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第8話 D.E.E.D. (5) Part-2

アールとローレッタたちに訪れるひと時の休息。

楽しみにしていたコーデリアの料理から立ち上る湯気は、まるで何かを隠す様に彼女に煙る。


遅れて宴の場へと駆ける斑鳩が目にした光景――それは……。

『うわあぁ……』




 淹れられたばかりの、万能ナッツの実を発酵・焙煎させ粉末にしたものに人工甘味料を加えた飲み物……ナッツココアの注がれたマグカップからゆらりと立ち上る白く暖かい湯気の向こう、様々な料理が並ぶテーブル。その光景にベルとノマは思わず感嘆を漏らしていた。


 手前の皿には一見、以前アールたちと買い食いした、小ぶりのナッツの素焼きに見えるそれは、よく見るとてらてらと表面が輝いている。恐らくコーデリアが香料と共に焼く時に調味料を塗ったものだろうか、甘くもどこか独特な香草の様な香りがあたりに漂う。


 その隣の皿に盛り付けられているのは、蒸したのち薄くスライスされた万能ナッツに、ディップ用のソース。他にも湯通しし、細切りにしたサラダの様なもの、ナッツの葉と卵を炒め閉じたようなもの……。一つ一つの量は少ないものの、様々に調理された料理がテーブルに所せましと配膳されている。


 値段も安価で栄養価も高い、言わばA.R.K.における主食として扱われる万能ナッツはどの家庭でも食卓に上がらない日はない。焼く、炒める、茹でる、蒸す……調理法によってさまざまな表情を見せるこの食材の扱いには、ここで暮らす者ならば御多分に漏れず長けているが、それでも一度のこれ程の品目を目にする機会は少ないだろう。


 まさにコーデリアの料理の腕が伺える光景……加えて、豪勢にも他に彼女お手製の小振りで食べやすいサイズの丸いパンや、少ないながらも貴重な干し肉、万能ナッツを発酵させたお酒が並ぶ。


「うっわぁ、コーデリア凄い! また料理の腕、上がったんじゃない?!」


 目の前に広がる光景に、室内に入ったローレッタも思わず目を輝かせると声を上げた。

 その彼女の背中からアールはひょこり、と覗き込むように顔を出すと、目深に被ったフードを脱ぎ畳みながら紅い瞳を丸くする。


「すごい、こんなにたくさん……。 これ……コーデリアが全部自分で作ったの?」


 コーデリアは恥ずかしそうに「えへへ」と笑い、ローレッタとアールが渡すお菓子やつまみの入った袋を受け取ると、座ってて、と二人を促しながら椅子を引く。二人が着席したのを確認すると、つまみ食いをしようと料理に手を伸ばすベルがノマに諫められる姿に笑いつつ、キッチンへと小走りに駆ける。


 振り返った彼女が手に持つのは、例のY028部隊の今や絃担ぎとも言える特製のパイ。

 今回は4人の予定だったためか、普段より少し小ぶりではあるが香ばしく焼きあがった表面から立ち上る何とも言えない甘い香りと湯気に、一同は歓声を上げる。


「すっげえいい匂い……俺、こんな料理食べた事ないよ!」

「お兄ちゃん座って、お行儀悪いよう」


 パイが乗る皿を抱える彼女の元へと、思わず口元をよだれで濡らしながら駆け寄るベルの服の裾をはっし、と捕まえるノマ。だが、その彼女も目を輝かせると一段と香しい香りを放つ焼き立てのパイをソファーの上に膝を立て覗き込んでいる。


「斑鳩さんのは先に切り分けておいて……と……」


 テーブルの中央に開いたスペースに大皿を置くと、コーデリアは手際よく一人前を切り分けると小皿へと取り分ける。

 一人前にしては少し大きめだなぁ、と、切り分けられたパイと彼女の顔に視線を交互に送り少しにやつくローレッタの視線に気付くと、コーデリアは「こほん」と咳払い一つ。


挿絵(By みてみん)


「はい、それじゃあ食べましょ! 皆の帰還と、今後の無事を祈って……かんぱーい!」

『カンパーイ!』


 コーデリアの音頭で、5人は各自、暖かいココアの注がれたマグカップを掲げる。

 程よい温度に少し粘りのあるそれを口に含むと、絶妙な甘さと僅かな苦み……ベルとノマは心底おいしそうにそれを飲むと、コーデリアに進められるがままクッキーに手を伸ばす。


 ローレッタもココアに舌鼓を打ちながら、ふい~、とため息一つ。


「ふはー、お酒もいいけど……コーデリアが淹れてくれるこれも絶品だよねえ……疲れが溶ける感じするもの! ね、アルちゃん」

「……うん」


 マグカップを片手に隣に座るアールを、ローレッタは緩み切った表情で振り返る。

 アールはちびり、ちびり、と味を確かめるように舐めるようにココアを口にすると、静かにそれをテーブルに置いた。


「さ、パイ、みんなのぶん切り分けたよ! 食べて食べて!」


 言うと、目の前に置かれる小皿に乗った特製のパイ。

 湯気立つ断面に見えるペースト状のナッツや生地に練り込まれたドライフルーツの甘酸っぱい香りが食欲をそそる。


「あ、アールさん小食なの分かってるから、食べれるだけでいいからね!」

「んっ!? アール姉ちゃん小食なのか。 大丈夫、残ったら俺に任せていいんだぜっ!」


 気遣いを見せるコーデリアの横から皿ごとパイに噛り付いてる様にも見えるベルがひょい、と顔を覗かせる。

 その光景に、アールは「……うん、ありがとう」とほほ笑むと、目の前に置かれたフォークとナイフに手を伸ばした。


「それにしても、お兄ちゃんが帰ってこないで外でお仕事続けるなんて。 私、少しびっくり」


 そう言いながら、一通りパイを切り分け皆に配ったコーデリアがエプロンのリボンをしゅるり、と解きながらローレッタの隣に座る。

 ローレッタは自分の皿のパイを小さく切り分けながら、うんうん、とその言葉に頷いた。


「ギルやん、自分で言いだしたみたいだからね、アダプター1に残って任務の補佐に当たるーって。 リアに電報送ってたのは驚いたけど!」

「そうそう、あれにはびっくりした! 突然、本部の職員さんがうちに訪れてね……」


 笑顔で切り分けたパイを口に運びながら、ローレッタとコーデリアの会話が盛り上がる。

 時折、ベルとノマもその会話に混ざり、談笑に華が咲く中――アールは、パイを口に運ぶ事もせずナイフとフォークを手に持ったまま、それをぼうっと眺めていた。


「――そんなに大変な任務……だったんだね」

「うん。 ……でも、アルちゃんの活躍により私たちは九死に一生を得たのデス! ねっ、アルちゃ……」


 振り返ったローレッタは、並べられた料理にも手を付けず、心ここにあらずな彼女に驚く。


「……アルちゃん、大丈夫? やっぱり、体調でも悪い……?」


 そう口にしながら心配そうに顔を覗き込むローレッタの脇から、コーデリアも同じく心配そうな表情でアールに視線を送っていた。


「あの、アールさん……あまり、食欲無かった……? あ、あれなら取っておくから、斑鳩さんが来てからでも……それか、お土産に持って帰ってもいいよ……?」

「……あっ……えと、うん、ごめん……ちょっと……その……」


 心配そうな二人に気付き、じゃれあっていたノマとベルも料理を食べる手を止めてアールの顔をじっと見つめていた。

 自分に集まる視線に、アールは口ごもるとやや表情を落とす。


 アルちゃん、どうしたんだろう――。

 ローレッタは俯き口ごもったままの彼女に困惑する。以前からこの場を、このパイを皆で食べる事を本当に楽しみにしていた彼女だが、今見るその表情はどこか暗くすら感じる。やはり、どこか体調が悪いのだろうか――。


 何やら、少し空気が不穏になるのを感じたアールは、皆の顔へ順番に視線を送ると、ぺこり、と頭を下げる。


「ごっ……ごめん……ちょっと……その。 やっぱり、体調悪い、のかも」

「そ、そっ……か、アールさんごめんね、疲れ、出てる時にその……」

「! ううん、コーデリアは……悪くないよ、ごめん、こんな……うまそうなやつ、料理……。 折角作ってくれたのに……」


 悪びれるコーデリアに、アールは慌てて首を横に振ると――

 く、と一瞬唇を噛み、意を決する様な表情を一瞬見せ……手早く自分の皿のパイを一口切り分け、口へと運んだ。


「……」


 もく、もく、と何度か咀嚼しそれを飲み込むと、アールは静かに目を閉じる。


「……アルちゃん?」


 瞳を閉じたままの彼女の肩に、ローレッタは心配そうな表情で手を添える。

 その手に応えるように、アールは小さく頷くと……ゆっくりと紅い瞳を開け――コーデリアに頷く。


「……とっても……おいしい。 うん、おいしいよ、コーデリア……」

「ううん、私もまたアールさんとこのパイが食べれて、とても嬉しい! ありがとう、体調悪いのに食べてくれて……」


 コーデリアはアールの言葉に立ち上がると、椅子ごと背後からアールを抱きしめた。

 顔に掛かる彼女の吐息と髪の毛。強く抱きしめるその細い腕に、アールは少し困り顔で笑う。その言葉と様子に、ローレッタも少し安心したように表情を緩めると、ふふ、と笑ってみせた。


「……ごめんね、皆。 今日は……ちょっと、早めに休む……ね」

「あっ、ごめんなさいアールさん、私つい……そうだ、休むならまたうちに泊まってく!?」


 コーデリアは慌ててアールを抱きしめる腕を解くとそう提案するが、アールは静かに首を横に振った。


「――ううん、寝るところ……あるから。 ありがとう、コーデリア。 また、今度……お話色々、聞かせてね」


 言いながらゆっくり席を立ち、アールは壁に掛けられた自分の荷物が入った小さな背負い鞄を手に取る。

 それを寂しそうに「そ、そっかあ……」と眺めるコーデリアに、ローレッタはかいつまんで彼女は今、色々検査の為に病院に寝泊まりしている、という事をフォローついでに伝える。


 当然、彼女にはアールが式神であり、どういう存在であるかは伏せてある。

 峰雲が管理する病棟に寝泊まりするのは、もしもの為――それがどういう意味かは、アール自身も承諾している事だった。


「じゃあ、えっと……みんな、おやすみ……なさい」


 病棟まで見送るよ、というローレッタの言葉にも「だいじょうぶ、すぐそこだし……ありがとう」と首を振ると、アールはベルとノマに小さく手を振り、入口でぺこり、と頭を下げるとコンテナを後にしていった。


「……アール姉ちゃん、大丈夫かな?」


 締まる扉の向こう、足早に駆けて行く彼女の足音が聞こえなくなった頃――

 扉を見つめたまま心配そうに首を傾げるベルに、ノマも「さっきまで、元気だったのに……お姉ちゃん」と同じく表情を曇らせる。

 ローレッタは、やはり少し様子がおかしかったアールに、肩を竦めるようにして眉間にしわを寄せる。


「……ごめんね、ローレッタ……アールさん、あんなに体調悪いって知らなくて。 はしゃいじゃって……疲れさせちゃった、かな」

「……ううん……本当に、ギリギリで、辛くて……色々あった戦いだったから……アルちゃんも疲れ、あるんだと……思う」


 言うと、彼女が一口だけ口を付け残されたパイを見つめると、ローレッタは少し俯く。


 普段明るいローレッタの珍しく見せた険しい表情に、コーデリアはごくり、唾を飲み込んだ。

 任務中の彼女の様子――明るく振る舞うだけでなく、締めるところは締める……という彼女の事は冗談めいた口調ではあるものの、兄であるギルから聞かされていたが……この表情こそが彼女が戦場で見せる一面なのかもしれない。



 ――私も初めて見る、ローレッタさんの……こんな、思い詰めた表情……



 本当に……あるいは今こうして再びパイを彼らY028部隊の為に焼けた事が、ひょっとしたら大げさでなく、奇跡だったのかもしれない。

 そう、コーデリアは冷たく流れる汗をローレッタの表情に感じながら、無意識に、く、と胸元で小さく拳を握り込んでいた――。




 ・


 ・・


 ・・・




「ん……」



 ヴィルドレッドとの会話が長引き、宴の場へと小走りに急ぐ斑鳩が、人通りも少なくなった積み木街に足を踏み入れたその時――

 僅かに耳に届いた聞き覚えのある声に、駆ける足を止めた。


「……?」


 耳を澄ますと、風に乗り僅かに聞こえる――これは、嗚咽……?

 何やら嫌な予感を身に覚えた斑鳩は、すぐさま踵を返すと、狭い路地へとその身を躍らせる。


「……ぅ……うぅ……えっ……」


 再び耳に届く、小さな嗚咽。

 コンテナハウスがひしめく路地を抜けた先、少し開けた古い資材置き場の陰。

 地面に両手両膝を付き、嗚咽を漏らす小さな影――


「……アール!?」


 尋常でないその光景に、斑鳩は一足飛びに彼女の元へと滑り込む様に駆け飛ぶ。


「はあ、はあ……ぅ……ぅう……?」


 同時に、自らの傍らへと現れた斑鳩に気付いたのか、彼女は息を乱しながら僅かにその身体を起こす。

 それを助ける様に、細い両肩を抱える斑鳩の背後から差し込む僅かな通りの灯りに浮かぶアールの表情に、斑鳩はぞっと身の毛がよだつのを感じた。


 乱れた頭髪に、今までタタリギとの戦い中でも決して見せる事の無かった、息を乱し、苦痛に歪む顔――。

 明らかに尋常ではない彼女の姿に、斑鳩は言葉を失う。


「……う……は、はなして……。 だい、じょうぶ……だから」

「ば……馬鹿言うな! どうしたんだ、アール!」


 力無く斑鳩の胸を両手で押すアールを引き寄せる斑鳩から眼を逸らすと、彼女は小さく震える吐息で深呼吸をしてみせる。

 斑鳩はアールの両肩を抱えたまま、その濡れた口元――そして、彼女が先ほどうずくまっていた地面に視線を落とす。


「……吐いたのか」

「……ち、ちが……」


 すぐさま斑鳩の言葉を否定する言葉を吐こうとしたアールは、彼の視線の先――自らが嘔吐したパイを見るとその口を閉じ――今度こそ、斑鳩の身体を強く押すと、よろよろと立ち上がる。同時に地面に小さく溜まるそれに足で土を掛けようとする素振りを見せるが、じいっとそれを見つめたまま、その足をゆっくりと後ろへ引いた。


「……ごめん」


 何故か小さく謝る彼女に、斑鳩も立ち上がると、視線を合わすよに少し身を屈めてアールの顔を覗き込む。


「体調が……おかしいのか? どうしたんだ……アール」

「……ちょっ、と、だけ。 ……少し気分……悪くなって。 でも……もう大丈夫、だよ……」


 俯き、暗がりに表情は見えないものの、斑鳩の言葉にアールは普段と変わらぬ声色で頷いてみせる。

 だが、やはり僅かにだが震えを帯びた声で呟く彼女。そして斑鳩の次の言葉よりも先に、彼女は足元に転がるラベルの無いボトルを拾い上げると、そのキャップをゆっくりと開ける。


 斑鳩は動揺しながらも、彼女が持つそのボトルに見覚えがあった。

 これは……そう、彼女がアガルタより大量に私物として運び入れた、あの飲料だ。

 これまでも時たま、任務開けの装甲車の中や、アダプター1に滞在していた間――幾度か彼女が飲んでいる姿を何気に見てはいたが……。


 ちびり、ちびりと舐めるように飲みながら微妙に顔をしかめる彼女に、他愛もない会話の中でローレッタがそれは何を飲んでいるのかと彼女に聞いた事があった。

 対してアールは、式神用に調整された補助飲料で、まずいやつ……と、確か彼女は浮かない顔でそう言ったが……今の彼女は、表情を変える事なく、目を少しだけ細め、顎を挙げてそれを少しずつ飲み下していた。


「……ぷぁ……。 ね、だいじょうぶ……本当に、少し……気分が悪くなった、だけ……だから」


 ボトルから口を離すと、ぐ、と口元を拭うとそれを背中に背負う小さな鞄へと捩じり込む。

 そして、数秒の沈黙――路地を吹き抜ける生ぬるい風が二人を撫でる。


「……コーデリアたちの所で何かあったのか?」


 静寂を破る斑鳩の一言に、アールは俯いたまま静かに首を横に振った。


「……ちがう。 ほんとに……ほんとに、体調……悪かっただけ、だから」


 アールは今まで、こうして話をする時は……少なくとも、自分たちと会話をする時は特に、相手の感情を少しでも読み取ろうとする様に瞳を合せて会話をしていた。斑鳩は俯いたままそうぶっきらぼうに答えるアールの肩を再び両手で抱える。


「アール……俺はお前の味方だ。 それだけは……今、自信を持って言えるんだ。 ――俺に何か隠し事は、してないな?」

「……ぅ」


 そう言いながら力強く肩を抱える斑鳩――

 恐らく自分に向けられているであろうあの黒い瞳を、彼女はやはり見つめ返す事はしなかった。

 

 そして。


「ほっ……ほんとに……ちょっと体調悪かった、だけ……だから!」


挿絵(By みてみん)


 珍しく強くそう言い切る彼女に……斑鳩は驚くと同時、その手を静かに放す。


「……今日はもう、やすむね……ごめん、斑鳩。 ほんとに……ちがう、から」


 漸く上目遣いで見上げた斑鳩の顔――

 どこか寂しそうなその表情に、アールは目を逸らす様に再び視線を地面へと落とす。


「――わかった。 教授のラボに帰るんだろう……付き合うよ」

「へ……へいき。 すぐ、そこだから……斑鳩は、早くコーデリアたちのところに行ってあげて……みんな、待ってる。 パイも、きっと……おいしいから」


 言うと、アールは「おやすみなさい」と一言、斑鳩の脇を静かに通り過ぎ駆け出していく。

 先程までうずくまっていたと思えない軽快さと身のこなしで、彼女の背は瞬く間に路地の闇と消えていった。


「……」


 追うべきか、追わないべきか――。


 一瞬迷った後斑鳩は、ふううう、と、ゆっくりと息を吐く。明らかに、アールは何か隠しているのだろう。それは明白だ。

 

 ――しかし、ああまで感情を顕にするアールを前に、たじろいでしまった。

 

 彼女は式神……自らの命をも天秤に賭け、戦い抜く程の強さを見せた。

 だが、あの病室で見せた泣き顔は――等身大の、本当の彼女は……きっと、年相応の少女のもの……だとも、今は知っている。


 感情に嗚咽を漏らす事もあるだろう。或いは本当に体調が悪く、それを心配させないように必死で取り繕っているのかもしれない。あるいは、考えたくはないが……式神として、タタリギを内包する存在として、どこかに綻びが生じている……のかもしれない。


 だが、彼女は何も口にしなかった。

 あのアダプター1の夜、櫓の上で見せた悟らせる様な言葉も無く。


「……アール」


 斑鳩は小さくそう呟き視線を落とした先――

 彼女が嘔吐した痕と、最後の言葉に目を細める。



 ――「パイも、きっと……おいしいから」



 ――きっと…… きっと、おいしいから……



「……」



 彼女が消えた先に再び目を向けた斑鳩は、眉をひそめ心の内で彼女の言葉を反復する。


 路地に再び吹き込む生ぬるい風に髪を僅かに揺らしながら。斑鳩はじっと何かを考え込む様に一人、佇ずみ続けるのだった――。






……――第8話 エピローグ(Side:Adapter2)へと続く。

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