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第10話 Y028部隊 (3)

久々の休暇。


斑鳩たちY028部隊は、マルセルに勧められ13A.R.K.へと帰投する。

久々に帰投したA.R.K.は掃討作戦の疲れをやや感じさせるものの、アガルタからの戦車部隊配属の報せを受け、にわかに活気付いている様にも見えた。


ともあれ斑鳩たちは無事、13A.R.K.の格納庫に降り立つのだった。

「ん~、着いた着いた、っと!」





 13A.R.K.内の格納庫(ハンガー)


 駐車された装甲車の後部ハッチが開くと同時、詩絵莉はぴょんと勢いよくタラップから飛び降りるとマスケット銃を掲げながら背中を伸ばす。その背後からは、ギル、斑鳩、そしてフードを目深に被ったアールの三人が撃牙の装着具を外しながら続いた。


「そうだ、兵装はまとめて後部タラップにでも置いて貰ってていいかい? 一度分解して清掃しておきたいんだ」

「助かる、フリッツ」


 助手席から降りこちらへと歩み寄るフリッツに斑鳩は軽く頷きながら撃牙を立て掛ける。

 フリッツは苦笑しながら小さく首を横に振ると、重い音を立て装甲車のタラップに立て掛けられた螺旋撃牙に手を添えた。


「建前上、一応全て試験運用中の兵装……だからね。 メンテに回すのもひと手間掛必要になる。 局長と兵站管理局当てに提出するレポートは僕が作っておくよ……もともと、そういう口上で使用許可が下りてるものだしね」

「そうだな。 建前……とはいえ他の部隊の手前、筋は通しておきたい。 頼む。 俺たちは指令室への報告に出向いてこよう」


 言いながら斑鳩はフリッツの肩を叩く。

 彼は返事の代わりに親指を控えめに立てると、開かれたままの後部ハッチに姿を消していった。


 二人のやりとりを確認しながらも少々落ち着きのないギルの背中を、運転席から降りてきたローレッタの張り手が、ばしん!と派手な音を立て勢いよく見舞われる。


「ってぇ! ってオイ、キサヌキ! 何すんだよ……ていうかお前、元気な」

「むふふ。 アダプター1を出てから戦闘もしてないしね。 それはそうと、そわそわしちゃって……早くリアちゃんに会いたいんでしょう、ギルや~ん」


 こちらを見透かすような猫目で覗き込むローレッタの視線に、ギルはあっさりと頷いた。


「当たり前だろ? なんせ2か月……こんな長え期間の遠征は初めてだしな。 早く帰ってやらねえと、力仕事も溜まってるかもしれねえし」

「……ま、また嫌に素直ですね、オニイサン」


 照れ隠しに怒鳴りでもするだろうとからかってみたものの、あまりに素直な対応を見せる彼に一瞬やや面食らうローレッタだったが、ふう、と笑顔で一息つくと斑鳩へと振り返る。


「タイチョー、帰投報告だけど……ギルやん来なくても問題ない?」


 ローレッタの言葉に斑鳩は一瞬考えるような素振りを見せたが、直ぐに「ああ」とギルへと視線を向け頷いた。


「ひとまずログの提出と掃討報告程度のものだろう。 ギル、先に帰ってコーデリアに顔を見せに行ってやれ。 これは部隊長からの命令だと思ってくれ」

「命令なら仕方ねえな! ……と言いてえとこだが、いいのか? 言い出しておいてあれだがよ、けじめってな大事だろ?」


 構わないさ、と笑う斑鳩に対してギルは笑顔で肩を竦めやれやれといった表情を浮かべる。

 すると斑鳩の傍へと腕を組みながら歩む詩絵莉もギルへと視線を向け、「甘えときなさいよ」とはにかんで見せた。


「リアも一人で頑張ってたんでしょ、この2ヶ月。 早く顔見せて、安心させてきてあげなさいよ。 暁の言う通りとりあえずの報告なら全員揃ってなくてもいいでしょ。 込み入った話はどうせ後でありそうだし……あたしたちの部隊の場合は特に、さ」

「……うん。 コーデリア……きっとギルのこと、待ってるよ」


 撃牙やアンカーを装甲車の中のフリッツへと手渡していたアールも振り返ると、フード越しに少し笑ってみせる。


「……そうか、すまねえな。 んじゃひとっ走り行ってくるわ。 リアの方がひと段落したらフリッツの手伝いでもしてるからよ」

「そうして貰えると助かるよ、ギル。 整備も意外と力仕事だから……ね!」


 ふうー、と汗を拭いながら装甲車から顔を覗かせるフリッツに、ギルは「おう!」と頷くと同時、私物の鞄をひったくるように肩へと掛けると格納庫の外へと駆け出していった。


「……家族ねえ。 あたしにとってはあんまりいい思い出じゃないケド……妹一人、面倒みる甲斐性ってのは素直に感心するわねー」


 去ったギルの方を向いたままポツリと呟く詩絵莉の背中に、のしかかるよう飛びついたローレッタが笑う。


「シェリーちゃんにとってのいい家族は、ここにいるじゃない! 面倒見てくれてもいいんだよう、ドゥフフ……」

「あのね。 家族はドゥフフみたいな笑い声上げて抱き着かないものなの! ああもうっ」


 うっとうしそうにしながらも、その表情には照れ笑いを浮かべる詩絵莉。

 その様子に苦笑を浮かべる斑鳩の顔を、傍らアールはちらりと見上げていた。


「斑鳩。 ……みんなは、家族?」

「ん? 家族……家族か。 ……そうだな、今までそういう風に考えた事もなかった。 何故、だろうな」


 彼が口にした言葉。ふと、アールの脳裏に斑鳩との深過共鳴で見た光景がフラッシュバックする。



 ――仲間を駒として。



 あの"何か"が語ったのは、あるいは全てが虚構ではなかったのかもしれない。

 見上げる斑鳩の表情は、目の前でじゃれ合う詩絵莉とローレッタの様子に笑みを浮かべながらも、どこか寂しさを感じさせる……そんな気配を、はっきりと感じる。


「……俺には、家族と共に笑いあった記憶が無いんだ。 ……いや、きっとあったんだろうな。 だからこそ……()()()が言ったように忘れようとしたのかもしれない」


 斑鳩もまた、あの空間――自らの深層意識の底で見たありさまを思い浮かべていた。


「……でも、そうだな。 家族って、こういうものなのかもしれないな」

「……うん」


 肩を並べる斑鳩とアール。

 言葉こそ少なくとも――今、きっと……同じ景色を見ている。そう想うと、二人は互いに目を合わし、少しはにかんだ。


「おや、帰投直後なのに随分と元気そうだねえ、なにより、なにより」


 装甲車の影から不意に現れた男の声と気配に、4人は振り返る。

 そこには2ヶ月前と同じ――士官服に身を包みながらも、どこか着られているイメージが抜けない細目の男……キース・ミルワード司令代行の姿があった。


「皆、整列だ」


 斑鳩の声に、じゃれ合っていた詩絵莉とローレッタも素早くアールの横に並ぶと、ぴ、と踵を合わせる。


「……あ、いやごめんごめん。 ちょっと格納庫(ここ)に用事があって寄ったら、偶然君らを見掛けてね。 楽にしてくれるかい、自分はこういう固いやりとりはどうも苦手でねえ」


 キースは規律正しく並ぶ斑鳩たちにぱたぱたと手を振って見せる。

 その言葉と態度に、斑鳩はふと表情を緩めながらも、僅かに首を横へと振った。


「ここには他の式兵や職員たちの視線もあります。 その手前、崩せない線はあるでしょう、キース司令代行」

「相変わらず流石だねえ、斑鳩くん。 ……しかし、視線か。 そりゃまあ、君らは今注目の部隊だからね、多少の視線もあるというものだよ。 何しろ、あのY028部隊が今や南東区域で一番の活躍を見せているんだからね」


 細い目でわずかに笑うキースに、斑鳩は困惑の表情を浮かべる。

 どうにもこのキースという男、どこに本心があるのかいまいち掴みにくい。純粋に賞賛のつもりなのか、それともあらゆる意味で"特殊"であるY028部隊に対する遠回しなけん制か……。


 すると、一瞬思わず言葉に詰まった斑鳩の心情を素早く察知したのか――キースは困ったように後ろ頭をぽりぽりとかきながら、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ああいや、言い方が悪かった斑鳩くん。 どうにもこの物言いのせいか、裏を感じられがちなんだけど……単純に誉めてるつもりなんだよ、これでも」

「……とてもそうは聞こえませんでしたケド」


 取り繕うキースにジト目を向けるシエリを、隣のローレッタが彼女の小脇を肘でつつきつつ、小声で名を呼び諌める。

 思いもよらぬ険悪な雰囲気を纏いキースを睨み付ける詩絵莉に、斑鳩は少々面食らったような表情を浮かべていると……右隣、アールが踵を浮かし、小さな声で耳元に囁いた。


(あのね……斑鳩が意識なかったときに、指令代行と、その……わー、って)

(な、なるほど……)


 斑鳩は彼女の言葉に納得、と困った表情で小さく頷いた。


 顛末はギルから聞かされていたが……どうやら2ヶ月前、自らを取り巻く騒動で想像以上にやりあっていたのだろう。斑鳩は不機嫌そうな表情を浮かべたままキースをにらみつける詩絵莉に咳払い一つしてみせるが、彼女は一瞬ちらりと斑鳩を見上げると、すぐに休めの姿勢を取ると同時……ツンとした表情で目を閉じる。


 場の空気に苦笑しつつもキースは斑鳩へと一瞬目配せを行うと、場を整えるよう手をパン、と打ち鳴らした。


「……さて、と。 まずは2か月の間ご苦労さま、簡単な報告は自分も受けているよ。 せっかくの休暇だし、ゆっくり過ごしたら……と、言いたいところなんだけど。 ……その前に斑鳩くん、アールくん」


 キースは斑鳩とアール、二人の顔にゆっくりと視線を這わす。

 表情こそ変わらない……が、確かに感じる"圧"。先ほど苦笑していた男から発せられるとは思えぬ気配を纏った視線を感じ取り、詩絵莉はピクリと眉を動かす。


「両名はこのまま速やかに教授……峰雲さんのラボへ向かい検査を受けるように。 局長もそこで待っているよ」

「それって……」


 彼の言葉と迫力を感じながらも、それでも一歩前へと踏み出しキースを睨み付ける詩絵莉を斑鳩の左手が制す。


「――いいんだ、詩絵莉。 司令代行として、危機管理を徹底するのは当然の事。 むしろこの2ヶ月の間、最低限の干渉で俺たちを自由に戦わせてくれた事には感謝しているくらいだからな」

「暁……」

「……シェリーちゃん」


 戸惑う詩絵莉の手を、ローレッタはそっと握る。


「……タイチョーもアルちゃんも大丈夫だよ、シェリーちゃん。 この2ヶ月だって、何も無かったんだもの。 ……そうだよね? タイチョー」

「ああ。 検査が済んだらすぐに戻る。 折角の休暇だからな、どうせなら大手を振れる状況の方が何かと気苦労もない」


 自分を(いさ)め庇う二人の台詞に、詩絵莉は少し顔を赤らめる。


 ……もちろん、分かっている。


 アールはもとより斑鳩も今、()()からすれば理解を越えた存在だ。タタリギの深過を経てもなお、ここに居る――それが、どれだけの奇跡で、同時に恐るべき状況なのか。この二人が13A.R.K.内に存在しているという事が、どれほどの憂慮されるべき事態であるか、という事は。


 斑鳩もアールも2ヶ月の間、憂慮すべき兆候は見られなかった。

 だが逆を言えば、今後もA.R.K.において危険でないという可能性や確証は、何一つない。


 でも……。



 ――なによ。 これじゃ、あたしだけ子供みたいじゃない。



「詩絵莉」


 ふくれっ面を見せる詩絵莉の袖を、目深にフードを被ったアールがそっと指でつまむ。


「……ありがとう、詩絵莉。 でも、だいじょうぶ。 詩絵莉が怒ってくれる意味、わかるから……とても、うれしいから」

「アール……」


 揺れる白髪の間から、こちらを見つめる真っ赤な……宝石のような瞳。

 詩絵莉はアールの視線に、ふう、と静かに息を吐いた。


「……キース司令代行。 あたしが悪かった……です。 先程からの不躾な態度、申し訳ありません」


 一連のやり取りを前に何を考えているのか、静観していたキースは一歩下がり休めの姿勢へと戻ると同時、頭を下げる彼女に、大きく首を振る。


「……泉妻(いずのめ)くん。 君を見ていると昔のラティーシャを思い出すよ。 彼女もしょっちゅう上官とやりあっていてねえ。 その都度仲裁に入っていた自分は、彼女によく殴られていたものさ。 あんたはどっちの味方なの! ってね」


 突然からからと笑うキースを、斑鳩たちは驚いた表情で見つめる。


「君の怒りはもっともだ。 でもこれが上官の辛いところでもある……彼女に任されたとあっては、なおさらね。 勘違いして欲しくないんだが、自分は君たちのことを邪険になんて思っていないよ。 むしろ、本当に心強い存在だと思っている」

「だからこそ、アールと俺の現状を把握しておく必要がある……そういう事、ですね」


 瞳を閉じ、ふ、と笑い言葉を添える斑鳩に、キースは口元を上げて、に、と笑った。


「可愛くないなあ、斑鳩くん。 それは僕が言って初めて()()になる台詞だろう?」


 五人の間にひと時、笑みがこぼれる。

 斑鳩は頃合いを見てキースに真っ直ぐ向き直ると、大きく頷いた。


「では、この後直ぐに俺とアールは医療棟へ向かいます。 局長も来られるなら遠征の報告も兼ねて、そこで。 キース司令代行もご一緒しますか」


 彼の言葉にキースは残念そうに首を横に振りながら「いや、自分は別件でね」と、思い出した様にきょろきょろと辺りを見渡す。


「先も言った通り、ここに用事が……君らはセヴリン――セヴリン・ワタリくん、知ってるよね? ここへは彼に会いに来たんだよ」

「……セヴリン? セヴリンってフリフリの前に私たちの兵装担当だった、あの……?」


 キースが告げた予想もしなかった人物の名に、ローレッタは首を傾げる。


 セヴリン。ローレッタの言った通り以前Y028部隊の兵装整備・調達を担当していた男だ。


 14A.R.K.侵攻作戦のおりその担当を離れる事となったが……今展開中の大規模掃討作戦においては、各部隊の兵装管理や整備に加え、ここ13A.R.K.とアダプター1を結ぶ輸送車の運転からその他雑用など、多忙な日々を過ごしている、と斑鳩たちは聞いていた。直近で言えば2ヶ月前……斑鳩とギルを13A.R.K.からアダプター1へと送り届けたのも彼である。


「そう、その彼なんだけど……お、噂をすれば、だ。 ……おうい、セヴリンくん――こっちこっち」


 斑鳩たちが使用していたものとは別。

 幾人かの整備士が集まり修理中と思しき装甲車の影から飛び出してきたセヴリンを見つけると、キースは大きく手を振る。


 それに気付くと同時、背後の整備士たちに軽く会釈を行いこちらへと駆け寄ってくるセヴリンの姿に、斑鳩たちは少し驚いた。彼が袖を通している服は、周りの整備士が着ている作業着のそれではない。カラーリングこそ少々違うものの、その制服のデザインはどちらかと言うとヤドリギに支給されるものに酷似していた。


「すみません、司令代行……ちょっと、引継ぎやらなにやら。 なにぶん、まだまだ人手不足でして……」

「いやいや、申し訳ないね。 でも急な招集に応じてくれて本当に助かっているよ」


 キースに頭を下げると、セヴリンは斑鳩たちを前に笑顔を浮かべ「斑鳩さん、それに皆さんも……ご無事で何よりです」と右手を差し出した。斑鳩と詩絵莉、そしてローレッタに続き一度ほどではあるが顔を合わせた事のあるアールも、再開を確かめる様に順々とその手を握り返す。


「皆、この度アガルタから戦車部隊が配属されるのはマルセルくんから聞いて知っていると思うけれど、その戦車の一両に補佐役として、この度13A.R.K.から搭乗する事になった一人が……彼だよ」

「! なるほど、その制服はそれで……」


 操縦手と砲撃手は戦車と同じくして現地入りするアガルタ所属のヤドリギが担い、13A.R.K.からも装填などを担当する補佐役を一人、搭乗させる。それが彼――セヴリンという訳だ。彼は集まる斑鳩たちからの視線に少し照れながらも、真新しい制服の襟元を正す。


挿絵(By みてみん)


「皆さんの手前、ヤドリギでない僕がこういう制服を着ている、というのは恐縮ですが……しかし13A.R.K.の防衛を手伝えるというのであれば、これ以上の事はありませんよ」

「……セヴリン」


 真剣な眼差しで斑鳩から差し出された右手――


 彼は交互にその手と斑鳩の顔を見ると、両手で力強くその手を取った。言葉こそなかったが、斑鳩の視線と、こちらの手を力強く確かに握り返す彼の手に、様々な意味が込められているようにセヴリンは感じた。


「何せ戦車なんてシロモノは自分らの世代でもまともにお目に掛かった事はないからねえ。 一応アガルタから資料は先立って送られて来たんだが……これから彼と他の搭乗者や整備士を集めての講習会だよ。 っとそうだ、木佐貫さん」

「? 私ですか?」


 困り顔でぼやくキースは何かを思い出した様に細い目を僅かに見開く。唐突に名を呼ばれたローレッタは僅かに首を傾げると、その顔を見上げる。


「ああいや、これは君ら全員に伝えておきたい話でもあるんだけど……Y035部隊所属のクリフくん、知っているね。 今回戦車部隊の配属に合わせて原隊復帰する事になったんだ」

「「え!?」」


 クリフ・リーランド。


 回収班付きの護衛部隊、現在は休隊扱いとなっているY035部隊で式梟を務めていた式兵である。アールの初陣ともなったアダプター1での乙型壱種との戦闘により瀕死の重症を負い、療養中のはず――キースから告げられた彼の名に、斑鳩たちは思わず声を上げる。


「……クリフ。 もう、だいじょうぶ……なの?」


 ほっとしたような、同時に不安そうな表情で問うアールに、キースは小さく頷いた。


「自分の赴任前の任務だけど、報告書と作戦ログには目を通している……もちろん彼とも会って何度も話をしてきた。 復帰を強く希望していてね。 まだ車椅子は必要だけど、幸い彼は式梟(フクロウ)だ。 コンソールの前に座るのに、不自由はないと強気だよ」

「しかし……原隊復帰と言っても、Y035部隊に所属していた他の二名はマルセル隊長たちの部隊に所属しているはず。 まさかクリフもそこへ?」


 復帰とは聞こえがいいが、クリフの怪我の具合を知る斑鳩たちは心配そうに表情を曇らせる。

 流石に車椅子で前線に出向くのは、いかに式梟(シキキョウ)と言えど無茶が過ぎる……そう言いたそうな一同にキースは苦笑するとセヴリンへと視線を向けた。


「いや、彼の職場は作戦司令室……配備される戦車部隊を繋ぐ通信中継を担う木兎(ドローン)を、このA.R.K.上空に飛ばすのが任務となる。 すでに指令室にはアガルタの許可も得てコンソールも一機設置してあるよ」


 斑鳩たちはキースの説明に「なるほど」と納得の表情を浮かべた。


 木兎(ミミズク)の機能の一つに、戦場において式兵の間で行われる通信を中継する役割が存在している。ここ13A.R.K.の敷地はそれなりに広く、なおかつ建築物や防壁など平地と違い電波を遮蔽するものが多く存在する。東西南北に備えられたゲートに一両ずつ戦車が配備されるとなると、上空で通信を中継する木兎(ミミズク)の運用は必須になるだろう。


「その彼も講習に参加するんだけど……あらためて木佐貫くん、君にも参加して欲しくてね。 彼とも顔なじみだろうし、何より君は兵器類の造詣も深いと聞いているよ。 勉強家だとね。 どうだい?」


 ローレッタはちらりと斑鳩の表情を伺う。その視線に斑鳩が大きく頷き応えたのを見ると、ローレッタは目を大きく開き「はい」と、確かな声で応える。


「是非、お願いします。 今後の乙型や甲型との戦闘の際にも役に立つかもしれない、ですし……それに、クリフとも式梟(シキキョウ)としての知識や経験の共有が出来れば」

「決まりだね。 ありがたいよ、休暇のところ申し訳ないけど……あ、ちゃんとそのぶん給料はこちらで申請しておくから」


 にっこりと笑うと、右手で「お金」のジェスチャーをひらひらさせるキースに苦笑する一同を後目に、詩絵莉は少し残念そうに、小さくため息をついた。


「ギルはリアのとこ、暁とアールはラボ……ロールは講習、かぁ。 あたしは、どうしよっかなー……」

「あー、その、詩絵莉? もし時間があるなら……」


 その台詞を聞いてか、はたまた偶然のタイミングだったのか。

 斑鳩をちらりと見上げる詩絵莉の後ろ……装甲車の後部から上半身を覗かせたフリッツが申し訳なさそうに彼女の名を呼ぶ。


「……フリッツ。 何よ?」

「良かったら君のマスケット銃とウィン……いや、飛牙の調整に付き合って欲しいんだけど……この2ヶ月の間、精細な調整は出来ていなかったし。 どうかな?」

「…………」


 詩絵莉は何やら会話を交わす斑鳩とアール、そして講習会の場所を確認し合うキースとローレッタ、セヴリンをちらりと振り返ると、ひょいと肩を竦めて再びフリッツへと向き直った。


「……そうね。 付き合うわ、フリッツ。 調整、あたしもちょっとリクエストあるしさ」

「助かるよ!」

「バカね、それはこっちの台詞だってば」


 満面の笑顔で応えるフリッツに詩絵莉は少し笑うと、振り返り斑鳩の肩を軽く叩く。


「じゃあ、暁。 あたしフリッツと一緒に居るから。 そっちの用事が終わったらさっさと戻ってきてよね。 久々に買い出しとかにも行きたいしさ。 付き合ってよ」


 くい、と親指で背後を指差す詩絵莉に、斑鳩は「買い出しか、いいな」と少し笑ってみせた。


「そうだな、用事が済んだら久々にぶらつくか。 久しくなかったからな、こういう時間は」

「でしょ? たんまり稼いだんだし。 少なくとも戦車部隊が到着するまでは休暇らしく過ごしたじゃない。 この際、ぱぁーっと息抜きしとこうよ……ね、アールも!」


 言いながらフード越しにこちらを覗き込む詩絵莉に、アールは少し考える様子を見せたが……すぐに彼女は「うん」と笑顔でこくりと頷く。


 一連のやり取りを見届けたキースは斑鳩に向け「じゃあ後ほどね」と告げると、「行ってくるね!」と手を振るローレッタ、それぞれに会釈をするセヴリンを連れ、格納庫奥の本部に続く扉に向かって行く。


 彼らを見送った斑鳩は「俺たちも行こう」とアールに一言声を掛け、医療棟へと歩き出す。その後ろを数歩追ったアールだったが、ふと何かを思い出した様に詩絵莉の元へててて、と駆け戻ってきた。


「ん? アール、何か忘れ物した?」

「ううん。 ……詩絵莉。 その、うまく言えないけど……ほんとは詩絵莉も、斑鳩と一緒に居たンぅぐぐぐぐ!?」


 申し訳なさそうに言葉を並べるアールの口を、詩絵莉はその手で素早く塞ぐ。


「――詩絵莉? どうかしたのかい?」

「すぐ行くから、フリッツ! ちょっとその! 引っ込んでて!」

「う、うん?」


 フリッツが装甲車の奥へと引っ込んだのを確認すると、詩絵莉はようやくアールを塞いだ手を離す。大きな紅い目をぱちくりさせる彼女の両肩を抱えたまま、詩絵莉は何とも言えない表情で視線を逸らした。


「あのねアール。 その、うん。 そこは気を使わなくて大丈夫だから。 ほら、暁待ってるから、ね」

「……う、うん。 わかった。 またあとでね、詩絵莉」


 彼女の剣幕に押されたのか。

 アールはこくこくと頷くと今度こそ、立ち止まっていた斑鳩の元へと駆けて行く。

 詩絵莉は小さくなる後姿に、誰ともなしに小声で呟く。


「生意気なんだから。 ほんとにもう、ズルいわよ。 つらくないハズ、ないのに。 強くて、優しいなんて。 ……ズルいわよ、アール」





 その遠ざかる背中を見ながら、言葉とは裏腹に――

 詩絵莉は優しい表情を浮かべたまま、二人の姿が見えなくなるまで。


 彼女はその背中を見送ったのだった。





 ……――次話へと続く。

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