第二章-2
「劉美蘭?知ってるわよ」
翌日、『エゾルチスタ』集会に向かう車の中で、瑠花は言った。
「台湾かどっか出身で、私たちのように怨霊・悪霊を倒すことを生業としているネクロマンサーよね。ちょっと過激な子たちってことで最近名を上げて来てる」
「過激?」
昨日の襲撃からして何となく過激なのは分かるが、とりあえず聞き返してみた。
「色んな業界同様、私たち退魔の業界もね、決まってるわけじゃないけどナワバリみたいなのがあるのよ。ナワバリ内での事件には他のナワバリの業者は入って来ない。もちろん単独じゃ手に追えない場合は協力したりすることもあるけど、基本的には不可侵なの」
例えば関西では華山院一派が活動し、東海では『エゾルチスタ』が活動している。関東では東雲一派など複数のグループが活動しているらしい。
「劉さんたちは何が過激なんですか?」
「ナワバリ無視なのよね。だからあちこちでナワバリを荒らしている感じかな。でもちょっとやり方が雑くてね。依頼なしに狩ってきて料金を請求したり、他の退魔師の依頼を横取りして料金をせしめたりとやりたい放題」
まなは外国出身だからナワバリが無いのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「日本は退魔師が絶対数少ないからね。外国の人でもちゃんと自分の管轄を持っているのがほとんどよ。彼女らは性格というか、そういう考え方なんでしょうね。同じ台湾出身の人たちで構成されている台湾退魔師の協会からも何度も忠告を受けているって話よ」
「そんな協会もあるんですね」
退魔師も国際化が進んでいるということか、と一人納得する。
礼司の店『食べ放題焼肉・牛鬼』に着いたが、車を降りずにそのまま話を続ける。
「彼女らの言い分は、倒す手間を省いてやってるんだから、その取り分はもらって当然ってわけ」
まるで押し売りのような言い分だ。そりゃ日本で真面目にやっている台湾の退魔師にしてみればイメージが悪いというところだろう。
シートベルトを外すと、瑠花はまなを抱き寄せた。
「それはともかく……よく無事だったよね。もうあたしのいないところで危ないことしないで。まなちゃんはあたしにとって特別な存在なんだから」
「はい、ごめんなさぃ……」
まなには戦闘技術は何一つない。ただ馬鹿力だけで何とか切り抜けただけだ。次に襲って来る時にはその馬鹿力に対応して来るだろう。そうなれば万に一つも勝ち目はない。
「戦闘技術を学ぶ必要はあるだろうけど、あっちは本格派だからね。付け焼き刃な格闘技は通用しないでしょうね」
「うぅ……打つ手なしなのかな……」
瑠花は抱きしめている腕を解き、まなの頭をそっと撫でた。
「手はない訳じゃないけど、とりあえずみんなで相談してからね」
そうだ。仲間がいる。まなは心強い仲間の存在に改めて嬉しく思った。
今日の集会は東海北部の退魔師からの応援要請についてがメインの議題だった。
「北部って、どこ?」
「下呂」
「いくーっ!」「いくーっ!」
亜衣と瑠花が同時に挙手する。
「こらこら。遊びに行くんじゃないんだぞ」
隼人が苦笑いしながら二人をたしなめた。
「でも終わったら温泉入れるやんっ」
亜衣はもう温泉旅行モードだ。
「私は子供がいるから遠出は難しいかなー」
沙樹はそう言ってパスモード。
「俺は臨時休業自由だからなー」
礼司はにやにやしながら言った。どう見ても温泉に他のイメージを重ねている顔だ。
「温泉って、タトゥー禁止のとこがほとんどでは……礼司さん、行ってもお風呂入れないかと……」
「なっ!」
まなの言葉に礼司が撃沈する。
「温泉付き客室での宿泊を希望するっ!」
「そんな予算ありませんよ」
沙樹の一言に再び撃沈。
「浮かれるのはいいけど、仕事なのよ。行ける人を選抜しましょう」
リーダー桜子はさすがに落ち着いている。
「ちなみにいつですか?」
瑠花がスケジュール帳を広げながら聞いた。
「いつでも。とは言ってもあっちも事態は深刻そうだから、来週中には行くつもりよ」
沙樹以外のみんなが自分の仕事のシフトを確かめる。
「寺沢さんはいつでもOKなんですよね」
礼司は首を横に振った。
「いやー……真面目な話、来週は水曜日と金曜日はダメっすね。お客の予約が入ってるんで」
今度は隼人の方を向いた。
「僕は大丈夫ですよ。ただそこまで温泉に興味はないんで、留守番でも全然OKです」
残るは亜衣と瑠花とまなだ。
「私は、学校なので……」
まながそう言いかけると、礼司が笑って言った。
「学校なんて仮病でいくらでもサボれるって。家の人を説得できるかどーかじゃね?」
瑠花が挙手する。
「あたしは、日曜日が深夜明けで月曜日休みなんで、日月なら行けます」
亜衣はうぅー、と唸った。
「日月が有力そうやなぁ。うちは月曜は休みやけど日曜がなー。誰か変わってもらえるか聞いてみてからやなー」
だいたい話は日曜日から月曜日の一泊出張でまとまった。行くメンバーは礼司、瑠花が決定で、亜衣とまなが要相談。沙樹と隼人は留守番となった。
「リーダーは?」
瑠花の質問にみんなの視線が桜子に集まる。
「ん?私?当然行くわよ?温泉」
実は一番浮かれているのはリーダーじゃなかろうか、とみんな思った。
メインの議題が終了したところで、もう一つの議題に移る。
劉美蘭の件だ。
瑠花が昨夜のことをまなに聞いた通りに話す。
「……昨日はまなちゃんの機転で何とか窮地を脱しているけど、正直危なかった。あの子を何とかしないと危険だと思うんだけど、どうでしょ」
特にまなをゾンビというだけで目の敵にしている。華山院厳柳と同じぐらい性質が悪い。
「そういえば厳柳のおっさんの件はどうなってるんすか?」
礼司が聞いた。厳柳といい美蘭といい、まなには敵が多すぎる。
「埒が明かないから、華山院清照さんに電話したんだけど、あっちも厳柳の居場所が分からなくなっているらしいわ」
清照という人がまとめ役らしい。六十代半ばぐらいの老婆らしいが高野聖が扱いに困るほどの跳ねっ返りばーさんらしい、とは瑠花の説明だった。
隼人が挙手した。
「まぁ、話を戻そう。美蘭は居場所がはっきりしているだけに対策しやすいが、戦闘力が問題だな」
まなが挙手した。
「美蘭さん一人だけでも中国拳法の使い手で抑えるのが大変なのに、キョンシーの美鈴さんもいて、彼女も中国拳法をかなり使います。同時攻撃の連携で何度もやられました。ただ美鈴さんの方はアンデッドだからこそ、命令の出所である姉の美蘭さんが弱点になっているとも言えますけど」
だから馬鹿力の全てを美蘭に注いだのは正解だった。
「次はそうさせてくれないでしょうね」
沙樹がパソコンに書記しながら呟いた。
「あっちのキョンシーを倒す?」
亜衣が言うと、瑠花が首を振る。
「まぁ、それが出来れば一番いいのかもしれないけど、あんまり気が進まないなー」
美蘭にとっての美鈴は瑠花にとってのまなみたいなものだ。妹をキョンシーにしてまで一緒にいるのだから、そこにネクロマンサーとしての思い入れの深さを感じずにはいられないのだろう。
「でもあっちは人のアンデッドを倒すことに躊躇ないんだから、お互い様では?」
沙樹が意外に過激なことを言った。
「これも話し合いで何とかならないですか?」
まなが桜子に聞いた。
「美蘭さんも美鈴さんも、私に主がいるってことを知らずに襲ってきたようなので、もし主がいると教えたら少しは遠慮しないでしょうか」
すると瑠花がその代わりに答えた。
「それは無いと思う。結構主付きのアンデッドも狩ってるケースもあるもの。問題になったことあるから」
一時期その件でネクロマンサー達の標的になったこともあるらしい。
「それ以来、少し大人しくなったけど、知らんふりして倒しちゃうケースがその後も散見されてる。だからまなちゃんが一人でいたら主がいないと見て攻撃を仕掛けてくる可能性は高いかな。基本的に自分たち以外のネクロマンサーを認めない人たちだから」
すると礼司が口を開いた。
「じゃあ、何だ。最強のネクロマンサーとでも言いたいってわけか」
「じゃないかなぁ」
すると隼人が肩をすくめる。
「大人しくしてもらおうと思ったら、瑠花くんが単独で彼女に打ち勝つしかないのかもな。死霊術同士で」
「え……」
まなの目が点になる。
「それって、私が美鈴さんと戦えってことですか?」
「そうなるな」
「むりむりむりむりむりーっ!」
相手は中国拳法の使い手だ。しかもアンデッドだから力も強い。肉体的には互角。技術的にはあっちの方が圧倒的に強い。
「勝てるわけないじゃないですかっ!」
「でも狙われ続けていたら、結局戦うことになる」
それはそうだけど、集団戦法の方がまだ勝ち目はありそうなのに。
「危なくなりそうだったら救援するよ。だがこれ以上増長させるのも問題だからな」
まなは不安でしかなかった。
その日の午後、まなと瑠花は『台湾紅玉飯店』の前にいた。
「あのー……瑠花さん。私、ぜんっぜん心の準備とかしてないんですけど……」
「こういうのはさっさと終わらせる方がいいのよ。相手が分かっている以上、先延ばしにする意味無いでしょ」
相変わらず行列が出来ているところに、列整理をしているチャイナドレスの女の子がいた。
「あの人です」
「あれが美蘭なのね。思ったより可愛い」
すると、彼女もこちらの気配に気付いたのか、視線が合った。
瑠花はづかづかと彼女に近付いて行った。
「あ、瑠花さん、ちょっと……」
そして美蘭の目の前まで来ると激しい火花を散らした。そして静かに話し始めた。
「あなたが劉美蘭ね。昨日はうちの子に手を出したみたいで、ちょっと迷惑してるんだけど」
「あなたあるか。アンデッドを野放しにしている無責任な主ね」
美蘭も一歩も引かない。むしろ挑戦的な目で瑠花を見返している。
「あたしは七瀬瑠花。野放しじゃないわよ。あたしもあの子もこの界隈を管轄しているグループの一員なんでねー。うちの子は意思もはっきりしているし、お行儀がいいんで、その辺の野良と一緒にしないでくれる?」
瑠花も美蘭もお互い囁くぐらいの声で話している。お互い周りに聞かれるとまずい会話だから仕方ないのだが、それが逆に緊張感を高めているような感じに見える。
「わたしには見分けつかないね。見た目が同じなら同じように狩るだけあるよ」
美蘭はまなをちらっと見て鼻で笑う。
「そもそもあんな弱っちい子をゾンビにするなんて役に立たないね。霊を解放してあげる方があの子のためね」
この言葉はまなにぐさっと刺さった。確かに元を正せばただの女子高生だし、その中でも別に運動をやってた訳でもないし、むしろ体を動かすのは苦手な方だ。美鈴のように身体能力が高い人がアンデッドをやっていれば、そりゃ強いだろうし、ネクロマンサーの役にも立つ。それに引き換え、自分は何の役にも立たない。強いて言うなら愛玩動物みたいなものか。
「身体能力だけがアンデッドの性能じゃないでしょーに。それが分からないようじゃ、ネクロマンサーとしてはまだまだだと思うけどぉ?」
美蘭がむっとした顔をした。
「わたしの美鈴に比べたらアンデッドとしてはまだまだあるよ!」
「アンデッドとネクロマンサー、このコンビネーションが真の能力だと思うけどぉ?アンデッド単独で誇られてもねぇ。それに、うちの子を襲撃しても、あなたがやられたら美鈴ちゃんだっけ?身動き取れなくなったらしいじゃん?うちの子一人も倒せなかったのに、強い強いって言われてもねー。ホントに?って思っちゃうじゃん」
奢りもあったのだろうが、まなを狩きれなかったのは事実だ。瑠花の挑発も容赦がない。
「る、瑠花さん、もうその辺りで……」
「次は狩るあるよ」
静かに、そして怒りを込めて美蘭は宣言した。
「その次ってのはいつになるのかしらねー」
「今夜ある」
「面白いじゃん」
まなはもうだめだー、という顔で頭を抱える。
「じゃあ、今夜、邪魔の入りにくいところで勝負するあるよ」
「いいよー。自分のことが一番優秀なネクロマンサーと思っているんでしょーけど、その思い上がりもここまでにしてあげよーじゃない」
瑠花の挑発を散々に受けて、美蘭は顔を真っ赤にしていた。
「それじゃ、まるで自分の方が優秀と言いたそうあるな」
「いえいえ、あたしより上なんていっぱいいますよー。謙虚なだけですー」
「なら今夜、決着をつけるある!」
ゾンビになれば頭痛なんてしないはずなのに、頭痛がしたような気がした。
「なんで、そんな、わかりやすい、ちょうはつ、したんですかっ!?」
「だってー、わっかりやすい挑発にどんどん乗ってくるんだもん。それに……」
「それに?」
「あたしの可愛いまなちゃんのことディスられて黙っていられないわよ」
うー、とまなは唸った。
それはそれで嬉しいのだが、その結果ヤバそうな戦いに巻き込まれるのも自分なのである。もう少し穏便に済ませて欲しかった。それに、勝負するならするでもう少し時間が欲しかったとも思う。もちろん、時間をもらったからと言って何か対策できるわけでもない。今から格闘技を習ったところで付け焼き刃というやつだ。しかし心の準備というものがある。一応『エゾルチスタ』のみんなが決闘場所に待機してくれるという話になっているので滅多なことはないと思うが、どんなことを仕掛けてくるか分からないだけに怖い。
「ま、あたしに任せて。ネクロマンサーの戦い方ってのを教えてあげるわ」
約束の時間まで少しでもイービルスピリットを安定化させるために『食べ放題焼肉・牛鬼』でご飯を詰め込む。礼司が赤字になりそうだとぼやくぐらいの食事量を詰め込んだ。
その間、礼司が戦い方の参考になればとプロレスのDVDを見せてくれたが、正直何の参考にもなりそうになかった。
「そろそろ、行こっかー」
瑠花がそう言った。珍しく魔法陣が書かれた紙を何枚か用意していた。
「さくっと勝って、気持ちよく温泉行きましょ」
確かに温泉旅行が控えている。気持ちよく行けるかどうかは分からないが。
場所は天白区内の緑地公園内。夜八時だが人影は見当たらない。
「これ、負けたらどうなるんですか?」
まなが不安に駆られて瑠花に聞いた。
「んー。まぁ、『エゾルチスタ』の威信に傷がつくでしょうね」
東海一の魔術師軍団とされている『エゾルチスタ』だが、その威信に関わるとなると負けられない気がした。
「危ない時はみんなが止めに入ってくれるとは言え、まなちゃんが無事で済まない可能性だってあるし」
そうなるとこの世からまなは消えることだってありうる。自殺したくせに、何だか今は消えるのが嫌になっていた。
「とりあえず頭はやられないようにすること。それと美鈴の動きを封じること。この二点だけに集中してくれれば、あとは何とかするわ」
まなはこくりと小さく頷いた。
周りで待機している者も安穏と見ていられる訳ではない。何かあればすぐにかかれるようにしなければならなかった。待機しているのは礼司と隼人の二人だ。
「ネクロマンサー同士の戦いって、どうなれば勝負ありなのかねぇ」
礼司が独り言のように呟くと、それに隼人が答えた。
「そりゃー、アンデッドの頭を潰されたら、じゃないかな。それかネクロマンサー本人が倒れるか」
「グロテスクなガ◯ダムファイトってわけですか」
「なんだそりゃ」
「観てないんすか」
「僕は一年戦争派なんだ」
その時、ふわっと空気が変わった。
暗闇からキョンシーが姿を現す。
「来た」
まなが呟いた。今日は武装が違う。美蘭は剣のようなものを握っているし、美鈴は爪につけ爪のような長いかぎ爪を付けている。
「お待たせある」
「狩に来たネ」
今日は本気で狩るための装備を持って来たというところだろう。
「まなちゃん、命令よ。前に出て、あたしを守りなさい」
「はい」
まなは数歩前に出る。瑠花も数歩後ろに下がる。まなが単独で二人を相手にするような構えになった。
「ゾンビを犠牲にする気あるか?ゾンビを倒せばあなた負けあるよ?」
「分かっているわ。あなたたちにその子は倒せない」
何を根拠に、とまな自身が思ってしまうが、一人で相手にするのが命令だからせざるを得ない。
「じゃ、始めましょうか」
「行くあるよ」
美蘭が動いた。美鈴に指示を出し、まなを狙わせる。美蘭もまなを狙う。二人で同時攻撃だ。
「ゾンビを倒せば勝ちある。一気に二人で畳み掛けるあるよっ!」
「ハイなっ!」
美蘭が剣を突き出し、美鈴がかぎ爪を振り回す。わざと遠い距離からの攻撃でまなの動きを牽制した。
「あぶなっ!」
剣とかぎ爪がまなの服にひっかかり、一部が裂かれる。しかし後ろへ下がるわけにはいかないので、ぐっと前に足を踏み出した。
「ハイーっ!破ぁっ!」
美鈴の回し蹴りがまなの頭を襲う。まなは最初から腕をあげて頭を守っていたので直撃は免れたが、それでも強烈な振動が襲った。
(どうしたらいいんだろう。どうしたら……)
昨日の二人の攻撃はダメージにならなかったが、今日のあの剣とかぎ爪は恐らく何か仕掛けてある。対アンデッド用の武器になっていると考える方が自然だ。それ以外の攻撃はあくまで物理的な攻撃だから頭さえ防御できれば問題ないと思った。
ただ単純な物理的攻撃も威力が強いので喰らい続ければ態勢が崩れ、不利な状況へと追い込まれるだろう。
瑠花は時間を稼げと言っていた。自分が前に出ていることでとりあえずこの二人を引きつけることには成功している。
(何か打開策あるんだろうか……瑠花さん……)
いや、自分が主を信じなくてどうする、と思う。きっと何か考えているに違いない。それまで頭を潰されないように粘るだけだ。しかしこの姉妹の猛攻は防ぎきれるものではない。自分は自分で作戦を立てないと厳しい。しかしそれを考える余裕もほとんどない。いくら痛みは一瞬でも、こう間も置かず攻め立てられると、正直苦しい。
「あぅっ!」
今までの痛みとは異なる、熱い痛みが脇腹に走る。あのかぎ爪が当たったのだ。焼け付くような痛みがじんじんと来る。さらに剣がまなの肩を貫いた。
「あああぁぁぁっ!」
生前でもこんな痛みは経験していない。それにまなは痛みに耐えて戦う格闘家でもアスリートでもない。怪我への耐性は非常に弱い。
(ダメ……もう耐えられない……)
頭を抱えて立ち尽くす。泣きたい。こんなのもう嫌だ。やっぱり大人しく死んでた方がもっと楽だった。
「戦闘放棄あるか?」
「戦えなくても容赦はしないネ」
かぎ爪が今度はまなの腹を裂いた。剣が首を狙ったが、これはまなの右手に阻まれた。しかし腹と右手にさらに焼け付くような痛みが走った。
「痛いっ!痛いよぉっ!助けてぇっ!」
まなはその場でうずくまってしまう。その情けない姿を見て、二人は攻撃の手をゆるめた。
「情けない声をあげて……所詮、あなた達は二流ね。二流のネクロマンサーに負ける訳にはいかないね」
「トドメさすアルよ。その腕を退けるアル」
美鈴がぱんっと蹴りで頭を抱えている腕を払いのけようとした。
「あなた達は勘違いしているわ」
すると、戦闘に参加せず、まなのずっと後方にいた瑠花がようやく口を開いた。
「ふん、今更出て来ても遅いね。あなたのゾンビは戦闘不能。私たちの勝ちあるよ」
美蘭は剣をぴとっとまなの眉間に照準を合わせた。
瑠花が二人に歩み寄る。
「あなた達が強いことは認める。格闘家としては一流かもしれない。でも一流のネクロマンサーかと言えばそれは違う。ネクロマンサーならネクロマンサーらしく、死霊術を駆使すべきでしょう」
二人の周りにふわっと何かが取り巻く。慌ててその剣でまなの額を貫こうとしたが剣が動かなかった。
「死霊を払うことばかりに気を取られていると、それに慣れ、本当の死霊の怖さを忘れてしまう。それを思い出させてあげるわね」
二人の動きが完全に止まった。すると美蘭の方ががくっと膝をついた。
「……まなちゃん、よく頑張ったね。もう終わったよ」
「うぅ……瑠花さん……何が、何が起こっているんですか……?」
「七瀬流死霊術憑依連撃」
うずくまっているまなをそっと瑠花が抱き起こす。まなは瑠花の胸に飛び込むように泣きじゃくった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」
美蘭が白目を向いて奇声をあげる。それと同時に命令系統が乱れた美鈴が完全に停止してしまった。
「……何を、したの……?」
「死霊、主に怨霊の類を呼び寄せて憑依させたの」
美蘭は剣を取り落とし、その場にうずくまって意味の分からない言葉で悲鳴をあげ始めた。
「だ、大丈夫なんですか……?」
「普通の人間なら霊障が起こるでしょうね。原因不明の倦怠感や抑うつなどの症状が出る。精神的に脆い人なら発狂する可能性だってある術よ」
それはやりすぎじゃ……と言いかけたところに、瑠花は付け加えた。
「まぁ、彼女もネクロマンサーの端くれなら、死霊に対する免疫はあるでしょうし、あたしもそこまで強力なことはしていないから霊障は残らないでしょ。ま、懲りたでしょうし、そろそろ終わってあげよっか」
瑠花がぽんっと美蘭の両肩を叩くと、彼女の体から赤い霊体が出て行くのが見えた。
「あ、あぁ……わ、私、何を……」
顔をあげた美蘭は元の表情に戻っている。しかしその目は赤く泣きはらした目をしていた。
「あんたの負け」
瑠花がその両肩をぽんぽんとしながらそう言った。
「あなたが意識飛んでる間に妹さんを成仏させても良かったけど」
命令系統を失った美鈴はどうしていいのか分からず動けないでいた。美蘭が意識を取り戻したことでようやく心配そうに寄り添った。
「あなたにとって妹さんは特別な存在だからキョンシーにしたんだろうし、それはしてないわ」
二人はぐったりと項垂れた。
「ま、アンデッドに憑依によるダメージなんて何もないでしょうけど。人間のあなたには効いたでしょ。ネクロマンサーならネクロマンサーらしく、死霊術も極めなさいな」
美蘭は完全にしゅん、としてしまった。戦意も喪失したようだった。
「瑠花さん、身体が痛いよぅ……」
まなが瑠花に傷口を見せる。組織がまるで別の生き物のように傷を塞いで行っている途中だった。
「このぐらいなら一眠りもすれば治るわよ。よく頑張ったねー」
まなの肩を抱き、頭をなでなでと撫でながらみんなが待機しているところへ向かう。
「おつかれさん。時々お前さんの底が見えなくなって怖くなるよ」
隼人がジュースを瑠花とまなに渡して労いながら、半分冗談、半分本気でそう言った。
「いや、あれは落ち着いてたら誰でも対処できますから。戦いに夢中になってるから心の隙があっただけです。みなさんに比べたらまだまだ」
あはは、と手をひらひらさせて、とんでもないと笑った。
恐らく、隼人が戦いを急がせたのもこういう結果が見えてたんだろうな、とまなは思った。それなら最初から作戦を教えてくれればいいのに、とも思う。何か狙っていると相手に勘付かれないためにしたんだろうけど。
でもその後、一番よく戦ったまなちゃんのためにという名目で礼司が焼肉を用意してくれたので、呆気なく不満を解消した。