第10話 Y028部隊 (1)
大規模掃討作戦の中、Y028部隊は幾度目かのアダプター1への帰投を果たす。
それは討つべきタタリギの気配が突如として消えた事を受けて、であった。
帰投してまもなく、斑鳩たちはアダプター1を総括する立場にあるマルセルが待つ指令室へと向かう。久方ぶりの暖かい食事と共に、作戦指令室で静かに報告は始まるのだった。
「なるほどな。 予定より早い帰投の理由はやはりそれか……」
アダプター1、作戦指令室使用されている薄暗いコンテナハウスの中……久方ぶりにまともな食事にありつく斑鳩たちの対面に座るマルセルは、年期の入った金属製のマグカップをゆっくりとあおる。
「もっとも、毎度のこと戦果は素晴らしいが」
言うと彼は、たん、と一気に飲み干し空となったカップを机へと軽快に打ち鳴らす。
「この2ヶ月、あれほど静かな夜は無かった。 周辺の索敵はもちろん、帰投中絶えずローレッタとアールで哨戒も続けたが……他部隊からのタタリギ発見の報告も、加勢の要請も無いままだ。 やはり、と言うのは、他の部隊も?」
「……帰投中の部隊を含めて、この南東区域で交戦している連中から時間差で同じような報告が上がっててな」
食事の手を止め真剣な眼差しで問う斑鳩にマルセルはゆっくりと頷き、空となっていた斑鳩のマグカップにラベルの無い瓶を傾ける。なんとも表現しがたい色の液体が注がれるが、見た目とは裏腹、うっすらと甘い香りに混じりほのかなアルコールの匂いが斑鳩の鼻をくすぐった。前回の帰投時にも味見をしたが、このアダプター1で栽培された万能ナッツを発酵させ醸造したものらしい。
五葉を中心とした厨房班が片手間にこしらえたものらしく、アルコールの度数は極々控えめなものの、それでも今ではこのアダプター1に帰投する者たちの楽しみのひとつとなっている。
「……アールの哨戒、か」
カップに添えたボトル口をクイ、と跳ね上げたマルセルは、何かを考える様に視線を僅かに外す。
「ああ。 式神としての能力の一端による――哨戒、索敵だ。 知っての通りだと思うが……信頼性は高い」
カップ半分程に注がれた醸造酒に口を付けながらそう言うと、斑鳩はゆっくりと頷いた。
能力の一端による索敵……というその言葉に、彼は素直に小さく頷き返す。
式神という存在の機密性と、存在自体の危うさ――。
理由は多岐に渡るが、別動隊と共同戦線を展開するようになった今でも、アールの存在は別部隊たちへ明るみにされる事はなかった。勿論、14A.R.K.で斑鳩の身に起きた出来事を含めて――である。
そんな中、マルセルは式神――アールとY028部隊、そしてアガルタとの関係を知る少ない人物の一人。今回の作戦遂行にあたりY028部隊をフォローする立場を買って出た彼は、ヴィルドレッドや峰雲ともある程度以上の情報共有を行っている。彼ならばと、これはアールを含めたY028部隊の総意でもあった。
「アールが周辺にタタリギの存在を感じなくなった……それと同じくして、南東区域に展開中の部隊から時間差で帰投の連絡……他の連中もお前たちから帰投報告があったあの夜を境に、タタリギとの遭遇が急激に減少している様だ」
どこか釈然としない態度のマルセルに、斑鳩の隣に座るギルは五葉手製のパスタをフォークに絡めていた手を止める。
「単純に作戦エリア内の掃討が完了した……っつう事じゃねーのか?」
ギルの言葉に、隣でフォークに絡めたパスタにふぅふぅと息を吹きかけ、冷まそうとしていたローレッタは天井を見つめ「う~ん」と首を捻った。
「でも、こんなにぱったりとタタリギの気配が消えるなんて事あり得ない……と、思うよ。 それも、こんな大規模な掃討作戦が展開されるほどの事態だったのに」
詩絵莉も食事の手を止め、大きく頷く。
「2ヶ月の間、交戦が無かった日なんて数える程しかなかった……もちろん、アールがある程度あたりを付けてくれてたお陰ではあるけど。 アールも言ってたケド、マシラはおろか別種のタタリギの気配すら消えちゃったんでしょ? それもあの夜を境に、突然にさ」
「確かに、まぁ……。 色々考えてるみてえだけどよ、お前はどう見てるんだ、イカルガ?」
ひょい、とフォークを口に運ぶギルからの言葉に、斑鳩は口元に手を添えまぶたを細める。
「……気になる事がないわけじゃない。 この状況……アダプター2突入直後の状況に似ていないか?」
『――!』
斑鳩が口にした思いもよらない言葉に、一同は思わず目を見開く。
アダプター2奪還作戦の折、過去の観測データからもタタリギの巣窟となっているはずだったあの場所……だが足を踏み入れた彼らが見た光景は、予想と反して静寂そのもの――だった。
そして、その静寂の中心――タタリギの残骸から生えていたのは、空間を切り取ったような、影絵の様な、不気味な黒い枝葉を伸ばす一本の漆黒の樹……。Y028部隊を壊滅寸前まで追い詰め、アールの存在を賭した行為によって何とか打ち克てたあの黒い獣、純種タタリギを生み出した異形の存在。
「……どこかでまた純種が生まれようとしている、とでも?」
眉間にしわを刻んだマルセルの言葉に、斑鳩は少し考えるように目を閉じるが、すぐに軽く首を横に振った。
「憶測に過ぎないが、十何年ぶりに観測されたタタリギの本身と言われるあの黒い樹……。 もしあれがこの近隣にあれば、アールはそれを感じ取っている筈だ。 ……あの時と同じように」
確かに、と一同は胸を撫で下ろす。
アダプター2に発生していた、黒い樹木。あれこそが数十年前、世界各地に突如として生まれ出で、異形の存在を次々と生み落としていった「祟り木」……タタリギの本身と言われる物だ。その存在を、アールは感じ取っていた。それとは知らず、大きな脅威として。
だが再び同じような気配をどこかに感じている様子も報告も、彼女からはない。
「斑鳩、そのアールのタタリギの気配を感じ取れる力……か。 レーダーのようなもの、と考えるなら、索敵の範囲は明確に把握しているのか?」
ふーむ、と、整えられたヒゲの先端を指でもてあそびながら問うマルセルに斑鳩はまたしても首を横に振る。
「言葉で伝えるのは難しい感覚……らしい。 だが指向性、とでも言うか……とにかく、アールが何かを感じる方向には、必ずタタリギが居る。 それはこの2ヶ月での俺たちの戦果を見て貰えれば確かだと思う」
マルセルはテーブルの傍らに置かれた斑鳩たちの作戦ログが載る薄いファイルを手に取ると、改めて交戦場所、交戦記録に目を落とす。そこには他の部隊にはない、明らかに異質な動きを繰り返すY028部隊の挙動が記されていた。
別部隊は担当区域の中を巡回し、交戦に至っている。その移動履歴に法則性はない。
対して――Y028部隊の交戦記録は、まるで地図上、あらかじめそこにタタリギが居ると分かっているような直線的な動きで結ばれている。直前の交戦場所から迷うことなく次のポイントへと移動を行い、再び交戦……。こんな芸当は、確かに彼女……式神の力なくしては無し得ないだろう。
「タタリギの気配が消えた事に関して、彼女の意見も聞いてみたいんだが……アールは外か?」
ゆっくり視線を巡らせるマルセルに、ギルは目の前の皿に残ったパスタを器用にフォークで全て纏めると、口へと運びながら答える。
「飯にも誘ったんだけどな。 帰投してからアイツ、ちっと疲れた様子でよ。 日に当たって休んでおきたいんだと。 っと、そう言えばキサヌキ、お前は休まなくていいのか?」
「……うん、タイチョーが運転してくれて帰り際少し寝れたからね。 だいじょぶじょぶ」
パスタを飲み込みマグカップをあおるギルからの言葉に、ローレッタは明るくそう答えながらも13A.R.K.……コーデリアからのもてなしの席での一幕を思い出していた。
――あれは、アルちゃんが初めて式神……ううん、D.E.E.D.の力を見せて……意識を取り戻した後、だった。
思えば、コーデリアのパイを僅かに口に入れると同時に彼女は部屋を飛び出していった。
しかしその事に関してローレッタには思い当たる節が無いわけではなかった。
式梟としての力を酷使した際に起こる、体調の変化。頭痛、気怠さ、疲労感に加え強く襲い来る眠気。酷い時には翌日まで引きずる事もある。当然食欲など出るはずもなく……自らの経験に当てはめ、あの時は軽視していた――が。
この2ヶ月の間、彼女と共に行動して、分かった事。
それは――あの仮死状態から目覚めてからというもの……彼女はおそらく、ほとんど食事を口にしていない、という事だ。正確には、アガルタから持ち込んだ飲料だけを時たま飲んでいる程度、だろうか。
それを悟られまいと演じてはいるものの……出撃時、携帯食料の管理も担当しているローレッタは、気付いていた。彼女が持ち出したレーションが、翌日か、翌々日か……開封されないまま、こっそりと戻されている事に。
――タタリギは、食事をしない……。
純種と相対した、アダプター2での戦い――
あの日、彼女が見せた式神としての本当の力。あの日から、アールは……よりヒトで無くなったのかもしれない。より、タタリギへと近い性質のものに成ってしまったのではないか。
純種戦以降、そしてマシラ戦の後。
彼女は迷わずその力を振るうようになった様に思える。実際この2ヶ月の間、数度ではあるが彼女は深過解放を行っている。その都度――その都度、彼女の存在がもし、ヒトから離れていっているとするなら……。
――タイチョーは、その事を知っている様子がある。 ちゃんと、後で話……しとかないと。
「まあ、アールもたまには一人で休みたい時もあるだろうさ」
「そーそー。 どこの誰とは言わないけれど、お節介焼きの誰かさんから解放されたかったのかもよ?」
「ひょっとしてそれ、俺の事言ってんのか……?」
ふ、と笑うマルセルの言葉に続き、ギルへ向けたフォークの柄をぴこぴこと指先で上下させる詩絵莉に、ギルは「嘘だろう?」と表情を曇らせる。
「ま、年頃リアと同じくらいだし、アール。 あんたがお節介焼きたがる気持ちも分からなくはないケドね、お・に・い・ちゃん」
「ばっ……そんなんじゃねえよ! 俺ぁただ仲間としてだな……いや、どうなんだ……? イカルガ? そうなのか?」
「……なんで俺に聞くんだ」
立ち上がり否定するギルから困惑の表情を向けられた斑鳩は、何とも複雑な表情でギルを見上げため息を吐く。その様子をひとしきりマルセルは笑うと、「さて」と場を締める様に手を一度打ち鳴らした。
「……タタリギの気配が突然遠のいた。 この件は他の部隊からの報告も受けて、再度議題として本部と相談するとして――だ。 別件で、面白いニュースがある」
「……面白いニュース?」
気持ちを切り替える様に注がれた醸造酒をあおっていたローレッタは、マグカップをテーブルへと静かに置くと首を傾げる。
「先週頭の事だ。 アガルタにより、13A.R.K.近郊で発生した特異種マシラの脅威性が認められた。 加えて前線の過激化に伴い、13A.R.K.に向けての正式な軍的支援が決定されたらしい」
「……へえ。 ついにアガルタも重い腰を上げた、ってワケね」
詩絵莉はテーブル中央に置かれた万能ナッツの塩ゆでに手を伸ばしながら、どこか呆れた表情を浮かべる。
「正式決定まで、約2ヶ月か……何とも遅い支援表明だな」
斑鳩も重いため息を吐きながら腕組みをすると、面白くない、という表情を浮かべる。
それは恐らく、彼らだけでなくどのヤドリギたちも同じ反応を見せるだろう。事実この2ヶ月での13A.R.K.に対する損害は、軽視出来ないレベルに達しつつあった。
だが、アガルタからは物資支援は最低限行われていたものの、幾十年ぶりとなった黒い樹……純種の出現に続き、今までとは明らかに形態が異なる特異種マシラの出現に浮足立っていた事は明白だった。僅かに派遣されてきた内地で訓練を積んだ式兵も、最前線となる13A.R.K.では新兵に他ならない。
斑鳩たちが一翼を担う南東区域、そしてもう一つの激戦区となっている北西区域……犠牲は決して少なくない。そして斃れたヤドリギたちの一部は、あるいは丁型として……また、あるいはマシラとして、敵勢力となる。
数時間前に共に食事をし、肩を並べていた仲間をも討たねばならない過酷な状況に即座に対応出来る新兵は少ない。その結果、何が起こるかは想像に難くないだろう。
「……タイミングも解せねえな。 ひょっとしたら、裏の連中が糸引いてんじゃねえのか?」
憮然とした表情で空になった皿を睨み付けるギルに、斑鳩は首を捻る。
「この2ヶ月、局長も大尉と回線が繋がらないと聞いている。 表向き、この事態を収束させるべく動いている、らしいが……あれだけ固執していた様に思えるアールに対しても、13A.R.K.に対しても不気味なほど接触がないのも気掛かりだな」
「ヒューバルト・クロイツ大尉、か……」
斑鳩が口にした名に、マルセルはヒゲを触る指をぴたりと止める。
「表向きは、アガルタ特務機関所属の叩き上げの軍人だな。 噂では執行部隊"F30"の統括も担っていると聞くが」
「おいおい、F30……って、マジか?」
「……嘘でしょ? F30って……2月30日? 本当に存在するの、あの部隊」
ギルと詩絵莉はマルセルが口にした台詞に思わず身を乗り出し、驚愕の表情を浮かべる。
――2月30日。
それは存在しない日に任務を遂行する……と噂される、アガルタ直系の私設部隊。
ギルと詩絵莉、そして斑鳩とローレッタもその名前だけは知っていた。
だがそれは一部の都市伝説好きのヤドリギたちの間、それも極々一部の者たちの間で囁かれる、いわばオカルト話に近い"架空の部隊"として聞いた事がる、という程度である。
「あくまで噂だがな。 俺がお前らの歳頃の時だったか……内地の上官が酒の席で口にした程度の、な。 その部隊統括者として名前が上がっていたのが、ヒューバルト・クロイツという名前だった。 どちらにせよ、彼の裏の顔を知った今だからこそ言えるが……F30、本当に存在するとしたら、まともな部隊かどうか」
「誰も見たことがない幻の部隊……私も資料ですら見たことがない。 ちょっと前なら、よくあるオカルト話で笑うところだけど、アルちゃん……D.E.E.D.計画、装甲車のブラックボックス……アガルタが今、何をしてても不思議じゃないって思える……」
アガルタの暗部――。
人類最後の砦、希望とまで名打たれたあの場所で、一体何が行われているのか。一同が複雑な感情に沈む中、斑鳩は壁に掲げられた13A.R.K.の軍旗を見上げる。
「それに関しては、きっとミルワード司令代行が何か答えをくれる筈だ。 ……今はそれを待つしかない」
斑鳩の言葉に、詩絵莉は「やはり」といった表情を浮かべた。
「……ミルワード司令代行、やっぱりその為に13A.R.K.を出たのね? 少しでもアガルタの情報を探る為に」
「間違いないだろうな。 ……局長たちも、必死で戦ってくれている。 タタリギの気配は今一時的に引いているかもしれないが、掃討作戦が終わった訳じゃない。 俺たちも、今やれる事を一つずつ片付けていこう」
ミルワード・ラティーシャ。キースの前任である彼女が内地へ赴いたという辞令は当然13A.R.K.内でも周知されているが、何の為に、といった発表はされていない。最も司令代行として優秀だった彼女の事である。定期報告、昇進試験、現地査察……内地へ赴く理由はいくらでも考えられる。事情を知らない他のヤドリギや職員たちからは、そう特別な事として認識はされていないだろう。
「しかしまあ……釈然としねえのは確かだけどよ。 正式な支援決定はありがたいんじゃねーか。 掃討作戦で13A.R.K.の防衛戦力も今落ちてんだろ。 どういった形でも戦力が補充されるなら少しは犠牲も減りそうだしな」
「……だね。 アルちゃんたちに関わってない、本来のアガルタ……って言ったらいいのかな? そっちからの支援なら、歓迎だね。 ……もうちょっと早くお願いしたかったけど」
「ああ。 表か裏か……どちらにせよ、アガルタも13A.R.K.を失う訳には行かないという決議がなされたんだろうさ。 聞いて驚けよ。 13A.R.K.に、なんと"戦車部隊"が配属されるらしいぞ」
「……なんだって?」
――戦車部隊。
その言葉に、斑鳩は思わず耳を疑う。それはギル、詩絵莉、ローレッタも同じ様子だった。
「待ってくれマルセル隊長、実動する戦車が配備されるのか? 本当に?」
思わず仰け反る斑鳩に、マルセルは大きく頷く。
それもそのはず――この時代において最前線に戦車が配備される事はまず、ない。
理由は言わずもがな、タタリギによる浸食を受け、人類にとって脅威となる可能性が高いからである。単純な兵器は勿論、あの黒い蔦枝――タタリギは様々な兵器に根を張り、自らの躯体とする。乙型、甲型に代表されるように、こと旧時代に実戦へと投入されていた戦車は今、ことごとく異形を成し――人類……そして前線で戦うヤドリギたちにとっても脅威的な存在、という認識の方が大きい。
「まあ、戦車と言っても"足がある固定砲台の配備"――といった方が正しいかもしれんな。 配属数は4機。使用は13A.R.K.内に限定されるそうだ。 当然、前線への出撃は固く禁じられるだろう……あくまで13A.R.K.の防壁の一部としての稼働が想定されている様だが」
なるほど、と斑鳩は目を細める。
13A.R.K.の防壁には合計4つの大きな門が設けられている。その出入り口の守りを固めるための配備と考えれば、納得は行く。万が一A.R.K.に大規模な襲撃があった場合に対応する防衛砲台。それが戦車……移動が可能であれば、配置にも応用が効く。
「普段はアガルタの防衛に配備されているものを、特別にこちらへ配備させるそうだ。 操縦手も専属として同時に8名ほど赴任する様だ。 操縦士は式梟、射撃手は式隼。 装填などの補佐役は13A.R.K.から選出する予定らしい」
「へぇー……。 そりゃそっか、13A.R.K.所属のヤドリギに戦車操縦の履修なんて無かったもの。 なんだか本格的な配備になりそうね」
詩絵莉は感心したように何度か頷くが、視界の端――隣に座る斑鳩が険しい表情を浮かべていることに気付くと、その顔を覗き込んだ。
「どしたの、暁?」
「……ん? あ、ああ……いや、どう……なんだろうな」
詩絵莉の視線に気付くと斑鳩は珍しく歯切れの悪い返事をしたまま、何かを考え込むよう口元に右手を添え眉間にシワを寄せた。
「斑鳩、お前が感じる違和感については恐らく俺も同意見だ。 何故今なんだ――おそらく、そんなところだろう?」
「……ああ。 杞憂かもしれないが……ちょっと引っ掛かるのは確かだ」
「? どういう事?」
首を傾げる詩絵莉に、斑鳩は向き直る。
「状況としては納得出来るんだが……今までにも、13A.R.K.は最前線として常に危険に晒されてきた筈だ。 14A.R.K.が奪還作戦の初期から、13A.R.K.は慢性的な物資と人員不足だっただろ? 運が良かったのか、13A.R.K.が直接大規模な襲撃を受ける事は無かったが……それでも、局長は常にアガルタに掛け合っていた。 物資の支援要請に加え、防衛力の強化をな」
「……確かにな」
詩絵莉の隣で、斑鳩の言葉にギルは「ふむう」と息を吐くと腕を組んで天井を睨み付ける。
「今まで渋っていたのに、ここに来てまさに大盤振る舞い……それが気掛かりって事ね」
「まあな。 事実、純種の発生に特異種マシラの出現……アガルタの表側が事態を重く見てようやく腰を上げた……だけなら、いいんだけどな」
こればかりは、ここで考えていても仕方がない――。
肩を竦める斑鳩に、マルセルは「そこでだ」と真剣な視線と共に口を開いた。
「斑鳩以下Y028部隊所属一同は、一度13A.R.K.に帰投して欲しい。 ……近日中にこの戦車部隊が着任する、それを皆の目で実際に観察してきて欲しいのさ」
「……いいのか?」
「ああ、2ヶ月間一度も拠点に戻っていないだろう? 戦果は上々のうえ、理由は分からんがタタリギどもも今、休暇中だ。 前線に異常があればすぐに出撃となるだろうが……どうだ?」
斑鳩は皆の顔を見渡す。もちろん、ギルも詩絵莉もローレッタも、反対する理由は無かった。
この場には居ないが、五葉たちの所へ向かい雑務を買って出てくれたフリッツも二つ返事で頷くはずだ。教授もアールや自分の体調を気に掛ける手紙を送ってきてくれた。そろそろ一度、顔を出すべきだろう。
「そいつはありがてぇ話だな、そろそろリアにも会いに行ってやらねえといけねえって思ってたところだしよ!」
「あんたの場合逆でしょ、逆。 素直にリアに会いたいって言いなさいよ、おにいちゃん?」
「ねえ、シェリーちゃん。 これだからギルやんはギルやんなんだよ。 あ、でもパイ食べたいな、またみんなでさ!」
「……お前らなぁ」
2ヶ月皆無事で戦い抜けた事を、素直に今は仲間と共に喜びたい――。
予期せぬ休暇の提案に、それぞれ笑顔が浮かぶ。
「了解した、マルセル隊長。 準備が出来次第、Y028部隊は一時13A.R.K.に帰投する。 すまないが、何かあればすぐに連絡を寄越してくれ」
「気にするな、斑鳩。 お前さんらは休むに値する働きをした……それだけの事だ。 局長には俺の方から午後の通達に合わせて報告しておく。 彼女もゆっくり休ませてやってくれよ、斑鳩」
マルセルの気遣いに、斑鳩はゆっくりと頷く。
――何より、今はアールを休ませてやりたい。
式狼、式隼、式梟――。
この2ヶ月の間、彼女は状況に応じてまさしく"万能の式兵"……式神として、部隊の為に尽くしてくれた。部隊は皆が一つとなり機能する。その中で、誰が一番働いたなど優劣を付けるのは愚の骨頂だと考える斑鳩だったが、それでもアールの働きにはいつも皆、助けられてきた。
何かしら、労ってやりたい。それに……一度落ち着いた場所で、彼女と話がしたい。
斑鳩はもう一度深く頷くと、静かに席を立つのだった。
……――第10話 Y028部隊 (2)へと続く。