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ゾンビなJKの異常な日常  作者: 結愛りりす
第四章
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第四章-3

 まなはさっきの会話をふわふわとした感覚に酔いしれながら聞いていた。帰蝶に包まれる度に感じる快感は麻薬のようにまなの心を捉えていた。

 ここへ来てまだ一日も経っていない。それなのに、瑠花への思いは心のどこに行ってしまったのか、自分でも分からなくなった。いや、瑠花への思いはまだ心に残ってはいるが、それ以上に帰蝶への思いが強くなっていることに困惑を覚えていた。

「『ラクシャーシー』」

 帰蝶がまなにそう呼びかける。

「帰蝶……さま……?」

「月丘殿は妾のものじゃ……」

「はい……おっしゃる通りです……」

 口付けを再度交わす。ただそれだけで、官能的な快感が全身を駆け抜けた。まなは帰蝶に抱きつき、その豊満な胸に頭を埋めた。

 いつまでもこうしていたいという欲望に駆られる。

 だめだ、と思ってもそれを打ち消すように魅了される。

 瑠花さんのことを必死に考えようとしても帰蝶の甘い誘惑の波はそれを洗い流してしまうのだ。

 もう止めることが出来ない。誰かに止めてもらわないと深みにはまってしまう。

 自分の力ではどうしようもない……。

 その時である。

 凄まじい数の霊気がこの広間に立ち込めたかと思うと同時に襖が開き、今まで見たこともないぐらいの数の人喰鬼グールがなだれ込んで来た。

 あまりにも気味の悪い光景に、まなは一気に現実に引き戻された。まさにゾンビ映画の一光景のような数だ。

「何事じゃ」

 そのグール達を押しのけて、蘭丸が帰蝶の前に片膝をつく。

「申し上げます。奴らがどうやらここを嗅ぎつけた模様。月丘まなを追って来たようです」

「後をつけられたのかぇ?」

「いえ、そのような様子は無かったのですが……」

 我に返ったまなだけがぴんときた。

(GPS……っ!)

「まぁ良い、手間が省けたというものじゃ。ゆるりとご案内して差し上げれば良い」

「御意。まずはグールで応戦させます」

 まなは帰蝶から離れようとした。

「月丘殿、いかがした?」

「みんなを助けに行かなきゃ……」

 すると帰蝶は物凄い力でまなを抱きすくめた。

「だめじゃ、許さぬ……月丘殿は妾のものと言うたところではないか……」

 まなの力では対抗できないほどの力だった。そして帰蝶は軽くまなの首に噛み付いた。

「はぅっ」

「妾から離れることは許さぬ……よいな?」

 帰蝶の甘い声、甘い香りに再び心身ともに蕩かされる。緊急事態にも関わらず、快楽に身を委ねていたい、そんな気分になった。

「あちらから来るまで楽しめば良い」

 首筋から耳を舐められる。それだけでも愛しさが込み上げてきた。そしてその妖艶な唇がまなの唇に迫った。

「おいおい、まなちゃんとちゅーだなんて、羨ましいことしてんじゃねーか。俺も混ぜろってーの」

「ふぅ……この程度のグールで足止めできると思われるのも、『エゾルチスタ』としては不本意だけどねぇ」

「こら、そこっ!離れるアルっ!」

「美鈴、いつになく感情豊かあるな」

「集団戦ならうちの式神束縛術の餌食や」

「まな殿を返してもらおう」

 次々に聞き慣れた声が入り口からした。

「み……んな……?」

「ちっ、やっぱこいつら相手となると、グールじゃ役に立たないな……」

 部屋にいるグールの何人かがまとめて襲いかかる。それを一閃で斬り伏せる影が一つ抜きん出て来た。

「月丘さん。助けに来ましたよ」

 グールの首がぼとぼとぼとっ、と三つばかり落ちた。

「……リーダー、こえー」

 その落ちた頭を炎式斬霊刀でとどめをさしながら、礼司は大袈裟に震えて見せた。

 残りのグールも襲いかかるが、隼人の警棒捌きの前に五体があっという間に戦闘不能に陥った。

「すっご……ヤバすぎ」

 最後に入って来た瑠花が死屍累々となっている広間を見て思わず叫んだ。

「……瑠花……さん……」

 まなが瑠花の姿をぼんやりと捉える。

「ふふ……だから申したであろう……人喰鬼など役に立たぬと……」

「いやぁ、でもここまでとは思いませんでしたよ。苦労して集めたのになぁ」

 蘭丸は思わずぱちぱちと拍手した。

「じゃあ、ボクも少し本気出そうかな」

「蘭丸」

 帰蝶が蘭丸を呼び止める。

「はい?」

「羅刹の宝剣から奪うのじゃ」

「御意」

 蘭丸が素早く動く。左に右にとまるで瞬間移動のように飛び跳ねた。

「式神で足止めすんでっ!」

 亜衣が式神で結界を作り出し、蘭丸の移動地点に張った。しかし早すぎて後手に回ってしまう。

「っくっ!早いっ!」

 その蘭丸は撹乱した後、一直線に……美蘭を狙った。

「え?」

 美蘭は思わず剣を構えるが彼の刀の方が一瞬早く、手から剣を跳ねあげられてしまう。

「間に合わない……っ!」

 美蘭は刺されるのを覚悟した、が方向転換した蘭丸はさっとその剣を奪い去った。

「なっ!?」

「いっちょあがり」

 ヒットアンドアウェイでさっと飛び退き、その剣を構えた。

「なにするかっ!返すあるっ!」

「だめだめ。これは大事な鍵なんだから。異国のキミが持っていて良いものじゃない」

 蘭丸はその剣をまなに渡した。

「持ってごらん。きっといいことがあるよ」

 とろん、としたまなは差し出された美蘭の剣を手に取った。すると剣が共鳴するように、青白い炎を放ち始めた。さすがの『エゾルチスタ』のメンバーも一斉にぎょっとする。

「え……?」

 まなは手に焼けるような感覚を覚えた。しかしその剣はまるで別の生き物のように吸い付いて離れない。

「ああああああぁぁっっ!」

 やがて青白い炎はまなの全身を覆い始めた。まなは帰蝶から離れ、その場にうずくまった。

「おぉ……これは……」

 帰蝶の顔が喜色を帯びる。

 まなを覆った青白い炎は徐々にその小さな体に吸収されるように消えていった。

 完全に炎が消えると同時に、ゆっくりと立ち上がった。目を開くと瞳が赤く光っていた。

「来たか。『ラクシャーシー』……」

「帰蝶さま……凄く、体が軽い……です……」

 帰蝶はにやっと笑う。

「よい。あの者達を平伏させよ」

「はい……」

「まなちゃんっ!」

 礼司が叫ぶ。しかしそれが礼司の方へ彼女の意識を向ける結果となった。

「はああぁっ!」

 まなは物凄いスピードで礼司に襲いかかった。短刀と出刃包丁で対抗するが人間の敵う力ではなかった。短刀は折れ、出刃包丁は弾かれた。最後に腹へ凄まじい蹴りが入る。

「ぐふっ!」

 礼司はどさっと昏倒した。

 次にすぐ横にいた隼人がまなに対応した。鋼鉄製の警棒をまなの剣に振り上げる。

 がぎっと鈍い金属音がしたが、彼女の手から剣が離れることはなかった。

 まなの剣撃のスピードは早く、一気に防戦を強いられた。

「ちっ」

 隼人は警棒で剣の攻撃を逸らす。凄まじいスピードに何とかついては行っているがそれが精一杯だった。

「何て馬鹿力だ……」

 警棒を交叉させて剣撃を受け止める。しかし鍔迫り合いとなるとゾンビの力であるまなには敵わない。

「まなちゃんっ!目を覚ませっ!」

「覚めてますよ?私は帰蝶さまのものなんだからぁっ!」

 そのまま押し切られ、体当たりを食らう。壁まで吹き飛んで背中を打ち付け、隼人も昏倒した。

「次っ!」

 まなはすぐ隣にいた美蘭に狙いを定める。美蘭は丸腰になっていた。いくら拳法が使えるとは言え、並外れたスピードの剣術に敵う訳はない。

 刺し殺される……。

 そう覚悟した時、美蘭の前に美鈴が立ちはだかった。

 どんっ!と体と体がぶつかり合う。美鈴の胸の真ん中を剣が貫いた。

「まな、ちゃん……」

 美鈴はまなを抱き締めた。

「っく、離してっ!」

「離す、ものか……っ!離したら、まなちゃん、人を、殺す、アル……っ!」

 美鈴は同じアンデッドだから分かっている。これはあの女に操られているだけだと。だからと言って人を殺させる訳にはいかなかった。

「そりゃそうだよ。人を喰う鬼神、それが『羅刹』なんだから」

 ぼとり、と美鈴の首が落ちた。蘭丸の小太刀の一閃であった。

「キミも帰蝶さまのお気に入りだからね。トドメは刺さない。その代わりしばらくそのままでいてね」

「め、美鈴っ!」

「キミはその生首を抱えてそのまま惨めに震えておいてよ。素手の人間が、この戦いに出てきたって良いことないんだから、ね?」

 美蘭は美鈴の首を抱き締めた。こんな惨めな負け方をしたのは初めてだった。そしてこんなに怖いと思ったことも初めてだった。

「次は誰ですか?」

 桜子、亜衣、厳柳、瑠花、沙樹の五人。

「あかん……戦闘用員が悉く壊滅や……」

 厳柳と桜子が進みでる。

「『ラクシャーシー』ってのは、随分厄介なのね。事前の作戦なんてあったもんじゃないわね」

 桜子は抜刀に構えた。

「拙僧もこれほどとは思っていなかった」

「月丘さん、と思わない方が良さそうね。『ラクシャーシー』は私が相手します。華山院さんは蘭丸をお願い出来ますか?」

「あい分かった」

 まなも桜子を相手に剣を繰り出した。それを刀でいなす。

「随分強くなったじゃない。それぐらいの力があれば、『エゾルチスタ』も安泰なんだけどっ!」

「ごめんなさいっ!私は帰蝶さまのものだからっ!」

 凄まじい剣捌きを刀で応じ、火花を散らした。まともにぶつかれば力負けすることは分かっているので全て力を逃していくように滑らせる。まなは一筋縄では行かないことを悟り、一旦距離を置いた。

 蘭丸と厳柳はその真逆のような戦い方となった。

「さすが豪腕僧侶。破戒僧じゃなくて破壊僧だね、こりゃ」

 宝棒を思いっきり振り回す。蘭丸の刀は小太刀であり、宝棒の隙を突こうにも棒捌きが早くてなかなか隙が付けない。力任せに体当たりして崩そうにも、厳柳自身は怪力の上に力の使い方が場慣れしており、下手なことをすれば逆に体勢を崩されて打ちのめされそうだった。

「骨が折れるんだよなぁ。この人っ!」

 がぎっと金属がかち合う音を残し、こちらも二人とも距離を取り直した。

「あっちは疲れ知らずっていうのが、ネックね……」

「そうだな……」

「もたもたしてたら帰蝶さまに怒られちゃう……」

「あの坊さん、いらいらするんだよなぁ……」

 桜子と厳柳は疲れが見え始めていた。その隙を逃すアンデッド二人ではない。

「てやぁっ!」

「はぁっ!」

 まなと蘭丸が同時にそれぞれの相手に襲いかかった。

「今やっ!式神束縛怨呪法っ!」

 二人が襲いかかったと同時に、亜衣の式神が二人を絡め取ろうとした。

「ちっ!」

「きゃっ!な、なにっ!」

 戦い慣れている蘭丸は寸前で方向を変えて躱した。しかしまなはそんな器用なことは出来ず、がっちりと絡め取られた。

「蘭丸ぅっ!」

 その躱した方向に厳柳の宝棒が唸りを上げる。ばしぃっ!と強烈な音とともに蘭丸の体が吹き飛んだ。

「ぐっ!」

 もちろん頭でなければ致命的ではないのだが、聖儀式を経た宝棒である。ダメージとしては残る。

「しくったなぁ……」

 蘭丸は脇腹を押さえながらぼやいた。

「二対一か。これは不利になったぞ」

 すると、いままでまるで余興を楽しむかのように見ていた帰蝶が制した。

「もうよい」

「はっ」

 蘭丸は帰蝶の言葉に従って後ろに下がる。

「随分部下思いな上司ね」

 桜子の言葉に帰蝶は妖艶に微笑んだ。

「ふふ……十分楽しんだわ。蘭丸と『羅刹』、両方を相手にして良く戦ったと思っておる。じゃが、そろそろ飽きた」

 帰蝶の影が揺らぐ。するとその影はまるで別の生き物のように蠢きだした。

「みなただ殺すには惜しい。くびり殺し、我が眷属に加えてやろうぞ」

 影は血のように広がり、そこから無数の手が伸びて来た。

「な、何だ一体……」

 異様な霊気にようやく礼司と隼人が目を覚ました。

「こ、これは……死霊術……でも、なんて数なの……」

 広がってくる影から逃れるようにみな入り口まで退却する。美蘭は美鈴の首を抱きかかえながら入り口へ急いだ。

「姉、さん、置いて、いって……」

「だめあるっ!そんなことしたら、何をされるか……っ!」

 伸びて来た黒い手に、美蘭は足を掴まれた。転び、美鈴の首を思わず手から離してしまった。

「だめっ!美鈴っ!や、いやあぁっ!」

 美鈴の頭も体も黒い手に囚われていく。

「さぁ、妾に跪け、凡庸にして脆弱なる生者よ。そち達では屍人には勝てぬ。生者こそ負け犬よ」

「っく……っ!退却っ!」

「美鈴っ!」

 美鈴の口が動く。まなを連れて行け、と。

 美蘭は届かぬ美鈴から、目標をまなに変えた。同時にまなに駆け寄る影があった。蘭丸だった。

「しつこいあるなっ!」

 式神に囚われたままのまなを美蘭は抱き寄せる。桜子が抜刀してその援護に入った。

「ちっ!」

 蘭丸はまなの持っていた羅刹の宝剣だけ何とか取り上げた。

「剣がっ!」

「今は撤退を考えて!」

 結局、何とかまなを奪還することはできたが、宝剣は奪われてしまった。

 『エゾルチスタ』の敗北であった。


 遠いところから声が聞こえるような気がした。自分を呼んでいるような声。それが急に近くなる感覚になったところでまなは目が覚めた。

「気が付いた?」

 瑠花の声がした。

 辺りをきょろきょろと見回す。見慣れた風景。『食べ放題焼肉・牛鬼』だった。

「一体……痛っ」

 椅子に座らされ、手足が縛られていて動けなくなっていた。かなり強力な鋼線のようだ。切れなくは無いだろうが痛みに我慢して切る勇気は無かった。それに今は帰蝶の命令は解除されているのか、戦意も湧かなかった。

 一先ず、落ち着いた頭で状況を整理した。

 亜衣の式神に囚われ、蘭丸が苦境に立った時に帰蝶さまに「もうよい」と言われた。その後、帰蝶が術を発動した。その黒い手に飲まれそうになったところまでは覚えているが、そこからは覚えていない。

 頭がオーバーヒートしたみたいに痛かった。

「帰蝶さまは……」

「きちょう?」

「私の主……」

 また頭が痛くなる。考えるのに疲れる感じだ。案外イービルスピリットが疲れたと悲鳴でもあげているのかな、と思ってしまう。

「そうか。あの化け物、帰蝶って言うのか」

 礼司が疲れ切ったようにそう呟いた。

「蘭丸に帰蝶か……今度は信長でも出てくるのかねぇ」

 隼人はもため息を大きくついた。

「美鈴……」

 美蘭は部屋の隅で泣いていた。

 まなは自分のしたことの大きさに今更ながらに気付いた。操られていたとは言え、みんなを傷付け、疲労させ、悲しみにくれさせてしまった。

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさぃ……」

 呟くように、そして後半は嗚咽になった。

「謝ることじゃないでしょ」

 瑠花は首を横に振りながら言った。

「アンデッドは主に忠実。こうなることはみんな分かって取り掛かった。でもダメだったってだけ。次の手を考えるしかないでしょ」

 隼人も大きく伸びをして頷いた。

「そうだねぇ。まぁ、美鈴ちゃんが相手方に渡ったのは痛い。また取り返しに行くしかないなぁ」

「逆も然りですけどね」

 沙樹の読みでは、あっちもまなを失って痛手と思っているはずだ、ということである。

「そうかあ?あんなデタラメな力持ってるのに、今更まなちゃんの力が必要だとは思わねーけどな」

 沙樹はうーん、と首を傾げた。

「だとしたら、蘭丸もいらないんじゃないかなって思うんですよね。でもこれまで中心になって動いていたのは蘭丸だし、しかもあんなにまなちゃんを所望していたし、何か理由があると思うんですよ。例えば……」

「例えば?」

「……力を使うにも有限だったり、もしくは何かを恐れていたり、とか」

 隼人が少し考えて口を開いた。

「そうだな。理由は何にせよ、必要とする理由があるんだろうな。まなちゃんは何か聞いていないかい?」

 突然振られてまなは困惑した。

 そういう弱点らしい話は聞いていない。聞いたことと言えば彼女が不死の王であるということと奇妙な日本神話の話だけである。

「ノーライフキング……伊邪那美命……ねぇ……」

「その心は?」

 ふと桜子が呟いた。

「どっちも暗闇から出られない」

 黄泉の国から出られなかった伊邪那美命、太陽の下では活動出来ないノーライフキング。いずれも最強でありながら至ってその力は限定的だ。

 しかしそれならば夜になれば活動出来そうなものだがそれすら行わない。

「あの地に縛られている?」

 沙樹の言葉にみんなが頷いた。

「それはありうる。縛られている理由は不明だが、なぜか動けないのかもしれない」

 みんなが退却する時も追い討ちは無かった。あの時は必死だったから分からなかったが、考えてみれば比較的安全な退却だった気がする。

 すると瑠花がふと気付いた。

「不完全なのかも」

 ノーライフキングになる術は死霊術の中でも最終奥義と言って良い。

「ノーライフキングの魂に相当するイービルスピリットは一個じゃない。多くのイービルスピリットの集合体になる。だから何度倒してもすぐにイービルスピリットを補充して蘇ってくる。彼女はそれがまだ出来ていないのでは……。完全なノーライフキングになれば、もっと自由に動けるって文献で読んだことあるもの」

「イービルスピリットが一個ないしまだまだ少ない?」

 瑠花は頷いた。

「完全体になるためには?」

「イービルスピリットを取り込むか魂を取り込むか」

「そんなの死霊術を使えばいくらでも出来るんじゃねーの?」

「そうだけど。良質なイービルスピリットにこだわっているのかも」

 それ以上の答えは分からない。みなまた考え込んだ。

 ふと桜子が別のことを考えついた。

「月丘さんのマスターって書き換えできないのかしら?」

 帰蝶から再び瑠花に。

「儀式を行えば不可能ではないと思います」

 ただノーライフキングのように魂を自由に扱える訳でないため、儀式にはそれなりの時間がかかる。

「どのぐらいの時間がかかるの?」

「どれぐらい強力な主従関係かにもよりますけど、その関係を解除するのに十時間。そこから再契約するのは一時間もあれば」

「じゃあ、それを最優先でやりましょう。せめて月丘さんだけでも手元に戻さないと」

 まな奪還のための儀式はを行うことに決まった。

 まなが連れて来られたのは『食べ放題焼肉・牛鬼』の地下室。この地下室は魔法儀式を行うために設けられたもので、ここが魔術結社のアジトであることを物語る施設と言っても過言ではない。

 まなは縛られたまま、魔法陣の真ん中に座らされた。

「ここからは私とまなちゃん二人きりでやるので、私が出て来るまで誰も入らないで下さいね」

「OK。我々はこの周りに蘭丸避けの結界でも張っておくよ」

 扉が閉まる。儀式が始まった。

 まなの頭の中の混乱状態は続いていた。『エゾルチスタ』のメンバーである自覚はあるのに、帰蝶への愛を持っている。そして瑠花への思いも忘れていない。多くのアプリを同時進行させたパソコンのように、頭はフリーズしそうだった。

(このままじゃ、おかしくなりそうだよ……)

 罪悪感、恋慕、思慕、悲壮感……様々な思いが頭の中を錯綜していた。

 瑠花の唱える呪文を聞いているとその思いがどんどん強くなった。

「うあ……あぁぁぁ……」

 激しい頭痛。イービルスピリットが震える。以前厳柳に祓われそうになった時と似たような感覚が体を駆け巡った。

「っく……何て強力な……」

 瑠花がその呪縛の強さに舌を巻いた。

「体が……破裂しそう……」

 まなが全身を駆け巡る痛みに耐えかねてそう呟いた。

「でも……頑張ります……もう一度、瑠花さんの下に帰れるなら……」

「……まなちゃんのこと、何も覚えていないけど……あたしがまなちゃんに夢中だった理由がちょっと分かったわ。まなちゃん。頑張って耐えて」

 全身に痛みが駆け巡ったかと思うと、今度は焼けるように熱い。氷の刃に突き刺されたかのように冷たくなったかと思うと、また強烈な痛みが襲う。まなにとって地獄のような苦しみが続く十時間だった。

 それでもまなは耐えた。どんな苦しみを受けても、大好きな瑠花のことを思って耐えた。そうだ、笑おうと思った。どんなに苦しくても、笑えばいいことがある。お母さんが言っていた言葉だ。まなは笑った。瑠花のために笑って耐えた。

 朝になった。

 ようやく地下室の扉が開く。疲労困憊の表情の瑠花が現れた。

「お、終わった?」

「……終わっ……た……」

 扉から這い出るなり、瑠花は座敷席にごろんと横になる。

「思ったより強力で、余分に時間がかかりました。でも、もう大丈夫。まなちゃんも寝ているから、上に連れて来てあげてください……」

 その言葉を受けて礼司が地下室に行き、まなを抱きかかえて上がって来た。そして瑠花と同じ座敷に寝かせてあげた。その表情は二人とも安らかだった。


 まな達が目が覚めたのはお昼になってからだった。

 礼司がみんなの昼ご飯に作った焼き鳥丼の匂いに誘われてである。

「お腹空いた……」

 礼司はまなの言葉に特別大盛りの焼き鳥丼を作ってあげる。

「あたしは小盛りでいいわよ……」

 瑠花は眠い目を擦りながら何とか起き上がって来た。

 まなはすっとした気分だった。あの強烈な媚薬のような官能の時間は何だったんだろうと思ってしまう。

 今はそんな毒気も抜けた感じだ。

 思い出すだけで恥ずかしくなる。

(瑠花さんという人がいるのに……)

 罪悪感を打ち消すように、丼を食べながら瑠花に寄り添う。

「ん?どうしたの?」

「いえ、ちょっとくっ付いてたくて」

「ふふ……まぁ、いいけどね」

 記憶を無くしているけど、瑠花は優しい。

 まなを拒絶することはなく、今まで通りに接してくれる。

 記憶を取り戻せなくても、幸せな時間は過ごせるんじゃないか、そんな気持ちにすらなってしまう。

(だから好き……)

 この思いはもう二度と変えたくなかった。

「美鈴奪回作戦」

 丼を食べ終えた桜子がそう言った。

「あの化け物からどう取り返すかだねぇ」

 隼人は悩ましげに言った。

「あの剣があれば簡単そうあるけどな」

 『ラクシャーシー』の力はみんなが見た通りだ。あの剣さえ取り返せばむしろかなりの戦力を手に入れることになる。

「あれも帰蝶が持っているんだよなー」

「美鈴は味方やないと考えた方がええんやろなぁ。まなちゃんがあんなんやったし」

「うぅ……言わないで……」

 まなは恥ずかしさで顔を隠す。頼むからもう思い出させないで欲しい。

「わたしと契約しててもダメあるか?」

「人間でも今のまなちゃんみたいに書き換えられるんだったら、ノーライフキングに出来ないとは思えないなぁ」

 まなが挙手した。

「契約が書き換えられたことって、あっちには分かるものなんですか?」

「んー、それはバレると思うなー」

 契約者とアンデッドの関係は使い魔的なものである。その使い魔が誰が契約者であるかは術者ならすぐに分かってしまうものなのである。

「多分、見た瞬間バレるから、潜入はもう無理だよ」

「そっかー……」

 まなは残念そうに手を下げた。が、すぐに気付いて手を挙げなおした。

「それでもいいんじゃないでしょうか」

「どういうこと?」

「多分、帰蝶さんは私のことをもう一度自分のものにしようとすると思います。それに乗れば帰蝶さんに近付くことが出来るんじゃないでしょうか?」

「リスキーじゃないかなぁ。抵抗し切れなかったらまたまなちゃんはあっちの陣営になっちゃうよ?」

 隼人の指摘はもっともだった。だが、まなは首を横に振った。

「でもそれ以外、隙を作る方法はありません」

「賭けか……」

 誰もそれ以上にいい作戦を思いつかなかった。

「やれる?」

 桜子の問いにまなはこくっと頷いた。

「じゃあ、討ってでましょうか」

 もう一度、決戦地へ行くことが決まった。

 ただ主婦の沙樹だけはこれ以上の作戦参加は厳しかった。 

 代わりに美蘭の新しい武器とまな用の武器を別に作ってくれていた。

「美蘭ちゃんのヌンチャク。聖儀式しておいたから、これは使えますよ」

「謝謝」

「まなちゃんには木刀を。とりあえず刃物よりは使い勝手がいいと思ったので」

「ありがとうございます」

 さすがに『ラクシャーシー』の時のようには動けはしないだろうが、武器があるだけでも心強かった。

いよいよ最後に近づいて来ました。こんばんは、りりすです。

ゾンビってあんまり素早い動きが出来ないイメージなんですが、まなちゃんや美鈴は走れます。

走るゾンビと言えば「28日後…」から始まって、「ワールドウォーZ」なんかに受け継がれてますけど、やっぱゾンビってノロノロ歩いてきて集団圧殺という方が似合ってますよね。

ちなみにまなちゃんや美鈴が走れるのは保存状態がいいからであって、保存状態の悪いゾンビは走れません。裏設定ですけど。

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