第3話 序章 (8)
元来難しい事を考えるのが得意な方でなかったギルは、部隊長が立案する作戦に意見したり、連携を主軸に戦闘を組み立て様とする彼が苦手――いや、言ってしまえばうっとおしいヤツだ、とすら感じていた。
――俺達狼は前線で撃牙を以て敵を黙らせればいいだけだろう、めんどくせえヤツだぜ。
前線で肩を並べる都度、ギルは内心、斑鳩への苛立ちを募らせていた。
だがある任務中、乙型に分類されるタタリギ――旧時代の戦車を繰る敵との戦闘中、ギルは斑鳩が提案する連携をことごとく無視し、いつも通り単騎で功名を挙げようと身勝手な戦闘を行っていた。
――「ハァ……ハァ……ギルバート、何故俺と連携を取ろうとしない……あの乙型壱種は厄介な相手だ……1人で先走るのは危険だぞ」
――「……うるせえヤツだな。必要な情報は梟からの通信で聞いているんだ、俺ぁお前との連携なんぞ必要としてねえ」
――「……話を聞け、あいつの武器はあのノロマな砲身だけじゃないんだ」
やや分が悪い状況で彼のフォローに徹する斑鳩にぶっきらぼうに答える。
ギルは立ち上がると再び斑鳩に目もくれず、再び乙型へと突撃を再開した。
――はっ、こんなノロマな野郎、俺だけで芯核を覆う装甲なんざブチ抜いてくれるぜ……!
死角から一気に間合いを詰めるとギルは乙型の後部へと素早く取り付く。
そして報告を受けていた大型タタリギに存在する弱点――芯核を覆うであろう装甲版に、その牙を突き立てようとした瞬間だった。
戦車上部に生い茂るタタリギ特有の不気味なツタの様な植物群――それに紛れるように隠れていた一機の機銃。
軋む金属音、そしてブチブチとツタを引き千切る不快な音と共に現れ、無機質にギルへとその銃口を向けたのだ。
――き、機銃……だと……梟からの通信にはこんなもの……。
梟が見落としていたというわけではない。まさに埋もれる様に存在していたそれを、単純に木兎による上空から得られる映像では拾い切れていなかったのだろう。とは言え、まずは連携しつつ細かく牽制行いながら敵の武装を確認するという斑鳩の提案を聞いていれば難なく発見出来ていただろう。
――「ギルバート!!!」
ー「ぐっ……!?」
その時だった。まさに銃口から弾丸が滑り出す瞬間、吠えながら斑鳩が捨て身とも言えるタックルで、ギルの体を横へ吹き飛ばす。
斑鳩は撃牙に付随する肩部に設けられた申し訳程度の装甲盾でその銃弾を受ける。弾かれ、盾の曲線に従い滑りゆく数発の弾丸、そして飛び散る鮮血……狼たる能力を持つギルは、防ぎきれなかった数発の弾丸が斑鳩の体に食い込むその様を、その動体視力ゆえ目の当たりにした。
――「……クソが!!イカルガーッ!!!」
吠えるギルは中空で何とか体勢を立て直し乙型、戦車の履帯上の甲板にしがみつくように着地する。
その刹那……数発の弾丸にその身を貫かれながら吹き飛ばされ、少なくない量の血しぶきをあげながら吹き飛ぶ斑鳩のその口元と、指先。
――「……(そ・こ・だ)」
ギルは確かに聞いた、そして視た。彼が指す指、それはまさにギルが今着地した場所。そこはこの乙型壱種、戦車型タタリギの動力に対するウィークポイント。備えられた複数の機銃からも、そして砲身からも丁度死角となる場所――。
――「……ぅうおおおおらああァッ!!!!」
ありったけの力で叫ぶと同時に、彼は渾身の力を以て撃牙を足元に突き立てた――。
その作戦の終了後。
斑鳩は幸いにも命に別状こそ無かったが、一時的な治療が必要になる。
彼が担架に身を横たえながら病棟に運ばれる最中、部隊長から小言を受るその様をギルは遠巻きに眺めていた。
曰く。ギルバートは式狼の中でも非常に優秀な成績をもつ我が部隊のエースだ。
曰く。その彼が実力を発揮出来る様に斑鳩、戦闘成績は今一つのお前を育てる意味でも彼に付けていた。
曰く。だが彼の戦闘行動に協力、連携が出来ないのであれば、隊を去って貰っても構わない。
これは、普段ギルが部隊長に斑鳩について聞かれたときに「めんどうなヤツだ」と伝えたからに他ならないだろう。自分は戦果を上げ、妹に不自由のない生活を送らせたい、その一心で武勲を独りよがりに追いかけていた。
だが、彼はどうだ。こんな俺を命を賭して守り……さらには負傷しながらもタタリギを倒す為に的確に指示を出す。
……なんという気概、そして覚悟だ。そう思うと、とたんに自らが恥ずかしくなった。
何の事はない、俺が戦果を上げ功名を得ていたのは彼の尽力のおかげだったのだ。
この後治療期間中、隊を開ける事となる斑鳩は自ら除隊の申請を出したと他の隊員からギルは伝え聞く。
いや、あの部隊長が恐らくこれを機にと言わんばかりにそうする様に仕向けたのだろう。今回の事は差し置いても、元々部隊長も彼と折が合わなかったのは周囲の目から見ても明白でもあったからだ。
ギルは部隊長の話を聞くとそれを確信する。そして同時に、斑鳩の正式な除隊を確認すると自らも迷わず除隊申請を行った。引き止める部隊長を露ともせず部屋を後にすると、一目散に斑鳩が治療を受けている部屋へと歩を急ぐ。
まずは彼に今までの事に対し頭を下げなければならない。まずはそこからだ。
彼はそう決意を固める。先の事はわからないが、今の自分にはこうする事が何よりも大事だと思ったからだ。
――すまねえコーデリア。稼ぎは落ちるかもしれねえが……俺は、俺が誇れる男の元で一から出直す事にするぜ……。
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「心配掛けちまってるぶん、任務が捌けたら毎回無事な姿見せないと怒られちまうからなぁ……」と、彼は待機室へ向かう廊下を歩きながら斑鳩に面倒そうにぼやいて見せるが、その表情は作戦中のギルと比べようもなく穏やかなものだ。そんな様子を見て斑鳩は「口元緩んでるぞ」とギルの背中をばん、と叩く。
そんな他愛もない会話を並べつつ廊下を渡り待機室へとたどり着くと、そこには詩絵莉と目を覚ましたローレッタが簡易な長椅子に腰を掛けて言葉を交わしていた。
二人に気付くと詩絵莉は「あ、遅かったわねー」と片手を挙げ、ローレッタは半分まだ寝ぼけているのか「ご心配お掛けしまいた」と怪しい言葉遣いでペコリと頭を下げる。そんな二人に斑鳩とギルは積み木へと一旦戻る提案をする。
「うん、いいんじゃない?ロールもシャワーでも浴びたらシャキッとしそうだし」
「あう……」
未だ眠そうなローレッタの頬をつつきながら詩絵莉はその提案に賛成した。つつかれる彼女も、こくこくと頷いている様だ。
「ローレッタの事はすまないが詩絵莉、頼んだぞ。あと出頭前に少し話ておきたい事がある……落ち着いたら俺のコンテナに来て貰えるか」
「おっけー、んじゃ二人ともまた後でね、30分くらいで暁のとこ行くよ……ほら、ロールちゃんと歩いて!」
「だ……わ、ダイジョブ、シェリーちゃんちゃんと歩けるからひっぱららいでえ……」
ふらふらするローレッタを引き摺るように、二人は積み木へ。ギルもその後に続く。
3人の背中を見送ると斑鳩は待機室に設けられたポットを手に、傍らに置かれたコップへと水を注ぎながら考える。
この第13A.R.K.に置いて異例と言える少数部隊に身を置く自分達。だが様々な結果を積み重ねた現在、間違いなく功績は認められている。
4人で、前線任務も既に両手で数える程にはこなしてきた……。さて、では一体何が今から俺達に告げられるのか。皆の事、自分の事、そして先ほど初めて見たアガルタからやって来た装甲車……様々な材料が頭の中でぐるぐると巡る。
いや、考えるのは止そう。彼はぐい、と水を飲み干すと大きく息を吐いた。
漸く部隊として機能しはじめた自分達。これからも仲間と共に戦っていく。タタリギと戦う為に自分達はここに居る。
与えられた任務をこなし、さらに次の任務へ――。その先にあるものが何なのか。彼はいつも自問する。
都度、まだ難しい事を考える段階ではない。生きる為にも、戦う事でしか今の自分を表現する術はない。
彼はそう自分に結論付け、次の任務へと向かうのだ。
――さて、俺もシャワーでも浴びるか。
結論の出ない問題をぐるぐると考え続けるのは自分の悪い癖だな――。
斑鳩はぽりぽりと頭を掻きつつ――
3人から遅れながらも自室がある積み木方面へ、足を運ぶのだった。