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ゾンビなJKの異常な日常  作者: 結愛りりす
第一章
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第一章-4

 まなは魔術結社『エゾルチスタ』に入社した。

 とは言っても毎日の生活が激変するわけではない。

 相変わらず朝に学校に行き、勉学に励み、夕方に帰る。違ったことといえば体育の成績が急に良くなったため、運動系クラブから勧誘がかかりやすくなったことぐらいだろうか。

 華山院厳柳はとりあえず保釈されたとは聞いた。厳柳の家族の者が保釈金を用意したのだそうだ。

 それ以外には大して何の進展もなく、シルバーウィークに突入していた。

 進展がないと言えば瑠花との仲も大して進展がない。瑠花が準夜勤の時や深夜勤の時以外は大抵会っている。にも関わらず、あれ以来そういう雰囲気にはならない。そういう雰囲気の話題もしない。瑠花も意識して避けているのかもしれなかった。

「お、どうした、大食い娘。今日はあんまり食が進んでないな」

 お兄ちゃんのからかいにも気持ちが乗らない。

 その異変に気付いたのか、お兄ちゃんが顔を覗き込んできた。

「どうした?大丈夫か?」

「え?わわ……びっくりした。お兄ちゃんか……」

 日曜日の朝。今日は瑠花もお仕事で夕方まで会えない。アンデッドらしく日中は寝ようかな、なんて考えていた。

「何をぼーっとしてたんだ?何か悩みか?またいじめられているとかじゃないだろうな」

 少し真面目な顔になっている。

「え?何、私、そんな深刻な顔してた?」

「あぁ、してたぞ。……自覚がないってことは違うのか」

 まなの顔を覗き込むのをやめ、新聞を手にしてコーヒーカップを傾け始める。

「で、何考えてたんだ?」

 お兄ちゃんは新聞に目を落としながら聞いた。

 まなも朝食をつつきながら、溜め息混じりに呟いた。

「んー……寝ても覚めても一人の人のこと考えるってやっぱおかしいよねー」

 しばらくの沈黙。

 はっ、としてお兄ちゃんの顔を見た。必死に笑いをこらえている。

「あ、嘘!今のなし!」

「なーんだ、お前、いっちょ前に恋する乙女してんのかぁ?」

「ちがっ!違うってっ!そういうのんじゃないってばっ!」

 うひゃひゃ、と奇妙な笑い声をあげながら、お兄ちゃんはわしゃわしゃとまなの頭を撫でた。

「まー、年頃だもんな。で、どんな人なんだ?おにーちゃんに言うてみ?」

 さすがにそれは言えない。同性に恋してるなんて口が裂けても言えない。

「だ、誰でもいいでしょっ!お兄ちゃんには関係ないもんっ!」

「ほーほー、まぁ、そうですけどねー。恋してることは否定しないんですなー」

「うぅっ……」

 しまった、ハメられた。ますます言い辛くなってしまう。

「やーでーす。もう何もいいませーん」

「まぁ、俺はいいけど、父さんにバラしたら泣き出すかもだぜ」

「ひ、卑怯者……っ!」

「策士と呼びたまえ」

 その時、まなを助けるようにスマホが鳴った。慌てて画面を見る。画面には『メルクリオ』と表示されていた。

「お、彼氏か?」

「違いますー、友達からですー。ちょっと出るね」

「ちっ。命拾いしやがった」

 電話に出ながら自分の部屋に行く。フラター・メルクリオこと隼人の声がスマホから流れて来た。

『おはよう、ソロール・メーゼ。少し『エゾルチスタ』としての仕事が入ったんだ。いい機会だからうちの活動を見てもらおうと思うんだが、今日は空いてるかい?』

 あの焼肉パーティー以来、一度も連絡がなかったが、二週間過ぎてようやく来た。

「えっと、多分、大丈夫です。でも、瑠花さんがお仕事でいないですが……」

『なーに、仕事は夕方からだし、瑠花くんにも僕から連絡入れておくよ。とりあえずうちの活動を見といてもらった方が良いと思うんだ』

「それなら、大丈夫だと思いますけど……」

 しかし夕方から活動となると終わるのは何時なんだろう。

「……夜は十時と言う門限もあるので……あまり遅くなるわけには……」

『うちの仕事は基本的に夜になるんだけどな。まぁ、それは追々相談しよう。今日の仕事はそこまで大変じゃないから、そこまで遅くはならないと思うよ。夜七時でいい。瑠花くんと一緒に例のお店まで来てくれ』

 親には晩御飯いらないって言わなきゃいけないな、と思いながら電話を切った。

 

 夕方六時。まなはあだしの病院前で瑠花が出てくるのを待っていた。瑠花は仕事の昼休みにラインを返してくれていた。そしてこの時間この場所で待ち合わせるよう指定してきたのだ。

「お待たせ。緊急入院があったから危うく帰れなくなるかと思ったわ」

「あ、お疲れ様です」

 看護師という仕事もなかなか忙しそうで大変だな、と思う。まなには憧れの職業でもあったが。

 瑠花のアパートには寄らず、そのまま車で礼司の店に向かうことにした。

「仕事終わりにもう一仕事かぁ……。まぁ、こっちはボーナスみたいなものだからいいんだけど。あ、そうそう……」

 瑠花は何かを思い出したように言った。

「例の華山院厳柳だけど、保釈後どこへ行ったか良くわからないらしいわね」

 彼女の話によると、華山院厳柳は保釈されてから活動を行っておらず、またどこを拠点にしているかもはっきりしないため、どこで何をしているのか分からなくなってしまったらしい。すなわち、話し合いもまだできていない状況だというのだ。

「このまま活動やめてくれてもいいんだけどね。その方がまなちゃんも安全だし、そもそもこの辺に華山院一派がのさばるのも嬉しい話じゃないからねー」

「そういうものなんですね」

「ま、同じ職種が同じ界隈で仕事すると潰し合いになるからね。一応ナワバリみたいなのもあるし」

 同じ職種?と聞こうとした時には礼司の店の駐車場に辿り着いた。車を駐車させてエンジンを止めてから、瑠花は続けた。

「これからの仕事もそうよ。まぁ、簡単な仕事だから大丈夫だと思うけど、今回まなちゃんは見学だからね。あたしから絶対離れないでね」

 何のことか良く分からないが、瑠花から離れなければ良いらしい。

「……らじゃー」

 店に入ると、亜衣と隼人を除く三人がいた。瑠花とまなを合わせて五人になった。

「早かったわね」

 桜子は扇子をぱたぱたさせながら言った。秋になったとは言え、まだまだ残暑が厳しい。

 ゾンビになっても汗はかく。生体反応で受け継がれるものと受け継がれないものの差が今ひとつ良く分からないが、この不快感は見事に受け継がれていた。くるくる回る扇風機に向かって「あー」ってやりたくなる。

「いらっしゃい、まなちゃん。アイス食べるか?」

 礼司は聞いたが形だけだ。もうカップにはゴルフボール大のアイスがぽこっと乗っていた。

「わーい♡食べるー♡」

「飲食店の利点を効かせてうちの子を餌付けしないでくれますぅ?」

 瑠花が不満そうに言うと、礼司はにかっと笑ってもう一つアイスを持ってきた。

「瑠花の分もあるぜ」

 結局二人とも餌付けされてしゃくしゃく食べる羽目になった。ちなみにゆずシャーベットだった。

「何で焼肉屋さんってゆずシャーベットが主流なの?」

「さっぱりするから?油物のあとに食べるにはちょうどいいんじゃない?」

「うーん……」

 ゾンビになって胃もたれとかからは完全に解放されているのだが、味覚は生前と変わらない。だから同じものを食べ続けたらきっと飽きるっていうのもあるのだろう。

 他愛のない話をしていると、時計の針が六時半になった頃に隼人が現れ、四十分頃に亜衣がやってきた。

「揃ったわね」

 予定より少し早いが、全員揃ったのを確認して桜子が口を開いた。

「さてと……今回の目標はグール。北区の蒼羽浄苑という霊園に出現。現在の被害は骨喰い程度だけど、早期に対処しないと人喰いに変貌する危険性が高いわ。住職も困って我々に助けを求めてきたって話よ」

 まなは首を傾げた。ほねくい?ひとくい?

「骨喰いはお骨を食べるってことよ。墓を掘り出してね。グールってのは後で話すけど、要するに人喰い鬼のことよ」

 その疑問に答えるかのように瑠花が囁いた。

「そ、そんなのがいるんですか……?」

「依頼料は百万。一人十五万で分配して残りは活動資金に回すわね。まなちゃんは初めてだし、見学だから五万で我慢してね」

「異議なーし」

 礼司が焼肉のセットをキッチンから持って来ながら賛成する。

「ご、ご、ごまんっ!?」

 五万でも女子高生のまなにとっては大金。お年玉をかき集めた時ぐらいしか握ったことがないお金だ。

「いきなりお金持ちになった気分……」

「まぁ、それぐらいもらえたらやりがいあるよね」

 まなは突然転がり込んで来たお小遣いに戸惑った。

「『エゾルチスタ』はこういう結社よ」

 桜子がぱしんっと扇子を閉じた。

「死霊・悪霊の類を祓い、滅するのがこの結社の目的なのよ」

「あ、あの……私、普通の女子高生なんですけど……」

 お金はありがたい。でも、穏やかな学生生活が猛ダッシュで離れていく……。

「いや、ゾンビやってる時点で普通ちゃう気がするけど」

 亜衣の一言で穏やかな学生生活は加速して見えないところまで離れていってしまった。

 とりあえず焼肉で腹ごしらえをして、現場へ向かうこととなった。

 現場への移動中、瑠花にグールの説明を受ける。

 グールとはアンデッドの一種らしい。

「イービルスピリットを介して霊体と肉体が結びついている構造は一緒。ただ、いくつかの条件下でグールとなるの」

 その条件とはまずイービルスピリットに完全に乗っ取られていること、イービルスピリットが不安定であること、そして主を持たないことの三つである。

「イービルスピリットに乗っ取られる感じは、奴の声を聞いているまなちゃんなら分かると思う。そしてイービルスピリット自体不安定なので常に飢えている状態なのよ。それでいて主人もいないわけだから餌もない状態と思っていいわ」

 まなは自分がゾンビだからその状況が嫌という程理解出来た。瑠花のおかげで家族の下にもいれるし、ご飯にもありつけているが、それが無い状態とはどれほど飢餓状態になるのか……想像するだけでも恐ろしい。

「だから最初はゴミ漁りや魂の残渣を求めて墓場の死体漁りを始めるの。さっき言っていた骨喰いっていうのは、魂の残渣を求めてまだ力のないグールがやる行為ね」

 そういえば墓場で骨を食べる人って何かの都市伝説にあった気がした。

「そうやって徐々に安定化してきたグールはやがて力をつけてくる。すると今度は人間を襲い始めるのよ。そしてより新鮮な魂を求めて生きた人間をばりばり食べ始めるってわけ」

「ひぃ……」

 要するにイービルスピリットに乗っ取られた野良ゾンビってわけだ。過去にある人肉食事件の中にはこういう輩が混じっているんじゃないかな、と瑠花は付け加えた。

「でも主がいないってどういうことなんですか?」

 以前してもらった説明ではアンデッドは死霊術によってイービルスピリットを無理やり死体に捻じ込ませているから不安定だと言っていた。ということは誰かが作らないと発生しないもののはずだ。

「んー、パターンは三つ。ひとつは自然発生的なもの。深い恨みとか怒りを持ったまま死んだ場合、その負の感情が霊体に刻み込まれることがある。それに引き寄せられたイービルスピリットが魂の役割をして霊体と肉体と結びつくっていうパターン」

 ただ、このパターンは滅多にないらしい。霊体にはそういう感情がトレースされることはまずないらしいのだ。唯一ありうるとしたらその恨み・怒りを持った人が己の霊体に刻み込む行為をした場合らしい。

「というと?」

「呪術で恨みの相手に呪いをかける、とかね。呪術は多かれ少なかれ自分の霊体に傷を残すから」

 人を呪わば穴二つじゃないけど、グール化するにはそれ相応の理由があるらしい。

「ふたつめはネクロマンサーが自分のゾンビの後始末をしないで死んだ場合。例えば今あたしが突然死して、さらにまなちゃんがイービルスピリットに飲み込まれたら、まなちゃんもグールになっちゃうわね」

 それだけは絶対やだ。自分がグールになるのも嫌だし、瑠花が死んじゃうという想像もしたくない。

 しかし別の疑問も生まれる。

「もしイービルスピリットに飲み込まれなかったら?」

「んー、飲み込まれず安定化まで出来たらワイトっていう別次元の高位アンデッドになれるかもね」

 どっちにしても瑠花がいなくなるのは嫌だったし、そんな上昇志向はない。瑠花がいてくれるならずっとゾンビでいいやと思ってしまう。

「一番厄介なのは三つ目」

「というと?」

「術者が作り出したアンデッドを解放しているパターン。まぁ、一体作るのにそれなりのコストや労力がかかっちゃうから、そういうことをする人はそんなにいないと思うけど……」

 そもそも火葬国家の日本において、生身の死体を手に入れるだけでも一苦労である。確かに苦労してわざわざ作ったアンデッドを解放する人はいなさそうだ。

「それでももしそういうことをしている術者がいるとしたら、そこにはコスト度外視した別の悪意を感じる。だから厄介なのよね」

 蒼羽浄苑に到着した。確かに普通の霊園に比べると冷たい張り詰めたような違う空気を感じる。

「とりあえず、グールは骨喰いレベルでいる間に始末するのが大事。そうすれば人知れず葬れる」

 そこへ住職が出迎えに来た。歳は五十ぐらいだろうか。やや小太りで夜になればまだ涼しいのに汗をかいている。

「これはこれは、お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」

 表門からではなく、裏口から通された。裏口は直接霊園に通じている。比較的広大な敷地だった。

「普通の御霊なら仏様のお力で成仏もしていただけるのですが、こういう悪鬼の類は少々専門外なものでして……」

 住職の説明を聞きながら、浄苑の中を案内される。あるお墓の前で立ち止まった。

「これをご覧ください」

 そのお墓は荒らされ、基礎石にも穴が開き、納骨堂までが露出してる状態だった。

「この通り、お骨が無くなっておるのです」

 骨壷には食べかすのような骨のかけらが残っているだけで、ほとんどなくなっていた。

「明らかに骨喰いですね」

 隼人が呟いた。

「グールですね。間違いないですわ」

 沙樹はその写真を撮りながら頷いた。

 住職は大きな溜息をついた。

「こういう被害がもう三件続いています。お骨がなくなるのも問題ですが、お墓にこれだけ大きな穴を開けられると、修復にも大変なお金がかかってしまう。檀家さんも気味悪がっておりまして、何とかこの事件だけは穏便に片付けたいのです」

 まなはお墓のことはよく分からなかったが、あの大穴を修復するのは大変そうだなということだけは分かった。

「それで私たちにってことですね」

 桜子は住職に言った。

「そうです。あなたたちしか頼れません。よろしくお願いします」

「お任せください。そういう時こその『エゾルチスタ』です」


 グールは警戒心が強く、人目を避けるため、隠れて待機となる。それでもなかなか出てこないこともある。

 しかし基本的に飢えた存在であるため、最終的には姿を現すことが多い。要は我慢比べなのだが、夜十時までに終わるだろうという推測はそこから来ていた。

「ねー、瑠花さん」

「ん?」

 墓場の茂みで各人配置についているのだが、この待ち時間というのは動きがない。

「みんな何してるんですか?」

「何って……グールの出待ち?グールは一箇所をナワバリにしたら、そこの食料を喰らい尽くすまでは動かないことが多いからね」

 つまりここの墓場の骨を全部喰らい尽くすということだ。すなわちグールはこの霊園に棲み着いていると考えて良かった。

 手当たり次第探すというのも手なのだが、グールは穴を掘って土の下に隠れていることもある。そうなるとどこにいるか分からない。

 まなは不思議そうな顔をした。

「えっと……いますよ。ずっと、さっきから」

「え?どこに……」

 瑠花ははっとした。

 そうだった。この子はゾンビ。すでにアンデッドだったのだ。

 つまり、同類はどこに隠れていようと「見える」のである。

「どこにいるの?」

「あそこの三本木の横にある岩の陰です。ずっと周りの様子を伺っています。岩陰に隠れてこっちを見てますけど」

 そして逆も然り。あっちもこっちが見えている。正確に言えばまなの存在に気付いているのだ。

「あははは……盲点盲点」

 トランシーバーで桜子に連絡を取った。

「リーダーへ。目標は既に姿を現していて、うちのゾン子ちゃんの存在に気付いている様子です。三本木の横の岩陰に隠れているとのことで、礼司さんが最も近いと思われます。どうぞ」

「OK。寺沢さんから行ってもらうわ」

 連絡を受けた礼司が岩に向かって突撃を開始する。

「ま、グールじゃ俺の相手としては不足過ぎるけど、まなちゃんの前で良い格好しとかねーとな!」

 礼司が虚空に手を伸ばし、握ると炎がその手に集まった。もちろん霊的な炎なのだが、霊視しなくても見えるぐらいに強力な霊力が凝集されている。そしてそれは刀の形になっていった。

「喰らえっ!炎式斬霊刀!」

 礼司がその刀で岩陰に斬りかかる。

「どっせぇいっ!」

 グールが飛び出して来た。その炎の刀に触れるぎりぎりのところで躱す。

「逃すかよぉっ!」

 返す刀でその背を斬ろうとしたが、グールの身体は思ったより小さく、虚空を斬った。

「あかん、逃げるで!陰陽結界術、式神束縛っ!」

 亜衣が札で魔法陣を組み、素早く捉える陣を築く。その陣にグールの足が引っかかり、グールはその場に倒れた。

「今だ!」

 隼人がとどめに霊的な雷撃食らわせようとした。が、みんなの手が一瞬止まる。

「こ、子供……」

 グールは子供の姿だった。小学生ぐらいだろうか。事故に遭ったのか、手足が変な方向に曲がっている。だがその顔は明らかに少年で、怯えていた。

「そ、そんな……」

 沙樹が小さな悲鳴をあげた。二人の子供を持つ母親には辛い光景だろう。

「た、す、け、て……」

 グールの少年が訴えかけるような目でこちらを見ていた。幼すぎてイービルスピリットに抵抗する術を知らなかったのだろう。簡単に乗っ取られ、グール化してしまったに違いなかった。

 しかし誰が、何のために……。こんな小さな子が自然発生でグールになる訳がない。誰もがとどめを躊躇った。

「闇式霊祓術、撃指弾」

 静かな通る声がした。その刹那、黒い閃光がグールの少年の額を撃ち抜く。

 桜子だった

「怯んじゃダメよ。情けもダメ。それが余計にその子を苦しめることになる」

 イービルスピリットを撃ち抜かれた少年グールの肉体がみるみる朽ち果てていく。イービルスピリットに囚われた霊体が離れた証拠だった。


「別に大人なら良いってわけじゃないけどー」

 帰路についた車の中で、瑠花はまなに言った。

「やっぱり子供ってのはきっついよね」

 少年の朽ち果てた肉体は、住職によって引き取られ、後で丁重に葬られることになった。

 しかしどうも腑に落ちない事件ではあった。

「誰なのかな」

「え?」

「あの子をグールにした張本人」

 瑠花もそれは気になってはいる。あんな子供をアンデッドにしておいて、そのまま放置するような術者がいるとは思いにくい。たまたま術者が死んでしまったのかもしれなかった。

「分からないね」

 しばらく重たい沈黙が続く。

「かわいそうだよね。どういう形でかは分からないけど、主と別れ、ひとりぼっちで霊園に居続けて」

 瑠花がいなくなることを想像する。多分いじめを受けた時以上の孤独感に苛まれるだろう。その恐怖は想像を絶する。

 車はまなの家の前に停まった。

「嫌になった?」

 瑠花は助手席で黙り込んでしまったまなの顔を覗き込んだ。

「最後にさ」

 まながそっと口を開いた。

「あの子、笑ってたんだよ」

「え?」

 まなはゾンビになったから、あのグールの感情が手に取るように分かっていた。

 あの子は苦しんでいたのだ。どういう経緯かは不明だがアンデッドになり、主を失い、孤独になり、骨を喰らい、化け物となってしまっている自分の姿に絶望していた。

「……桜子さんの法術で額を撃ち抜かれて、イービルスピリットが出て行った後、笑ってたんだ」

 まなは瑠花ににこっと微笑みかけた。

「とっても、素敵なことをしていると思う。私もお手伝いできるなら、やってみたいな」

 瑠花の胸がきゅんと締め付けられる。そっとまなを抱き寄せた。

「ありがと。じゃあこれから、一緒にがんばろ」

「うん……」

 まなもそっと瑠花に身を委ねた。

「あたしはまなちゃんを見放したりしない。ずっと、ずっと一緒だから」

「私もずっと離れたくない……」

 お互い見つめ合う。甘く視線が絡み合って、自然と唇が近寄り……ゆっくりと重なった。

とりあえず続きは完成次第、掲載します。

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