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第8話 D.E.E.D. (5) Part-1

斑鳩の病室で出会った兄妹、ベルとノマの手を引き、

ローレッタと合流したアールたちはコーデリアの待つコンテナハウスへと向かう。


次の戦いでも無事であれるようにと、彼女が焼くパイに思いを馳せながら――。

「あ、ローレッタさんにアールさん……お帰りなさい!」




 積み木街の一角――


 見慣れたコンテナハウスの前で、ホウキを片手に周辺を掃除していた少女が三つ編みを揺らしながら大きくその右手をこちらへ振ってみせる。ギルの妹である、コーデリアだ。


「やっほーリア! ただいまぁ!!」

「えっと……ただいま、コーデリア」


 彼女が振る手に応える様に、手を振り返すローレッタとアールの背後からひょこりと二つの小さな顔が躍り出る。斑鳩の病室から着いて来た兄妹――ベルとノマの二人だ。


「……あれ? この子たちは?」


 コーデリアはホウキを傍らに置くと、首を傾げながら笑顔でしゃがみ込んだ。


「んっとね。 お兄ちゃんの方がベルで、こっちの妹ちゃんがノマ。 色々あって、タイチョーが知り合いの孤児施設に斡旋した子たちだよ」

「そうなんだ! ……そっかそっかぁ、うんうん……私、コーデリア! 宜しくね、ベルくんにノマちゃん!」


 言うと、コーデリアが笑顔と共に差し出した両手を、ベルは赤面しながら、ノマは少し恥ずかしそうにはにかむと小さな手で彼女のそれぞれ右手と左手を握り返した。


「えっと……斑鳩の病室に、来てて。 折角だからご飯、一緒にどうか……って」


 その様子を眺めながらそう口にしたアールに、コーデリアは立ち上がりながら「うんうん」と頷いた。

 しかし、すぐにうーん、と人差し指を細い顎に当てながら考え込む。


「一応、お料理用意してたんだけど……6人だと少し足りないかも……?」

「その点に関しては心配ご無用っ!」


 予定にない来客に用意した食事の量に不安を覚える彼女へと、ローレッタは小脇に抱える袋を掲げて見せた。


「色々あって、今回のお給料、沢山貰えたからね! 早速本部にある売店で色々お土産買ってきたからダイジョーッブ!」

「うん、色々買ってきた。 お菓子?とか……飲み物とか」


 ローレッタの言葉に、同じく手に持つ袋に視線を落としながら頷くアール。


 ヤドリギには、任務報酬としてA.R.K.内で流通している専用の通貨が支給されるのだが、前回のアダプター2での任務の報酬は、Y028部隊のキャリアから考えれば破格と言っていい額が支給されていた。

 言わば、まさに命を対価にした報酬……ヤドリギたちはこの報酬で得た通貨で、身の回りの物や嗜好品を購入する。


 当然、ヤドリギであるというだけで生活必需品や物資は優先的に支給ているが、それで全てが賄える訳ではない。


 支給外となる制服や兵装の改造や、場合によっては修繕費用……出撃時、個々必要になる備品等。

 そして、家族が居る者はその家族の生活の様々な場面に通貨は使用される。


 積み木街の一角にある小さな商業区画でも使用出来る他、本部の食堂にある売店では、部隊章と個人認識章でキャッシュレスでの買い物が気軽に出来るため、品揃えこそ多いと言えないものの利用するヤドリギたちは多い。


 コーデリアが待つギルのコンテナに向かう途中、4人はその売店に寄っていたのだった。


「そっか、ありがとう助かるよ~! なら今準備してるお料理と併せたら、十分足りそう!」


 言いながら、コンテナハウスの脇から伸びる煙突から立ち上る煙を振り返る。


「んーっ、相変わらず、いいにおい! ね、アール!」


 辺りに立ち込める香ばしくも甘い香りに、ローレッタは鼻をすんすん、と鳴らすと久々のコーデリアの料理に期待を膨らませる。その脇で、ベルとノマの二人も同じく鼻を鳴らしながら、思わず滴りそうになるよだれを慌てて手で押さえていた。


「ほんと、美味そうな匂い……!」


 目をキラキラと輝かせ、アールの服の裾をくいくい、と引っ張るノマに、アールは鼻を鳴らすと少しだけ首を傾げた。


「……?」

「アール姉ちゃん、どうかしたか?」


 不思議そうな表情を浮かべたままのアールの顔を、ベルが横からひょい、と見上げた。


「えっ……と、うん、なんでも……ないよ。 コーデリアの料理はとっても、()()()()()だよ」

「楽しみだなーっ! こんないい匂い、俺嗅いだ事ねえもん! あ、今いるとこの料理も、美味いんだけどさ!」

「ベル兄ちゃん、何でも美味いって言うよね?」


 飛び跳ね喜ぶベルに、クスクス笑いながらそう言うノマを、コーデリアは微笑ましい表情を浮かべ眺めていた。


「ふふっ、なんだか、子供の頃のお兄ちゃんみたい」


 その言葉に、ローレッタはぽりぽりと頭を掻く。


「……ごめんね、リア。 まだ、色々あってギルやんとシェリーちゃんは外に居るの……」

「あっ、ううん気にしないで! お兄ちゃんからは、ちゃんと電報貰ったから平気平気! しっかり美味しいもの、作ってやってくれって」



 ――い、意外と()()だなぁ……ギルやん……



 アダプター1から本部へ、そしてこの積み木に住む彼女宛に電報を送った……という事に、ローレッタは驚いていた。


 滞在するA.R.K.の外からいちヤドリギが家族に向けての電報……というのは、あまり聞いた事がない。

 家族愛足るや、だろうか。ふだんガサツで、ある意味おおざっぱというか……あのぶっきらぼうなギルから想像出来ないその行動に、彼が本当にコーデリアを大事にしているのだろうと思うと、ローレッタは少し笑う。


 ヤドリギの部隊がA.R.K.外の仮拠点に長く滞在する事は珍しい。

 A.R.K.から一歩でも外へ出たなら、言わずもがなそこは既にヒトのテリトリーではない。

 

 夜間、大型タタリギの行動は緩やかになる傾向があるとはいえ、人の身へと寄生し夜間問わず活動する丁型(テイガタ)丙型(ヘイガタ)タタリギの闇に乗じた襲撃を危惧し、いち任務毎に日中帰還する事が殆どだ。


 故に、Y028部隊とY036部隊が現在遂行中とも言っていい任務は極めて特殊で稀有なもの。


 過去、ヤドリギとデイケーダーという力を得て、漸くタタリギからの侵略に対して拮抗出来る様になった人類。その人類が、実に数十年ぶりに己が陣地を広げようとしている……いわば、歴史的、とまでは言わないものの快挙である事に違いはない。


 あのアダプター1、そしてアダプター2……より安全性を保つ事が出来れば、あるいは新しいA.R.K.として機能していくかもしれない。

 ローレッタはちらり、とアールを視界に入れる。人類にもたらされた、ヤドリギ、デイケーダーに次ぐ新しい力……式神。これは、彼女の功績に他ならないだろう。


 十数年ぶりに広がるヒトの陣地を後押しするのは、式神というヒトが倫理から外れた存在……。


 いや、それはヤドリギの存在が登場当初、タタリギをその身体に宿すなどヒトから外れた行為だと忌み嫌われた事と同じ……なのだろうか。


 ならば、式神の存在は……


「……ローレッタさん?」


 心配そうに顔を覗き込むコーデリアに、は、とローレッタは我に返る。

 いけないいけない。ぶんぶん、と誤魔化す様に顔を左右に振ると、コーデリアに笑みを返す。


「ごめんごめん! このにおい……いつものお手製のパイ、私たちだけで食べるとあとでギルに何か言われそーだなぁって……ね、アール!」

「えっ……」


 振り返るコーデリアに、アールは一瞬あっけに取られた様な表情を浮かべるが、すぐに小さく微笑んだ。


「……うん、あのパイ、ギルも楽しみにしてたから、うん」

「大丈夫! また外地に出るなら、出立前に小さいの焼くつもりだし……斑鳩さんと詩絵莉さん、お兄ちゃんにもタイミングあったら、ね!」


 ぐ、と左右の手を胸元で握りながら変わらず優しい笑顔を浮かべるコーデリアに、ローレッタの顔も思わず綻んだ。

 そう、今は休むとき……頭も、身体も。次の任務に備えなきゃ。そう心の中で呟くと「よし!」と彼女は左右の手をパン、と鳴らす。


「タイチョー少し遅れるけど、リアのお料理も冷めちゃうし……先に始めちゃおっか!」

「楽しみ~!」


 笑顔で宣言するローレッタに、アールの傍らでベルとやりあっていたノマがぱあっと明るい笑顔を浮かべる。

 その言葉にコーデリアも大きく頷くと、ベルとノマの手を改めて取った。


「さ、じゃあ上がって上がって! 日も落ちて少し冷えてきたし、まずは暖かい飲み物でも入れるよ!」

「あ、俺ナッツココアがいい! コーデリア姉ちゃん、ある? ナッツココア」

「私も!」


 はしゃぐ兄妹にやや腕を振り回されながら、コーデリアはローレッタとアールに嬉しそうな困り顔で「二人も行こう!」と笑うその姿に「子供はやっぱり元気だなあ」とローレッタは苦笑しながら、ね、とアールに振り返るが、彼女からの返事はない。


「……」


挿絵(By みてみん)


 煙突から立ち上る煙を仰ぎ見たまま、声に気付いていない様子のアールの肩をローレッタはちょいちょい、とつついた。


「あっ……うん、ごめん。 えっと……」

「……アルちゃん? 大丈夫?」


 普段から口数が多い方でないアールだが、何故かここに来てからどこか上の空の彼女にローレッタは心配そうに首を傾げると、白髪を隠す様に目深にかぶるフードの奥に見えるアールの顔をローレッタは覗き込む。


 最近、特にあのアダプター2での戦いを終えこの13A.R.K.に帰投してから、少し豊かになったように感じていた彼女の表情だが……何だろう?ローレッタはふと違和感を覚える。出会った当時……というか、無表情ながら上手く感情を表現出来ていない、と言った出会った頃のアールの表情に近い……とでも言えばいいのか。


「……アルちゃん、どこか具合悪い?」


 言いながらそっと冷たい手を取るローレッタに、アールは少し瞳揺らすと、目を閉じて首を横に振る。


「……だいじょうぶ、ローレッタ。 ありがとう」

「そ、そう? しんどいー、とかあったらすぐに言うんだよ、アルちゃん……ほんとに」

「……うん」


 アールは彼女の言葉に小さく頷くと、少し笑ってみせる。



 ――アルちゃんも疲れが溜まってる……のかな。



 ローレッタは普段と少し様子の違う彼女を心配しながらも頷き返すと、添えた手を手繰り寄せる様に彼女の手を引きながら、振り返り開かれたコンテナハウスから半身を覗かせ手を振るコーデリアの元へと歩き出す。


 ……アールは、あの戦いでの紛れもない功労者だ。


 そして、自分たちを救う為決死の覚悟で人外の力を奮った身でもある。

 式神の事はまだ、分からない事も多いが……自分自身、式梟としての力を行使した後には耐えがたい疲労が全身を襲う。あれから数日の時間が経ったにせよ、純種を前にして単騎で拮抗する実力を見せた式神のあの力……その反動があるとするならば、想像に難くない。



 ――少し元気がない様子だけど、アルちゃんも楽しみにしてた、()()()()()。 食べれば、きっと元気も出るはずっ



 ローレッタはアールの手をぎゅ、と握ると、コーデリアが手招きするコンテナハウスの玄関をくぐるのだった。






……――第8話 D.E.E.D. (5) Part-2へと続く。

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