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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第5章 進むは深く、示すは真価
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第9話 エピローグ Part-2

再び訪れた、アダプター1。

斑鳩たちはマルセルと五葉に迎えられ、アールとの再会を果たす。

変装した彼女に驚きつつも、互いに安否を確かめた彼ら。


しばらくして、一台の装甲車が彼らの前へと砂煙を上げ停車する。

ゆっくりと開かれるハッチから現れたのは……。

 斑鳩たち5人の前で停車した装甲車のサイドハッチがゆっくりと開いていく。


 だが開き切るのを待ちきれないとばかりに、その隙間から身体を投げ出すよう勢いよく飛び出す影が一つ。ざん、と見事に両足で乾いた地面へと着地したのは、詩絵莉だった。


「……詩絵莉」


 呟く斑鳩へと向けて彼女は眉間にしわを刻み、あからさまに厳しい表情を浮かべると、ざむ、ざむ、ざむ、と勢いよく土煙を上げながら彼へと歩み寄って行く。その迫力に思わずギルとフリッツは口を一文字に結び半身、身体を自然と引いてしまう。


 ざむ!と、ひと際大きな足音を立て――詩絵莉は斑鳩に身体が触れんばかりに近付くと、キッ、と黙ったままでいる彼の顔を見上げた。


「…………」

「……むうう。 一発ぶん殴ってやろうかと思ってたけど……やめた」


 斑鳩の黒い瞳に映る詩絵莉は、はあっ、と大きくため息を放つと、呆れたようでもあり、どこか嬉しそうでもあるように表情を緩めると、両腕を組む。


「殴られて当たり前、みたいな顔してんじゃないわよ、暁。 まったく、張り合いがないじゃない」

「詩絵莉……心配掛けた」


 言いながら、斑鳩も苦笑を浮かべる。「おっかねえ……」と思わず身を引いていたギルとフリッツ、そして黒髪のアールは二人の様子に胸を撫で下ろす。詩絵莉は三人をジト目で一瞬視界に入れるが、その脇で手を小さく振るマルセルと五葉に小さく頷くと、斑鳩の身体……左肩を、ぐ、と掴む。


「ん。 もう……いいのね、(あきら)

「ああ、問題ない。 ……本当にすまなかった」


 僅かに目を細め詩絵莉の瞳を見つめ返す斑鳩。同時、乾いた風に彼の黒髪に交じるひと房の白髪が揺れる。詩絵莉はそれを観て、一瞬何とも言えない表情を浮かべた。


「まったくもぉー、ここ最近のタイチョーの無茶っぷりには、肝が冷えますなぁ~! ……ねえ、シェリーちゃん!」


 何かを言おうとした詩絵莉の背後から、久方ぶりに聞く明るい彼女の声。大きなカバンを抱えたローレッタが大げさな声を上げながら遅れて歩み寄る。


「ローレッタ……」

「はいほー、タイチョー。 もう、ここに来るまで大変だったんだからねー。 主にシェリーちゃんをなだめるのが。 ほんとに」

「や、やめてよロール!」


 詩絵莉をネコ目で横目にしつつ、ローレッタは自然な流れでギルに大きな荷物を預けると、斑鳩へと向き直り咳払い一つ。


「退院した知らせヒトツ寄越さないなんて! 暁、絶対一発ぶん殴ってやるん……ぉぶぅ」


 存外に上手い声色で詩絵莉の物まねを演じるローレッタの頬を、詩絵莉は慌てて両手で挟み込んだ。その様子に思わず吹き出す斑鳩の表情を見て、両頬を潰されたままローレッタは斑鳩の黒い瞳を見つめる。


 こちらを見て笑うその顔は、今までの彼のものとなんら変わりはない様に思える。だが、どこか……何か、今までの彼とは違うようにも感じる。それは14A.R.K.から帰投したときは見られなかった、ひと房だがまるで"彼女"と同じ様な、白髪。


 彼が仲間を守るため、一線を越えた証がそう見せるのか。ローレッタには分からなかった。


「……まるしぇるらいちょう、ふぉよちゃん、ふぃさすぶりゅ!」


 だがその感情を決して表に出す事なく、そして詩絵莉に潰された頬をそのままに、まるでめげる様子を微塵も見せずマルセルと五葉に手を振る。二人は吹き出しながらそれぞれ挨拶する――が、その時ローレッタは視界の隅に入る、見慣れぬ黒髪の少女にふと目を留める。


「……そう言えば、アールは? ここで式梟(シキキョウ)やってたって聞いたけど……その子は?」

「ぷあ。 そこな見慣れぬ美少女ちゃん、もしかしてY036部隊の新顔さん?」


 詩絵莉も同じくローレッタの頬を解放すると、二人は辺りを見渡したのち、皆が笑いを堪えながら囲むかつらを押さえたままのアールの顔を覗き込み……。


「「ええええええええ!?」」

「もう、それさっきやった……」


 恥ずかしそうに、不満げな声を上げるアールの肩を抱き素っ頓狂な声を上げ驚くのだった。




 ◆


 ◆◇◆


 ◆◇◆◇




「さて、積もる話もあるだろうが……まずは現状の確認をしておこう」


 ――あれから10分後。


 合流したY028部隊の皆と、マルセル、五葉を加えた8人は、アダプター1の中心部に設けられた黒いコンテナハウスの一つ……以前にも使用した、作戦指令室の中で作戦領域図や、それにまつわる書類が展開された机を囲んでいた。


「それぞれ本部から通達は受けていると思うが……お前さんらが討伐した例のタタリギ。 マシラだな」


 マルセルの言葉に合わせ、五葉は数枚の写真を抱えたファイルから抜き取ると地図上に並べていく。それぞれの写真に写るのは、確かにあのマシラ。若干個体差はある様に見受けられるが、14A.R.K.で遭遇したタタリギに間違いはない。


「まだ仮説の段階は抜けてないそうだが、ヒト型タタリギに寄生し、深過を遂げているのではという見解で今のところ一致している。 結果、識別区分として新たに丁型特異種(テイガタトクイシュ)、と以後呼称するらしい」

「丁型、特異種……」


 タタリギに寄生するタタリギ。

 今までの事象を覆すその存在に改めて、ローレッタは苦い表情を浮かべマルセルの言葉を反復する。


「……こいつの厄介なところは、その戦闘力もさることながら……斑鳩も経験した通り、交戦中のヤドリギですら寄生・感染する可能性があるという事に尽きる。 本来俺たちヤドリギは、言葉は悪いが言ってしまえば既にタタリギに寄生されている状態。 今まで交戦中の負傷などによって深過するようなことは無かったわけだが」

「まさに脅威、ね。 あたしも他部隊で、既にマシラから受けた傷によって深過し……亡くなった、または丁型(テイガタ)へと堕ちたヤドリギたちの話は聞いているわ」


 神妙な顔つきで頷くマルセルに、斑鳩はちらりとアールに視線を向ける。

 彼女の式神としての力があればこそ、助かった。だが他部隊は違う。マシラに深過させられれば、そこで終わりだ。いや、終わるだけならまだいい。


「皆さんも理解してると思うッスが、マシラのヤバイところは丁型を生み出すだけでなく……さらに、討ちもらそうものなら、その丁型がいずれマシラとなってしまう可能性があるって事ッス」


 五葉の言葉に、一同は深く頷く。


「こちらの戦力が削られるばかりでなく、丁型が……マシラが増える可能性が、ある。 まさに未曽有の事態だね……」

「うん。 シェリーちゃん、他部隊の対マシラ講習に行ってたけれど……実際、どんな感じだった?」


 冷や汗を垂らし資料を見詰めるフリッツに頷くと、ローレッタは横に立つ詩絵莉の顔を覗き込む。彼女は口元に手を添え、目を細めて「んー」と声を上げると、複雑な表情で腕組みをする。


「実際問題、対マシラ戦は人員が居ればそう難しい事じゃないわ。 事実あたしが出向した北西区域を担当してた部隊で、交戦したんだけど」

「派遣先で戦ったのか?」


 真横で少し驚く斑鳩の顔をちらりと見上げ、詩絵莉は頷く。


「ええ。 そうね、結論から言えば……式隼(シキジュン)の数。 部隊が保有する銃器の数が決め手、ってところかしら。 牽制射撃で動線を限定し、式狼(シキロウ)が着かず離れず注意を惹きつけ、再び式隼が止めを刺す。 芯核(コア)が無いのが救いね。 流通量の多い出来の悪いライフル弾でも、急所に叩き込めれば斃すことが出来るから」

「……確かに、マシラは普通のタタリギよりも回避偏重の傾向はあった。 そこを突くわけだ」


 14A.R.K.で遭遇したマシラを思い浮かべながら、斑鳩はふむう、と俯き資料に目を落とす。その正面でマルセルは不敵な笑みを浮かべ、手元の書類から詩絵莉へと視線を移した。


「接近するリスクが通常のタタリギよりも遥かにある以上、式狼は回避と牽制に務め、式隼に託す、というわけだな。 ……骨が折れたろう、泉妻(いずのめ)? それを他の部隊に周知するのは」

「まあね」


 彼の言葉に、やれやれ、といった風に肩を竦める詩絵莉。


「通常部隊において、当然対タタリギの花形は式狼。 式隼は牽制に務めるのが通例でしょ。 こと、対大型……乙型(オツガタ)甲型(コウガタ)ならまだしも、相手は芯核も持たない……」

「それ、私も説明するの苦労した……」


 彼女の言葉に、ローレッタも辟易といった風にため息をつく。

 斑鳩たち、Y028部隊は個々の少数が故に、個々の能力を最大限に発揮した戦闘を旨としている。それだけではない。グラウンド・アンカーをはじめとして、今や別部隊にはない兵装での立ち回り。


 本来ならば、彼女の言う通り対タタリギ線の花形は式狼と言って過言ではない。そもそもA.M.R.T.の適正として式隼の能力が発現する者は圧倒的に式狼よりも少ない。そうなれば当然、戦術も式狼をメインとしたものへとなり、それが常識とされている。


 勿論、デイケーダーをはじめ貴重な銃器や弾丸のロストを防ぐ意味でも式隼は後衛に務め、前衛は式狼が担うのだが、対マシラにおいてその優位性は逆転したと言っていい。高められた自然治癒能力によって、多少強引にでもタタリギを切り崩してきた戦法は、A.M.R.T.を超え二次寄生、深過する危険性があるマシラには通用しない。


「なるほどなあ。 確かに他部隊はオオゴトだな、式隼全員がシエリみてえな変態的な射撃が出来るわけでもねえだろうし……あ、いや、褒めてるんだぞ、マジで!」


 資料を睨み付けたまま呟くギルは、視界の端で拳を握る彼女に慌ててフォローの言葉を添える。

 詩絵莉は拳を収めつつコホンと咳払いをすると、改めて詩絵莉は真剣な表情を浮かべ、13A.R.K.の作戦領域図を指差していく。


「対マシラの戦果だけれど……暁が寝てたこの3日の間で、ここと、ここ……。 あたしは合計5体のマシラと遭遇した。 まだ戦術が徹底されていないぶん、損害はあったけれど……屋外かつ平地での戦闘に限定するなら、通常部隊であっても何とか倒しきれる……ってところね」

「流石詩絵莉、心強いな」

「ふふん。 暁クンにもセンセイが直々に効率のいいアレの倒し方、教えてあげるわ」


 斑鳩の言葉に彼女は得意気そうに彼の右腕をポン、と軽い叩いてみせる。


「お前さんらからの情報は共有されている。 とにかく屋内や基地内での戦闘は絶対に避けるべきとな。 何があっても屋外か、天井の無い開けた場所で戦う事が必須か」

「マシラの身体能力と反応速度は今までの丙型(ヘイガタ)や丁型の比じゃなかった。 木兎で撮影した記録を見て、他の部隊の式梟も青ざめてたもの。 こと、屋内で立体的な戦闘となると……対処出来るのは、Y028部隊(わたしたち)だけ……だと思う」


 ふむう、とあごヒゲを触りながら険しい表情を浮かべるマルセルに、ローレッタは頷く。


「このアダプター1周辺でもマシラは先日から数体、視認されているッス。 幸い防壁からの牽制射撃で対処出来ているので、まだこの拠点内への侵入は許してないッスけど……」

「ああ。 13A.R.K.や北東区域にある小規模拠点も同じような状況だと聞いている。 局長たちも焦るわけだ。 需要が一気に増えた弾丸の製造、銃の確保に、整備。 急務となった式隼たちへの訓練と実戦配備……恐らく新兵であろうが経験問わず、だ。 おそらくマシラからによる被害拡大は、まだまだこれからってところだろう」

「……それにマシラは、夜にも行動する。 夜間戦闘は、みんな…慣れてない。 それもすごく、心配」


 マルセルの言葉に付け加えるようにつぶやいたアールに、一同深いため息。

 突然現れた特異種、マシラ。対して今までの戦法の変更を余儀なくされる戦線、そして昼夜問わずの脅威。足りない物資に人員と、明るい話題がない。


 だが、斑鳩は腕組みしたまま――大きく頷いて一同を見渡す。


「ともかく、どんな状況下でも俺たちはやるべき事をやるだけだ。 心配事は多いが、俺たちに任された任務の意味は……皆、分かっていると思う」


 斑鳩の言葉に、ギル、詩絵莉、ローレッタ。そしてアールの4人は神妙な面持ちで頷いた。

 危険とされる屋内戦闘で少数ながらも奮闘し、マシラを2体撃破した。その事実はA.R.K.内で瞬く間に共有され、同時に生まれのしかかる、期待と、希望。それに応えねばならない。


 だが、事実は違う。


 何かが一つ違えれば、こうして皆が揃う事は二度となかっただろう。アールは式神の人知を超えた力を発揮し、戦闘だけでなく、深過した仲間を呼び戻すという前代未聞の荒業をやってのけた。その斑鳩も、深過し既存のヤドリギの規格を……いや、ヒトである事から大きく逸脱することによって得れた、全員の生還。


 彼らにとって、それは希望ではない。堕ちれば、()()()()のだ。

 奈落に張られた細い糸の上を渡るような、それぞれがまさに命を賭す事で得れた戦果。それが事実だ。


 それでも、と、斑鳩は頷く。

 それでも、皆を守るためなら。仲間へと報いる為なら、何度でも、と。


 彼は無意識にアールの紅い瞳を見つめていた。

 13A.R.K.にとって最大の武器であると同時に……あるいは、恐ろしい爆弾で可能性すらある、彼女。今やそれは、斑鳩自らの身も事情を知る人間から見れば、同じだろう。


 指令室を後にする直前、その視線に織り込まれたヴィルドレッドの想い。



 ――「すまない」



 彼の視線に感じたのは、強い自責の念だった。

 だが、斑鳩が視線に込めた思いは違う。あの暮れ往く局長室で交わした一杯のグラスを、斑鳩は想う。


挿絵(By みてみん)


 ――「……このボトルの様に、中身は問わん。 斃れぬ事が、絶対の条件だ」



 そうだ。形はどうあれ、こうして今、再び戦える。

 自分が思い描いていた最後を越えて、今、こうして仲間と共に在る。


 たとえ自分の身を成す器がヒトでなくなったとしても。

 彼女がそう在るように、自身そう在りたい。それこそが今、俺が視る景色だと。

 それこそが、ヒトで在る事の確信へと繋がるように。


 ヒトは急に変わる事は出来ない。それは斑鳩自身も当然、そうだ。


 心へ確かに浮かぶ不安も、死も、タタリギに対する恐怖も。だが、今は()()()()()。彼女と――仲間と共に在れるなら。斃れない事こそが、次の"その先"へと繋がるなら。


「アール。 お前には今後の作戦、今までの様に式狼だけでなく、式隼として配置も考えている。 詩絵莉のバックアップとフォローを頼めるか?」

「ん。 任せて、斑鳩」


 彼女はこちらを見上げると、しっかりとした表情でゆっくりと、大きく頷く。


「詩絵莉、いいな?」

「了解。 それ、あたしも提案しようと思ってた。 アールとなら、願ってもないわよ」


 問う斑鳩に詩絵莉は、アールの肩を抱きながら笑顔を浮かべる。


「ローレッタ、今後は偶発的な戦闘が続く可能性も高い。 だが、疲労が出れば直ぐに知らせてくれ。 他部隊との連携にしろ、部隊単独での展開にしろ、お前の力が100%発揮されてるのを前提としたいんだ」

「……りょっかい! まっかせてまっかせて!」


 ローレッタは元気よく、斑鳩の声にびし、と敬礼を放つ。


「フリッツ、兵装や備品の管理は任せる。 他にも何か有益な情報や、必要なものがあったら遠慮なく言って欲しい。 加えて可能な場合は、ローレッタの補佐を頼めるか」

「! ……任せてくれ、斑鳩隊長。 隊長も、他の皆も、調整が必要なものがあったらこちらこそ遠慮なく言ってくれ」


 思わぬ斑鳩からの声に一瞬、驚く様に目を見開いたフリッツだったが、彼の真剣な眼差しにごくり、と喉を鳴らすと、ぐ、と胸の前で強く拳を握り込み、彼へと応えた。


「ギルは……」

「任せろよ。 お前の面倒は俺がきっちりみてやるからよ。 ……いいな、イカルガ」

「…………! ああ、頼んだぞ」


 自分の名を呼ぶ斑鳩に不敵に笑みを浮かべ、そう言葉を重ねたギル。深過だろうが、なんだろうが、お前の好きにやれ。そう雄弁に語る彼の視線に、斑鳩は苦笑を浮かべた。


「……何だかギルやんと斑鳩さん、怪しいッスね?」

「ごよちゃんもそう思いますか……いや、これはいけません、いけませんぞ、シェリーちゃん。 あの3日間でやはり何かあったのでは……」


 見つめ合う二人を横目に、ヒソヒソと言葉を交わす五葉とローレッタに、詩絵莉は面白くなさそうに、ぷうー、と両頬を膨らませる。


「詩絵莉、フケンゼン?」

「! ……ほんとね」


 肩を抱えたままのアールがこちらを覗き込み発した言葉に、詩絵莉はきょとんとした表情を浮かべる。

 ……あれはアールを迎えた日だっただろうか。彼女と同じ様な会話を交わした事を思い出した詩絵莉は、一転して笑顔を浮かべ、いたずらっぽく笑うとそう答えた。


「……いい仲間(やつら)だな、斑鳩」

「ああ。 ……俺には勿体ないくらいさ」


 その光景を微笑ましそうに眺めていたマルセルが確かに呟いた小さな声に、斑鳩は瞳を細めて言葉を返す。


「タイチョー、なんか言った?」

「いや、何でも無いさ。 ……さて、マルセル隊長。 見ての通り、Y028部隊(俺たち)はいつでも、どこへでも出撃可能だ。 まず何をすればいい?」


 ひょこ、と顔を覗かせるローレッタに笑うと、斑鳩はマルセルへと改めて向き直る。彼は、に、と笑うと五葉と頷き合い、机の上から一枚書類を手に取ると、斑鳩へと渡した。


「まあ焦るな、斑鳩。 そうだな、まずはお前たちが居住するコンテナへの私物の搬入。 兵器庫にも顔を出してくれ。 部隊単位の兵装の格納場所の確認、他にも駐在する別部隊隊長との顔合わせに、戦術の共有……まだまだあるぞ?」

「緊急の有事がない限り、ひとまず斑鳩隊長には隊長として働いて貰う事が山ほどあるッスよ! もちろん、他の皆さんにもこのアダプター1で再び生活するにあたって、お仕事沢山用意してあるッス。 覚悟するッス!」

『…………』


 逸り高揚した気持ちに対して突き付けられた当然の現実に、一同は面食らう。


「っぷ、あははは……そっか、確かに、今からいきなり出撃!……無いわよね。 ったく、暁が煽るからみんなその気になっちゃったんじゃない!」

「お、俺のせいか……!?」


 噴き出す詩絵莉にばんばん、と背中を叩かれ困惑する表情を浮かべる斑鳩に、狭いコンテナハウスに皆の笑い声が響く。


 今抱える不安を、皆忘れる為に。

 これから始まる、熾烈な戦いに折れぬ様に。


 いつ訪れるともしれない、それぞれの影に佇む死の影を、遠ざける様に。



 ――みんなとこうして笑ったのは、いつぶりだろう?



 アールは肩を抱える詩絵莉の暖かさ、ギルの笑顔。

 そして、ローレッタがからかい、困惑する斑鳩と一瞬、瞳があう。


 その黒い瞳の奥に僅かに瞬く紅い光に、一瞬、胸が締め付けられる。

 深過共鳴(レゾナンス)を意識せずとも何故か確かに感じる彼の感情に、微塵も後悔は感じられない。



 ――斑鳩。 一緒にいこう、みんなと。 何が、あっても……一緒に。



 こちらを見つめる彼女の、触れずとも感じ伝わる確かな暖かさ。錯覚ではないその感覚に、皆が笑い合う中斑鳩は――あの暗闇で感じた、彼女の鼓動を想う。



 ――ああ、一緒に往こう。 ……アール。 何が、あっても。



 13A.R.K.に、自分たちに――遠くない未来。

 訪れ迫る危機を、僅かに二人は感じていたのかもしれない。


 アールは、彼方から滲み寄るタタリギの気配を。斑鳩は、自らの内側に見た何かの気配を。



 だが、今だけは――今だけは。

 自らの戦う意味を心に深く刻み付けるるように、その覚悟を忘れないように。



 ――二人は、皆と笑いあうのだった。



挿絵(By みてみん)



……――第9話 エピローグ(終) 次章へと続く。

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