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ゾンビなJKの異常な日常  作者: 結愛りりす
第三章
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第三章-3

 夢のような時間だった。

 まなは瑠花と一緒に水族館へやって来た。

 小さい頃にも来たことがある場所ではあるが、大好きな人と一緒に行くとなるとまた味わいは異なる。

 綺麗な魚を眺めたり、可愛いイルカのショーを観たり……。その間ずっと手を繋いでいた。それも恋人繋ぎで。

 時々、夢じゃないかと不安になって瑠花の顔色を伺う。その都度、瑠花はその手を握りしめ返してくれた。

 お昼ご飯は水族館内になるテイクアウト系の軽食で済ませた。おやつも一緒に食べたかったから。交換したり、食べさせあいっこしたり、それだけでもまなの胸のときめきは止まらなかった。

(これが、好き……大好きってこと……)

 考えてみれば、まなは今まで恋をしたことがなかった。

 もちろん小学生にありがちな子供染みた恋心を抱いたことはある。だがこうした大人の関係を視野に入れた恋は初めてだった。生前には考えたこともなかった気持ちだ。

「私、ちゃんとお付き合いするのって初めてです」

 休憩に館内のカフェで紅茶を飲みながら、まなはぽつりと言った。

「あたしも久しぶりだわ、こういうの」

 瑠花は頬杖を付きながら、まなの顔を愛しそうに見つめた。

 さすがに二十歳を超えると初めてじゃないか、とまなは少し残念に思ったが、それでも今の瑠花を独占しているのは自分だと思うと、差し引いても余りある嬉しさが込み上げて来る。

「あの……瑠花さんは、何で私を……?」

 聞くのは野暮かもしれない。でもどうしても聞きたくなってしまった。

 正直、まなは色っぽくはない。十六歳だと言うのに中学生か、下手をしたら小学生でも通用しそうなぐらいの背格好しかない。胸だってわずかにしか膨らんでいないし、性的な魅力はほとんど皆無である。その上、ゾンビだ。生きてすらいない。これからの成長も期待出来ないし、痛々しい首の痕のせいでチョーカーも人前で外すことが出来ない。

「んー、そりゃ色々あるけど」

 瑠花は少し照れたように笑って話し始めた。

 まなをゾンビにした理由は一言で言えば「勿体無い」という気持ちからだった。こんな若くて綺麗な死体が手に入ることは早々ないというネクロマンサー的な価値観も手伝ったのは確かだが、こんな若くて可愛らしい子が自殺するなんて、という憐れみの気持ちもあった。

「怒らないでね。実験台として、という気持ちがなかったといえば嘘になるわ」

 しかしいざゾンビとして手に入れ、付き合い始めると、その愛くるしさに気持ちがどんどん引き込まれて行った。そしてその愛くるしさに触れる度に「ネクロマンサーの実験台」というまなの立場を忘れていってしまっていた。

「まなちゃんはホントは生きたかったんだろうなって思い始めてね」

 いじめを苦にして自殺したことを知ったのは後のことだったが、まなが本当は生きたくて、理不尽の中で死を選んでしまったということは感じ取っていた。

 だからもう一度、人生をやり直せるような、楽しいことを見付けて欲しいと願った。そのためなら自分も協力してやろうと思った。

「でも、そう思って協力を始めたら、あなたの魅力にあたしが取り憑かれてしまったってとこかな」

 最初のキスは出来心だった。でもあのキスからまなのことが忘れられなくなってしまった。

「気がついたら、いつもまなちゃんの事を考えるようになっていて、大好きになっていたわ……って何て話させるのよー」

 瑠花は真っ赤になっていた。

「ご、ごめんなさぃ……」

 まなも思いっきり照れてしまう。そんな照れているまなのことも、瑠花は可愛いと思ってしまう。

 でもこれ以上お互いに恥ずかしい思いするのもバツが悪いので、話題を逸らすことにした。

「そういえばうちのメンバーって、あんまりそういう話聞かないですね」

「そういう話って?」

「恋愛関係」

 沙樹はすでに結婚しているのがはっきりしているが、他のメンバーはよく分からない。桜子が独身なのは最初に聞いた気がする。でもあの美しさだ。浮いた話のいくつか武勇伝として持っていそうな感じはした。

「リーダーの話はあまり聞かないわねー。でも、隼人さんは付き合ってる人いるわよ」

「え、そうなんだ……」

「若い恋人がいるのよ、これが」

 一回り以上年下の彼女がいるらしい。『エゾルチスタ』とは無関係ということだった。

「ああ見えて隅に置けないのよ、あの人」

 瑠花はからからと笑った。

「礼司さんは?」

「あれはフリー。数人彼女っぽいのはいるけど」

 彼が別にやっているバンド関係の付き合いで、ファン数人と付き合っているらしい。付き合っているというよりもっと生々しい関係のようではあるが。

「まなちゃんにはちょっと刺激が強いかもねー」

「はあ……」

「亜衣もフリー。というか自分自身の恋愛に興味がない」

 見た目よりドライってことみたいらしい。そのくせ人の恋愛には首を突っ込みたがるというところがある。

「まぁ、あんまりみんな自分のこと言わないからねー」

 別に仕事上の付き合いでドライな関係だからという訳ではなく、そういう話になりにくい面々だからという方が正しいようだった。

「……混んで来たね。そろそろ行こうっか」

 気がつくとカフェの待ち合い席に何組かの待ちが出ている状態だった。

 あまり意識して見ていなかったが、お店はカップルだらけ、少し家族連れがいるという感じだった。まな達はただの女子会のように見られているだろう。まさかカップルとは思われてはいるまい。それがちょっと悔しく思えた。

 別に他のカップルに対抗する訳では無いが、瑠花の腕にぎゅっとしがみついて店を出た。そうすることで誰かに認めてもらえたような気がした。

「瑠花さんとこうしていると落ち着きます」

「あたしも、まなちゃんに甘えられると嬉しくなるわ。……さて、これからどうする?」

 午後三時。閉館までまだ時間はあったが、全館回り切ることは出来た。かと言って晩御飯までは時間が有り余り過ぎる。

「もう一回イルカショー観たいな……いいですか?」

「OK。いいわよ」

 二人で過ごす時間がもっともっと長ければいいのに……楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。まなは次のイルカショーを観たらこの幸せな一日が終わる気がして少し寂しかった。


 イルカショーを観終わった後、水族館を後にした。午後五時前。夕飯には少し早かったが、特にすることも無かったので近くのショッピングモールへ移動することにした。

 水族館の駐車場に止めた瑠花の車に乗り込む。

「やっぱり可愛かったー」

「まなちゃんがあんなにイルカ好きだとは思わなかったわ」

 まなはイルカやシャチ、クジラといった海洋生物が大好きだ。大きくて雄大な海の生き物を眺めているだけで幸せな気分に浸れる。

「すみません、なんか付き合ってもらっちゃって」

「んーん。あたしも好きだから大丈夫よ」

 そう言いながら、瑠花はそっと助手席のまなを抱き寄せた。まなの頰に手を添え、その唇に自分の唇を柔らかく重ねる。舌を軽く絡め、少しついばむようにしてから、ゆっくりと離れた。

「ん……もう……外ですよ……」

「誰も見てないわよ♡」

 そう言ってもう一度軽く唇を重ねると、車のエンジンを入れた。

「どこか感じのいいお店あれば入ってもいいけど、どうする?本当にモールでいい?」

 まるでキスなんか無かったかのようなテンションでまなに尋ねた。この切り換えの早さが大人なのかなぁ、とちょっと思ったりする。まなの唇にはまだ余韻が残っているというのに。

「……どこでもいいですよー。安くてもいっぱい食べられたら大丈夫です」

 自分のエンゲル係数の高さは知っている。安くて大量に食べられた方がイービルスピリットにも財布にも優しいというものだ。

「おっけー。でもあそこのモールに何かあったかしら」

 少し走らせて十五分もすると目的のショッピングモールに到着した。車を立体駐車場に入れるため、その入り口を通過する。

 その時である。ほんの一瞬だけぞわっとまなの背筋が凍る。車が動いている途中ということもあったのかもしれないが、イービルスピリットが一瞬だけ警戒を促した気がした。

「ん……」

 しかしぞわっとしたのはほんの一瞬で、周りには何もいる様子がない。霊視してもお気楽な浮遊霊が数人見えるぐらいだった。

「どうかした?」

 まながきょろきょろしたのを見て、瑠花が尋ねる。どうやら瑠花は感じ取っていないようだった。

「いえ、今一瞬イービルスピリットが震えた気がしたので……」

「どの辺りで?」

「立体駐車場に入るところぐらいで……」

「……何かここにいるのかしら」

 イービルスピリットに「気のせい」というのはない。鋭敏で特異度の高いセンサーのように正確だ。それを知っているだけに瑠花は少しここに降りるのを躊躇う。

「場所、変えます?」

 まなはそう言ったが瑠花は少し考えてから肩を竦めた。

「悩ましいところね。このまま退散した方が安全な気もするし、けどそんな脅威をここに残しておくっていうのも気が引けるし……」

 もしもの時のため、瑠花も常に魔法陣を書くための紙と専用のペンは持ち歩いている。それにちょっとやそっとの相手なら負けるような瑠花ではない。

「とりあえず、警戒だけはしましょ。何かいるなら祓った方がいいだろうし」

 車を降り、ショッピングモールの入り口に向かう。ここはショッピングモールにしては人の出入りが少ない。人もまばらで、比較的空いていた。

 またぞわっとした感覚をまなは覚え、周りを見渡した。今度は一瞬ではない。ぞわぞわとした感覚がずっと続いている。もしかしてまた蘭丸かと思ったがそういう感じでは無い。霊気とは異なる力を感じた。この感覚は……。

「久しいな。黄泉返りの少女よ」

 以前にも聞いたことがある重々しい声が聞こえて来た。プロレスラーかと見間違うほどの恵まれた巨躯、片手に宝棒を持っている僧侶。おおよそショッピングモールには似つかわしく無い人物だ。

 華山院厳柳その人であった。

「で、出た……」

 まなは瑠花の影に隠れる。イービルスピリットも前回のことを覚えているのだろうか。びしびしと強い警戒を発していた。

「おぬしがその少女の主か」

 厳柳と瑠花は初対面であるが、瑠花は一目でそれが誰であるか理解した。

「そうよ。華山院厳柳さん、でしたっけ」

 厳柳は手に持った宝棒でこん、と床を軽く叩いた。

「いかにも。先日はそちらの黄泉返りの少女に世話になった。まあ、奴とは一応無関係そうではあるが、あまりその力を振るうのは感心せんな」

「奴……?」

「そなたも存じておろう。蘭丸のことだ」

 その名を聞いて、瑠花は鋭い視線を投げかけた。

「蘭丸を知っているの?」

「いかにも。拙僧は奴をずっと追っておる。ずっとその霊気を追い、ここまで来たまでだ。先日も奴の霊気を追ったところだ」

「先日って……?」

「おぬしが三十人はいる暴走族の若者を叩きのめした時だ」

「あの乱闘事件の時ですか……」

 つまりあの場に厳柳も来ていたということだ。

「あの時も奴の霊気を感じた。急ぎ駆け付けたが去った後のようだった。代わりにおぬしらがいた。呼び止めようと思ったが、そこに倒れている者たちを捨て置けなかったので介抱している内におぬしらを見失ってしまった」

 要するに入れ違いになってしまって取り逃がしたということのようだった。しかしあの暴走族を介抱するとは、見た目以上に優しい人なのかもしれない、とまなは思った。

「しかし、協力者がいたとはいえ、十倍の人数を叩きのめす力は侮れぬ」

「あれは……」

 売られた喧嘩だ。友達も人質に取られていた。取り返すための戦いを挑んだだけだ。

「あんなことされなければ、私だって戦いませんでした」

 まなが毅然とそう言うと、瑠花がその後に続けた。

「この子はあなたが思っている以上に平和主義者だし、戦いも売られなければ買わない子よ。それに、あたしの大切な人でもある。もしこの子に何かするというのであれば、あたしもそれ相応の覚悟で戦うけど」

 しばらく厳柳と瑠花は睨み合う。しかし厳柳は首を横に振った。

「……ふん。こんなところで事を構える気はない。また叫ばれても困るのでな。それに今は蘭丸を追っている」

「……蘭丸?」

 そう言いかけた時である。何かがまなの背後に立った。イービルスピリットの警戒が一層強まった。

 蘭丸だった。

 普段ならこんな近くに来るまで警戒を発しないことはありえない。恐らく目の前の厳柳に警戒するあまり、かなり肉迫しないことには気付けなかったのだ。

 強い霊気を感じた。ぞわぞわと来る感覚。恐ろしく冷たい強力な霊気。

 彼は刀を構え、まなの首を狙っていた。まるでスローモーションのようにその切っ先が正確に首を貫こうとした!

「……え?」

「危ないっ!」

 その時だった。瑠花が一瞬早く、まなを突き飛ばした。まなはよろめいて蘭丸の凶刃を躱す。しかしその切っ先は瑠花の胸に吸い込まれた。どすっ!と鈍い音がした。

「……っく……」

「この外道めがぁっ!」

 厳柳が宝棒で蘭丸を突きにかかった。引き抜いた刀でその宝棒の攻撃を何とかいなす。

「ちっ……」

 数合斬り合ったが、人目につくのを嫌ったのか、飛び退って素早く逃げて行った。

「っく……逃げ足の早い奴め」

 その時、厳柳の耳に嗚咽が聞こえてきた。まなだった。そして周りの客たちの悲鳴が遅れて聞こえてきた。

「やだ……やだ……瑠花さん……」

「……!」

 瑠花の胸の真ん中近くから血が泡となって溢れて出て来ていた。ごふっと咳をすると口から血が溢れた。

「が、厳柳……さん……お願い……助けて……瑠花さんが……瑠花さんが、死んじゃう……っ!」

「救急車っ!はやくっ!」

 ショッピングモールの中は騒然となった。


 重傷を負った瑠花は近くの港病院に搬送されて行った。まなと厳柳は警察の事情聴取を受けてから解放となった。

「どういうことあるかっ?あなたが付いていながらっ!蘭丸の気配が分からなかったあるかっ!?」

「姉さん。まなちゃんを責めるのは酷アルよ」

 瑠花は現在緊急手術を受けている真っ最中であった。『エゾルチスタ』の面々が次々に訪れる。連絡を受けて真っ先に来たのは劉姉妹。そして桜子が続いてやってきた。隼人、亜衣、礼司と続き、最後に沙樹がやってきた。

「いや、その子に罪はない。拙僧が至らなかった」

 項垂れる厳柳に桜子が近付いた。

「ようやく会えましたね。華山院厳柳さん。私は『エゾルチスタ』代表の篠崎桜子と申します。これはどういうことか説明してもらえますか?」

 厳柳は悔しさを滲ませながら、苦々しく口を開いた。

「拙僧は元々、京都での仕事を請け負っていた」

 彼の話によると、京都においても喰人鬼グールの仕事が増えて来ており、奇妙に感じていたという。そしてその元凶が蘭丸というワイトにあることを突き止めたところであった。

「それで拙僧は蘭丸を追っておった」

 最初は京都で戦っていたが、蘭丸は徐々に戦う場所を変え、滋賀、岐阜と転戦を繰り返していたらしい。

「その至るところでグールを作っては拙僧にけしかけるという形になっておった」

 そしてついにここ『エゾルチスタ』の本拠地、名古屋に至る。

「最初はあのまなという少女も蘭丸の手によるものと考えておった。ところが違っていた」

 そして痴漢騒ぎに巻き込まれ、しばらく蘭丸は厳柳の追撃から解放された形になったという訳だ。同時に厳柳とやりあったまなを見つけることになった。

「私、言われたんです……次会う時は、敵だって……」

 今度はまなが口を開いた。

「……あの蘭丸って人から勧誘されてました。屍人は屍人同士で協力すべきだ、と。そして私を何が何でも味方にしたい様子でした。『ラークシャシー』になる素質があるから、って」

「何じゃそりゃ」

 礼司が割って入った。それに厳柳が答える。

「サンスクリット語でな。日本語で言うなら『羅刹女』。人の肉を食らう女鬼神のことだ。仏門に帰依して悪を討ち亡ぼす者となる」

 まながそんなことどうでもいい、と言わんばかりに話を続けた。

「それでも、私、瑠花さんが大事だから……断ったんです。そしたら、次会う時は敵だって……。それで、私を倒そうとしたんだと思います。そしたら、私を庇って、瑠花さんが……っ!」

 最後は嗚咽になり、言葉にはほとんどならなかった。

 桜子が頷いた。

「大体話は分かりました。つまり、蘭丸は屍人を作ったり集めたりして良からぬことを企んでいる。そのために月丘さんが有力な戦力になるだろうから勧誘したが断られた。だったら邪魔になるから倒してしまえ、って考えた訳ね」

「そんなところです」

 全員がびくっとした。そこに黄色い淡い光を帯びた美少年が立っていたから。

「ら、蘭丸っ!」

 厳柳が身構え、宝棒を構えた。

「蘭丸……このぉっ!」

 それよりも早く、まなが飛びかかろうとする。それを美鈴が慌てて抑えて制止した。

「離してっ!瑠花さんの仇っ!」

 まなの頭の中を凶暴なイービルスピリットの誘惑が立ち込めていく。

「ダメっ!一人で突っ走っても、勝てないアルっ」

 美鈴はぱんっとまなの頰を張って、イービルスピリットの誘惑を抑えた。

「案外、キミの方が冷静だね。どうやら勧誘する順番を間違えたかなぁ」

「例えワタシに来ても、お前なんかに味方はしないアルよっ!」

「まぁ、そんなことは置いといて、だ」

 蘭丸は後ろに飛び退き、いつでも逃げられるように退路に立った。

「まな君、キミのご主人様にはちょっと驚いたよ。厳柳さんの霊力に気を取られたキミの悪魂に気付かれず、必殺の間合いまで詰め寄る最高の作戦だったのに。最後の最後でまさか主人である彼女が従者のキミを庇うとは思ってもなかった」

「この野郎、べらべらとよく喋りやがる」

 礼司が炎式霊斬刀を出し、身構えた。

「ごめんごめん。あまりにも凄かったんで、つい、ね。ボクは戦いに来たんじゃない。もう一度勧誘、いや警告に来たんだ。まな君も美鈴君も、キミ達は生者に執着し過ぎだよ。いいかい?生者と死者が一緒になれることはないし、分かり合えるものでもない。そんなに執着して身を滅ぼすのは自分達自身だよ。だからこれは最後のチャンスだ」

 蘭丸は怒り狂うまなをなだめるように手の平をひらひらとさせて続けた。

「キミの愛しい主は今の医学なら死にやしないよ。多分ね。ボクもそんな手応えを感じなかった。でもボクの不動行光は霊体をも断つ刀でね。これが意味するところが分かるかなぁ?」

「まさか……」

 瑠花と同じネクロマンサーである美蘭だけがその意味を理解したようだった。

「そう。霊体との契約であるキミと彼女の主従関係はこれで終わりってことだ。まな君、キミは今日から自由なんだよ。だからもう一度考え直して欲しい。キミの主との契約は切れ、晴れて自由の身となった。今からなら再契約も楽に出来る。ボクの主もキミのことを気に入っているし、思い直してこっち側に来るべきなんじゃないかな」

 少し落ち着いた様子で飛びかかろうとこそしなくなっていたが、鋭い視線で蘭丸を睨みつけることはやめていなかった。

「私が自由……?……ふ……ざけるな……っ!私と瑠花さんの間に死者も生者も主も従もあるもんかっ!私には、瑠花さんが全てなんだっ!大好きな瑠花さんを置いていけるもんかっ!」

 蘭丸はふぅ、とため息をついた。

「そう言うだろうと思った。じゃあ、話は簡単だね。瑠花さんが死んだら、こっち側に来てもらおう」

 隼人が叫ぶ。

「手術室を守れっ!とどめを刺されるぞっ!」

 蘭丸はひゅぅっと口笛を吹いた。

「ふふ、冗談だよ。さすがにボクでもこの数の霊能師、魔術師の類を相手には出来ないから、強行突破する訳にはいかないなぁ。正直、厳柳さん一人でも骨が折れるんだ。こう言う時に肉体ってのは邪魔だなって思うよね」

 蘭丸はじりじりと後退を始めた。

「それじゃ、ボクはこれでお暇するよ。まな君も美鈴君も、考え直したらいつでも言ってくれたら歓迎するよ。それまではキミたちの首、いや頭かな、それを狙い続けるからそのつもりで」

 蘭丸はばっと背を向けて走り出した。

「逃すかっ!」

 亜衣が式神を飛ばす。

「陰陽結界術、式神束縛っ!」

 しかし束縛が届くか届かないかのすんでのところで躱され、蘭丸は素早く去って行った。

「逃げ足の早いやっちゃなー……」

「通常の人間よりは脚力あるからね。本気で走られたら追いつきようがない」

 隼人が頭を掻きながらぼやくように言った。

「そんなことより、まなちゃんは大丈夫かな……」

 みんなまなの方を見る。美鈴はすでに制止を解いていたが、まなは俯いたままだった。

「美鈴さん、ごめんなさい。ありがとう。もう少しで見境無くなるとこでした」

 そっと美鈴はまなを椅子に座らせ、自分もその隣に座ってまなの小さな頭を撫でてあげた。

 三十分ほど経って、瑠花の両親と姉が到着した。三人とも事情を厳柳から聞いて泣いていた。もちろんワイトに襲われた、とは言えないので通り魔に刺されたと話は変えられていたが。

 どのくらい経っただろう。既に深夜になっていたが、子供がいる沙樹以外はみんな帰らずにいた。まなも家に電話して事情を話し、引き続き残っていた。

 突如、手術室の扉が開き、医師が出て来た。

「ご家族の方、どうぞ」

 瑠花の家族だけが通される。まなはいくら仲が良くてもこういう時は壁を感じてしまう。自分の唇を撫でて、瑠花の唇の感触を思い出す。その繋がりは強固なようで、脆い。何かあった時でも割って入られない悲しさがある。

「どうだったんだろうな」

 誰しもが思うことを礼司が呟いた。

 やがて家族が出て来た。

 瑠花の姉が代表してみんなに言う。

「みなさん、ありがとうございます。今のところ、命には別状ないとのことです。経過をみないと分からないらしいですが……しばらくICUにいるみたいです。今日はみなさん瑠花のためにこんな遅くまで残ってもらってありがとうございます。でもさすがに時間が時間ですから、そろそろお引き取り願います……」

 まなはその言葉をどこか遠くで聞いている気がした。命に別状はない。その言葉以外は。まなはその場に泣き崩れた。

「とりあえず良かった……」

 礼司が素早く魔法陣を書いてICU周囲に結界を張る。蘭丸の追撃予防である。

 隼人もそこに魔法陣を重ね書いて結界を強化した。

「まぁ、あの様子だと無茶なことはしないんだろうけど、念のため」

「そうね。とりあえず今日はもう帰りましょう」

 泣きじゃくるまなを美鈴がそっと抱き起こす。まなも美鈴に体を預けるようにふらふらと歩き出した。

 こうして長かった一日は終わった。


 翌日、通り魔事件はニュースになった。犯人が捕まっていないので余計である。

「よく無事だったなぁ、お前……」

 お兄ちゃんにそう言われたが、まなは全然嬉しくなかった。

 主に守られるゾンビがどこにいる。あの時斬られるべきはまなの方だった。

「出かけて来る……」

 お見舞いに行く。もちろんICUだし、家族以外は会えない。それに礼司と隼人が施した結界は恐らくまなにも効いてしまうから余計に会える訳ではなかった。

 それでも少しでも近くに行きたかった。

 電車を乗り継ぎ、瑠花が入院している港病院に向かった。一階の院内カフェに入り、紅茶を飲んだ。

(そう言えば昨日楽しかった時間も紅茶を飲んでいたな……)

 そう思うとまた涙が込み上げて来る。

 まなはそっと持って来た本を開いた。もちろん読んでいる格好だけだ。実際は瑠花との楽しい時間を思い出していた。

「こんなとこにいたのね」

 一時間ほど時間を潰した時、不意に声をかけられた。桜子だった。

「桜子さん……どうして?」

「容態が気になってね。面会時間に合わせて来たの」

 しかし面会は家族しか会えないはず。そう言うと桜子は肩を竦めた。

「一応親戚にはなるからね」

「え……」

 話を聞くと、瑠花の母親の従姉妹が桜子ということだった。

「そんな話、聞いてないです……」

「七瀬さんも話したがらないからね」

 桜子によると意識はまだ戻っていないらしい。というか薬で眠らされていると言った方が正しい。人工呼吸器に繋がった状態だが安定はしていると説明を受けたそうだ。

「しかし驚いたわ」

「何がですか?」

「七瀬さんの行動によ。あなたを守るために身を呈したんでしょ」

「……」

 まなは小さく頷いた。

「七瀬さんも前のことがあったから、よっぽど悔いたのかしらね」

「私の前のゾンビさんのことですか?」

「ええ。話したことあったっけ?」

「いえ、でもたまにお話の端々で聞いていた気がします。詳しくは知らないですが……」

「そう。聞きたい?」

 聞いても仕方ない話のようにも思えたが、自分の知らない瑠花がいることは何となく嫌だった。こくりと頷いた。

「七瀬さん……あの子が前に連れていたゾンビはね。あの子の妹だったの」

 まなと同じ十六で自殺した妹。それをゾンビにして連れていた。それは肉親として自然な気持ち。死んで欲しくないというものから来たものだった。ふと美鈴と美蘭がその姿に重なる。

「自殺した原因は色々あったみたいだけど、主に学校でのいじめだったみたいね。それに気付いてあげられなかったあの子は妹をゾンビにし、補えなかった時間を補うようにずっと一緒にいるようにしたの」

 妹もそんな姉を許し、いつも二人で楽しそうに一緒にいた。人生を取り戻したように見えた。

「でもある日、とある仕事を請け負ったの。相手はグールだった。そのグールはちょっと厄介でね。かなり体格の良い男性だった。だけどグールはグール。最初は臆病に逃げ回っていた」

 だが、七瀬姉妹に追い詰められた時にそのグールは窮鼠となったようだ。瑠花を襲った。強力な力を持つアンデッドの攻撃に、瑠花は殺されそうになったらしい。

「その時に命じたの。妹に。戦うように」

 アンデッドにとって、主の命令は絶対。瑠花の妹はそのグールと対峙し、戦った。しかし体格で劣る妹はグールに襲われ、頭から食われた。

「その後はみんなで何とか仕留めたけど、残されたのはその妹さんの死体だった。瑠花は泣き叫んで、目も当てられない状態になってしまったわ」

「そうなんですね……それで、私の時に……」

「そう。みんな不安になったの。見た目は違うけど、妹を投影してあなたをゾンビにしたんじゃないかって思ってね」

 いや、多分妹を投影してゾンビにしたことは間違いないだろう。

(妹さんの代わり、か……)

 そう思うと少し寂しい気もする。

「でも、ずっと二人の様子を見ていると、そういう訳ではないんだなって確信は持てたけどね」

 まなの心を見透かしたかのように桜子は言った。

 そう、例え最初は代わりだったとしても、あのキスは嘘じゃない。それはまなだって分かっている。だから寂しさはあっても不安はない。

 きっかけはどうであれ、今の瑠花にとって大切な人は自分だという自負があった。

「早く、良くなって欲しい……」

 当たり前だがそんな寂しさより、今ここに彼女がいない寂しさの方が強い。

「そう言えば、契約が無くなってしまっているのね」

 まだ人肉を食べていないからグールという訳ではないが、野良ゾンビ状態であることは間違いない。

「これってどうなるんですか」

「私はネクロマンサーじゃないから、そこまで詳しくはないけど……」

 イービルスピリットに飲み込まれないように努力する必要はある。飲み込まれればあっという間にグール化する。

「とにかく冷静でいることね」

 最近は感情が動くことが多い。イービルスピリットの安定化という意味ではあまりいい傾向じゃない。飲み込まれないようにしないと。瑠花さんも言っていたじゃないか。綺麗なままのまながいいって。

「大丈夫です。瑠花さんとの約束ですから」

 まなは力なく微笑んだ。

「あ、そうだ。グループライン見た?」

「まだ……見てないです」

 昨日の今日で、しかも朝からふらふらと出て来て、グループラインまで気を回していなかった。

「今日、緊急会議するし、この後良かったら一緒に行きましょう」

 まなは少し離れ難かったが、まだみんなと一緒にいる方が気が楽かもしれないと思い、一緒に行くことにした。

少し間が空いちゃいました。こんにちは、りりすです。

後半戦に突入するにあたり、この話ちゃんと終わるのか?と少し不安になってしまったため、少し構成を見直しておりました。

一応終われそうです。何となく。

ネバーエンディングストーリーに陥らないよう頑張ります。

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