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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編・ショートショート

千里眼の引きこもり

作者: いと

 カタカタカタカタ



 鳴り響くパソコンのキーの音。

 画面の向こうには剣と魔法の世界が広がっている。


 この世界で俺は最強で、プレイヤー全てが俺を崇める。

 レベルはカンスト。レア武器も全種あり、連日ギルドの勧誘が止まらない。

 

「ん、イベントでもやるのか?」


 ボソッと独り言をもらす。


 引きこもりが長く続くと独り言も増えていく。


 そういえば外に出たのは何日前だろうか。


 最低限生きていくために必要な食料が国から毎日ドローンで届くため、外に出る必要が無い。

 そして今は時々外では銃声が鳴り響く。外にはどこに武装集団が居てもおかしくはない。

 裕福な暮らしをしている人たちは巨大な防壁に囲われた『シェルター住宅地』と呼ばれる場所に住んでいる。

 一方俺のような『ハグレモノ』は国から食料だけ支給され、あとは放置。

 わずかな救いが『オンラインゲーム』のサービスが継続されていることだ。

 巨大なパラボラアンテナを自作しネット回線に接続してからというもの、引きこもり生活が始まった。


「難易度は……五分未満で終わりそうだな」


 また独り言が零れる。

 ワンルームに住んでいる俺からすれば独り言を恥ずかしがる状況でもない。誰かが見ているわけでも無い。


「ん、初動はバグがあるのか。運が悪いと首位を取られるかもな」


 また独り言が零れる。

 

 目の前の敵を大きな魔法で倒し、巨大な数値を見ては一喜一憂する感覚は飽きない。

 もしこんな世界があったらと何度思ったことだろうか。



「あるわよ?」



 ……今の声はどこから聞こえた?

 女性の声……ゲームは今戦闘中でボイスチャットもしていない。

 知っている女性声優の声でも無いし、幻聴か?


「幻聴じゃ無いわよ。後ろよ。後ろ」

「うし……ひっ!」


 振り向くと、そこには人が立っていた。

 紫髪で白い肌の美少女が立っていた。いや、そもそもここは俺の部屋で、どうしてそこに人が。


「あら、美少女とはうれしい事を言ってくれるわね。いや、思ったのかしら?」

「だ、だ、だれ、だ?」


 人と接することを忘れた俺の第一声は情けないものだった。そもそも人と話すこと自体苦手な俺が美少女と話すなんて思ってもいなかった。


「探したわよ。『柊 鏡華』君」

「なぜ、お……俺の……名前を?」

「ゲームの世界では有名でしょ?」

「だが、俺、は……本名で……やっていない」

「そうね。でも居場所さえ分かれば名前なんて関係ないもの」

「関係……ない?」

「そう。そもそも名前なんて後から知れば良い情報よ。重要なのはその人物の居場所だけ。ワタクシにとって名前は出会ってから知ることができるから意味がないのよ」


 意味が分からない。紫髪の美少女は淡々と話し続けることに耳を傾けるしかできなかった。


「お、おまえ、は、誰だ?」

「ワタクシ? 名前は『マリー』よ。元日本の某研究機関所属で、今は自分のために自由に生活しているわ」


 研究機関……どこだ?


 俺はすぐに『調べた』。日本国内のありとあらゆる研究機関を『今』調べた。しかしどこにも『マリー』という名前は無い。嘘を言っているようにしか見えなかった。


「嘘なんか言ってないわよ」

「え?」


 耳を疑った。俺は彼女の疑いを発していない。それなのにまるで『心を読まれたかのように』話してくる。


「かのように。ではなく、『読んでいる』のよ」

「な……え?」


 さらに耳を疑った。心を読んでいる? ありえない、そんな『魔法』のようなことをできる人物はこの日本には……。



「『俺しかいない』なんて思うのかしら?」



 俺はまるで心臓を打ち抜かれたような衝撃を受けた。本当に心を読まれているのだと思った。

 同時に恐怖を感じた。目の前の少女は俺の部屋に来て何をするのかと思った。


「ワタクシ達に協力して欲しいだけよ」

「きょう……りょく?」

「ええ、貴方の持つ力。私は『魔術』と呼んでいるけど、貴方のその力がいずれ必要だと思ったの」

「俺の……ちから」


 俺は今まで現実世界では誰からも必要とされていなかった。学力は平均、容姿もひどい。だから街中を歩いても自然と避けられていた。


「そう。貴方の能力。『今を覗く力』をね」


 目の前の紫髪の少女は俺にとって希望の光に見えた。


 ☆


 かつて賑わっていた駅前も、今は瓦礫の山。

 ホームレスが寝ているか、不良たちが集まって何かをしていた。


「……」


 しばらく人と接することを避けてきた俺は、人を見ただけで足が震えていた。

 そう考えていると、マリーと名乗った紫髪の少女は俺の目を見て話した。


「安心しなさい。あの人たちはワタクシ達の事が見えないから」

「どういう……意味だ?」

「そうね、試しにあの不良の集団の中心に行ってみたら?」

「なっ!」


 円になって笑いあっている不良集団の中心に?

 そんな馬鹿なことできるわけが無い。


「はあ、仕方が無いわね。ほら」


 そう言ってマリーは俺の腕を掴んで引っ張った。俺も引きこもっていたとは言え、男である。しかし、いとも簡単に引っ張られてしまう。一体何者なのだろうか。


「って……お、おい!」

「大丈夫よ。ほら」


 あっという間に不良集団の中心に立った。

 しかし、不良集団は見向きもせずに会話を続けている。

 まるで『俺たちが見えない』ようだ。


「そうね。見えていないのよ」

「見えて……いない?」

「そう。貴方が『魔法』と呼んでいる能力をワタクシが使っただけよ」

「何を……」


 そう言ってマリーは指を鳴らした。すると突然不良たちが会話を止めた。


「うえ! お、おい、いつからそこに居た!」

「誰だおめえらあああ!」


 急に叫ぶ不良たち。そしてマリーは再度指を鳴らす。


 すると不良たちは俺たちから目を逸らす。


「お、おい、そこに紫の髪の女と、きたねえ男が居なかったか?」

「ええ、確かに……え? もしかして集団で幻覚でも見たの?」


 ありえない。俺はまだ不良の集団の中心に立っている。しかし彼らは目を逸らすように話している。一体何を。


「『認識阻害』という技よ。貴方の『今を見る能力』のような『魔術』で、ワタクシ達の存在を見えにくくしているのよ」

「にんしき……そがい」


 まるでファンタジーだ。いつもやっているゲームのステルスアクションをやっている感覚だった。


「というか驚きすぎよ。貴方の能力はこの魔術とは比べ物にならないじゃない?」

「それ……は」


 俺の能力。彼女も言っている『今を覗くことができる力』は生まれた時からある力だ。

 たとえ庭だろうが都心部だろうが、テレビの向こうの海外だろうが覗く事ができる。

 だからこそ、今の戦争中の日本の作戦や海外の軍事状況等、俺にとっては手に取るように分かる。

 だが、一般人の俺が何を言おうが状況は変わらない。ただ覗くことができるだけで、何も面白くも無い。

 だからこそ、俺はゲームという架空の世界に逃げた。剣と魔法の世界は覗く事ができない。先が見えない未来に心を奪われた俺は部屋に閉じこもった。


「ふーん、剣と魔法の世界に憧れでも?」

「もち……ろん」

「どうして?」

「夢……だから」


 俺は覗くことしかできない。だからこそ剣や魔法を使って戦う世界に憧れがあり、そこで活躍する自分をいつも想像してしまう。

 こんな瓦礫しかない世界に夢を持つこと自体が無駄だと思った。


「それほど良いものじゃないわよ?」

「なぜ……わかる?」

「経験したからね」

「けい……けん?」


 マリーの言葉に疑問を浮かべていたら、突如不良たちの周辺で小さな爆発が起こった。


「うわ! なんだ!」

「に、逃げろー!」


 飛び交う悲鳴。不良集団は走ってその場を去っていった。

 俺は何があったかを確認するため、少し離れた場所を『覗いた』。

 目を閉じればそこが見える。俺の生まれつき持っている不思議な能力だ。


「テロ……集団」

「やっぱり便利ね。その能力」

「逃げないと……俺たちも殺される」

「そうかしら?」


 そう言ってマリーは指を鳴らした。


「なに……を?」

「『認識阻害』を解いたの」

「なぜ!」

「見せるためよ」


 俺の考えが間違っていなければ、『ニンシキソガイ』という魔法があればテロ集団には見つからないはずだ。

 それなのに、何故?


「住人発見。戦闘態勢!」

「サー!」


 テロ集団は武装しており、手には大きなライフルを持っていた。


「抵抗するな。そのままおとなしくしていれば『施設』に入れてやる」

「施設……」


 彼らの存在は以前から知っていて、同じ言葉で連れて行かれた人たちは全員強制労働をさせられる。

 今すぐこの場から逃げないと、生き地獄を味わうことになる。


「鏡華君。良いことを教えてあげるわ」

「え?」


 突然マリーの手から真っ赤な炎が出てきた。一体何が起こったかわからなかった。


「貴方が憧れている剣と『魔法』の世界なんて、今のこの日本と道具が異なっただけで違いはあまり無いわよ。『火球』!」


 その言葉と同時に目の前が火の海に包まれ、テロ集団は一斉に退却した。


 ☆


 マリーの案内で小さなプレハブに到着した俺は、見慣れない装置や道具に興味を少し沸かせていた。


「今お茶を準備するわね。リモ、お願いして言いかしら?」


 マリーがそう言葉を発すると、扉から一人の少女が出てきた。

 青く長い髪に白い肌。そして青い目。これは……。


「はい、マリーさま。今お茶をお持ちします」


 そう言って『リモ』と呼ばれた少女は別室へ移動した。


「部下……か?」

「まあ、そうね。『拾った』のよ」

「拾った?」

「そう。あの子は『擬人』よ。知っているでしょ?」


 擬人。その昔『ゆるきゃら』ブームの次世代として作られた人に近い生き物という存在で、今でも日本各地に点々と存在しているはずだ。

 人間に容姿が近いモノは見分けがつかないが、モチーフとなったモノが特徴的だったら、一瞬で見分けがつく。

 たとえば『リンゴ』がモチーフとなった少女は頭にリンゴの形の帽子をかぶっていたりしていたらしい。


「でも、何故……『擬人』がここに」

「このご時世、人の形をしたものなら何でも使う状況だからかしらね。でもあの子は戦闘の役に立たなかったから捨てられたのよ」

「すて……られた」

「食料の摂取も要らない。ただ彼女のモチーフとなった物はマンション等に使われる大きなブレーカーだから、電気が原動力として必要なのよ。今の時代電気は貴重だから、不利益になると判断して捨てられたのね」

「ひどい」

「ええ。ひどいわね。でも人権も無い。だからそういう扱いをしても仕方が無いのよ」


 擬人の存在自体は知っていた。基本的に餓死以外に息絶えることは無いため、あの子が何年前から生きていたかは分からないが、人間が勝手に作って、勝手に捨てるという行動に疑問を覚えていた。


「粗茶になります」

「あ……ありが……とう」


 見た目は人間と同じ。俺が話して良いのかとも思えるほど綺麗である。


「あら、別に話しても良いわよ。リモも話し相手が欲しいみたいだし」

「いえ、そんな恐れ多い」


 ペコリと頭を下げて部屋の隅に移動し立ち止まる。まるで機械のような動きに少し驚く。


「あら、貴方は家に居ながら外を見ることができるのでしょう? こういう人間なら何人もいるでしょう?」

「リアルの……実際に見たことは……あまり無い」


 マリーの言う通り、確かに色々な人間を覗いて来た。だが、実際に目の前で会うと印象が違う。

 特にこの『リモ』と呼ばれた少女は感情が表情から読み取れない。『擬人』という作り物でも感情は少しあると聞いたことがある。


「感情があったからこそ、失ったのよ」

「さっきから俺は……声を出していないのに……会話をしている。何故だ?」

「それはワタクシが鏡華君の心を『覗いて』いるからよ。『認識阻害』と似た術で『心情読破』と呼んでいるわ」


 またしても意味不明なことを話すマリー。しかし、俺の心を読まれていることは事実でもある。


「まあ……いい。感情があったから……失った?」

「そう。この子にも大切な仲間が居たのよ。この戦争に巻き込まれて、どこへ行ったのか分からないけどね」


 ここでようやく俺が呼ばれた理由が分かった。


「……そういう意味か?」

「まさか、それはできたら良いと思っただけ」


 俺にはマリーのように心は読めないが、なんとなく察した。

 要するに『リモ』の仲間を探せということだろう。


「……保障はしない……そもそも完璧ではない」

「ふふ、別に良いわよ。できたら報酬に服でも買ってあげる。その服、何日も着ているんでしょ?」

「……否定はしない」


 誰とも会わない。そう思っていたからこそ、下着以外は変えていない。俺は気にならないが、やはり臭うのだろう。


「……情報」

「そうね、この子の探している人は同じ擬人で『キュー』と呼ばれている子と『アラン』と呼ばれている子よ。片方は女の子で強気な子。もう一人は女の子っぽい男の子ね」


 普通ならこんな少ない情報だけで見つかるわけが無い。

 そもそも外は戦争で警察もまともに機能していない状況。フィルター住宅地以外はこんな情報で人探しなんてできないだろう。


 だが、俺はできる。



 それもこの場で。


「……見つけた。二人。どちらも怪我を負っているけど、生きている」

「っ!」


 突如リモが動き出した。


「どこですか! 場所は! 二人は!」

「お、おちつい……て」

「あ、いや、すみません」


 裾を掴まれ、そのまま持ち上げられた俺は正直足の震えが止まらなかった。これが擬人なのかと思った。


「はあ、はあ、ふ、二人はここから少し離れた場所。シェルター住宅地の近くの『施設』に……いる。ただの労働力として……働いている」

「まずは一安心ね。労働力として働いているなら擬人ならまだ無事とも言えるわね」

「はぁ……キュー、アラン……よかったぁ」


 パタリと膝をつくリモ。安心したのかしばらくその場から動かなかった。


「まずはお礼を言うわ。ありがとう」

「でも……本当の目的は……これじゃないんだろ?」

「そうね。本当の目的はこの人を探して欲しいの」


 そう言ってマリーは一枚の写真を俺に見せた。黒い髪に白衣を着た男。科学者だろうか。


「……わかった。ちょっと待って」


 そう一言だけ告げて、俺は目を閉じる。さっきと同じように『世界を覗き』どこにいるかを探し出す。

 一秒に何千、何万という人間の顔と写真を見比べて、いくつか候補を絞る。だがどこか異なる部分もある。

 アメリカやロシア、フランスやオーストラリア。全ての国の人間を当たる。

 しかしどこにも見つからない。一体どこに?


 そう思った瞬間、マリーが咳き込み、ふらふらになりながら椅子に座った。


「はあ、はあ、凄いわね。こんな情報量を一気にかき集めても平常心で居られるなんて」

「心……読んだの?」

「ええ。興味本位よ。自己責任だから許してちょうだい」

「……わかった。続ける」


 危険区域とも言える国も『覗いた』。しかしどこにも居ない。おかしい、俺の知る限りではほぼ全てを見たと思ったが見つからない。

 いや、ちょっと待て。まだあそこを『覗いていない』。

 自分には無関係と思っていたシェルター住宅街の内部。興味本位で一度調べたら、中で幸せそうに暮らす人々を見て覗くことをやめた場所。


 見ていないなら見るに越したことは無い。


 シェルター住宅街を覗く。そして……。


「見つけた……シェルター住宅街の地下の研究場らしき場所」

「よくやったわ! さっそく行くわよ!」


 行く? でもあそこに行けるのは金を持った人だけのはずじゃ。


「何を思っているのよ。こうすれば良いでしょ?」


 そして指を鳴らすマリー。同時に俺とマリーは再度周囲から見えなくなった。


 ☆


 裕福な人のみが選ばれるフィルター住宅地。そこに住む人間はかつての日本を再現している様に見えた。

 綺麗なアスファルトに噴水や植木などがあり、『外』とは全く異なっていた。


『……気に入らない』

『ふふ、そうね。ワタクシ達と同じ国とは思えないわね』


 俺とマリーは『ニンシキソガイ』を使って内部に侵入。そして一人の科学者を探していた。

 名は『サイトウ』。年齢不詳だが天才科学者と呼ばれていて、同時に『擬人』の仕組みを誰よりも把握している人でもある。


『ここがその研究室』


 見た目はただのマンホールだが、その下には長い通路があり、小さな部屋が一つある。


『この下にあるなんて、『魔術』を使っても分からないわね』

『一つ……質問。『魔術』と『魔法』の違いは何だ?』

『定義なんて人それぞれよ。魔法は神の奇跡。魔術は人間が使う。少なくてもワタクシがいた世界ではそう言っていたわ』

『……ワタクシがいた世界? 日本人じゃ……無いのか?』

『生まれはフランスよ。ただある事件をきっかけに異世界に転移して、戻ってきたのよ』

『……妄言にしか思えない』

『そうね。ワタクシもあっちの世界に行ったときは信じられなかったわ。でも事実よ。信じるかは貴方次第だけど』


 マンホールを下っていき、通路を歩くと扉があった。その先に白衣を着た男が椅子に座っている。


『ここ』

『そう。ありがと。それとワタクシの後ろに立っていなさい』

『……分かった』


 そして扉を開けた瞬間だった。



 ぱあん!



 銃声が鳴り響く。


 銃弾はマリーの手前で止まっていた。


「何者だ」

「こんにちは。サイトウ博士。ワタクシはマリー。貴方の知恵を貰いに来たわ」

「銃弾をどうやって防いだかは分からないが、その誘いは断らせてもらう」

「どうしてかしら?」

「裏切れば俺が死ぬ。あの『レイジ』に」


 サイトウ博士の声は震えていた。きっと何者かに脅迫されているのだろうか。


「……レイジね。ふーん、この日本にも居るとは思わなかったわ」

「知り……あい?」

「ええ。同姓同名だったらね。でも彼とサイトウ博士が協力し合う理由は何かしら?」


 その質問にサイトウ博士は黙った。しかし。


「なるほど、娘のように可愛がっていた子と会うためね」

「なっ!」


 きっと俺と同様に心を読んだのだろう。


「レイジが知っているということは、『あっちの世界』にその子がいるということかしら?」

「どういう意味だ……?」

「ワタクシは異世界へ行った事があるのよ。だから協力できると思うわ。少なくともこの狭い部屋でひたすら『戦闘兵器』を作るよりは有意義だと思うけど?」

「ぐっ!」


 サイトウ博士は何かを言いかけた。しかしすぐに黙り込んだ。その瞬間だった、何かがこちらへ迫ってくる。それも人間の足の速さではない。何か異常なモノが……。


「マリー! 何か……何か来る!」

「ええ、気配は気がついているわ。後ろに立ちなさい!『土壁』!」


 マリーの手が輝き、地面が盛り上がり土の壁が生成された。

 その瞬間。



 ばああああああああん!



 大きな音と凄まじい砂煙が小さな部屋に蔓延した。


「がはっ、がはっ」

「『風爪』! 呼吸を整えなさい。そして目を開きなさい! これが貴方の憧れた『剣と魔法の世界』で起こりうる戦いよ! 『投石』!」

「『火球』!」


 再度大きな音が響き渡る。一体何が起きているか脳が追いつかない。

『覗く力』を使って少し前方を見ると、白い肌の男が立っていた。手が輝き再度何かをしようとしている。


「ふふ、貴方の心を覗いて正解ね。『投石』!」

「なっ!」


 ばあああん!


 大きな音がまた響く。

 同時に奥から悲鳴が聞こえてきた。


「がああ、ぐう、マリいいいい! 貴様、何故ここにいいいい!」

「それはこっちの台詞よレイジ。貴方は『あっちの世界』のモノでしょ。ワタクシの世界に来ないでもらえる?」

「黙れ! いつもいつも邪魔者が現れ、その度に自分を増やし、脳に負荷を与える身にもなってみろ!」

「それは自己責任ね」


 話が追いつかない。だが、一つだけ分かる。



 これが俺の夢見た世界。銃でもなく爆弾でもない。


 魔法と魔法がぶつかり合い、そして命を奪い合い、やり直しが利かない世界が目の前にあった。



「サイトウ! 貴様、何をぼっとしている! 早くその女を殺せええ!」

「ぐう!」


 拳銃を片手に持っているサイトウ博士は何かをためらっていた。

 何か大切なものを得るために何かを犠牲にし、そしてそれが悪の道だとしてもやらざるお得ない状況だったのだろう。


「サイトウ博士。最後のチャンスね。貴方の大切な子を見つけたければワタクシに協力しなさい」

「!」

「何を言う。今の状況を教えてあげているのは誰だと思っている!」


 マリーとレイジが大声を出す。

 きっとどちらも嘘は言っていない。

 もしその『異世界』というものが存在するなら……。



 俺が『覗けば良い』


 何を探せば良いか、周囲を探した。サイトウ博士の机、椅子、棚。全てを覗き、一人の名前らしき文字が見つかった。

 名前だけを探すなんて普通なら無理だ。だが、『地球の外』に限定すれば、たとえゼロに等しい確率でも、ゼロでは無い。

 数ある星を『覗き』、俺は一つの答えに辿り着いた。



「……トスカ、シャムロエ、ゴルド……そしてマオ」



「!!」


「鏡華君、貴方」


 正直吐き気が止まらなかった。

 地球を越えて数多の数の星を見た。

 人が居なければ次。

 それを繰り返し、体感では数十時間。実際は数秒。

 きっとマリーが俺の考えを覗いていたら、倒れていただろう。


「……異世界の情報ならこちらにもあるわ。今の名前の中にワタクシの知っている名前も合ったわ。サイトウ博士……もう一度聞く、どちらにつく?」

「……」



 ぱあん!



 鳴り響く銃声。


 しばらく無音が続き、何かが倒れる音が聞こえる。


 倒れたのは『レイジ』だった。


「がっは、さ、サイトオおおお!」

「残念だけど、このまま消えてもらうわね」


 そう言って、マリーは懐から香水のビンの様な物を取り出した。

 それを割り、中の液体をレイジにかける。


「がああああ! あつい、あつあああああ!」

「聖水よ。これで『貴方』は消えなさい。まだ居るかもしれないけど」

「まりいいいい! おぼえてええええろおおおおおお!」


 シュゥと音を立てて消える『レイジ』。同時にサイトウ博士は膝をついた。


「俺は……何をすれば良い。貴様たちの要望は何だ」

「最初に言ったはずよ。その知識よ。衣食住は保障するわ。それに、あっちの世界については……まあ鏡華君の調子次第だけど」

「……居場所は分かった。吐き気が凄いけど……休めばすぐに分かる」

「だそうよ」

「分かった。全力で協力する。だから……どうかあの子を……」


 そう言って、サイトウ博士は涙を流した。後半聞き取れなかったが、きっとこの先分かるだろう。


「ふふ、ではようこそと言っておこうかしら?」

「何……がだ?」

「貴方の憧れていた世界。『剣と魔法の世界』へよ」


 数時間前までは憧れていた。



 今はもう。



 家に帰りたいよ。

 こんにちは。ご覧いただきありがとうございます。

 今回はただ書きたい内容をひたすら書いた物語となります。主人公は動かずに世界の事情を知ることができますが、しかし知らないことが多い。百聞は一見にしかずということわざを頭に入れながら書いてみました。

 よろしければ現在連載中の物語や、割烹も更新しているので、ご覧いただければと思います。

 では!

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― 新着の感想 ―
[良い点] この作品は、別の物語の番外編のようなものなのかな。 でも、この作品単体でも、十分楽しめる内容でした。 劣等感を抱える鏡華が、かっこ良く思えるように描かれているのが、一番良かったです。 異能…
[良い点] 改めて作品読ませて頂きました! いつもの音操人の行進曲で描かれている様な軽妙な雰囲気では無く、シリアスな展開や描写が凄く新鮮でした! また、意外な所にあの世界との繋がりを感じられて、その伏…
[良い点] 鏡華のキャラがいままでにない感じだからか、いつものいとさんと雰囲気が違って良かったですね~。 [一言] 元の世界に戻ったマリーがまたお話に絡むのかしらん…… 楽しみ!
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