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第8話 D.E.E.D. (3) Part-2

式神、アールの処遇について思慮を巡らすヴィルドレッド。

同時に峰雲は黒江教授の影を彼女のその背後に、いつかの後悔と共に感じていた。


―彼らが下す決断と、D.E.E.D.が指し示すその意味とは…。

 10秒――20秒――……




 ラボラトリに響く、こちり、こちり、と時を刻む時計の音。

 何かを思慮深く考え込む様に腕を組んだまま、眼を閉じたヴィルドレッドに一同は視線を注いでいた。


 そんな中、ふいに――ヴィルドレッドはまぶたをゆっくりと開き――ローレッタに蒼い瞳を向ける。


「木佐貫。 件の戦闘ログの事だが……純種と思しきタタリギとの遭遇、そして戦闘開始直後から消失しているな」

「……は、はい……それは、さっき指令室で提出した資料の通り……」


 唐突な局長からの確認に、一瞬何の事かと困り顔で首を捻るローレッタに、ヴィルドレッドは続ける。


「そうだ。 コンソールに起きた突然の不具合により、戦闘ログの一切は消失してしまった……困った事に、な。 これでは、アダプター2で一体何が起きたのか、俺たち13A.R.K.(アーク)の責任者は、詳細を知り得る事が出来ないわけだ」

「……!」


 彼の言葉から伝わる思惑に、ローレッタは複雑な表情を浮かべその身をやや後ろへと引いた。


「まさか、局長……」

「まさかも何も、事実だからな。 アダプター2で未知のタタリギとの交戦が発生。 Y028部隊はこれを死力を尽くし、戦い、撃破せしめ帰還した。 これが、()()という訳だ……詳細を知ろうにも我々には、肝心のログが手元に無い訳だからな」


 どこか薄ら笑いを浮かべた老齢の局長の表情に、その場にいる誰もがごくり、と唾を飲む。


「もっとも……アダプター2での戦闘ログが消失した原因が、もしアガルタによる故意に起こされたものだとしたら……これは本部と末端、互いの信頼関係に波及する問題となる。 表沙汰になれば、各A.R.K.に配備された全車両に搭載されるコンソールの点検処置なども免れ得ないだろうよ。 しかし、今回はあくまで、只の不具合として処理する……そう、これは()()()()()()()()()()()()……()()()()()から、な」


 そう、つまり――


 ヴィルドレッドの言葉は第13A.R.K.の局長として……これまで通り、何も変わらず。何も知らず。コンソールに起きた明らかな"異変"についても目を瞑り、アール……式神をこれまで通り、ヒューバルトが指示した通りにいち式兵として扱う――それが今打てる最良の手段であると提示しているに他ならない。


「もしこちらがこの件で追及される事になれば、正規の手段を踏んでコンソールの異常をアガルタに報告すればいい。 もっとも、そうはならないだろうがな……なあ、木佐貫」


 落ち度はなく、不慮の事態によるログの消失として片付ける――それは配属された彼女、アールを守る為に。

 もし、あの黒服の男――ヒューバルト大尉がアガルタの真意から離れ、その影で式神の出生に深く関わり、経緯は不明ながらコンソールのデータを抜き取ったとするなら……そしてそれが、表沙汰になる事を避けたとすれば……。



 ――それは同時に、アガルタには2つの顔がある、という事の証明にも繋がる。



 ヒトの存亡の為に存在し、未来へと繋ぐ光……希望の存在である、アガルタ。

 そして、その一方……アガルタに差す光に出来た闇を匂わせる、ヒトをヒトとして扱わぬ暗部としての、アガルタ……。


「――()()()()()……」


 ローレッタは口元を片手で覆いながらヒューバルトの意図を咀嚼(そしゃく)する。

 こちらは全くの"正論"で動いている。消失したログは、コンソールの奥で鈍く光る黒い箱――そして、あのオンラインという表記を繋げて初めて結ばれた考察だ。もし、考えの通り何らかの方法でアガルタの"影"が秘密裏にデータを収集しているとすれば……



 ――確かに局長が言う通り、だな……



 傍で、ヴィルドレッドとローレッタのやり取りを眺めていた斑鳩はその視線をアールへと移す。


 もし、式神という彼女の存在をアガルタの表層が知り得ず、峰雲がアダプター1で危惧していたアガルタの"影"に依るものだとするなら……唾棄すべき実験と狂気の果てに生まれた存在が式神だとするのなら……あの男、ヒューバルトと恐らくその一派からすれば、間違いなく公には出来ない、秘匿を旨とする事実に違いない。


 バイタルを偽装したチョーカーに加え、消えた戦闘ログ……


 彼女の鼓動を偽り、そしてその戦闘記録すら一切残す事を許さず、式神……その本当の在り様を隠匿しようとしたアガルタのもう一つの顔。

 彼女という存在を造り出し、彼の地がヒトそのものすら兵器へと遂げさせる様な常軌を逸脱した実験を行っていると露見される事になる。


「つまりだ。 Y028部隊は一人の欠員も無く任務を遂げ、無事、帰還した。 これが報告すべき"事実"だ。 式神の能力はこの作戦より先に報告が上がっていた通り、素晴らしい活躍だったと添えておこう」

「アガルタを相手に、局長は……まさか()()()()()()つもりですか……」


 瞳を大きく開き、呆れ顔の峰雲の表情を少し笑うと、ヴィルドレッドは不敵な笑みを浮かべた。


「……こう見えても若い頃、()()は得意だった方でな。 流石にこの歳では、昔の様に、とは行かんだろうが……年寄には年寄りなりの踊り方がある。 あちらの相手は努めて見せよう」


 その様子に斑鳩は真剣な眼差しでヴィルドレッドへと向き直る。


「……本当にいいんですか、局長」


 斑鳩の視線に大きく頷いて見せると、ヴィルドレッドは再びヒゲを撫でつつアールに視線を送った。


「構わんさ。 ただ、アール……峰雲による検査は一応、受けて貰う事になるが……了承して貰えるかな」

「けん、さ……」


 彼の言葉にやや不安そうな、怪訝そうな表情を浮かべるアールに、ヴィルドレッドは苦笑を浮かべる。


「そう心配するな。 ……何、他のヤドリギの隊員が受けている定期診断とさほど変わらんものさ。 もっとも前線基地であるこの13A.R.K.では、お前をどうこうする様な設備も無いからな。 ……だが、斑鳩。 いや……斑鳩隊長」

「はい」


 不安そうな彼女にヴィルドレッドは苦笑しながら答え、彼の言葉に、アールとローレッタは顔を見合わせ、安心したように胸をなで下ろした。その様子に一つ頷きながら――斑鳩の方へと視線を向ける。


()()()()()()。 俺は彼女に対するお前たちの気持ちと、その直感を尊重しようと思う。 そしてアールの事は今後も、お前に預けよう。 ……この意味はお前なら……()()()()?」

「……」


 一見、何の事は無いヴィルドレッドの言葉――

 だがその鋭い眼光の奥に燻らせるヴィルドレッドの圧力を、斑鳩は確かにその身にひしひしと受けていた。



 ――お前に預ける……その意味は、一つしか、()()



 斑鳩は、ほんの一瞬――

 今は彼女の首から外されたチョーカーと、それを起動させるトリガーが置かれたベッド横の小さな机に視線を落とし、改めてヴィルドレッドの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「……ええ。 俺は俺の責務を……隊長としての責務を全うする覚悟です。 もし、その時が来るような事があれば、その役目は……()()



 ――いい眼をする様になったな、斑鳩……一皮剥けた、と言ったところか。



 以前のどこか底が知れない、深く曇った黒い瞳も嫌いではなかったが……さて。

 ヴィルドレッドはこちらを見つめる斑鳩の瞳を真っ直ぐ見据えたまま、口角をやや上げる。


「峰雲……と言う訳だ。 彼女の扱いについて、了承してくれるか」

「……局長、僕は……いえ、そうですね……」


 一連のやり取りを終え、ヴィルドレッドは立ち上がりながら峰雲を促すように頷いてみせる。

 峰雲は、ヴィルドレッドの視線を真っ直ぐ受け――やや俯くと、意を決したようにその足をゆっくりと前へ送り、アールの前に立つ。


「……アール君。 僕は君の存在について……心当たりがある。 ――遠い昔の事だが……僕の尊敬する人が語っていた研究の果てが、君という存在に繋がっている……考えたくはない、だが……そう、確信に近いものを感じている……」

「……」


 どこか悲痛そうな、もの悲しそうな表情の峰雲を、アールはベッドに腰かけたまま見上げる。

 彼女の紅い視線に頷くと峰雲は少し目を伏せ、言葉を続けた。


「……君を信用……いや、申し訳ない……この言い方は卑怯だね」


 そう言うと一瞬、考えこむ様に眼鏡の奥のまぶたを閉じる峰雲。

 数秒、そうしていただろうか。徐に、ゆっくりと閉じた開けると、彼は斑鳩とローレッタに交互に視線を送る。


「……僕は、君を信じる、斑鳩君たちを信じている。 それでも、もし君が僕の想像通りの存在だとするならば、僕はタタリギの研究者としての観点から、辛辣な言い方にはなるけれど……君という存在は、正直言って……()()()()。 とても軽視出来るものではないと、そう思う」

「……教授っ……」


 思わぬ峰雲の言葉に、ローレッタは彼女をかばうように立ち上がろうとし――そのすんでのところで、斑鳩にその肩を止められる。

 もの言いたげに斑鳩を見ると、彼は真剣なまなざしで、その首を数度横に振ってみせた。


「……だが、本当に恐ろしいのは君ではない事を、理解しているつもりだ。 ――君という存在を、式神という存在を生み出した人間たちこそ、真に恐ろしいと……そして、それを止める事の出来なかった人間も、同じ……だとね」


 峰雲はそう口にすると、天井を仰ぎ見る。


 ……わかっている。そう、今言葉にした通り――黒江教授の理論を継ぎ、アールを、式神を造り出した人間が、居る。命そのものを、たとえ人類が生き残る為という大義名分があったとしても……兵器として扱う、そんな理論を……。


 そして、それは過去の自分も同罪だ。

 あの時――黒江教授が提唱した理論を……僕が、もっと真剣に否定していれば。峰雲は自分の胸を強く抉るように掴む。


 いや、あの彼女(ひと)の事だ。

 それこそ当時まだ未熟だった僕の精神論など、受け付けはしなかっただろう。彼女が"そう"なってしまったのも――狂気に走り始めたのも、理解出来ないとは言わない……言えない。タタリギに対しての圧倒的な無力感……そしてそれに伴う残酷な現実。



 ――それでも、それでも……"それ"は()()()()()()……。



 天井へと向けた視線を、ゆっくりとアールへと下すと――峰雲は、しかと開いた瞳で再び彼女の紅い瞳を見つめる。


「……だから、教えて欲しい。 勿論、君という存在はアガルタの機密そのものだ……それに、君が自分の事を語りたくないというのならば、僕はあえて追及するつもりはない」


 彼の言葉にゆっくりとうなだれるアールの背中を、ローレッタが優しく撫でる。


「……けれどもし君という存在が、彼女の――黒江教授の理論の果てに存在するのならば。 僕は君の事を……式神という存在を、知らなくてはならない……そう、思うんだ。 今でも、僕にとってアガルタは、人類存亡という希望を生む場所……疑うべくもない、光だ。 けれどもし、その影で君の様な存在が産み落とされているとしたら……僕は……」


 何かを決意したかの様に、峰雲は熱弁でややずれ落ちた古い眼鏡を左手で整える。


挿絵(By みてみん)


「……僕は、それを許す事は……出来ない。 斑鳩君が先に言った通り、戦うという意味が戦闘行為だけを指すのでないのならば……光が差すあの場所に、落ちる影があるのなら……僕もその影と、向き合わなければならない。 ――そう、思うんだ」


 しん、と静まり返るラボラトリ。

 時計の秒針が刻む音だけが、再び辺りを支配する。


 そして――1分が経とうとした頃、アールはゆっくりと、言葉を口にし始めた。


「……わたしは……わたしがどういう"もの"なのか、本当に……わからなくて。 昔の事を考える事は、今までしたこと……なかった」

「アルちゃん……」


 ローレッタは、彼女の言葉に悲痛そうな表情を浮かべると、その手を握る右手を強く握る。


「ううん、そもそも、思い出すような記憶……あるの、かなって。 ……気が付いたら、わたし……白い部屋で、式神としての能力の訓練……言われるままの実験を繰り返していたと思う」


 そうだ。思い出そうとした事すら、無かった。

 ただただ、目を閉じ、目を開き――言われるがまま、戦闘を……訓練を、実験を続けていた。



 ――だけど。



 アールは、斑鳩へちらりとその視線を向ける。

 さっき皆が来る前、斑鳩言ってくれた言葉……霞の向こうからの誰かの声が、彼の言葉に重なる。



 ――『……共に(ずっと)居させてくれ(一緒に居る)



 斑鳩の言葉の向こうに……誰かが――

 そう、誰かがずいぶん昔に、わたしにそう、言ってくれた――不確かな記憶(思い出)

 アールは思い出そうと瞳を閉じるが、痛み、重み……頭と胸を突き刺すような鈍い衝撃が、その思考を妨げる。


「……でも……他にも誰か――ううん、誰かたち、が……。 わたしの様な子が、何人も居たような……そんな気が、する……」

「……式神には、志願してなった、とかではないの……?」


 確かな痛みに頭を抱えるアールの背中を、ローレッタは優しくさすりながら彼女の顔を心配そうにのぞき込む。


「……わからない。 本当に……。 ぼんやりとだけれど……あの白い部屋以外の記憶は、今は……。 ただずっと――式神になる"もの"として、あそこに居た……そう、D.E.E.D.(ディード)No,(ナンバー)として……あそこに……」


 D.E.E.D.。

 アールが再び口にしたその単語に、斑鳩は眉を僅かにひそめた。


「ディー……ド……さっき、目覚めてすぐ……恐らく意識が混濁しているときにも、それを口にしていたな……アール」


 その単語に、ヴィルドレッドは峰雲に「聞き覚えはあるか」と含んだ視線を以て振り返るが、アールの言葉を真剣に聞いていた彼もまた、眉間にシワを寄せ――ヴィルドレッドの視線に首を横に振る。


「ふむ、ディード……か。 "功業"という意味もある単語だが……"功業"……それは、生み出した式神に対しての意味、か……?」

「……何だか、傲慢に聞こえる。 ……もしそれが何かのコードネームなら、アルちゃんは、式神は……あんな最期を命令されていたのに……それなのに……」


 く、と唇を噛み悔しそうな表情を浮かべるローレッタの手を、アールは優しく握り返す。


「……ごめん。 でも、D.E.E.D.の意味は、わたしもよく……知らない。 ただ、わたしたちは、そう呼ばれていた。 今も、ずっと――昔も」

「いや、いいんだ。 その単語の意味……僕たちの方でも今手元にある資料から当たってみよう。 ……他に、何か覚えてる事はあるかい? 些細な事でもいいんだ」


 そう言って俯くアールに、峰雲は彼女の前にひざまずき優しい口調で彼女に問い掛けると――

 アールは、その視線を左右に動かし、部屋の片隅の壁――そこに掲げられた小さなタペストリー……第13A.R.K.を現す部隊章、そのエンブレムを見て何かに気付いたように、目をゆっくりと見開いた。


「そう、言えば……うん、そうだ……あれと同じ、絵が扉に描いてあった」

「扉に……。 それはその、ディードを表す絵……そこの壁にある、エンブレムのようなモノかい……?」

「……かも……ううん、きっと……そう、同じ感じ。 それなら、覚えてる。 あの部屋に一人になってから、他に……見るものも無かった、から……」


 そう言うと彼女は、テーブル脇に置かれた小さな机の上から何かの書類とペンを手に取り、開いたスペースに筆を走らせ始めた。


 狭い部屋に、カリカリとペンを動かす音だけが暫く響く。


 隣で覗き込むローレッタは、迷いなく描いていく彼女のペン先、そして精細に描かれつつある図形と文字に、いつかの休日、詩絵莉が見せた"隼の眼"、その能力を利用した写実を思い出す。


 精密で描き込まれたその描写に驚くローレッタに、詩絵莉は事も無げに「見えてるものだけだよ」と笑って見せたが……

 式神――確かに、"当初"の紹介通り全ての式兵の能力を併せ持つ彼女ならば、容易い事なのかもしれない。


「アガルタのエンブレムに似ているが、これは……いや、だがしかし、あの"宿り木"のエンブレムとは違う……」 


 描き上がりつつあるエンブレムと思しき図形と、それを囲む文字。

 斑鳩はそう口にすると、身を乗り出し――アールが描くエンブレム、その外周を縁取る単語を読み上げていく。


「……D.E.E.D.……Dedman(デッドマン)……Effect(エフェクト)……Emancipation(エクスペリエント)……Deviation(デビエーション)……」



 死人。効果。解放。そして、逸脱――。


 ……総じて、"功業"。



 並ぶ単語に、一同はその狂気じみた羅列に寒気を覚えた。


 ――D.E.E.D.。彼女のコードネームに込められたであろう、その意味に……




 一同は戦慄を覚えざるを、得なかった。






 ……――第8話 D.E.E.D. (4)へと続く。

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