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ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>  作者: いといろ
第5章 進むは深く、示すは真価
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第9話 刺す闇、射す光 Part-1

 ――……。






 ――どこだ、ここは。



 斑鳩は混濁する意識の中、目を覚ます。


 ゆっくりと眼を何度か瞬く……が、果たして本当に(まぶた)を開けているのか。

 固く閉じた瞼の裏と同じ、いやそれ以上の暗闇。視界に写るものは何もない真っ暗な光景に、静かに周囲を見渡す。


 広い様な、狭い様な――距離感すら朧げな僅かな光すらない空間に、斑鳩は一人佇んでいた。


「……死んだ、のか?」


 この光景に、思わず口を突いて出た言葉。


 だが斑鳩はこの普通ではない空間の中、普段通り喋れる事に思わず驚くと思わず右手で喉元を撫でる。そして感じる、違和感。先ほどまでマシラと――タタリギと戦闘を繰り広げていた筈だったその右手には、撃牙の存在は無かった。


 足を伝わる感覚も不確かなもの――

 落ちている様でありながら、浮かんでいる様でもある。


 異様――そう、一言で言い表すなら、異様な空間。

 改めて周囲を見渡すが、耳を揺らす音も、頬を撫でる僅かな空気の動きすら感じる事は出来ない。



 ――一体、何が……



 混濁する意識の中で、何とか状況を理解しようと頭を働かせる――が、思考がまとまらない。戦闘――そう、戦っていた筈だ、何が起きた?と、斑鳩は改めて記憶を辿る。


 ……マシラ。そう、新たなマシラが……壁を突き破り、俺を轢き倒したのだ。


「……本当に、死んだ……のか」


 だとしたら、あっけない。……あまりにもあっけない。


 だが、この空間――暗闇以外、何もないこの場所……もし死というものが認識出来るとするならば、これ以上納得させられる光景も無い。浮遊している不確かな感覚に包まれた全身を、初めて寒気のようなものが掛け巡る。



 ――その時だった。



「何だ、覚えてないのか。 情けない奴だな」

「――!?」


 唐突にどこからともなく響いたその声に、斑鳩はハッと顔を上げる。

 すると先ほどまで暗闇だった目の前に、そこだけ空間を歪ませる様に、何者かの輪郭が浮かびあがっていく。


「覚悟だの、誇りだの……(のたま)っていても、その時は突然なのさ。 俺たちに等しく与えられる、死――。 それはそんな特別なものじゃない」


 じわり、と歪んだ輪郭は、次第にその形を整えていく。


「……そうだろう? 斑鳩 暁」

「な……」


 目の前に浮かぶように佇む影。

 暗闇に溶けるような黒髪に、熱を忘れたような、冷たい黒い瞳。見慣れた制服に身を包み、こちらをひたと見据えるその姿は、見紛うはずもない。


「……何の冗談だ」

「冗談? この状況で冗談を言えるほど、呑気な性格をしているかどうか――お前なら分かっているだろう?」


挿絵(By みてみん)


 表情一つ変えずにそう言うと、やれやれ、と言わんばかりに腰に両手を添え、小さくため息をつく『斑鳩 暁』。目の前に立つ男は、斑鳩暁――そのものだった。


 口調や声色、そして表情。

 こう言っては何だが、他人の目から見た自分というのはこういうものなのか、と斑鳩は驚くと同時に、どこか冷静にその姿を受け止めていた。


「……ここはどこなんだ、お前は……一体、何……なんだ?」


 斑鳩はごくり、と喉を鳴らし意を決すると、目の前の『斑鳩』に問う。


「本当に覚えてないんだな、お前。 そういうものなのか――それとも、思い出したくないのかは知らないが。 よく目を見開いてみるといい。 俺と、お前に刻まれた傷をな」


 言うと、『斑鳩』は自らの左肩から胸に掛けて指をゆっくりと這わす。

 その動きに瞳を細めると――次第に滲むどす黒い赤色が、『斑鳩』の制服を染め上げていく。


「……!!」

「思い出したか。 思い出したか、斑鳩。 そうだ……お前は今、死の淵に居る」


 斑鳩は『斑鳩』の紅に染まる制服に、はっ、と自らの身体に視線を落とす。

 左半身には、先程までは無かった、『斑鳩』と寸分違わぬ紅黒い染み――そして、制服を貫き並ぶ無数に刻まれたマシラの牙による刺傷――。


「……ぐ……!」


 認識したが故、なのか。


 左半身の表と背中側を唐突に襲う激痛に斑鳩は目を見開くと、思わずその場――上とも下とも分からぬ空間に膝を着いた。


「死の淵、と言っても死は確定しているがな。 ……もはやお前の命も、時間の問題だ」

「なんだって……」


 確かに左半身から広がる冷たく身体を突き抜ける痛みはある。


 だがこの程度の傷ならば、傷の数や深さから見ても臓器を深く損傷している様子はない。

 自然治癒能力が高められている式狼であるならば、命に届く程の傷ではない筈だ。


「その傷だけならば……な」

「なに……」


 まるで思考を見透かされたような言葉。

 痛みを堪えながら見上げる『斑鳩』の表情は変わらない。


「……マシラは()()()だ。 従来のタタリギどもとは感染力……いや、深過力(しんかりょく)とでも言うか。 それが違うのさ」

「深過……力」

「知ってるだろう。 俺たちヤドリギはA.M.R.T.(アムリタ)によってタタリギに一時感染している状態だ。 通常、その状態だとタタリギと交戦し負傷したとしても、それ以上感染深度が深まる事はない。 だが、マシラは違う……あれは、恐らく今までのタタリギではない、何か()()()()の様だ」


 同じ紅に染まる身ながら、痛みはおろか表情一つ崩す事無く、目の前の『斑鳩』は静かに膝を着いた斑鳩を見下ろし、言葉を続ける。


「A.M.R.T.の一時感染を超え、お前は傷口から感染した。 この意味がわかるか」


 斑鳩は『斑鳩』の言葉に目を見開くと、自らを包む紅に染まった制服、その左半身周辺を強引に破り捨てる。するとそこには、僅かに溢れ出す血で濡れた、幾多の噛み傷――そして、その周辺の皮膚が、傷口を中心に徐々にどす黒く染まっていくのが診てとれる。


 ぞ、と斑鳩は再び血の気が引くのを感じていた。

 その視界の片隅で、破り捨てた制服の破片が暗闇に溶けるよう消えゆく。


「……そうか。 そういう事……か。 お前は……俺の中の、タタリギの部分……そう、なんだな」


 目を見開いたまま、斑鳩はゆっくりと『斑鳩』を見上げる。


「聡明だな、斑鳩。 その通りさ。 マシラから感染した事で、今や急激に、強制的に……ヒトであるお前と、タタリギである俺との優位性が逆転しようとしている。 そしてそれは、もう止める事は出来ない」

「……」



 ――「タタリギに堕ちなきゃあいいけどよ……」



 あれは……いつ、だったっか。

 そうだ。アダプター1……乙型壱種(オツガタイチシュ)との交戦の後。Y035部隊の装甲車に閉じ込められた、式梟(シキキョウ)……クリフ・リーランド。彼を助けに向かったとき……ギルと交わした言葉が、唐突に蘇る。



 ――「その時は……フォローを頼む。 ……最期は、俺が送る」

 ――「……もしよ、イカルガ。 この先、俺がもし堕ちたときゃ……頼むぜ」

 ――「縁起でもない事言うな、ギル。 ……だが、そうだな。 俺もそうだ。 いつ、その時が来てもおかしくはない。 勿論、そうなるつもりは無いけどな」

 ――「違いねえ。 ヤドリギは死ぬのも仕事のうち……わかっちゃいるけどな。 だが、まあ……頼むわ。 ンな事、お前にしか頼めねえからな」



 言いながら、ギルは装填された鈍く光る撃牙を寂しそうに撫でる。

 その時が、いつ来てもおかしくはない……自らの言葉だというのに、まるで赤の他人が吐いた様な、遠く無責任な言葉に感じてしまう。



 ――タタリギに、堕ちる……俺が?



「そうだ。 人生の最期なんてものは、当人にとっては美しくもなく、まして語り継がれるようなものじゃない。 ……分かってるだろう? お前は、分かっていた筈だ、知っていた筈だ、そうだろう……斑鳩」

「……」


 混乱する思考に、容赦なく『斑鳩』の声が降り注ぐ。


「そうだ、お前は分かっていた筈だ。 だからこそ、諦めていた。 だからこそ、仲間という名の駒を得て、自分の身を保証していたんじゃあないか。 忘れたのか、斑鳩。 家族とはぐれ天涯孤独となった? ……違うだろう? お前の目の前で、あんなに無残に散ったじゃないか。 ()()()()()()


『斑鳩』の言葉に、斑鳩の眉がびくん、と跳ねる。


「そうだ。 俺……いや、お前は無かった事にした。 死から目を逸らす為、無かった事にしたんだ。 だからこそ、お前は他人に興味が無い。 ()()()()()()()()。 ヒトは死ぬ……だが、()()()()()。 生という実感を得る為に、お前はタタリギと戦う場所を選んだ。 ……誰かが死ぬ、だが自分は生きている。 その差に、生を感じていたかったからだ」


 黒く染まった左半身が、どくん、と鼓動する様に脈打つ。

 だが激痛を伴うそれ以上に、斑鳩は『斑鳩』が並べる言葉に、全身を表現出来ない痛みが貫いていた。


「だからこそ、お前は強かった。 ヤドリギは死ぬ事も仕事のうちと宣いながらも、生そのものに誰よりも執着する。 その為にお前は環境全てを利用してきた。 ギル、詩絵莉、ローレッタ……彼らだけじゃない。 出会った全ての人間はお前の目には駒と利用してきた。 利用する為に、自分を演じてきた。 ……だからこそ、お前は強かったというのに」


『斑鳩』は吐き捨てるように言う。


「だが、アールを前に……お前は弱くなった。 式神……D.E.E.D.(ディード)という存在に、情でも(ほだ)されたか。 新手のマシラの報告をローレッタから聞かされたとき……何故迷った?」

「……」

「あの時お前が、最上の駒である式神に深過解放(リリース)を命じていれば、こうなる事だけは避けれた筈だ。 だが、お前はそれをしなかった……駒を動かさず、時間を浪費した。 その結果がこの結末さ。 分かるか、斑鳩。 お前は……弱くなったんだ。 ()()()()()()()()()()()。 ……だろう? お前の目の前で散った、家族の様に」

「……ちがう」


『斑鳩』は俯く斑鳩の胸倉を掴むと、強引に引き上げるように立たせる。


「何が違……?」


 眉間に深くシワをよせ、紅く染まる左手で掴み上げた斑鳩の表情に、『斑鳩』は違和感――いや、恐怖、だろうか。しおれた声からは予想していなかった斑鳩を真っ黒な空間へと突き放す。


「……アールに深過解放(リリース)を命じる? ……馬鹿も休み休み言え」


 斑鳩の表情――それは、怒りに打ち震えた形相だった。黒く染まる左半身を右手で庇うように押さえながら、斑鳩は何もない真っ黒な地面に一歩足を踏み出す。


「……純種と戦った時、一度死んだ。 そう、死んだんだ。 これから先……"その先"にあるのは、それを確かめる為の戦いなんだ。 ヤドリギになると決心した、あの時から心の底にあった感情と、決別する為の戦い……」


 左半身を黒く染めるタタリギに、苦悶の表情を浮かべながらも――

 斑鳩は、『斑鳩』を真っ直ぐ見返すと言葉を続ける。


「俺は弱くなった。 確かにそうかもしれない。 だが俺が弱くなったぶん、皆が強くなる。 そうだ、俺は弱くていい、迷ったっていい。 ……()()()()()()()()()()()


 斑鳩の言葉に、『斑鳩』の浮かべる表情が恐怖の色から、見下すような……侮蔑するような表情へと変わっていく。


「……それでも譲れないものが出来た。 その為なら、この最期だって受け入れられる。 それが、俺の()()()()()だ。 俺はもう、皆を駒として見ていない。 隊長としては失格かもしれない。 だがY028部隊には、隊長は必要ない!」

「……何を言うかと思ったら、下らない精神論か。 じゃあ何か、お前の()()()()()……それに引き摺られた仲間はどうなる? マシラ二体を相手に、お前を欠いて……いや、丁型(テイガタ)となったお前まで加わるんだ。 生きて帰れると思っているのか」

「帰るさ。 少なくとも、マシラ二体ならアールが深過解放(リリース)すれば、勝ち目は十二分にある。 俺が丁型と堕ちるまで……少なくともまだ時間はある筈だ」


 斑鳩は半身を食む激痛に、再び膝を着きながらも、『斑鳩』を見上げる黒い瞳に光を灯す。

 だが『斑鳩』はぐにゃり、と口元を歪めると、斑鳩を見下ろしたまま高く笑った。


「は!は!は! ……結局、アールの深過解放(リリース)頼りじゃないか! お前が命じてのものと、何が違う!」

「彼女こそ"ヤドリギ"だ。 意地と誇りを自らの命と天秤に掛けたとき……彼女がどうするかは、()()()()()()だ。 ……例えその結果、朽ち果てようとも……な」

「……馬鹿馬鹿しい。 ただの詭弁だな。 駒として扱い、彼女をタタリギに寄せ利用する事と、何が違う」


 ――今なら分かる。


 斑鳩は言葉を並べながら、純種戦で信じて欲しいと口にした彼女の意図に、頷いていた。例え朽ち果てようとも、ヤドリギとして戦い抜き、大事なものを守る……。


 アールを守ると言った。斑鳩は自らの言葉と意志を確かめるように目を閉じる。

 

 口を突いて出た言葉だった。

 そうだ、俺は守る。だが、守る――それは、戦いの脅威からだけではない。彼女を……アールを特別な存在ではなく、一人の仲間として、守る。


 故に、彼女の存在を脅かすかもしれない深過解放を決して命じない。

 ……そうだ、だからこそ迷っていた。


 ――俺はアール、お前を……特別な存在として、駒として、頼らない。 それが、俺が出来る、"守る"……だ。


 だが、彼女は深過解放(リリース)を決意した。

 

 彼女も当然、新たなマシラの接近の知らせは受けていたにも関わらず、深過解放を即座に口にしなかった、提案しなかったのは……そう、彼女もきっとギリギリまで苦悩していたに違いない。


 恐らく――いや、間違いなく、深過解放による反動……リスクの様なものがある筈だ。

 それは疑うべくもない……何か致命的な、自らの存在を脅かすような何かが、あるいは彼女を蝕んでいるのだろう。


 だが、ヤドリギとしてその本分を果たす――


 大事な何かを守るために、この命を燃やす。


 最後の手段が、最初の手段となる時が来る。それはいつだって唐突で、苦悩を伴うだろう。

 なればこそ、そこで踏み出す一歩を躊躇してしまう……。それはきっと、恥なんかじゃない。それでこそ、その揺らぎこそ、ヒトである証だ。……彼女は式神、D.E.E.D.(ディード)である前に、俺たちとなんら変わらない……ヒトなのだから。


「……語り合うだけ、無駄だな」


 言うと『斑鳩』は憎悪に歪めた表情から、ふ、と感情を消す。


「お前がどれだけ狂った価値観を語ったところで、お前の死は確定したんだ。 タタリギと化して、この荒野を彷徨い……今でないにしろ、いずれ同胞に討ち果たされる最期――それを選んだのは、お前だ。 その惨たらしい死を仲間に強いたのも、な」

「……」


 斑鳩はその言葉に、咄嗟に『斑鳩』を組み敷くべく、飛び掛かろうとした。

 あるいは、この『斑鳩』をここで倒す事が出来れば、何かが変わるのではないか。だが、意志とは裏腹に、身体はぴくりとも動かない。


「無駄だ。 こうやって面と向かって()()()()()()()()()だが……俺とお前は、ここでは同一の存在。 切り離す、ましてや俺をこの場でどうこうする事など出来はしない」


 ゆらり、と『斑鳩』の姿が揺らぐ。


「それにもし、お前の中のタタリギである俺を殺す事が出来たとしても、だ……。 今、お前を深過させようと蝕んでいるのは、俺ではない。 例え俺が消えたところで、お前は即座に丁型(テイガタ)……いや、あるいはマシラへと堕ちるだけだ。 お前はそうやって意識が消えるまで、後悔し続けるがいい。 自らの選択が招いた、惨たらしい最期をな」


『斑鳩』が勝ち誇った様、そう口にした瞬間――だった。





「――さいごじゃ、ないよ」





 突如二人の間に降り注いだ、か細い少女の声。


「「!?」」


 同時に左脇へと降り立つ何か気配に、斑鳩は全身の痛みを忘れると、その姿に思わず口をぽかんと開ける。漆黒の空間を照らすように突如現れた眩しい光の塊が、次第に輪郭を整えていく――そして。


 渦巻く白銀に輝く揺れる髪。

 紅く燃える深紅の瞳で『斑鳩』を見据える、その少女は――!


「「ア……アール……!?」」


 唐突、全く唐突に現れた、予期せぬ来訪者。

 この暗闇へと確かに降り立ったアールの姿に斑鳩と『斑鳩』は驚愕し、互いにこれでもかと言う程目を見開く。


挿絵(By みてみん)


 そして、揺れる前髪……その隙間から紅い瞳を凛々と輝かせ、畏怖を浮かべる『斑鳩』を射抜くよう睨み付ける少女に、斑鳩は目を奪われていた――。





 ……――第9話 刺す闇、射す光 Part-2 へと続く。

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