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対抗心の準備


 ふいにヨデヴァスとズメイの視線が合わさった。


「あ、あの」


興奮状態のヨデヴァスが何を言い出すかと思えば、


「ドラゴンって大きいの?」


だった。


「そうか。お前はまだ見たことがないのか」


そう言うとズメイは広場に出た。


「そこで見ていろ」


後を追おうとするヨデヴァスを制し、ずんずんと建物から離れて行く。





 冷たい風が窓から吹き込んだかと思うと、外が真っ白になる。


「雪?」


そう呟いたヨデヴァスに「そうだよ」と返事をしたのはユイリだった。白く霞んだ外へヨデヴァスを連れて出る。


風が止んだ広場に真っ白なドラゴンがたたずんでいる。


白い鱗は陽の光で七色に輝く。頭から背中へ、そして尾の先端まで一直線にたてがみのような突起物が並ぶ。太い手脚、口元に大きな牙。


「ほわぁ」


ヨデヴァスが大きな口を開けて見上げる。その横でユイリは膝を折り、最敬礼の姿勢を取る。




 その時、ユイリはカチャリという不穏な音を聞いた。


「ヨディ!」


彼はまだ六歳という幼子でありながら、かっこいいからとちゃんとした剣をたずさえていた。


その剣を抜き、身構えている。


「何をばかなことを!」


ユイリが剣を取り上げて止める。避難用の家から真っ青になった母親たちも飛び出して来た。


「え?、ドラゴンでしょ。倒さないといけないんでしょう?」


ばしっ。


母親たちが子供たちに追いつく前に、ユイリの平手がヨディヴァスの頬を打った。


「ズメイさまは友達だ!」


尻もちをついたヨデヴァスは涙を溜めた目でユイリを見上げる。


「僕の友達に剣を向けるなんて。お前は何様のつもりだ」


「ぼ、ぼくはゆ、ゆうしゃだから、うっ、うぅっ、うわああああん」


ヨデヴァスは母親が近くに来たことを察知して泣き出す。


ごつんっ。


母親からも容赦ないげんこつが落ちて来て、暗赤色の髪の幼子はさらに大声で泣きわめいた。




「ズメイさま、大変失礼いたしました」


まだ幼い子供とはいえ、神にも近い存在であるドラゴンに剣を向けるなど、その場で殺されても文句は言えない。


タミリアが悲しげな顔でズメイに謝っている。


「幼子のすることだ。我は何とも思っておらん」


先ほどからずっと人化したズメイの横で、タミリアが酒をいでいる。


タミリアはあの後、大急ぎで商国にロキッドを帰らせ、ズメイの好きな酒と肴を運ばせた。


 子供たちとヨメイアは先に商国へ戻らせ、ユランもギードへの事情説明のため同行している。


ドラゴンの住処には、今、ズメイとタミリアと、墓守りのクー・シーしかいない。




 タミリアの子供たちと違い、人族の中で育ったヨデヴァスは、ドラゴンは敵だと教わっていたのかも知れない。


あるいは『いつかドラゴンを倒せ』と勇者一族の誰かから吹き込まれていたのか。


「まあ、あの子供は我の本来の姿を見て、気が動転したのだろう」


大きな魔力には慣れているヨデヴァスだが、巨大なドラゴンを見るのは初めてだった。


咄嗟とっさにあのような行動をとったのは、幼いながら、さすが勇者の血筋だとズメイは感心していた。


「しかし、まだ相手の力量も量れない子供であるしな」


取るに足らないというズメイの言葉に、タミリアは頷くしかなかった。


「本当に申し訳ございません」


ズメイは、タミリアのいつになくしおらしい態度に大いに満足していた。


(強く凛とした姿も美しいが、これはこれでなんとも色っぽいものだ)


ズメイは子供たちのことなどすっかり忘れ去っていた。




 その部屋の隅で、墓守りのクー・シーは己の主から漏れる思考に困っていた。


(これはまずいのではないだろうか)


このままここに居ることを望まれたら彼女はどうするだろうか。タミリアがいくら強い女性だとしても、如何いかんせん人族ではドラゴンに適う訳はない。


いや、死んでも帰ると言い出すのは目に見えている。


「ズメイさま。そろそろタミリアさまもお帰りになる時刻でございます」


「む」


至福の時を邪魔されたが、このままずるずると時を過ごすわけにはいかないことはズメイにもわかっていた。


「それでは」とタミリアが立ち上がると、ズメイはその後ろ姿に声をかける。




「タミリア」


彼女はゆっくりとズメイを振り返った。


「そなたはこの土地を離れ、初めて荒れ地に入る直前に、ギードが我に伝えて来た言葉を知っておるか?」


突然そんなことを言い出すズメイに、タミリアがこてんと首を傾げる。


「さて、何のことでしょう」


タミリアの隣でズメイの眷属であるクー・シーが嫌な予感に身体を固くする。


「お前と子供たちを我に託す、そう言っておった」


ズメイの意図的な言葉にクー・シーは即座に言葉を補う。


「ああ、ご自分が亡くなられたら、ということでしたね」


思い当たることがあり、タミリアは「そうですか」とただ無表情に頷く。




 動揺を見せないタミリアにズメイは面白くなさそうに苦い顔をする。


「お前たちはそれでいいのか?。あのエルフはあまりにも身勝手ではないのか」


タミリアはその頃を思い出していた。


「夫はあの頃、すでにエルフの寿命に近くなっていて、いつ亡くなってもおかしくなかったそうです」


そして、最後のその時まで家族と一緒にいたいと願っていた。


「自分がいなくなった後、私たち家族を自分が一番良いと思われる方に託そうとしたのでしょう」


どんなに自分が気に入らない相手であっても、ドラゴンの後ろ盾があれば男嫌いで恥ずかしがりやの妻や、妖精と人族の両方の血を引く特殊な子供たちも安心して暮らせるだろう。


「ギドちゃんは優しいから」


ふんわりと愛おしそうに微笑むタミリアは尚一層美しい。


「そうか」


ズメイは白い鱗の肌に動揺を隠し、クー・シーと共に去るタミリアを見送った。




「タミちゃん。お帰り」「お帰りなさい」


少し遅い時間にも関わらず、館の前で子供たちとギードが待っていた。


「ただいまー」


タミリアは飛びついて来た子供たちを笑顔で抱きとめる。


その後ろに立つ夫にちらっと顔を向けると、「あとでね」と念話が来た。 


(うん、あとでね)


ギードはタミリアの声が不穏なものに聞こえたが、とりあえず微笑んだ。




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