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ゾンビなJKの異常な日常  作者: 結愛りりす
第一章
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第一章-2

「意外に幽霊っているんだなぁ……」

 世間を見渡すとまるで普通の人が歩いているかのように幽霊が歩いて来たりする。あっちもこっちの存在が分かるのか、不思議そうに見てくる。

 幽霊とアンデッドの違いは肉体があるか無いかだけだ。霊体と肉体は基本的に魂を媒体にしないとくっ付かないので魂のない幽霊は肉体を持たない。ちなみに憑依というのはその霊体が肉体の中に入り込み、魂に寄生する行為らしい。

「もう、なんか訳わかんなぃ……」

 まなは現在通学途上にある。早い話、退院後初の登校である。

 自分のことを人間であることを疑っていなかった最初の頃はいじめのことで気が重かった。しかし今は違う。自分が人間じゃなくなったことに気が重くなっていた。

 いじめのことなんか正直どうでもいい。

 映画のゾンビって、自分のことで破れかぶれになって人を襲っているんじゃなかろうか。

「一回、映画見直そうかな……」

 怖いけど。

 教室に入った。早速いじめが始まっていた。机に大きく赤い文字で「死に損ない」と書かれていた。

 自分が人間だったなら、多分この文字を見た途端半べそかいているところだろう。やっぱり死ねば良かった、とか思いながらめそめそしていたかもしれない。

 だが今は違う。ゾンビだ。

「死に損ない」じゃない。「私はもう死んでいる」なのだ。

 自嘲ともニヒルともつかない冷めた笑いがその顔に浮かんだ。

 不意に後ろから声がした。

「あーぁ、もう死んじゃったかと思ったのに、残念ねー」

「これからまた辛い毎日が始まっちゃうなんてサイテーだねー」

「何あれ。チョーカーなんか着けちゃって」

「キモいねー」

「犬?SM?私はみんなのペットですってか?」

「えっろ」

 哄笑が響く。

 誰が言ったかは振り返らなくても分かっている。クラスのリーダー、須田絵里子の取り巻き連中だ。ちなみにチョーカーを着けているのは首を吊った痕が残っているからだ。切り取れば消えるらしいが、確証はないとのことで実行しなかった。幸い細い紐だったからチョーカーで隠れないこともない。

 すると絵里子の声がした。

「まー、せっかく退院してきたんだから、優しくしてやりなよ」

 もちろん口先だけだ。子供染みたいじめをしてくるのは目に見えている。

 許せないな、と思ったのは人間一人の命が尽きるところまで追い詰めておいて、それに対して何の反省もなく、それどころかまだ追い込むつもりでいるところだった。

 生前、必死になってその原因を探した。自分に何か悪いところがあるのではないか、何か気にくわないことをしてしまったのではないか、と。

 でも今はっきり分かった。もともと理由なんてないのだ。彼女らにとって自分をいじめることが楽しいからいじめているのだ。娯楽の一環に過ぎないのだろう。

 黙って落書きだらけの席に着いた。

「って訳で、今日は何でもいいからパン買って来て。何パンでも許してあげるわよー」

「パシリには変わんないじゃん」

 下品な笑いがまた響く。

 しかしその下品な笑いに追い立てられる気持ちが全く湧かない。生前、戦う力もないくせにこんな奴らを相手に死を選ぶまで耐え忍んだ自分を誉めてやりたい。

「須田さん」

 まなはくるっと振り返って須田に声をかけた。

「何?」

「自分で行って来てくださーい。病み上がりなんで」

 一瞬ぽかんとした空気が流れ、直後に取り巻きからげらげらと笑い出した。

「なんだ、反抗してきたぞー」

「絵里子さん、何か言ってやれよ」

 取り巻きは面白そうに言うが、当の絵里子は初めて反抗的な言葉を使ったまなに改めて敵意の眼差しを向けた。同時に今まで静観していた連中までも凍りついている。

「生意気言ってんじゃないわよ。この死に損ないが。行けって言ったら行けよ!」

 思っている以上に頭に血が上って来たのか、絵里子はまなの座っている椅子を蹴飛ばした。椅子ごと倒れ、まなは床に放り出された。がしゃんと頭と背中を隣の席の机にぶつけた。

「いったー……何すんのよ。頭部ダメージはなるべく避けるように言われているのに」

 もちろんゾンビに対する有効な頭部攻撃はショットガンとか斧とかで破壊されるレベルであり、机にぶつけたぐらいでは何のダメージにもならないのだが、新米ゾンビのまなはまだその辺ナーバスだった。

「ふざけんな。もう一回死んでこい!」

 倒れたところを追撃するように、完全に激昂した絵里子が激しくお腹を蹴り上げる。痛いことは痛い。しかし何か響かないのである。一発一発は痛いのだが、ダメージとして蓄積しない感じ。まなにとっては変な感覚だった。

 やれ、やっちまえ、と囃し立てる取り巻きがまためんどくさく感じる。

「うるさいなぁ……」

 四発、五発と入る絵里子の蹴り。それをがしっと文字通り掴んで止めた。そしてひょいっと持ったまま立ち上がる。すると絵里子はスカートの中を派手に見せながら転倒した。

 しん、と静まり返る。

「いいから、自分で買いに行って」

 そして何事も無かったかのように席に戻った。

 まなは深呼吸する。ゾンビには呼吸自体はあまり意味が無いらしいが、心を落ち着かせる効果は十分にあった。

 正直、危なかった。

 ゾンビになってから力が半端なく強い。アンデッドというのは総じて力自慢らしかった。まなも試してみたが、りんごやくるみを握力だけで易々と握り潰せた。ノーライフキングレベルになると人間を股から引き裂くことも出来るらしい。

 ゾンビはさすがにそこまで出来ないが、それこそ生きている動物(人間も含む)の肉を食いちぎったり引きちぎったりする力ぐらいはあるそうだ。

 怒りに任せると危ない。人間一人ぐらい殺しかねない。

 そこにこの飽くなき食欲である。気を抜いたら映画のゾンビになりかねない。

 クールダウン。クールダウン。

「……須田さん、ごめんね。痛かったでしょ。でも、もう私には関わらないで」

 あなたたちが知っている月丘まなじゃないんだよ。分からなくてもいいからそれを感じて欲しかった。


 しかし期待というのは往々にして裏切られるものである。

 まなと絵里子がやりあったという噂はあっという間に学年中に知れ渡ることになった。そしてまなが絵里子を懲らしめたとも。おかげで絵里子の面目は半日も経たない間に丸潰れとなってしまった。

「あいつ、何よ急に」

「死にかけて中二病的に、今までの自分は違うとか勘違いしてるんじゃない?」

 絵里子は爪を噛んだ。そもそも転校生であるまなをいじめたのも、無抵抗だったからだ。いつもへらへらと笑い、気持ち悪いぐらい良い子であろうとしていた。そんなまなは格好の標的だった。

「……啓太たちと相談するわ」

「本田先輩?いいね、今度こそ犯させちゃう?」

 少し脅してやれば体育館倉庫に呼び出すのは簡単だろう。自分の面子を保つためならもはや手段を選ばないところまで頭に血が上っている。

「月丘まな……そっちがその気ならとことん追い込んでやるわ」

 そんな絵里子の狂気を知ってか知らずか、まなはマイペースに初日を過ごしていた。朝の喧嘩のこともまるで忘れているかのように黙々と授業を受けていた。

 昼休みになった。まなはお弁当を広げる。お母さんにお願いして作ってもらったのだが、男の子が食べそうな大きなお弁当箱だ。実際、お兄ちゃんのお弁当箱と遜色ない。

「いただきまーす」

 いじめの対象にあったまなはいつも一人で食べていた。誰かとつるんで一緒に食べるという習慣は無かった。だから復帰後もそれは変わらなかった。

 しかしこの日は訪問者がやってきた。

「あの……月丘さん」

「ん?」

 二人組の女の子が立っていた。一人は黒髪を二つに分け、それぞれ三つ編みにしている眼鏡をかけた気真面目そうな子だ。もう一人は茶髪をポニーテールにしている背の高い子。二人とも誰だか知っている。

「お、覚えてるかな……藤沢かんなと水島凛だけど」

 三つ編みがかんな、ポニーテールが凛だ。まながいじめられ始めた頃、最初は守ってくれていた友人の二人だった。

「うん、知ってるに決まってるでしょ。かんちゃんと凛ちゃん」

 まなは笑顔で答えた。その笑顔に二人は少し安心したのか、一緒に頭を下げた。

「あの……まなちゃん、今までごめんなさい。須田さんが怖くて、助けられなくて」

 どうやら朝の喧嘩でまなが戦い始めたと思ったらしい。その決意に勇気を振り絞って来たのだろう。

 実際は関わって欲しくないというだけであって、そんなアクティブな決意はしていないのだが、二人は、いやもしかするとクラス全員がそう取っていないようだった。

「んーん、大丈夫だよ。ありがとう、気にかけてくれただけでも嬉しいよ」

 まなはいつもの通り、明るい笑顔で二人を許す。

 どうせならゾンビになる前にそうして欲しかったなぁ、と思わないでもないが、誰だっていじめられるのは嫌だ。あの絵里子のことを考えると、こうして話しかけてくるのだって勇気が要ったことだろう。

「もう、ちゃんとするから……。また前みたいに、友達になってくれたら……」

 調子いいなぁ、と苦笑してしまう。それでも友達が戻って来てくれるのはまなの性格上、嬉しいことだった。

「そんな、気にしなくていいのに。二人がそう言ってくれるだけでも心強いよ」

「ごめんなさい。ありがとう」

 転校して来た初日をふと思い出す。そう言えばあの時も最初に声をかけてくれたのはこの二人だった。元々面倒見は良い性格なのだろう。ちょっと臆病なだけで。

 まなには人を憎むという感情が今ひとつ欠落している。一度離れた人間でもこうして許してあげられるのだ。懐が広いのか、ただお気楽なのかは分からないが。 

 しかしそんな能天気なまなにも、こいつらだけは許せない、と思っている人たちがいる。

「おい」

 その時、まさにその該当者がやってきた。

 校内では一番悪くて一番荒くれ者で一番恐れられている。絵里子の持っているカードの中で最強、いや最凶のカード。

「本田先輩……」

 本田啓太。噂では暴走族のトップもやっていて、界隈の暴走族も制圧したとか言われている本物のワルだ。

「月丘まな。ちょっと来い」

 ゾンビになってもこの迫力は正直怖い。まなの声は震えた。許せないのは許せないのだが、迫力負けしてしまう。

「え、あ、でも、授業が……」

 まなの怯えるような言い方に、啓太はいけると思ったのだろう。語気を強めた。

「うるせぇ。絵里子が世話になったから言ってんだろーがよ。来いや!」

 さすがにこのワルが出て来たら、友達に戻った二人も割って入っては来れないだろう。と言うか、割って入って助けろと言う方が酷だ。だから二人は気にしなくて良い、そういう思いで二人を見た。

 しかし驚いたことに、二人はまなと啓太の間に割って入ってきたのである。

「本田先輩、やめてください。先に手を出したのは須田さんなんです!」

 かんなが啓太に食ってかかった。

「そうです!須田さんが……最初にまなに言いがかりをつけて……」

 どうやら二人とも本気で一緒に戦うつもりらしかった。これには少しまなが慌てる。そこまでの決意をまな自身がしていなかったから。

 本田は二人を睨んだ。

「何だ、お前ら?お前らもめちゃくちゃにされたいか?あ?」

 まながぴくっと反応した。

 すーっと怯えていた心が落ち着いて行くのが分かる。

 そう、まなが一度強姦されかけたというのは、こいつの号令でやってきたその手下たちだった。隙を見て逃げ出したので助かったが、あの時の恐怖は今でも覚えている……。

 めちゃくちゃにする。

 つまり、今から強姦してやる、とも取れる発言。

 許せない気持ちがふつふつと湧き上がった。

「いいよ、二人とも、ありがとう」

 そっとまなは微笑んで、勇気を見せてくれた二人に感謝した。

「でも用があるのは私にだし、二人まで来なくていいよ」

 啓太を睨み返す。怖いことは怖い。だが何か表現できないが、じわじわとこみ上げる奇妙な感覚……怒りとかそういうものとはやや異なる、もっと凶暴な何かが頭をもたげてきた。

「来いや」

 まなは啓太のあとについていく。かんなと凛はまなに「ダメだよ」と言いかけたが、まなは首を横に振った。覚悟は決まった。

 二人はまなを見送ることしか出来なかった。

 連れて来られたのは予想通り体育館倉庫だった。かつてまなが強姦されかけた場所だ。そこには啓太の手下の不良が八人ほどいる。前は二人ほどだったから何とか逃げ切れたが、今回は絶対逃さないという意図がありありと分かった。

「またこのパターン……」

 ここに来るまでの間、先ほどからもたげてきた怒りとも絶望とも異なる気味の悪い凶暴な黒い感情が満ちて来ていて、恐怖心は消えていた。

「お前、調子乗り過ぎたんだよ。俺の女に恥かかせたんだから、お前も恥かいてもらわねーと割に合わんのだわ」

 頭の悪い理屈、と言いそうになったが、さすがにそこまで挑発する性格ではない。すると啓太の手下二人がまなの左右から近付き、その両腕と両肩をがしっと押さえた。

「だから、俺たちと一緒に遊んでもらおうってわけよ」

「何するんですか!放してください!」

 一応軽く抵抗は試みる。しかしそれより早く、啓太のボディブローがまなの腹に刺さった。

「ぐっ……」

 鋭い痛みが駆け抜ける。多分人間だったなら、この一撃で意識が飛んでいただろう。

 啓太もそれを確信していたらしく、手下に言った。

「こいつが目を覚ますまで好きにいたぶってやれ。覚ましたら回そうぜ。動画も撮っとけ。今後それを使って犯し抜いてやる」

「へへへっ」

 しかし、まなの意識は飛んでいなかった。というか、飛ばないのである。

 絵里子に蹴られた時と同じだ。痛いのは最初だけ。やはり全然ダメージとして残っていない。注射の針で刺された時みたいだ、とまなは思った。

「えいっ」

 軽く両腕をぐるんと回してみた。面白いように手下が一回転して地面に叩きつけられる。

「……え?」

「ぐはっ!」

 二人は後頭部を床に叩きつけられ、昏倒した。

「な、何しやがったっ!?」

 啓太が叫んだ。残り六人の不良も呆気に取られている。

「なにって……」

 腕を回しただけである。大の男をこんな簡単に転ばせられるぐらい、強大な力なのか……。

 黒い感情がじわじわじわと両腕そして頭を支配してくる。

「大人しくしてりゃ、怪我しなくて済んだのによぉ!」

 啓太は喧嘩慣れしている。ボクシングか空手かは知らないが何かの格闘技もやってそうだった。啓太が素早くパンチをまなのボディに当ててきた。一瞬お腹を押さえてガラ空きになった顔に思いっきりビンタを喰らわされた。まなの頰がばしーんっと派手な音を立てる。まなの体は吹き飛んで倒れた。

「うわ、本田さんマジだ」

 六人の誰かがそう言った。

「わからねぇ女はこうして殴って大人しくさせてからヤルのがいいんだよ!」

 勝ち誇ったように言う啓太の後ろでゆらぁっとまなが立ち上がった。そう、まさにゾンビのように……。

「え……」

 さすがにこれにはみんな絶句する。

「ちょっと!女の子に手をあげるって、どういう教育受けてきたの!」

 まなが激昂した。すると同時に、黒い感情が言葉を発して来た。まなの脳にびいんと響くような声だ。

『喰らえ!喰らい尽くせ!魂の味を我に!』

(イービルスピリット……)

 この黒い感情の正体が分かった。イービルスピリットだ。それがまなの肉体か霊体かに呼びかけている。

 これに身を任せたら危険だ!と頭の中で黄色信号が明滅する。

 頭をぶんぶんと数回振ってその声に抵抗した。

「このやろ……ぉっ!」

 啓太が正面からストレートパンチを放ってきた。格闘技の心得がないまなは思わず両手を突き出して啓太のパンチから逃れようとした。

 啓太のストレートがまなの頰を捉えた、が同時にまなの両手も啓太の両胸に届いた。

 ぼぐっ!と激しい打撲音が響いた。

「……うそ……だろ……」

 啓太の体はまるでボールか何かのように五メートル以上吹き飛んでいた。対するまなはストレートパンチをもろに喰らったにも関わらず、少しふらついただけだった。

「もう、許さない!女の子に本気で殴りかかるなんて信じられない!『喰らってやろうか!』」

 最後の言葉にまなの声とは別の、邪悪な声がかぶる。

「ひっ……!」

 六人の不良たちが怯えて逃げ出した。人間の中に眠る動物的本能が危険を知らせたのかもしれない。言いようのない不気味な雰囲気に圧倒されて逃げ散った。 

 まなは自分の頰をちょっと力を込めてビンタした。

(これがイービルスピリットの怖いところか……)

 瑠花の言っていたことがこんなに早く来るとは思ってなかった。確かにビンタしてから少し声が弱まった気がする。

「さて……」

 啓太の方を見た。啓太は自分に何が起こったのか分からず、驚いた顔でまなを見ていた。

 ゆらぁっとゾンビ特有の歩き方で、啓太に近付く。

「本田先輩、前も私に乱暴しようとしましたよね。そうやって力尽くで私を犯そうとしましたよね。どんなけ私が怖かったか、分かってるんですか?私が先輩に何をしました?私が悪いんですか?須田さんだって自分がやってきたこと分かってますよね?私、自殺したんですよ?」

「く、来るな……来るなぁっ!」

 さすがの啓太も本気の攻撃が無効だったことに異常を感じたらしい。

 戦ってはいけないものと戦っている……そう本能が告げているようだ。

「死ぬほど追い込まれる気持ちって分かりますか?死ぬまでいじめられるってどんな気持ちか分かりますか?人一人の命を奪うとこまでして、どうしてまだいじめを重ねられるんですか?」

 ついに目の前まで来た。

「お、お前は化け物かっ!?」

 さすがのまなもムカッとして啓太の襟首を掴んだ。

「人を死ぬまで追い込むあなた達こそ化け物じゃないのかっ!」

 まなのビンタが啓太の右頰に炸裂した。

 ぱぁんっ!!と派手な音がして、啓太は昏倒した。

「あ、ちょっとやり過ぎちゃったかな……」

 漫画のように頰に真っ赤なビンタの痕が残っている。顎は外れてなさそうだった。

 またイービルスピリットの声がしたような気がした。しかしそれはさっきよりは小さい。

 まなはもう一度頭をぶんぶんっと振るだけでそれを拒絶することが出来た。

 これがゾンビか……。我を忘れるととんでもないことが起こりそうだと思うと体が少し震えた。


「あはははははは、食えばよかったのにー。何も全身食べなくても一部齧ってビビらせるとかさー」

 学校からの帰り、夜勤明けで寛いでいた瑠花を訪ね、学校での一部始終を話した結果がこの爆笑である。

「むーりー!イービルスピリットのそそのかしが五月蝿くてほんっとに苦労したんですから!そもそもそれって歴とした傷害事件になります!」

 もふもふと焼きそばパンを食べながら、瑠花の無茶振りに首を横にぶんぶんと振った。

「命令してあげよーか?」

「やめてー!ほんっとにやだー!」

 うそうそ、と手をぱたぱたと横に振る。自然の摂理に逆らうネクロマンサーとは言え、妙なバランスの倫理観は持ち合わせている。

「でも力の使い方が分かれば大抵の人間には勝てるわよ」

「うー……」

 確かに今日はただ振りほどくとか体を無茶苦茶に動かすとか力任せに動いてみただけだ。それであの不良たちを追い払えたのだから、ここに何か護身術の一つでもあればまず負けない気がする。

「ほら、例えば中国拳法とか……」

「霊幻道士ですか」

「まぁ、キョンシーもゾンビの一種だからねぇ……って、よくそんな古い映画知ってるわね」

「……お兄ちゃんとよく観てたんです!そういう瑠花さんもよく知ってましたね」

「ネクロマンサーたるもの、ゾンビ映画は趣味みたいなもんよ」

 確かにそれも我が案ながら面白いかも、と瑠花は呟いた。

「と、とにかく……何か習うのはまた考えるにしても、不良たちをやっつけちゃったおかげで私は別の意味で一目置かれちゃったんですから!大変だったんですよ!」

 そう、まなが無傷で教室に戻り、しかも啓太が昏倒して保健室に運ばれたという事実は面白おかしく噂され、まなは実は裏の番長だったのではというデマまで流れ出している始末だった。

「自殺した校内カースト底辺の子が蘇って番長になるって、何か漫画にあったわね」

「そんな展開求めてなーい!」

 まなは今度はメロンパンをもふもふし始めた。

「まぁ、いいじゃないの。いじめが無くなりそうで」

「いじめる側に思われるのも心外なんですー。大人しく学校生活送りたいんですー」

 確かにどっちかというといかにも女の子というスタンスの彼女にバイオレンスな学校生活は体が付いていっても心が付いていかないだろう。変なストレスを与え続けるのもイービルスピリットの定着という観点からしても良くはない。

「まぁ、でも、何か体術は学びなさい」

「ぅ……はい」

 ゾンビの悲しい性。主人の命令には「はい」としか言えない。そして実行しなければ、と思ってしまう。

「帰ったら資料集めよ……」

 今度はクリームパンに手を伸ばしながらそう呟いた。

「しっかし、アンデッドってエンゲル係数高いわねー……」

 今食べているパン代は全部瑠花が支払っている。いくら安いパンを買い揃えたとは言え、給料日前にはなかなかのダメージである。

「焼肉食べ放題で店潰せるんじゃないかしら」

「いや、ちゃんと満腹もありますよ?果てしない訳じゃないです」

「そうなんだ」

 瑠花にしてみても、ゾンビに関しては未知の部分がある。食事量に関してもそうだった。

「いいわ。じゃあ今度知り合いの焼き肉食べ放題に連れてってあげる」

「え?ほんとですか?やったぁ♡」

 無邪気に喜ぶまなを見て、瑠花は少し和む。

 最近、瑠花はまなが大切に思えて仕方なかった。もちろんネクロマンサーとして、自分の作り出したアンデッドというのは多かれ少なかれ愛着があるものだが、その中でもまなは表情が豊かで、笑顔が良く、とにかく可愛い。何でこんなにいい子がいじめられるのか理解に苦しむところがあった。

「しかし食欲と睡眠欲は十分に満たしているのに、安定するにはまだまだ時間かかりそうねー」

 どうも安定には時間のかかるタイプなのか。そういうタイプのイービルスピリットは質の良いのが多い。かなり強力なイービルスピリットなのかもしれない。もっとも肉体と霊体は極めて平和主義者だが。

「分かるんですか?」

「うん。多分自分でも分かるわよ」

 正直、体感的にはイービルスピリットが安定しているのか不安定なのかなんてさっぱり分からない。多少強化されているとはいえ、感覚的には生前とそんなに変わらない。安定化したら何か一皮剥けた気分にでもなるのだろうか。

「どうやったら分かるんですか?」

「自分の体をよーく霊視してごらんよ」

 まなは自分の腕を凝視する。目が慣れてくると、徐々に薄い青白い光のようなものが見えてきた。

「それがイービルスピリットのオーラよ。安定するとそのオーラの色が金色というか黄色というか、そういう色になるから」

「へー」

 それまでは食べて、寝て……。

「性欲もちゃんと満たしてる?」

 瑠花がいたずらっぽく聞いた。

「え、あ、いや、えっちなことは……」

「何だ、してないの」

 つまんないと言いたげに肩をすくめた。

「す、するわけないじゃないですかっ!そ、そもそも、相手もいないし、その、あの……」

「あら、相手がいないとできないの?言ってくれればいつでもお相手するのに」

「えええええええ!?」

 素っ頓狂な声をあげてしまう。

「お、女の子同士でそ、それは……」

「そんな時代でもないでしょうに。そもそもあたしは恋愛対象に性別は考えないタイプよ?」

「そ、そういうことじゃなくて……その、そーゆーことは、好きな人とするべきであって……」

「ふぅん?あたしじゃ、嫌?」

 まなは思いっきり照れた。顔がそんなに熱くなるわけではないが、頬を思わず押さえた。

「も、もうっ!そんなに照れないでよ。あたしまで恥ずかしくなるでしょーが!」

 気まずい気持ちのまま、二人はしばらく黙る。数分の沈黙を破ったのはまなだった。

「そ、そろそろお暇しよう、かなー……」

「え、あぁ、うん、そうね。晩御飯も食べないといけないものね」

 瑠花は玄関までまなを送る。

「じゃ、じゃあ……」

 二人の視線が合った。そしてそれは心なしか甘く絡み合う。

「明日は夜勤明け後の休みだから、もし良ければまた来てちょうだい」

「あ、はぃ……」

 一瞬、キスしたい気持ちに駆られる。でもその勇気なく、まなは踵を返して帰路についた。

整理でき次第、投稿続けます

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