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第2話 序章 (6)

 ――つ…強く言い過ぎたかな……ううん、そんなこと、ない……。





 頭から被ったブランケットの暗がりの中で、詩絵莉は思いに浸っていた。



 ――私達の部隊は少数精鋭。



 彼女は何よりも軍規を重んじる。だがそれ故に過去、弾けなかった引き金があった。あの引き金を弾いていれば、助けれた仲間が居た――彼女は今もそう信じている。


 強力な重火器を操る隼は、戦闘任務に置ける比重が重い。だが、同時にタタリギへと果てる可能性を恐れられているが故、その射撃は式梟、そして部隊長の承認が必要とされていた。

 安易な射撃は位置を補足され、危険に晒されるからだ。


 だが詩絵莉はあの事件後、任務中に独断で射撃援護行う様になる。

 引けない引き金では意味がない、たとえ軍規を()()()()()()()()()()、だ。

 実際、その無許可の射撃で助けた命もあった。だが、同時に幾度となく自らの身……そして同行する同僚の隼を危険に晒す行為でもあり、次第に実力はありながらも部隊から疎まれ、次第に拠点内待機が増え、ついには謹慎を言い渡される。


 そんな中、出会ったのが斑鳩――この部隊だ。


 ――「泉妻(いずのめ)、お前の戦闘記録を見た。お前に落ち度は無い……俺達の部隊は、お前の様な隼こそ必要としているんだ」


 初めて彼を見たとき、どこか遠くを見ている様な目をした男だな、と詩絵莉は思った。特に興味もなかったが、時間だけはあった彼女は、気まぐれに話を聞く気になる。


 聞くと、どうやら私を含めて4人、部隊から除外された者同士で"数合わせの少数部隊"が結成されているそうだ。

 …私、部隊から籍抜かれてたのか。

 そこで初めて詩絵莉は自らの境遇を知る。いや、部屋に何通か封書が届いていたか……今となってはどうでもいいケド。

 ぼうっとそんな事を考えながら、斑鳩が語る部隊のあり方を聞く。

 彼の言葉を聞きながら、少し自虐的な笑いが、ふつふつと彼女にこみ上げる。



 ――「お誘いはありがたいケドさ。私に背中なんて預けたら死んじゃうーってなっちゃうよ、勝手にBANG(バン)!知ってるでしょ?」



 そんな彼女に彼は真顔で聞き返した。



 ――「……記録をあるだけ、複数見た上で言うが……泉妻。お前の独断で撃った射撃だけどな……誰が他に()()()()()()()()()()()?」



 彼が手にした端末で記録を彼女に見せる。そこには彼女の独断行動による射撃についての資料が表示され、描かれた作戦区域の見取り図には、部隊とタタリギの配置図の記録と共に、彼女の放った弾丸の軌跡が赤いラインで描かれていた。


 そして、そのどれもが結果だけ見ると"各式が綿密な連携作戦の元において放たれた弾丸"としか、斑鳩には見えなかったのだ。



 ――「こんな芸当が連携無しに出来る隼なんて、俺が知る限りお前だけだ」

 ――「あー、もう一人俺と同じ式狼が居るんだが。そいつは狼としてピカイチのものを持ってると思うんだが……ちょっと脇が甘いところあってね」

 ――「いや、まあ俺も含めてなんだが。……とにかく、いずれ前線に出るその時には、お前に俺達を援護して欲しいんだ」



 それは書面上、数合わせの為に組まれた部隊だったかもしれない。

 斑鳩の指揮の元、個々の特性を重視したまさに組織の中では異端の部隊。


 彼女は今やこの部隊、いや4人の中にこそ自分の居場所を確信していた。だから守りたいのだ、前よりももっと。

 そして私の引き金を容認してくれる仲間が居る――ちょっと、脇が甘くて頼りない奴も居るケド。ああいう射撃はいつだって本当はしたくないのだ。

 その為にどうにもミスに対して口煩くなってしまう自分に、少しだけため息を付くと詩絵莉はゆっくりと目を閉じた。


『タイチョー、とりあえずちょっと前に来てくれる?通信環境確保出来たから拠点に報告入れたいんだよね』

「ああ、悪い。すぐに行くよ」


 斑鳩はギルの肩にポン、と手を載せて頷くと車体前方へ続く小さな扉に手を掛ける。

「おう、後は任せてくれ」とギルは小声で言葉を返すと後方ハッチの近くに腰かける。

 出発前の最後の警戒……不慮の事態に備える様に、ギルはハッチ上部の覗き窓をカコン、と開けて後方にを注視する。


 それを確認すると、斑鳩は小さな扉に身を通す。

 計器が光る薄暗い部屋で、ローレッタはコンソールに向かい忙しなく両手を働かせていた。

 その横――助手席にあたる部分に斑鳩は腰を下ろす。


「ローレッタ、やっぱりお前は凄いやつだよ」

「……へ?」

「部隊が上手く纏まってるのは、お前のおかげってことだよ、今の事も含めてな」


 彼女は忙しなく動かす手を一瞬止め、きょとん、とした顔で隣の斑鳩に視線を移す。

 すぐに「ああ、ね」と納得したように笑顔を浮かべると、再びモニターに向かいながらはにかんだ。


「べっつに特別な事してないよ、あれは本当に詩絵莉……シェリーちゃんが思ってる事だもん」

「ああ、わかってるさ」

「私だってタイチョーにも、皆に感謝してるからね~。……ままま、お互いさまってやつ……よっとぉ!」


 そう言いながら、ローレッタは小気味良く最後決定キーを跳ねる様に叩く。


「よし、戦闘ログに添える備品関連の詳細はこれでよしっ……と。んじゃ拠点に通信しちゃうね、タイチョー」

「ああ、宜しく頼む」


 斑鳩はローレッタがこちらに向けた1枚の小型モニターに映し出されるデータに目を通し始める。

 そこには今回の作戦で消費した備品――レーションや弾薬、設営した設備等も含む全ての一覧が入力されており、戦闘終了後この資料に承認のサインを入れるのが斑鳩のささやかな仕事でもあった。

 最もサインといっても、キーボードで名前と自分に割り当てられた部隊長コードを入力するだけのことなのだが。


 一応拠点を出撃してからのログと見比べつつ、斑鳩は目を細めながらそのデータ表の項目を一つ一つ、確認していく。


 そんな斑鳩を横に、ローレッタはコンソールに周波数を慣れた手付きで入力――拠点との通信を開始した。瞬間、ザザ、ザ……とノイズが走った後、無事に拠点と繋がる。


「こちら識別番号Y028、斑鳩隊……式梟(シキジュ)木佐貫(キサヌキ)・ローレッタ・オニール。応答されたし」


 ローレッタはいつもの部隊内通信からは想像出来ない程大人びた声色で、式種と本名を告げる。

 本部との通信を淡々とこなすローレッタに、――相変わらず凄い切り替えだな、と彼は彼女に視線を移すことは無く、ひたと資料をチェックしながら少し苦笑してしまう斑鳩。

 その気配を感じ取ったか、彼女はなおも淡々と報告を行いながら斑鳩へ瞳だけをふい、と向けるが、すでに苦笑をかみ殺し神妙な面持ちで作業を行う彼が映る。



 ――そんな彼を見ながら彼女はふと思いを馳せる。



 任務中の通信……いや部隊内において今でこそ陽気な態度を皆に見せる彼女。

 斑鳩と始めて出会った時、彼女はとある作戦中に壊滅してしまった部隊の生き残りとして……その重圧に耐えきれず、自室に閉じ籠る日々を過ごしていた。


 通常、式梟が操れる木兎の数は2機が平均的な限度とされる中、彼女はまさに倍……最大()()を操る事が出来る、まさに式梟の中でも類を見ない程の規格外の逸材と呼べる存在だった。


 だが、事件は起こる。


 ヤドリギとして覚醒した後、式梟として飛びぬけて優秀だった彼女は様々な人々から好奇の目に晒されてきた。そんな境遇の中で、周囲との壁を感じたくない、感じさせたくない……故、彼女はありのままの自分、自然体で皆と接する自分で居ようと常に心掛ける様になる。

 その体現として、彼女は誰彼構わずに屈託のない笑顔を振り撒き、まるで誰しも友達、といった態度が染みついていたのだ。


 だが規律が存在する部隊内において度重なる軽口を乗せた通信が問題視される中、それが原因で任務中に部隊員と些細なきっかけから口論となってしまう。

 悪気があった訳ではないと、必死に弁解する彼女はそれに気をとられ、見逃してしまったのだ。……4機目の木兎に映る、タタリギの存在を。


 梟としてあってはならない重大な過失……それが原因で部隊は大きな損害を被る事になった。



 ――「木佐貫、俺は梟としてのお前を誘いに来たんじゃないんだ」



 そんな彼女の部屋を何度も訪れた斑鳩が、最初に彼女に掛けた言葉はローレッタにとって意外そのものだった。



 ――「お前が優秀な梟かどうかは俺にとってはどうでもいい事なんだ、重要なのはそこじゃなくてだな……」



 彼は「うーん」と腕組みをしながら天井を見上げる。



 ――「俺はその、あまりクチが上手いほうでもなくてな……今、部隊として組んでくれると承認してくれた二人は、いい意味でも悪い意味でも尖っててな」

 ――「つまり書面上、俺達は部隊として組まれているんだが……それはとても面白くない。俺達は俺達のやり方でタタリギと戦いたいんだ、ヤドリギとして」

 ――「その為には、部隊のなんだ……良心というか、皆を繋いでくれる"何か"が必要なんだ、それは俺じゃ勤まらない」



 それらの言葉に偽りは無かった。彼は本当にローレッタに対して"式梟"としての仕事を求めなかったのだ。


「……あの。式梟じゃない私は……その。足手まとい、だと、思うんだけど」

「ん?いや、そんな事ないだろ」


 彼は拠点内の巡回、配給の手伝いや荷物搬入等、おおよそヤドリギとしての能力を必要としない雑務にローレッタを連れ出す。

 いつだったか、そんな折彼女はおずおずとそう尋ねると、事も無げに斑鳩は答えた。


「荷物を運ぶのだって、俺だけじゃ手が二本しかない。巡回だって俺の目は二つしかないぞ。二人なら倍だ、倍」


 他の二人の仲間――ギルバートと詩絵莉。あの二人もそうだった。

 ――最も、あとで聞いたところ、当時は本当に部隊として再び前線でやっていけるかどうかなんて、深く考えていなかったらしい。

 ただ、端に寄せられた意地というか、斑鳩にそそのかされて雑務に励んでいただけで単純に人手が欲しかったとか、確かそんな理由だったか。


 そして雑務をこなしながら数か月が過ぎたある日。

 ついにやって来た4人での初拠点外任務。小さな斥候任務だったが――彼女は、ついに式梟として随行すると斑鳩に告げたのだった。


「……以上です。回収班派遣の際は重ねてになりますが、必ずヤドリギを随行させる様にお願いします。それでは状況終了につき帰還します、オーバー」


 最後まで淡々した口調で、任務における達成内容、こと報告数と発見数の差異を中心に簡素に説明し終える。映し出されたデータを元に通信をしながら、思考の端では昔話を思い出す。梟としての処理能力が成せる技か、単純に慣れなのか。


 ローレッタは無意識にいつも通りの報告を終え――同時に、コンソール上の通信中を示す表示がOFFになったのを確認して彼女は、へにゃり、と表情を崩した。


「ふえ~……真面目にするのってカロリー消費しちゃうよねえ……」

「こっちも資料の確認は終了、っと。これで晴れて任務完了だ」

「……あーいお疲れ様!!……あそだタイチョ、さっきまた笑ってたよね……よね?」

「……いや?」


 彼は存ぜぬといった表情でとぼけると、先ほど(くぐ)った後部座席へ続く小さな扉を再び開けて、後ろの二人にも任務行程が全て完了した事を伝える。

 詩絵莉は頭からすっぽり被っていたブランケットから、にゅ、と顔を覗かせ、眠そうな面持ちで「いえーいお疲れ様」と親指を立て、ギルも「ああ、じゃあ帰るか」と安堵したように口元を上げた。


 二人の様子を確認した斑鳩は、詩絵莉と同じく親指を立て、再び助手席へと腰を戻す。


「よし、じゃあ俺達の"箱舟(ハコブネ)"に帰還だ。ローレッタ、頼む」

「あいさー、エンジン始動ぉー、面舵いっぱーい!!」


 N33式兵装甲車のエンジンを静かに始動させ、ローレッタは陽気な掛け声と共にコンソール下から引っ張り出したハンドルを大きく切り、車体を帰路へと向ける。


「取り敢えず、帰ったらご飯だね、ご飯!」

「ああ、働いた分たらふく食って……いや、その前に任務報告だなぁ……」

「……そ……そうだったまたカロリー消費する事になるんだった……」


 鼻歌交じりにハンドルを制御していた彼女だが、斑鳩のその言葉を聞くと、がくう、大げさに肩を落としながら大きなため息を付く。


 そんないつもの様子を見て彼は、小さく笑いながら大きく背を伸ばす。




 今回もまた無事に任務を終え帰路に着けるこの瞬間を、仲間に感謝しながら――。

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