第7話 この力、誰が為に。(閑話:参照/13028.DEED.08:R_f.A2)
アダプター2での決着――
それを見届けたのは斑鳩たちだけでは、なかった。
モニター越しに観た想定外の結末に、"彼ら"は何を思うのか。
「――どういう事だ? クロエ……」
「――私に聞かれても困るわぁ……こんな事態、想定してなかったもの……」
アダプター2での出来事――その終始を見届けたヒューバルトは、射抜く様な鋭い眼光を脇に立つ白衣の女性――クロエへと向ける。
殺気すら孕んだ様なその鋭い目に、彼女は一切臆することなく――データが表示されたタブレット型の端末を片手に、大げさににその肩を、大きなため息と共に竦めてみせた。
「……何故、"あれ"は深度崩壊しなかった? 式神としての本分を果たしたというに……あの能力を行使したのは明白だというのに、何故だ……?」
式神の真の能力――
全ての式兵特性を持つ――それは、あくまでも表向き。
言わば現行のA.M.R.T.と同じく、タタリギの特性が発現した事により得た、式神にとっては副産物的な能力でしかない。
"式神"の名が示す真の能力とは、単独単騎による、タタリギ……その芯核の完全破壊――だが現状、代償として式神の存在と引き換え……つまりは、式神の自壊と共に初めて成しえる能力である。
ヒューバルトはモニターに並ぶデータに視線を戻すと、険しい表情でそれらをつぶさに観察する。
「実験はトライ&エラーが醍醐味……だけど、今回は想定しうる全ての事象を大きく超越した……そうねえ、DEEDの理論構築を手掛けた者として言わせて貰えれば……稚拙な言い回し、だけれども、ありえないこと、としか今は言えないわぁ。 ――何故深過崩壊せず、その身をあの子が保てているのか……?」
「……データ収集用の首輪は外されてしまった。 現状"あれ"がどういう状況下に――どういう変化をその身体に起こしているのかは、現状観測出来なくなってしまった。 ……これはお前の落ち度だぞ、クロエ……」
再び鋭い眼光を彼女へと向けるヒューバルトに、彼女はやれやれ、と言った風に肩を竦めた。
「……あら、その文句は装備開発部に届けて欲しいところなのだけど……あの子の担当として、それは謝るわぁ。 本来、互いの芯核破壊の余波で自然と故障する様に出来てるはずなのだけど……ね」
彼女の態度に憮然としながらも、ヒューバルトは記録され続けるN33式兵装甲車内の音響データのエフェクトグラフに視線を落とす。
「――装甲車内の音声は拾えている。 彼ら……いや、斑鳩……彼は思った以上に賢しい……このままもし"あれ"が目を覚ましたら――少々厄介だな。 少なくとも13A.R.K.の上の連中は黙っていないだろう」
「そうかしら……? 存在を賭して戦い、そしてかの淵よりの帰還……感動的じゃなぁい? ヒトは案外、"都合のいい奇跡"を簡単に受け入れるもの、よぉ?」
彼女の言葉に、ヒューバルトは大きくため息をついて振り返る。
「……考えてもみろ、鳴り物入りで編入させた式神――その真の力が、自壊を前提としたタタリギを滅ぼす存在、などと露見してみろ。 A.R.K.はもとより、アガルタの表層……人道主義を囀る連中が黙っていない事くらい、お前にも分かるだろう」
彼の脳裏に、13A.R.K.を統括する局長――ヴィルドレッドの顔が過る。
――あの男……内地のA.R.K.を任される"お飾り"の局長とは違う……最前線を担う、旧時代の歴戦の勇……か。
以前、R着任時に対峙したその印象――。
あの老兵は最前線を長く任されてきたのも納得出来る思慮の深さ、危険を感じ取る能力――
なにより、何事も自らの目で直接事柄を見極めようとする古いタイプの人間だろう。……恐らくこの度、物資配給の優遇と交換に急遽配属を飲ませた、彼らからすれば未知――そして、未認可の式兵……"式神"の配置。この強引とも言える形に、何かしらの疑念を抱いているのは確かだろう。
そこに加えて"あれ"の正体が露見でもすれば……間違いなく、面倒な事になるのは明白。
口元に手を添え、黒縁眼鏡の奥でその眼を細くしかめる彼に、クロエは改めて手元のデータに目を走らせる。
「……まあ、チョーカーが外される直前までの彼女の状態を見るに――目覚めるかどうかは、五分ってところねえ。 "深過解放"……そしてさらに"あの力"を使ったんだもの……今までのDEED検体による実験結果に沿うなら、間違いなく……あの子の芯核は確実に、崩壊を免れない程の負荷が生じている、はず……」
「――だが、実際に"あれ"の傷は癒え始めているのだ。 ……あり得ない事にな」
ヒューバルトは小さく舌打ちすると、ぎし、と椅子を鳴らし足を組み替え……もう一度深いため息をついた。
"深過解放"に引き続き、"あの力"をも行使してなお、その身を保つ――
それは、二人にとってまさに青天の霹靂とでもいうべきか、おおよそ想定すらしていない事態だった。
この戦いで得た戦闘データと引き換えに、失う事が前提だったあの"R"が、ヒトのカタチを保ったまま戦いを終えた――それはまさに計画において明らかかつ、起きるはずの無かったイレギュラーである。
――――本来ならば……あの部隊も帰還際に起こる"不幸な事故"により消息を絶つ……そういう筋書きもあった。
しかし、これは……事を安直に運んでいい事態の水域を越えている。
思慮を巡らせ、机を指でとん、とん、と撃ちながら、彼は手元の端末に表示された"R"のパーソナルデータに目を落とす。
――DEED No,8……R、か……。
同期であるNo,1~7を、過行く月日の中、ひとつ、またひとつと失ってきた検体の中で唯一……
唯一その身を保ち、遂には晴れて最前線の場に投入されたDEED計画初の実戦適応検体。
これまで数え切れない程の検体から得た膨大なデータを元に調整が施された"R"は、更なる次の世代――次期DEED素体構築への、貴重ではあるが……いちデータを得るための要素に過ぎなかったはずだ。
――それが何故……時間を掛けても、詳しい解析は必要不可欠、だが……。
彼はふと、別モニターに表示される斑鳩たちY028部隊のパーソナルデータに目線のみを向ける。
「……で、どおするの? ……手を打つのなら、もうあまり時間はないんじゃないのかしら?」
厳しい表情で黙り込んだヒューバルトに、クロエは地図上に表示されたN33式兵装甲車のビーコン反応をその瞳で追い、前髪をいじりながら事もなげにそう言うと、彼の横顔を伺った。
「……もし、彼らに預けた事が今回のイレギュラーに起因するのならば……――少し、様子を見る必要があるのかもしれん」
「――あら? 意外ねえ……ヒトがあの子に与える影響は想定に入れていたのだけど……ふゥん、まあ私に異論ないわぁ……。 でもそうすると、次期検体の調整は先送り、という事かしら……?」
「いや……まずは今回得たデータから、次期DEED検体の調整に対するフィードバックは行う。 同時に、引き続き"R"の状態も見極めるのだ……このまま崩壊し、塵と化すならよし。 ……更なる何かが起きるならば、またそれもよし……だ」
彼の言葉に、クロエはくすくすと笑い、その肩を揺らす。
「……そうねえ。 時間なら、たっぷりあるものね……」
彼女はそう呟くと、"R"の情報が表示されたヒューバルトの端末を愛おしそうにその細指でなでる。
「初の実戦適応検体による、初のイレギュラー……。 でも結果だけ見ればまさに飛び級ね、あの子……面白いわぁ、うふふ……。 案外、あの子こそが私たちが求め欲する"答え"だったりして……」
「……このまま"あれ"が目覚める事があったとしても、彼らでは……末端のA.R.K.の設備では万が一にも事の真相に辿り着く事はないだろう……が。 もしもの場合、回収と隠蔽……手は掛かるがいずれにしろ、いかようにもなる」
言いながら、ヒューバルトは流麗な所作で椅子から立ち上がると、部屋の出口へ続く扉へ向かう。
そして、扉の前でカツリ、と踵を鳴らしその両足を止めると――振り返り様、再び鋭い眼光を再びクロエへと投げつけた。
「――根回しはしておく。 あの検体……"R"の今後の動向監視は、最重要優先事項だ……各所にも、決して目を離すなと通達しておけ」
「はァい、了解ですわぁ……"大尉"、殿。 次期DEED検体の調整と並行して……あの子のデータも再度収集する様、こちらでも手配するわぁ……」
「――些細な事でも報告は怠るな。 いいな」
そう言い放つと扉を開き部屋を後にするヒューバルトに、クロエは深々と頭を下げる。
彼の姿を見送り、扉が閉じられると同時。
彼女――クロエは、ゆっくりと振り返ると複数のモニターに表示されたアダプター2での戦闘データ、ログをゆっくりとその指でなぞる。
「やっぱり実験と検証はこうでなくっちゃあ……ふふ、うふふふ……」
そして、再び机上のタブレットを手に取ると、表示された"R"の姿見を恍惚の表情で眺め、抱きしめた。
「うふふ……ふふふ……ほんっとに、愉しませてくれるわぁ……愛おしくて悍ましい、DEED……あぁ、私の子らよ……うふ、うふふふ……その身朽ちぬなら、見せて頂戴……あなたが何者なのか……」
いや、それは果たして恍惚なのか……それとも、滾らせる憎悪に歪めた顔なのか。
モニターに照らされた、狂気すら孕んだかの様なその瞳を見開き、輝かせ――
部屋には、いつまでも彼女の……静かな笑い声が、響いていた――。
……――第7話 この力、誰が為に。(エピローグ) へと続く。