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試練の準備


 ヨデヴァスは、サガンのことを『父さま』と呼ぶ。ギードは以前、ガンコナー族の妖精である彼に、


「ヨデヴァスは実の父親のことを知っているのですか?」


と聞いたことがあった。


「もちろん、話はした。理解しているかどうかは、わからないがな」


まだ六歳の子供に「自分は本当の父親ではない」と話したのか、とギードは驚いた。


だが、妖精族は嘘を吐くことを苦手としているので仕方がない。




 ギードは仕事に一旦区切りをつけるとコンに後を任せ、サガンを連れて地下にある自室へ向かった。 


階段を降りるとすぐに広い部屋があり、そこは眷属たちとの会議用の丸い机のある部屋で、隅にギードの寝台と私用の小さな机がある。


その奥の扉は風呂やお手洗いに通じている。


「こっちです」


サガンが部屋を見まわしていると、ギードは何もない壁に手を押し付ける。


途端に壁は無くなり、扉が現れた。


「研究室みたいなものです。調薬に使う材料や未確認の魔道具があるので子供たちには隠しています」


そう言ってサガンを先導し、その部屋に入った。





 ドラゴンの領域は商国のすぐ隣にある。


その境界は長く高い崖が続いていて、魔力が少ない獣人たちには乗り越えることが出来ない。


ロキッドの転移魔法で一行は洞窟の中にある拠点に到着した。


「ようこそ、いらっしゃいませ」


暗緑色の服を着た壮年の男性が出迎えてくれる。


『墓守り』と呼ばれるこの男性は、実体は暗緑色の毛色をした一際ひときわ大きなクー・シーである。


とうさま、お久しぶりです。お元気そうで」


「お前も元気そうで良かった」


数少ない同族であり、両親を失ったロキッドをこの男性が養父として引き取っていた。


「皆さま、こちらへどうぞ」


墓守りは一行をドラゴンの兄妹のところへと案内する。




 先ほどからずっとヨデヴァスは周りをきょろきょろと見回している。


きっちりと装備を固め、やる気満々の母親の姿にも不思議そうな顔をしていた。


「ねえねえ、ここ、変な感じがするー」


隣を歩くミキリアにぼそりと話しかける。


「大丈夫よ。取って食われたりはしないから」


ミキリアは不安そうなヨデヴァスに声をかけ、ユイリはふたりに構わずどんどん先に行ってしまう。




「来たか。久しぶりだの」


人化した炎のドラゴンのユランはかなり肌の鱗が取れて来ている。


女性型だがその体系は子供に近い。子供たちと遊ぶのが好きなので無意識に似て来たのだろうと思われる。


雪のドラゴンであるズメイはまだ肌は白い鱗に覆われていて、人族というよりもトカゲ型の獣人に近い。


ズメイはタミリアの顔を見ると自然に顔をほころばせる。


「本当に久しぶりだな」


「忙しくしておりましたので」


タミリアはズメイの言葉に無表情で答え、同行したヨメイアを紹介する。


ヨメイアは以前来た時は妊婦であったために、ドラゴンとは遭遇していても戦闘には加わっていない。その後も子育てで模擬どころではなかった。


「よろしくお願いいたします」


うやうやしく礼を取りながら、顔は脳筋特有の不敵な笑みを浮かべていた。




 母親たちとユランがさっそく広場に出て模擬戦闘を始める。


子供たちとズメイは広場の隅にある避難所のような家に移動し、クー・シーにお茶を入れてもらう。


大きく開いた窓からははっきりと戦闘の様子が見渡せる。


ヨデヴァスは窓にかじりつき、目を輝かせてその様子を眺めていた。




「祭りか」


ズメイはユイリとミキリアから招待状を受け取る。


「崖の石材の売れ行きが好調なので、他国から良い酒が入荷している、そうです」


ユイリはギードに教えられた通りに伝える。


「承知した」


大きくなった双子を見ながら、ズメイは目を細めている。父親はアレだが、この子供たちはタミリアの血を受け継いでいる。そう思うとズメイにとっては我が子のようにかわいいのである。


墓守りも部屋の隅でロキッドとナティリアを相手に歓談していた。




 しばらくは大きな音を響かせて、2対1で戦闘を繰り広げていた三人の女性が戻って来た。


「ふわー、楽しかったあー」


ヨメイアはふわりとした長椅子に身を沈めながらうれしそうにしている。


「やはりユランさまは強い。良い鍛錬になります」


タミリアもうれしそうにクー・シーの入れたお茶に口をつける。




「しかしあの子供はなんだ?」


ユランはまだ興奮状態のヨデヴァスに目を向けた。


子供好きなユランには珍しく警戒しているらしい。


「わ、私の息子でヨデヴァスと申します。お見知りおきを」


飛び起きたヨメイアは、一応王宮務めの近衛兵だった頃を思い出しながら騎士の最敬礼を取る。


それは子供を守ろうとする母親の姿だった。


「いや、そんなに固くならずとも良い」


ユランは複雑そうな顔をしている。


「その子がどうかなさいましたか?」


墓守りのクー・シーが間に入り、場の雰囲気をやわらげる。




「面白い魔力をしておるなと思ってな」


「面白い、ですか?」


タミリアもヨメイアもきょとんとしている。


「ああ、そなたらも覚えておるだろう。わらわに一太刀浴びせた、あの勇者とかいう者を」


ぎくりとヨメイアの身体が震えた。


「あの男の魔力を感じたのだ」


面白い魔術を使う男だったとユランが懐かしそうな顔をする。


「ええ、あの男性の子供です」


何気なくタミリアが答える。


すると、ぞわりとズメイの雰囲気が変わった。

 

「なんだと?、あの勇者の子供か」


ズメイも妹であるユランに挑んだ勇者を覚えていた。




 ズメイは変わったドラゴンで、ずっと他種族との交流を望んでいた。


ドラゴンに何度も挑んで来る勇者という人族には時々不思議な力を持つ者がいる。


彼らは確かにドラゴンにとっては脅威だが、少人数で正々堂々と向かってくる勇者たちのことは認めていた。


しかし、ズメイはタミリアの夫であるギードのことは何故か好きではない。


「確か、あの勇者はギードが懇意にしていたのではなかったか?」


タミリアは不思議そうにズメイを見る。どうしてそういうことにこだわるのだろう。


「えっと、彼は私とギードを引き合わせてくれた恩人なのですけど」


「ほぉ」


ズメイの目はじっとヨデヴァスを見ていた。





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