何もかも投げ出して、瑠花に愛されたい気持ちも強い。

 でも、とそれを止める気持ちもある。美蘭の言葉が心に引っかかっている。死人と生者は一緒にはなれない……。

「だめですっ。美蘭さんに怒られますよ」

「何であの子が出て来るのよ」

 瑠花がむっとして起き上がる。

「あたしとあの子の間に何かあると思ってるの?」

 もちろん何も無いことは分かっている。でも生者同士だ。一緒になる条件は揃っている。死者である自分は出る幕はない。

 そっと自分の首についたロープの痕の感触を確かめるように、そっと撫でた。

「そんなんじゃないんです……」

 ふと悲しくなって、口を噤む。涙が込み上げてきた。

「どうしたの?」

 まなの悲しそうな顔を見て、そっとその小さな頭を撫でた。

「んーん、大丈夫です」

 死者も生者も関係ない、好きになったんだからどうしようもない!そう言い切れるほどまなも割り切れていなかった。

 自分という存在に対して、時に慈しみ、時に恐怖し、時に疑問に思う。そういう情緒不安定さがまなの中にはあった。それだけに美蘭の言葉は深く刺さり、心を蝕んでいた。

 ただ確かなことは、瑠花に頭をこうして撫でられると落ち着くということだった。

「少し、眠くなって来ました。休んでいいですか?」

「ええ、いいわよ」

 今度は瑠花が膝を貸してくれた。まなは瑠花の膝枕にこの上ない安らぎを見出していた。


 まなが目覚めたのは午後六時を過ぎた頃だった。瑠花がそっと揺さぶり起こしてくれた。

「ん……瑠花さん……」

「おはよ。住職が着いたってさ」

「うん……」

 眠い目をこすりながら起き上がる。どうやらずっと瑠花の膝枕で寝ていたらしい。

「ふふ……可愛い。さ、いこ」

 瑠花に促されるままに集合場所へと向かった。

 みんなは宴会場に集まっていた。そこに一人年老いた住職がいた。

「初めましての方もおられますな。私が慈冥寺の住職、四方光源です」

 いかにも徳の高そうな好々爺然とした住職である。

「お恥ずかしい限りなのですが、ここの御霊たちは何を行っても成仏しようとしないのです」

 住職が最初に受けた依頼はごくありふれたものだった。旅館で起こる心霊現象がひどく、客にも影響が出かねない。だから調べて欲しい。もしそれが心霊によるものであるなら成仏させて欲しい。

 もちろん住職も長年こういう霊を鎮めて来た一人である。話を受けて調査に乗り出した。

「しかし、調べれば調べるほど、多種多様な御霊がおられましてな。老舗で過去に色々あった旅館でもここまで多くの御霊がおられることは珍しいことです。これは何かあると思い、少し図書館にこの辺の歴史を調べてきたところなのです」

 それで合流が夕方までかかってしまったとのことであった。

「そこで分かったのは、ここがかつて墓地だったこと。そのため、この地に御霊が多くおられるのかと思っておるのです」

 心霊話とかそういう怖い系が苦手なまなにしてみれば、もうこれだけでも十分だった。

 ここが元墓地で、この旅館はその上に建ったもので、それが原因で心霊がうじゃうじゃいる……心霊話ではありがちな話だ。

 しかしまな以外のみんなは釈然としない顔をしていた。

「……にしても、変ですね」

 桜子が口を開く。

「そうだとしても、住職が手間取る理由にはならない気がします」

 住職も頷いた。

「私もなぜここまでの御霊が居残っておられるのか分からないのです」

 まなの顔から疑問符が滲み出る。その表情を見て、瑠花が耳打ちした。

「本来お墓を潰す時にはちゃんとした手続きがあるのよ」

 墓じまいという手続きである。死体であるお骨を勝手に移動させることはできないので、行政的な手続きをまず行う。その上でお骨を移動するのだが、新しい墓地や永代供養墓地に改葬という形をとる。その際に閉眼供養というお墓に宿っている御霊を抜く供養も行われるのが普通だ。

「つまりそこに心霊として残る理由が無いんよ」

 聞こえていたのか、亜衣がそう付け加えた。

「ましてや旅館を建てる際に地鎮祭を行い、そこで横死したかもしれない霊の供養も同時に行うのが普通。たかが『元墓地』という理由だけで心霊現象が起こることなんてありえないのよ。ふつーは」

 言われてみればそりゃそうだ。歴史ある街や古戦場に住んでいる人全員が心霊現象で困っているなんて聞いたことがない。

「まさか、供養してないとか?」

 それも考えにくい。改葬を行う際にセットで行われるので閉眼供養だけを断るというトリッキーなことは出来ないはずである。

「とりあえず、まなちゃんの出番じゃね?」

 礼司がそう言った。霊視能力の高いアンデッドのこと、死霊の言い分も聞けるかもしれないという考えだ。

「うちの美鈴だって、それぐらいできるあるよ」

 さっきから黙っていた美蘭も美鈴を推す。

 桜子は頷いた。

「じゃあ月丘さん、七瀬さん、そして美鈴さんと美蘭さん。まずは四人で当たってみて、可能な限り正確に霊視してその声を聞いてみてもらえるかしら」

「はいっ」

 基本的にまなや美鈴には霊は常に見えている。ただ意識的に見ないといわゆるチラ見ぐらいの精度だ。その霊の表情、しぐさ、訴える内容まで聞こうと思えば対話しなければならない。そのあたりは人間を相手にしているのと同じである。ただ瑠花によるとその精度はアンデッドの方がずっと高いらしい。人間による霊視だと断片的にしか聞こえなかったり、見えなかったりするので、どうしても足りない部分を経験や直感などで補うしかないのである。その点、アンデッドは同じ死人同士なので対話も早い。

「うぅ……やだなぁ……」

 生前で一番嫌なテレビ番組が心霊番組だった。お兄ちゃんは好きだからすぐにそういうのを観たがる。いつもチャンネル変えて!と喧嘩してたっけ。

 その番組でやってるようなことを、今自分がやるのである。テレビという障壁が無い分恐怖は倍増だ。

「まず、どこから霊気が強く漂って来るか、あるな」

 美蘭はお札を取り出し、さらさらと霊符を書き上げる。すると霊符がふわっと鳥の形になった。

「あの霊符は霊気の強いところに飛んでいくある。行くあるよ」

「やだー、こわいー……」

「屍人が屍人を怖がってどうするあるか」

 美鈴がかぎ爪を装備し、先陣切って霊符を追った。美蘭、瑠花、そしてまなと続く。

 二階の宴会場からスタートして奥へ。そして裏階段から一階へ。廊下を延々と行ったかと思うと、最初に入った玄関へと続き、そのまま出て行った。

「なんか、複雑な建物ね」

 瑠花がぽつりと呟いた。霊符を追っているせいもあるだろうが、くねくねと歩いていて、どっちを向いているのか分からなくなってくる。玄関から出るとあたりはもう真っ暗になっていた。霊符がそのまま裏へ回り込むように飛んで行ったかと思うとぽっと燃えて消えた。

「この辺が一番強いところみたいある」

 四人に遅れて他のメンバーも追いついてきた。

「確かに、普通とちゃうで、この霊気……」

 メンバーの中で霊感が強い方である亜衣が顔をしかめた。

 まなと美鈴は霊視を開始した。

 まなには見えている。暗闇の中に無数の薄暗い光が明滅しているのが。その薄暗い光一つ一つが目だった。まなは背筋が凍る思いがした。

(こっち、見てる……)

 美鈴の方を見ると美鈴も不安げな顔をしている。

 死霊には分かる。こっちが生きている存在じゃ無いということが。つまりあっちにとっても、まなと美鈴は非常に興味を引く存在なのである。無数の目が顔がまなと美鈴に近付いて来た。

 美鈴はかぎ爪を握り直す。まなに武器はない。もし一斉に襲って来たらひとたまりもない気がした。

「まなちゃん、対話」

 瑠花がそっと囁いた。

 そうだ、これは戦いではない。対話しに来たのだ。まなはそっと美鈴の手を取って戦闘モードを解除させた。かぎ爪は必要ない。

(一体、何人いるんだろ……)

 まるで霊の集合体。目と顔があちこちに張り付いているようにも見える。それが一塊となって近付いて来るのだ。まなは怖さで逃げたくなった。

(いけない。この人たちは何かを訴えているんだ。それを聞かなきゃ……)

 まなはそっと手を伸ばし、その顔の一つに触れる。もちろん物理的に触れることは不可能だが、冷たい感触が指先に走った。

 すると、それがまるで合図のように、一気にまなの周りを霊体が取り囲み、ずるずると暗闇の方へと引き摺り込んで行った。

「……っ!」

 何かを言おうとしたが声が出ない。何十という霊体が一気にまなの体の中をすり抜けて行った。そして様々な思念がまなの頭を襲う。

「ひっ!ひゃっ!ああぁぁっ!」

 ようやく出た声は意味をなさない叫びだけ。次の瞬間、美鈴がかぎ爪を握り直し、まなを取り囲んだ霊体に目掛けて突撃した。美鈴の攻撃を躱すように霊体は散り、霊気も消えてしまった。

「あれ?倒した?」

 霊気が消えたのを感じ、礼司が辺りを見回した。

 するとその一部始終を後ろから見ていた住職が首を振って近付いてきた。

「いえ、ずっとこの調子です。何かしかけると散り、また集まり、何かを訴えかける。この繰り返し。耳を傾けるのですが、悲しみと切羽詰まったような感じしか感じ取れず、何も分からぬのです」

 瑠花はまなの肩を抱いて顔を覗き込んでいた。

「まなちゃん、まなちゃん?」

 まなの目は虚空を眺めたままで、焦点が合っていない。その体は氷のように冷たい。

「大丈夫あるか?大量の霊を受け止めてしまったあるよ」

 以前、瑠花と戦った時に受けた技と同じ原理の攻撃を受けたようなものだ。美蘭はその恐怖を思い出して身震いした。

「まなちゃん?」

 もう一度瑠花が呼びかけると、ようやくまなの目の焦点が瑠花の目に合った。そしてぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。

「大丈夫、もう大丈夫だから」

 ぎゅうっとまなを抱き締め、小さな頭を撫で回した。


 一旦全員で宴会場に引き上げる。

「これは心霊を一体一体片付けるって話じゃないですね」

 桜子が珍しく頭を抱えた。

「あんな霊の集合体、初めて見たわ」

 亜衣も顔を青くして呟いた。

 霊が集合体となることは無くはないが、あの数は異常だ。少なく見積もっても二十前後ぐらいはいる。しかも除霊しようとすると散って逃げるのである。

「俺の一番苦手なタイプだ」

「わたしも得意じゃないね」

 礼司と美蘭はどちらかというと武闘派だ。悪霊や怨霊の類なら得意だが訴えかけて来るような霊は得意ではない。ましてやあの数である。

「まなちゃん、大丈夫?」

 瑠花はまなを優しく抱き締めながら、落ち着くのを見計らって声をかけた。

「大丈夫……です……」

 全員の目がまなに向いた。

「何があったの?話せる?」

 瑠花はまるで小さな子に語りかけるような口調で言った。まなは首を小さく傾げた。

「なんか、いっぱい、わーって話しかけられた感じがして何とも言えないんですけど」

 まなが感じたのは、多くの霊の悲しみと叫び。そして怒りだった。

「ほとんどの霊は泣いている感じでしたけど、いく人かの霊はものすごく怒っていて、中には動物の霊もいて……。怒っている霊は、お前も仲間か、とかすごく八つ当たりみたいな感じで……あと、何か変な霊気も感じて……」

「ん?ちょっと待って」

 瑠花はまなの顔を覗き込んだ。

「八つ当たりって……霊がまなちゃんに八つ当たりしてきたの?」

「そんな感じでした。あと、悲しんでる声で、食べないで、とか。すごく切羽詰まってて、怖かったです……」

 桜子が腕組みしながら言った。

「まぁ、数が多過ぎて対話にはならなかったのでしょうけど……かなり具体的な情報ね」

「『仲間に思われての八つ当たり』、『食べないで』、『切羽詰まった感じ』……基本的に霊は生前の強い記憶を残してるから、何か繋がってるんやろな」

 重い沈黙が続いた。それ以上の情報がないので打つ手が思いつかない。

 すると、その沈黙を破るように宴会場の襖がそっと開いた。女将さんだった。

「みなさん、とりあえずお食事が用意出来ましたので、どうぞ召し上がってください」

 仲居さんたちが御膳をみんなの前に運んで来たので、とりあえず考えるのは食後にしようということになった。

 住職は魚や肉を断っているので精進風の御膳だったが、『エゾルチスタ』の面々には普通の御膳が運ばれている。

 まなの前にも運ばれてきたので、ようやく甘えるのをやめて瑠花から離れた。

「あ、活け造り……」

 鯵の活け造りにまなの目が輝く。魂を残した状態の食事はアンデッドにとってご馳走である。それは美鈴も同じだった。

「人間は食べれないから活け造りは最高アルね」

「でも魚にしてみたら生かしたまま食べられるのは嫌だろうなぁ」

 まなが鯵の刺身を一切れ口に入れた瞬間、ぴんと来るものがあった。

「礼司さん、今何て?」

「あ、わりぃ。そういうつもりで言ったんじゃ……」

 タイミング的にアンデッドのことを誹謗したように聞こえないでもないので、思わず謝ったが、まなはそれを求めたわけではなかった。

「いや、いいんです。魚にしてみたら……」

「……生きたまま食べられるのは嫌だろうなーって」

 まなの頭がフル回転を始めた。

(『食べないで』って、もしかして、そういう意味?)

 もちろん魚の霊がそんなことを言った訳ではない。あれは人間の霊の声だ。人間の霊が何に対して「食べないで」と言ったのか分からなかったが、もしそれがそういう意味だったら……。

(いやいやいや……)

 突飛すぎる。人間が生きたまま食べられるわけがない。それはそれで別の意味での事件である。何か別の意味があるのかもしれない。

 それはそれとして、もう一つ気になることがある。霊に取り囲まれた時に感じた奇妙な霊気である。あれは取り囲んできた霊とはまた別の霊気のような気がした。何だかんだで言いそびれていたが、それはそれで気になる。

「どーした?」

 黙り込んだのを見て礼司が気にしたが、まなは首を横に振った。

「いえ、ちょっと何か分かったような気がしたんですけど、気のせいでした」

 そう言えば怒った霊が言っていた「お前も仲間か」の意味も分からない。

 最初はお前も我々の仲間か、という意味かと思ったが、そうではなさそうだ。それなら八つ当たりみたいに怒る理由がない。

 となると、考えられるのは「お前も○○の仲間か」の意味だ。霊がその○○に対して怒っていて、その仲間と思われれば……八つ当たりする意味も分かる。

 じゃあ○○って何だ。

「だめだー、頭パンクしそう……」

 気がつくとデザート以外は完食していた。哀れな鯵さんはあの世に旅立っていた。


 食後、まなはみんなに自分の頭の中で整理したことを話した。

「つまり、その怒っている対象が何か分からないって訳ね」

「普通に考えれば、ここの人じゃないあるか?」

 美蘭が言うのは旅館の人だ。

「旅館の人に霊が怒る理由は?」

「それは分からないあるけど……」

「まぁ、墓壊しやがってー、ってことちゃうんかなぁ」

 桜子が口を開いた。

「ちょっと難しく考え過ぎているのかも」

「と言いますと?」

「話を最初に戻すけど、あれだけの霊体がいるってことは、やはりお墓にまつわる諸々のものはここに残っていると考えるべきじゃないかしら」

 住職も頷く。

「じゃあ、骨も何もかも残したまま更地にして旅館を建てたってことですかい?」

「そのことを結城さんにラインで聞いてみたんだけどね、骨を残したままっていうのは出来ないらしいわよ」

「じゃあ、お骨はどこに?」

「あ……」

 瑠花の呟きに、まなは気付いた。点と点が線で結ばれていくような感覚を覚える。

「どうしたの?何か気付いた?」

「もしかして……骨喰い……」

 もしそうなら。食べないで、の意味も分かる。あの霊たちに囲まれた時感じた別の霊気……。それはもしかしたら……。

「どうやら、女将さんに話を聞く必要がありそうね」

 桜子の目が鋭く光った。


「女将さん、どうか正直にお答えいただきたいことがあります」

 宴会場に女将を呼び出し、桜子は切り出した。

「何でございましょう?」

「今回、我々はここに現れた地縛霊を除霊するように依頼されて来させていただきましたが、極めて強力なものでしてね。しかも数十体という多数の御霊でした。うちのスタッフが一つ間違えれば霊障を患うぐらいのものです。これだけの強力な地縛霊となると、正直申し上げて、霊に関するものがどこかにあるんじゃないかと考える訳です」

 女将が少し落ち着きを無くし、そわそわとし始めた。

「具体的に申し上げるなら、お骨とかそういうご遺体に関わるところですね。単刀直入にお聞きします。ここを更地にした時にあったはずのお骨はどこへやられましたか?」

「そ、それは……ちゃんと改葬して、別の墓地に……」

「それは本当ですか?」

 桜子の鋭い視線は女将を捉えて離さない。

「……本当ですとも。そうでないと、法律に触れますでしょ」

 すると、桜子は首を横に振った。

「うちにも法律に詳しい人がいましてね。墓埋法のことでしょう。遺体は知事の認可が得られた決められた土地にしか埋葬することができないというやつですね」

「そうですそうです。だから、ちゃんと……」

「でもね、墓埋法は埋葬のことしか規定されていないのですよ。つまり埋葬しなければ法律的には問題ないんですよ」

 女将の言葉が詰まった。桜子はさらに続けた。

「あれだけの強力な地縛霊が数十体もここにいるということ自体奇妙なんです。ここからは地縛霊の言葉を聞いた者からの推測になりますが、その数十体のお骨をどこかに保管しているのではないですか?……それも何かに食べさせるために」

 女将はもう観念した様子で、項垂れた。

「案内してください。そのお骨を供養しなければ、地縛霊は成仏出来ません」

 戦闘要員の礼司と美蘭、美鈴を先頭に、桜子、住職、亜衣、瑠花と続く。そして一番後ろからまなが付いて行った。案内されたのは地下であった。地下の廊下を突き当たりまで行くと倉庫があった。そこから異様な霊気を感じ取る。

「ここが、そのお骨を保管している倉庫です」

 女将が鍵を開ける。すると中から物音がした。がしゃがしゃと檻を揺らすような音だ。

 倉庫の中には棚が設けられており、そこに骨壷が整然と並べられていた。そしてその奥まで行くと巨大な檻があり、そこに人のようなものが入っていた。

 そこにいたのは首が折れ曲がり、全身が痛々しいほどに傷ついたグールだった。唸り声をあげながら、こちらを威嚇していた。

「女将さん……もうこいつは、人じゃないっすよ……」

 礼司が炎の剣を出しながらそう言った。

「分かっています。でも、どんな姿になっても、私の一人息子なのです……」

 炎の剣でグールの額を貫く。するとその体はさぁっと砕け、灰となって消えた。


 結局、お骨は全て住職が寺に持ち帰り、供養することとなった。

 あの墓地はどうやら女将の親類だけの墓地だったらしい。他所の墓がほとんど無かったことがお骨紛失の発覚しにくい要因となっていたようだ。

「と、いう訳で疲れました」

「あはは、でもまなちゃん大活躍だったみたいじゃない」

 今いるのは『食べ放題焼肉・牛鬼』である。帰って来て早々、みんなで集まった次第である。

「しかし僕が一緒に行った方が良かったかなぁ」

 法律関係の話が出てくると隼人がいた方が手っ取り早いのは確かだ。

「今回は戦闘員は少なくて良かったかもね」

 桜子は礼司が入れてくれたコーヒーを飲みながら肩を竦めた。

「で、例の台湾ガールはどうしたのかな」

 美蘭と美鈴はまだこの店には呼んでいない。とりあえず解散し、『エゾルチスタ』メンバーだけで再集合した形だ。

「二人とも考えるのは苦手っぽいけど、行動力はあるし、美鈴さんの方も月丘さんが危ない時に恐れず動いてくれてたし、悪くはないと思うわ」

「ほんなら二人とも加入の方向やねー」

 亜衣の言葉に瑠花は少しうんざりした顔をした。

 まなが瑠花の袖をきゅっと掴んで寄り添う。

「心配しなくていいわよ。まなちゃんのことを大切にしてるから」

 その言葉を聞けただけでも幸せな気持ちになれた。

久しぶりの更新となりました。この章を書きながら、最近お墓詣りしてないなーとか考えていました。

お墓の形態もまちまちになってきていて、典型的な墓石のものから最近はマンションタイプの永代供養墓までありますね。良い悪いは置いといて、味気ない気がするのは私だけでしょうか。

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