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第8話 D.E.E.D. (2)

夢と現の境目で、彼女は過去を夢見る。

幾年の年月か―それとも別の何かが曇らせたその記憶を。


朧げな夢の中で彼女の意識は、白い霞の中をたゆたう様に…

 ――D.E.E.D.(ディード)No,8(ナンバーエイト)




 個体識別Cord:"R(アール)"。

 アガルタ No, s-jsdf,*baスffead2if1kj セクション所属。

 第 いsセdfkfゅ\kaごgh 期:D.E.E.D."式神" 実験用検体。



 ……それが、()()()――。



 昼夜という概念は無い。

 必要な時に呼ばれ、言われる通りの実験と検証をこなす。


挿絵(By みてみん)


 飾り気のない真っ白な衣服に、裸足で冷たい床の上を歩く。

 纏わりつく異様な臭気の中、気付けば、右手には着け慣れた撃牙。そして目の前には、無数に転がる赤黒い体液と灰にまみれた、"()"。


 周りで動くものが無くなったと同時に、声が響く。


『素晴らしいわぁ、R……。 "深過解放(リリース)"から2分……それでも貴女はその身体を保ててる……安定性すらあるわぁ。 ……貴女は、D.E.E.D.初の実戦シークエンスにおける"深過共鳴(レゾナンス)"を試行出来る個体に足り得る……かもしれないわねえ』

「……」


 女性の声……何度も聞いたような気もするし、初めて聞くようにも感じる。

 ……彼女は続ける。


『貴女は、アガルタの……いぃえ、人類の希望の先駆けに成り得る存在……ふふっ、()もきっと喜ぶわよぉ……』

「……」


 ……良く分からない。


 けど、わたしの世界は、()()だけだ。


 わたしは、人類の為にその身を捧げているらしい。……でも、難しい事は良く分からない。ただ、目を開いて、また目を閉じて、また目を開いて、実験と検証を繰り返す。

 そうしている事で、喜んでくれる人が居るらしい。


 ……だから、ただ漠然と――そうしてきた様に思う。



 ――う……。



 唐突に切り替わる視界と場面に、目を細める。


「……」


 ゆっくりとまぶたを開けて、辺りを見渡す。


 シミ一つ許されない様な真っ白な壁、天井、床――そしてそこに並ぶ8つのベッド。

 その一つの上に、わたしは腰掛けていた。



 ――いつも見ていた光景……だけど、最近、この光景を()()()()また……見たような気もする……



 綺麗に、綺麗すぎる程に整えられたシーツが張り付いた様な真っ白なベッド。

 よく、思い出せない……けれど、誰かが……そう、誰かが居たような、そんな朧げな記憶だけは、確かにある。


 ……男の子、女の子――年の頃は、私と同じくらい?


 思い出さないといけない、そんな気がして私は頭を抱える。

 視界に触れ、指に絡まる自分の白髪――。


「……みんな、一緒だった……」


 肩に掛かるふわっとした髪の毛の子。左右で髪の毛を結びあげた子。短髪で、少し硬そうな髪の毛の子……そうだ、皆……白髪だった。

 目の前の光景――空のベッドの上に、ぼんやりと浮かぶ輪郭。記憶の片隅から滲み出る光景に、目の前がぐらつく。


 ふいに、自分の隣のベッドを振り返ると――長い、そして毛先がやや渦巻いた様な白髪の少女が、そこには――居た。


「ねえ、アール! 私、次の実験でいよいよ"深過共鳴(レゾナンス)"のテストシークエンスだって!」

「……」


 ぼんやりと輪郭だけが浮かぶ白い影の様な少女は身振り手振りをしながら、続ける。


「……楽しみだなぁ。 もう私とアールしか、ここには残ってないけれど……"共鳴"って、楽しそうじゃない!?」

「そ、そう……なのかな。 まだわたし……"深過解放(リリース)"も上手く出来てないから……エル、羨ましい」


 わたしがエルと呼んだ霞んだままの少女は、「えへへ」とはにかむと、いつも自慢していたさらさらの長い髪の毛……その毛先を不満そうにいじる。


「私、"解放"は結構得意だったみたい! ……だけど、ほら。 解放の影響が通常時にも残ってるの……毛先が、()()()()してるでしょう?」


 言いながら、彼女はいかにも不満そうに大げさに身をすくませると、ひとしきり大きなため息を着く。


「でも、それだけ優秀なんだって! だからきっと"共鳴"も上手く行くだろうって、えへへ……」

「……うん、エルはすごいもの。 だからきっと、次のシークエンスも上手くいくよ」


 わたしは、自らを自慢げに話す彼女が好きだった。


 他の誰よりも、彼女は()()()()()気がしたからだ。

 特に、他の子たちよりも能力の発現が遅れているわたしからすると、その自信溢れる姿は、とても生き生きとしていて……そう、本当に、ヒトとして……()()()()()()だった。


「……でも、"共鳴"って何だか素敵じゃない?」

「うん……?」


 疑問気に首をかしげるわたしに、エルはふふん、と鼻を鳴らすと腕組みをしてみせる。


「だって、"普通のヒト"にも"普通のヤドリギ"にも、出来ない事なんだよ? タタリギと共鳴して、自分の一部にする……支配だって出来るのよ! 私たちが実験に成功したら、もう人類はタタリギに負けるはずがないもの!」

「……うん、凄いかも」

「でしょう!?」


 ぼんやりとした輪郭、表情すら読み取れない彼女の姿――

 だが間違いなく、ぱあ、と明るい笑顔を浮かべたであろう彼女は、嬉しそうに私の両肩を掴む。


「……もし実験が成功したら、私……アールとも"共鳴"しちゃおっかなぁ~」

「ええっ!?」


 霞みの向こうでいたずらっぽく笑う彼女に、私は驚きの表情を浮かべた。


「だって私たちは、ヒトでもあるし、タタリギでもある……だったら、二人で"共鳴"も出来そうじゃない!?」

「そ、そうなのかなあ……」

「うふふ、きっとそうだよ!」


 そう言うとエルはわたしを、ぎゅっと強く、そして優しく抱きしめた。


「……アールと"共鳴"して、私……本当にアールと一緒になるの。 家族になるの! 友達なんてメじゃないの、ずっと一緒に居る!」

「エル……」

「ね、だからアールも、もっと笑って? ど~せもう、私たちしかここには居ないんだもん、照れなくていいよ!」


 満面の笑顔で私にほおずりする彼女に、わたしは……笑ってたのだろうか?


 それとも、泣いてたのだろうか?




 ――よく……思い出せない。





 だって





 彼女との記憶は





 これが、最期だったから





 もう





 ずいぶん





 とおい、むかしのはなし、だとおもう






 ・

 

 ・


 ・・


 ・・


 ・・・


 ・・・



「……ェ、ル……」

「――!!!」


 僅かにそう呟いた彼女の口元――そしてうっすらと開いたまぶたに、斑鳩は大きく目を見開いた。

 手に持つ、チョーカーを起動させるスイッチ自らのベッドの傍らに放ると、斑鳩は繋がれた点滴の管をそのままに彼女のベッド――その枕元へと足を運ぶ。


「……アール」

「……」


 呼びかける斑鳩の声に、アールの紅い瞳がゆっくりと彼の方へと動く。


「……はい。 異常ありません……D.E.E.D.No,8、識別Cordは、R……です……」


 虚ろ気な瞳で斑鳩を捉えたまま、機械的な言葉を並べる彼女の肩を、斑鳩は力強く握った。


「アール、しっかりしろ。 ……俺が分かるか?」

「……」


 徐々に、徐々に――アールの瞳が開いていく。


「……()()……()()……?」


 小さく、自信なさそうに……だが、自分の名を答えた彼女を目にし――斑鳩は安堵と共に、大きくため息を吐く。

 同時によろめく様に彼女のベッド、枕元に置かれた椅子へと腰を下ろすと、自らへと繋がれた点滴袋が吊るされたポールを手繰り寄せる。


「……ここ、は?」


 身を起こさず首だけを斑鳩に向け、目をぱちくりさせる彼女に斑鳩は思わず緊張から解かれ――苦笑する。


「……第13A.R.K.(アーク)だよ。 教授……峰雲教授は分かるか? 彼の私室、ラボラトリだ」

「じゅうさん、あー……く……」


 信じられない、といった表情を浮かべ、アールはゆっくりとその上半身を起こし、辺りを見渡す。


 そう広くない部屋の壁に設けられた本棚には、乱雑に様々な本や研究資料がねじ込まれ、溢れるように床にもそれらが積まれている。

 椅子には白衣と思しき衣服が乱雑に掛けられており、手頃なサイズの机の上にも様々な本……そして黒い液体が満たされた実験器具の様なフラスコ……傍らの鉢植えから垂れるツルは、どこかで見た……そう、ギルとコーデリアと商店を回ったときに見た……万能ナッツだ。


 目覚めた時は夢かと思っていた。見ていた夢の続きだと――。


 でも、この色のある景色、そして隣に居る斑鳩は……霞の中の存在には見えない。

 確かな現実として、そこに有る――そこに、居る――。



 ――()……?



 そうだ、何か……とても、大事な夢を……見ていた気がする……

 わたしは、彼女のように……


「……わたし……斑鳩、わたし……()()()()……」


 目の前の確かな光景に、アールは僅かに震えていた。

 "どうして"。その言葉の意味に、斑鳩はアダプター2での純種との戦闘――その最後の光景が浮かぶ。


「……アール、教えてくれ。 あの時……あのアダプター2、純種との戦闘の最後、()()()()()()()()()?」


 斑鳩の言葉に、宙を泳ぐ彼女の視線がゆっくりと彼に向けられる。


「そして、お前は……本当は、()()()()()()()()()んだ……?」


 その言葉に、アールは斑鳩の瞳を見つめたまま――あの戦いの最後を、思い出していた。



 ――そうだ。 わたし、みんなを守る為に……"深過共鳴(レゾナンス)"で、あいつと一緒に……



 心の中で呟くと同時に、斑鳩に繋がる点滴、半裸に巻かれた大量の包帯、そして止血板に気付きアールは思わず身を一瞬、大きく震わせた。


「斑鳩……!? その怪我……大丈夫だった……!? それに、み……みんなは、生きてるの……!?」


 目を白黒させながら詰め寄る彼女に、斑鳩は苦笑しながら彼女の半身を受け止める。


「だ、大丈夫だアール。 ……お前のお陰さ、ギルも、詩絵莉もローレッタも、皆無事だよ。 お前が守ってくれたんだ」

「……よかっ……たあ……」


 彼の言葉を飲み込むと、アールうなだれながら、心からの言葉を大きなため息にのせて吐き出す。

 そして、そのまま……彼に半身を預けたまま、数十秒――長い沈黙が流れる。


 支えられた斑鳩の手が、暖かい。初めて交わした、あの握手の時と変わらず……

 アールは、彼の生をその体温に、僅かに感じる脈拍に、鼓動に感じていた。



 ――わたしには()()もの……でも、わたしが、()()()もの……



「……斑鳩。 わからない、わたし……どうして、ほ……死な、なかったのか……」

「……! アール……お前……」



 ――やはり、あれは……



 斑鳩は傷の痛みも忘れ、彼女の肩を支えたまま……ごくり、と唾を飲み込んだ。


 やはり、あれは……自爆のようなモノだったのか……?

 彼女はあの時、純種の芯核を抱え、そして傷を復元するそれに飲み込まれ――そして、その直後。純種は崩壊へと至った。人間に……ヒトに、そんな事が出来るのかにわかに信じがたかったが……彼女のこの口ぶり、そして状況を考えれば、ある意味明白だろう。



 ――いや……ヒトとして……アールは、俺たちの理の外に今や居る存在……だが……



「あの時、お前は……何を、したんだ? ……教えて……くれるか?」

「……」


 斑鳩の声にアールは顔を起こすと、そっとその身を彼から離し……ベッドの上、膝を抱える様に身体を小さく丸める。


「……"深過解放(リリース)"と、"深過共鳴(レゾナンス)"」

「……リリース……レゾ、ナンス?」


 ぽつり、と呟いた彼女からの聞き慣れない言葉に、斑鳩は眉を顰める。


「……あの姿が、()()なのか?」


 彼の問いに、アールは再びぽつり、ぽつりと言葉を口にする。


「……深過解放(リリース)は……自分の……」


 そこまで言うと、彼女は何かに気付いたように、思い出したように――ちらり、と斑鳩の顔色を窺った。


 ……そうだ。何故わたしがこの力の事を、式神の力の事を言えなかったのか。

 それは当然、アガルタの機密……ヒューバルトにも強く言われた、守秘義務の一つ。式神の真の能力に関しては、絶対に口にしてはいけないと、強く命令されていた。


 それに、口にしたら、一体……()()()()? ヒューバルトは、言っていた。



 ――「再三になる、が……分かっているだろうが、お前はもはや()()()()()()。 むしろ、人類に仇するモノ――本質はタタリギに近い性質(もの)だ」


 ――「そんな事が、外部の人間に知れるとどうなるかは……()()()()?」



 そう……わたしは、タタリギに近いモノ。

 タタリギを狩る、ヤドリギには……斑鳩たちには……それを、知られたく、ない……。


 式神として、彼らと共にありながら、内側には……タタリギを孕み彼らの傍に居る――。

 言えるはずもない。彼らと共に居たいと思うたびに……彼らが愛おしく、大事になって行くほどに……危険が迫っていると分かっていても……言えなかった。


 言えば……わたしを……彼らは……



 ふいに震える彼女の手を、斑鳩の右手がそっと掴んだ。


「……!」

「アール、俺は……お前に謝らないといけない事があるんだ」


 斑鳩の顔が、近い。

 彼の黒い瞳が、感情が、その鼓動が、握られた手から……その瞳から、感情が流れ込むのが、分かる。


「俺は、お前を本当の意味で信じていなかったんだと思う。 ……都合のいい事さ、式神としてのお前は信じていたのに……他の皆にしても、そうだ。 きっと俺は……ギル、詩絵莉、ローレッタ……皆を、式兵としてしか信頼していなかったのかもしれない」


 そう言う彼は、とても辛そうに……そのまぶたをぎゅ、と閉じた。


「……だけど、今は違うんだ。 ……身勝手なのはわかってる、この感情が本物なのかも、正直俺自身では測れない」

「……斑鳩……」


 ゆっくりと、まぶたを開くと――もう一度、斑鳩はアールの真っ赤な瞳をまっすぐ見据える。


「だけど、信じて欲しいんだ。 何があっても、今度こそ俺は……お前を信じる。 そして……共に、居させてくれ。 本当に今は、そう思うんだ」



 ――……と共鳴して、私……本……にアールと一緒に……家族にな……の! 友達な……メじゃな……の……



「……!!」


 握られた手から流れ込む斑鳩の感情と、記憶の片隅――

 いつか見た光景が、霞掛かった"彼女"の姿が、斑鳩を見つめるアールの視界に重なる。



 ――……ずっと一緒に居る!



 誰……? あれは、誰だったんだろう……?

 ずっと……ずっと昔に、誰かにも、わたしはそう言われた事がある、そんな気がする……。



 ――あの時、わたしは……わたしは……?



「うう、ううぅ……うああぁ……」

「ア、アール……!?」


 斑鳩の言葉に突然苦しそうに俯き、そして彼が握ったその右手を、強く――強く握り返したアールの顔は。

 普段はぼうっとした様な表情で、戦いの最中は凛とした表情を見せていた彼女は、今までのその姿から想像もつかない程に――見た事も無いほどに弱々しく、幼くて――


挿絵(By みてみん)


 顔をくしゃくしゃにして、嗚咽を上げ……涙が流れなくとも、彼女は、確かに。



 ――そうだ、わたし、嬉しくて……泣いてたんだ……きっと……



 涙は、一粒も、僅かにも溢れる事は無かった。

 それでも、きっと彼女は確かに――今も、あの時も……声を枯らせる様に……


 斑鳩の手を強く握り、いつまでも、まるで子供の様に……



 泣き晴らしていた――。






 ……――第8話 D.E.E.D. (3)へと続く。

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