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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第5章 進むは深く、示すは真価
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第9話 進むは深く、示すは真価 (7) Part-1

アールの斑鳩へ対する深過共鳴――。

傍ら、現実世界では当然途切れぬ僅かな時間、決死の攻防が行われていた。

手負いのマシラをギルが引き付ける最中、詩絵莉は斑鳩を倒したマシラと対峙する。


そして、斑鳩は……。


 ――ッきゅボあァッ……!!





 新たに現れた招かれざるもう一つの"黒い影"――

 それは現れると同時、斑鳩を轢き倒すと援護の間もなく、そのまま肩口へと喰らいついた。


 次の瞬間、間髪入れず疾風の如く駆けると同時――渦巻く白髪をたなびかせ、深過解放(リリース)を行ったアールの強烈な蹴撃がマシラの脇腹を捉える。その衝撃で一瞬、不気味に並び食む牙が緩んだ隙を逃さず、彼女は強引に斑鳩を引き剥がすと肩に抱えたまま、飛ぶ様に即座に離脱する。


 その光景を瞳に捉え、即座に詩絵莉が撃ち放ったフリッツ特製の焼夷弾は、アールとマシラの動線を塞ぐ様に床へと着弾すると、部屋一つぶん程はあろうかという爆炎を上げていた。


(あきら)……(あきら)……!!」


 詩絵莉は身を隠す事も忘れ、かちかちと鳴る歯を食いしばり排莢を行うと、新たな弾丸を迷わず弾倉へと叩き込む様に送り込んだ。


 斑鳩がマシラから受けた噛み傷。


 傷としては、致命傷ではないだろう。衣服共々斑鳩の身体を易々と貫いたその牙は、幸い内臓に届く長さではない。だが詩絵莉の隼の目は誰よりも正確に瞬間、その症状を捉えていた。


 アールに担がれたまま離脱する、斑鳩の噛まれた傷口から程近い首元――

 その皮膚を凄まじい速度で黒く這い上り染めていく、異常な光景。何かに侵された事は、否定の余地はない。



 ――考えたくはない、考えてはいけない。



 彼女は爆炎の向こうで身構える黒い影に、ギリ、と歯を食いしばると、床へと勢いよく膝を着き、引き鉄に指を掛ける。


「ロールッ!! 暁の状況は……ッ!!」

『シェリーちゃん、駄目! お願い隠れて!!』

「……隠れてる場合じゃない! 今は私が暁とアールを、あいつから守る!! 暁は無事なの!?」

『……ッ!!』


 ローレッタは詩絵莉の剣幕に歯噛みしながらも、斑鳩のバイタルデータが表示された項目をピックアップし――僅かに瞳孔を揺らした、その瞬間だった。


「ローレッタ、バイタル情報は僕が診る! ……君は皆を頼む!!」

「フリ……ッツ……」


 フリッツは本部に連絡するためのインカムを殴り捨てると、ダッシュボードの上に置いていた皆へと繋がる小ぶりなインカムを乱暴に装着する。


『詩絵莉、僕だ! 聞いてくれ! 隊長なら無事だ!』

「……ッ! ホントでしょうねっ……!!」

『だが、急激にバイタルが低下している……体温も、急激に下がっている……普通の損傷じゃあないかもしれない!』

「……そん……」


 口を突いて出ようとした弱気な言葉を、詩絵莉は真っ青な唇を閉じ、ぎ、と台詞を噛み砕く様に歯を結ぶ。

 その時、同様に揺れる詩絵莉の視界――視界の脇に、何とか手負いのマシラを引き剥がそうと奮闘するギルの姿が写る。


「ギル……!!」

日和(ひよ)ってンじゃねえ、シエリ……ッ!!」


 いつの間にかグラウンド・アンカーをマシラの左手へと撃ち込み、繋いだまま――

 マシラが繰り出す一撃一撃に髪を焦がし、身を削り、ギリギリのところでいなしながら、マシラの虚ろな眼を睨み付けたまま、ギルは怒号を上げる。


「撤退は…………()()()!! やるしかねぇんだ、ボケっとしてんじゃねえッ!!」

「……ギル……」

「……ぐうぁっ!!」


 ――マシラの撃牙を内包した右腕から繰り出される、凪ぐような一撃。


 僅かに(かわ)しそこなったそれが、螺旋撃牙の肩部装甲に触れ、ギルは態勢を大きく崩す――が、続く追撃を、マシラの左腕に撃ち込み巻き付けたアンカーを引き絞り、その態勢を僅かに崩す事により何とか避ける。


「……ここでやられたら、前と同じだ!! 死んでもやるしかねぇ!!!」



 ――前と、同じ……。



 純種戦……大詰めで、あたしたちは――何を、していたっけ。

 刹那、脳裏に朧げに浮かぶ光景。火照る身体。冷たく乾いた地面。朦朧とする意識の中で――膝を着いた、暁。



 ――そうだ。 これじゃあ、あたしは何一つ……前に進んでいない。



 ――「……あたしたち、強くならなきゃ。 また、あんなのが出てきた時に……対等で居たいもの。 仲間、だから」

 ――「ああ、同感だぜ。 どんなヤツが出てきてもよ、ぶっ飛ばせるだけの……な」



 振り返ると、詩絵莉は焼夷弾の炎の向こう――炎と熱で揺らぐマシラの黒い影を、ひたと睨み付ける。

 そして次の瞬間、彼女は床を蹴り――新たに現れたマシラへと、迷う事なく駆け出していた!


『シェリーちゃん!?』

『詩絵莉ッ……!!』


 インカムを揺らす二人の叫び声すら意に介す様子もなく――

 詩絵莉はマスケット銃を抱えたまま、全速力で駆ける。床を穿つ、詩絵莉の派手な靴音。踊る炎の向こうで、マシラはその接近を感じ取った様に、その巨躯を駆ける彼女の方へと向ける。


『無茶だ、詩絵莉止めてくれッ!!!』



 ――るオオオォォォォ……!



 叫ぶフリッツの声をかき消す様に大きな黒い影は咆哮を上げると――まさに、放たれた弾丸が如く。

 両腕を交差させたマシラは焼夷弾の炎を突き破る様に爆音を上げ床を蹴り抜くと、詩絵莉の方へと凄まじい初速で飛び出してくる!


「……ッ!!」


 詩絵莉の瞳――隼の瞳は、それらの挙動全てを余すことなく捉えていた。


 揺らぎ散る爆炎を突き破り現れた、マシラ。

 殺意――だろうか。殺意が黒く形を成したもの、と表現出来るほどの迫力、そしてそれに真向から向かう自分。全身にぞわり、と鳥肌が立つ感覚を、彼女ははっきりと感じていた。


 しかし、それをも上回る決意が――彼女の瞳も、そして思考も曇らせはしなかった。


 表皮がまるで筋肉の様に収縮しながら床を凄まじい勢いで蹴り付ける様の細部まで、今の彼女には全て、視えていた。そして――



 ――ギャイイイイィッ!!



 詩絵莉は駆ける勢いを一気に殺す様に、床へと足元から滑り込む。

 フリッツ特製の頑丈極まる靴底が接地した場所から火花を僅かに散らす。同時に、抱えていたマスケット銃を素早く、それでいて正確に構え――巨躯を転がすように猛烈な勢いでこちらへと飛び駆けるマシラへと狙いを定めると――今、これから放たれる弾丸に、意識を載せる。



 ――ィィイッ……



 靴底が床を削る音が消えた――その瞬間。

 向かい来るマシラへ向け、彼女は一縷の迷いもなく。


 引き鉄を――弾いた!!



 ッズダァアァンッ……!!!



 ――弾頭は手持ちの中でも一番大型の、曳光弾(えいこうだん)

 本来は信号弾として使用する、殺傷能力のない只の光源が込められた弾丸……。弾頭が重く、射速が遅い。ならば尚の事……


「――ギィッ!」


 マシラは詩絵莉が撃ち放った光の筋を描いた弾丸を、一呼吸耳障りな声を吐くと同時。

 凄まじい反応で床を蹴り抜くと、宙へと飛び上がり、難なく躱し――



 ――そう。 ()()()()()()()()()()()()!!



 詩絵莉のマスケット銃の銃口は、引き寄せられる様に弾丸を避け、宙へと舞った黒い影を捉えていた。それは、全て計算の上だった。先ほど放った曳光弾を射撃した際の衝撃で銃口が浮いた、いわゆるマズルアップ――。


 自らの愛銃に導かれるまま――詩絵莉はその瞳に跳び迫りくる黒い影を写し、そして――

 銃身下部に設けられた第二の引き鉄……魔法の翼の引き鉄を、彼女は静かに――弾いた。



 ――バンッ!!!


挿絵(By みてみん)


 張り詰めた弦が解かれる乾いた音と共に放たれた、飛牙は――――



 ――ッズドンッッ!!!



「――ギィァ!!?」


 空中で身を翻しながら詩絵莉に襲い来る黒い影、その胴体を見事に捉える!

 マシラは想定外の攻撃に驚愕とも苦悶とも取れる叫び声を上げていた。

 

 群を抜いた反応と、速度。マシラは初弾を躱し詩絵莉へと肉薄していたぶん、至近距離で飛牙(トビキバ)を受け――結果。その巨躯をくの字に曲げると、弾芯に押し返される様に空中を吹き飛び、焼夷弾で燃え盛る床を超え――



 ――どがぁっ!!



 そのまま、自らが突き破り現れた壁の上部へと、派手な音を立て叩き付けられる!


「ぅはあっ、はあっ……!!」


 その光景を見届けると、詩絵莉は知らずうちに止めていた呼吸を解放し、荒く何度か息を吸い込んだ。


()()()……()()()わ、はあ、はあ……!!」

『し、詩絵莉……君は、ああ、なんて……君は!』


 その刹那を、木兎を通して目撃したフリッツは思わず襟首をつかみ潰すよう、身体全体で感動に打ち震える。隣では、ローレッタも僅かに歓喜の表情を一瞬浮かべる。



 ――……今まで戦っていた個体と違って、新たに現れた個体は、飛ぶとどうなるかを知らなかった。 だからシェリーちゃんは……そこに勝算を見出したんだ。()()()()()。そして空中ではいかにマシラといえど、攻撃を回避する事は出来ない……その瞬間こそ、と……。


 ――確かにマシラは攻撃を跳んで避ける習性があるとはいえ……いや、それでも()()だったはず。



 フリッツはローレッタから受け取った隊員のバイタル情報が表示されている、いくつかの太いケーブルで接続された端末へと視線を落とす。極度の緊張からの解放……。脈拍、呼吸……運動量以上に乱れた彼女のバイタル値が、それを示している。


 それでも、彼女の決意が勝ち取った一撃――だったのだ。


 数居る式隼の中でも、あんな真似が他に誰が出来るというのだろう。彼女は、自分が託した魔法の翼で、まさしくアーリーンのように化け物に対して勇気を示したのだ。それが何よりも誇らしく、眩しい……。


 そう誇らしげに想うフリッツの視界――


 端末に表示された詩絵莉の横……斑鳩のバイタル情報に、フリッツはわなわなと震えると細い瞳を思わず見開く。


「……そ、そんな、()()()……」


 斑鳩のバイタル値の情報にもう一度目を凝らすが――脈拍が、検知されていない。体温も、極めて低い。

 そんな、馬鹿な。詩絵莉が特攻を仕掛ける直前まで……僅か数秒、目を離してしまっていたその間に……まさか。フリッツは、震える手で端末を何とか支え――その異常な雰囲気に、ローレッタも気付く。


 端末を睨み付けたまま固まるフリッツに、ローレッタが声を掛けようとした、その時だった。

 飛牙で壁に打ち付けられたマシラの黒く太い右腕が、天井を支える鉄骨の一部に手を掛け――



 めぎめぎめぎめぎッ……!!



『――!! シェリーちゃん、逃げて!!!』

「な……」


 息を整え、追撃のため新たな弾丸を装填し終えた詩絵莉の目に写ったのは、壁に張り付いたまま、天井を結ぶ鉄骨を易々と引きちぎる様に剥がす、マシラの姿だった。

 支えを失っていく天井が、轟音を上げ、屋根と鉄骨の瓦礫を雨の様に降り注がせながら、こちらへ向けて崩落を始める――!


「や、野郎ッ……シエリィッ!!!」


 ギルは手負いのマシラとグラウンド・アンカーで繋がれたまま、轟音に気付くと状況を把握し、怒号を上げる。距離的に詩絵莉を助けに行ける距離ではある。ある、が――それは、目の前に立ち塞がるマシラとの戦いを放棄する事を意味する。当然、マシラは追ってくるだろう……そうなれば、瓦礫の雨から詩絵莉を救えたとしても、待つのは追い縋ったマシラによる追撃……到底、捌けるものではない。


「くッ……!!」


 焦りから唇を噛むギル――

 詩絵莉も彼の思考と、全く同じ想定を浮かべていた。ギルからの援護は無理だろう。



 ――魔法の(ウィング・オブ・)(ワルキューレ)……



 詩絵莉は咄嗟に、飛牙を使った移動による離脱を試みようと第2のトリガーに指を掛ける――が。

 当然、弾芯は放たれマシラの巨躯を貫いたまま――手元には、ない。


 迫る、瓦礫の雨――その崩壊速度、そして落下速度。


 飛牙本体へと接続されたアンカーを解除し、回避へと繋げる時間もない。A.M.R.T.(アムリタ)による強化が施されているとはいえ、式隼である自らの身体能力では到底避ける事は……出来ない……!


「くそう……!」


 それでも詩絵莉は、ぎり、と歯を食いしばると降り注ぐ瓦礫から逃れるように、足を運ぶ。


『――シェリーちゃん……ッ!!!』


 ローレッタは木兎が捉えるその光景に、悲痛な叫び声を上げた――


 ――――と、同時。



 ――がしッ……



「――――!?」


 駆け出した詩絵莉の身体を、何か……いや、何者かが後ろから抱え――

 そのまま、凄まじい速度で横へと飛ぶ。


 予期せぬ衝撃と、視界の片隅で遠のく瓦礫の雨。詩絵莉は衝撃で手放しそうになったマスケット銃を何とか手繰り寄せながら、自らを抱える存在にこれ以上ない程、その瞳を大きく開く。



 ――ずざああああああっ!!



 彼女を抱えたまま、床を削る様に着地したのは――!


「……あき……ら……?!」

「…………」


 黒い髪をなびかせ、力強く詩絵莉を抱く――斑鳩、だった。


「無事だっ…た…!?」


 だが、詩絵莉は見上げた彼の瞳に、驚愕の色を濃くした。


「……流石だな、詩絵莉。 おかげで間に合った。 やっぱりお前は、大したやつだよ」


 言いながら、腕を解き彼女を床へと下す斑鳩のその瞳は――


 まるで、アール……彼女の様に、深く、()()()()()()()()()。それだけではない。マシラが噛み付き破れた制服から覗く肌、そして首元に確かにあったどす黒く広がる染みが、見る間に消えてゆく。


「……暁……?」



 ――ずばぁぁあんっ!!!



 その瞬間、戸惑いの声を挙げる詩絵莉の声をかき消すような轟音が背後から響く。


「……ギル、大丈夫?」

「アール……!!」


 斑鳩と詩絵莉の背――

 膠着状態にあったギルとグラウンド・アンカーで繋がれた手負いのマシラの足元を、異常な速度で駆け抜けながら繰り出したアールの足払いが捉えていた。彼女はマシラが大勢を崩し、ギルがその身を立て直したのを確認するように、小さく頷く。


「……タイチョー……無事だったんだね……!!」


 斑鳩とアールの戦線復帰に、ローレッタは木兎を操作するデバイスを思わず強く握り込み、歓喜の息を漏らす。だが、その横で――フリッツは、未だバイタル情報が表示される端末を、震える手で握り締め、凝視していた。



「……フリフリ! タイチョーのバイタル状況はどう!?」

「…………」


 ローレッタは木兎で二体のマシラの状況を確認しながらフリッツへ言葉を投げるが、彼からの返事はない。

 それどころか、斑鳩が戦線に復帰したというのに彼の横顔は一縷の喜びも感じられない、強い混乱の色を浮かべたまま、玉の様な汗を浮かべていた。


「フリフリ……?」

「ロ……ローレッタ……。 これは……検知器の故障なのか……?」


 青い顔で小声で呟くフリッツの様相に、先ほど何か言い掛けた彼の台詞が頭を過る。

 そんな、まさか。彼は確かにそう言った。


 ローレッタはHM(ヘッドマウント)ディスプレイを乱雑に装着すると、マシラから目を離す事なくコンソールの上で指を躍らせ、隊員のバイタル情報を表示する。


「えっ…………」


 そして、確認した斑鳩のバイタル情報は――


 脈拍は、無いに等しい値。体温も、常温と呼べる温度から著しく低下したまま。

 どう見ても、とても戦える――いや、ヒトとして活動出来る範疇を満たしていない、その数値。


 だが木兎に写る詩絵莉を救った斑鳩は、ゆっくりと立ち上がると、崩れた天井の瓦礫の上へと着地したマシラへと構えを取っている。


「……そんな、一体……これって……」


 瞬間、彼女の脳裏にある光景が過る。


 偽装されていた、アールのバイタル。式神である彼女の異質な側面を隠すために用意されていた、あの偽装チョーカー。純種戦で伏せ倒れた彼女運び込んだ、この装甲車の中で交わした会話――。



 ――「……初めから、アールには……呼吸も脈拍も無かったとしたら、どうだ……?」



 斑鳩のあの言葉が、頭の中で木霊する。

 ローレッタはごくり、と喉を鳴らすと――意を決したように、通信の回線を開く。


「……タイチョー、無事、なん……だよ、ね?」

『……ああ』


 僅かに迷いを感じさせる返答、だった。

 それは、詩絵莉に向けたものだったのか、それともローレッタに向けたものだったのか。斑鳩は紅く揺らぐ瞳をマシラへと向けたまま――そう、一言だけ。


「……詩絵莉、援護を頼む。 俺とお前で、ヤツをやる」

「あき……」


 詩絵莉は出掛かった台詞を飲み込み――直ぐに立ち上がる。

 今の斑鳩は……おそらく、普通じゃあない。普段の彼ではないことは、明白だ。それは、マシラを見据える紅い瞳が物語っている。


 何が起きたのか、何が起こっているのかは……わからない。


 だけど……



 ――わかったわ、暁。 戦える……のね。 ……今はそれで……十分。



 螺旋撃牙を装填する斑鳩に呼応する様に、詩絵莉はマスケット銃へと弾丸を送り込む。


 木兎に写る斑鳩と詩絵莉の背中――

 その様子を、ローレッタは無言で見届ける事しか出来なかった。


「ローレッタ……斑鳩隊長の身に、一体何が起こっているんだ……!?」

「……私だって、分からない……! けれど……」


 彼女はそう言うと、手負いのマシラと睨み合う二人――ギルと、深過解放したアールへと視線を向ける。



 ――アール……タイチョーに、()()()()()……?



 マシラに攻撃された際、斑鳩のバイタルが著しく乱れていた。

 それは、傷のショックによるものとも明らかに違う反応……。マシラからの攻撃で、斑鳩は身体に何らかの異常を来していた可能性は大きい。


 マシラから斑鳩を奪還したアールは、一言だけ――そう、一言だけ、通信に声を載せた。



 ――「斑鳩は、わたしが助ける」



「ローレッタ! マシラが動くぞ!!」

「――!!」


 思考を遮る、フリッツの声。

 そして、シンクロするように咆哮を上げる、二体のマシラ――!


「ギル、合わせて」

「おおよ!!」


 黒く巨大なマシラと対照的とも言える、渦巻く白い髪の隙間から煌めくアールの紅い瞳。

 純種戦で彼女が見せた、深過解放した姿――おおよそヒトからかけ離れたそのいで立ちに、ギルは感情が鼓舞されていくのを感じていた。


「詩絵莉」

「……何?」


 斑鳩は咆哮を上げ、その巨躯をさらに膨らまし今にも地を蹴ろうと身構えるマシラを見据えたまま。


「――現実感がないんだ」

「……え?」


 呼ばれた詩絵莉もまた、照準をマシラに合わせたまま――斑鳩へと声を返す。


「純種戦でも、この戦いでも……俺は、何度も死んだ()()だったのに。 こうしてまた、タタリギと向かい合っている。 それが……とても現実感が……ないんだ」


 じゃり、と、斑鳩は構え床に据えた足を僅かに開き、その身体を僅かに沈める。

 詩絵莉は、一瞬彼の背中に視線を送ると、き、と再びマシラを睨み付けた。


「……暁。 あたしが見届けてあげる。 あんたの現実は、あたしのこの眼で見届けてあげる。 あんたは斑鳩 暁……あたしを()()()()()に引きずり出した、()()()()よ。 だったら、あたしの視てるこの現実の……最期まで。 付き合いないさいよね」


 優しくも、厳しい声だった。

 斑鳩にとっても、今のこの状況は理解が追いついていない。


 あの暗黒の世界での出来事……。


 温かく輝くアールに押し上げられるように、意識が現実世界へと戻ったとき――斑鳩の目に飛び込んで来た世界は、今までのそれと明らかに違っていた。


 ()()()――そう、表現するなら、借り物の身体に魂を宿したような、そんな感覚。


 起き上がり様、詩絵莉の窮地を見た時――意識より先に、身体が抜けるように動いていた。床を蹴る感覚、あり得ない速度で過ぎ行く景色。そして、彼女を抱いたこの手に残る、感覚。


 その全てが――現実感がない出来事の様に感じていた。



 ――俺の中にあるA.M.R.T.(アムリタ)……タタリギの性質を引き上げる事は出来ないか。



 そうだ。まさしく、彼女はやってのけてくれたのだろう。

 深過共鳴により、式狼の部分を引き上げ、マシラの侵食を打ち消してみせたのだ。だが、同時に――ヒトとしての自分が、今は遠く……感じる。


 借り物の身体を突き上げる、黒い衝動。


 冷静さを保っていなければ、今にも何もかも壊してしまいたくなるような――冷えた身体とは裏腹に、気を抜けば溢れ出そうな、狂おしい程の激情――。


 だが、それを諫める詩絵莉の言葉は、何よりも斑鳩の心を現実へと引き留めた。


「……来るぞ、詩絵莉!!」

「わかってるッ!」


 咆哮を上げ、床を蹴り抜き、飛ぶ様に――

 距離を一瞬で詰めたマシラは、一歩前へとその身を抜いた斑鳩へと、その剛腕を振り下ろし――――!







 ……――次話へと続く。

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