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第7話 この力、誰が為に。(終)

「……アールッ!」





 足を引き摺りながらも、彼女の元へと駆け寄る詩絵莉とギル――

 斑鳩はどこか遠い場所で起こっている様な、現実感が感じられないその光景に自分の傷をも忘れ、その黒い瞳で呆然と見つめていた。


「……っ」


 詩絵莉が目にした彼女の状態――


 純種の傷口に取り込まれる際に幾つも彼女を穿ったあの触手。そして、目を閉じ呼吸もみられないその顔には、強く締め付けられた跡……

 致命傷、という言葉を通り過ぎた彼女の状態に、詩絵莉は震える手で――仰向けに力無く横たわる彼女の身体と地面の間に手を差し込んだ。


「……アールが、やったのか」


 傷をかばいながらも追い縋ったギルは、座り込み俯く詩絵莉と――その手に抱えられた彼女を見つめる。

 詩絵莉は彼女の頭を優しくその手で抱え起こすと――


 ぞるり……


「――!」


 渦巻き不規則に伸びていた彼女の頭髪が、大量の束となって抜け落ち――

 そして地面に落ちた僅かな衝撃で、柔らかい灰の様に……風に散っていく。

 顔に掛かる抜け落ちる髪を彼女が優しくなで払うと――伸びた分と思しきものは全て抜け落ち、いつも通りの彼女の髪型…

 寝癖のような少しくせのある彼女の元の髪型に、戻っていた。


「……この、感じ――まるで……まるでタタリギの……でも……」


 風に灰となり吹かれ散り往く彼女の抜け落ちた頭髪に、詩絵莉は深過崩壊を起こし同じく崩れ散る…タタリギの姿が重なった。

 戦場で見てきた、ヤドリギたちの散り際のそれ、ではない異様さ――

 それでも……詩絵莉は愛おしい者を抱えるように、優しく彼女を抱きしめる。


「アール……あたし……」


 震える声と、その身体。

 ギルは傷口を抱えたまま、インカムに手を伸ばす。


「……ローレッタ、アールは……」

『……ここからでも、見えてる……アル、ちゃんが……わからないけど、アルちゃんが、きっと……倒して、くれたんだ……』


 あの内部から――完全に傷が塞がり、再起したあの純種がまさに、その内に秘める真の芯核を崩壊させた――

 他に原因は考えられない。恐らくもなにも、きっと彼女が……アールが、何か――したに、違いない。



 ――助けて、くれたんだね……。 アール……でも、これじゃあ……



 みんなを助けて、と――

 自分が彼女に求めた言葉。今になって、まさかの結末を迎え――ローレッタは強い後悔の念を浮かべ……そして、何かに気付いた様にその顔を皆のバイタルデータが表示されたモニターへと向けた。


「……――!! やっ……ぱり……」


 そこに映し出されているデータに、ローレッタは唇を噛みしめる。


「――みんな、アルちゃんのバイタルは……今も、正常値を示しているの……呼吸も、脈拍も、体温も――どれも……」

『――!?』


 ローレッタの言葉に、彼女以外……皆が驚きの表情と共に、アールへと視線を移す。


 その小さな身体に穿たれた無数の傷穴。締め付けられ、圧迫された痛ましい無数の傷跡――

 詩絵莉に上半身を抱かれ、力無く目を閉じ物言わぬ彼女は――誰の目から見ても、既に――。


「……どういう、ことだ……ローレッタ……」


 斑鳩は駆け寄ったギルに支えられ、ゆっくりと立ち上がると――彼に支えられたまま、彼女の元へゆっくりと歩を進めながら、絶え絶えにそう口にする。


『……わからないけど、恐らく……彼女のバイタルチョーカーは、きっと――()()()()()()()……だと思う……』


 詩絵莉は強く唇を噛み、涙が滲むその目で歩み寄った斑鳩に視線を向け――

 彼女の意図をくみ取ると、それに応えるように彼は小さく頷いた。


「……アール、ごめんね」


 そういうと、彼女はアールを支える様に膝を立て――その首に巻かれたバイタルチョーカーを、丁寧に外す。


「ロール……チョーカー、外したわ……どうなってる……?」

『……――うん。 正常値を、示し続けてる……やっぱり、バイタルを偽装して、いたんだ――でも、何故――?』


 普段ならば――その事を言及し、考察を始めるであろう斑鳩。

 だがその彼は、力無く……僅かに首を横に振った。


「――今は……止そう」

「……暁……」

「詩絵莉、そのチョーカーは……大事に持っていて……くれ……今は……彼女を安全なところへ――安らげるところへ……連れて、いこう……」


 力無くそう言うと、血の混じった咳を数度――。

 その斑鳩の姿に、詩絵莉は一気にあふれ出した大粒の涙を拭うと、大きく頷いた。


「――ごめん、そう、だね……」

「……シエリ、イカルガを頼む。 ――俺は……俺が、アールを……運ばせてくれねえか」

「ギル……」


 そう言うと小さく頷く斑鳩に、ギルは深く頷き――詩絵莉と交代するように、アールの身体を、優しく――優しく、その大きな両手と腕で抱え上げる。



 ―こんな…リアよりも小せえ身体で……すまん……アール……



 ギルはその腕に抱き持ち上げた彼女の軽さに、強くまぶたを閉じる。

 前線任務に就く――それは勿論、こういう結末を迎えうる事を、ヤドリギならば誰もが理解している。常に"死"は傍らにあり、特別な事ではない――それが、ヤドリギとして戦う者の、覚悟だ。

 だから彼女は、今腕に抱くアールは……戦い抜いたのだろう。ヤドリギたる為に……


 ――だが……だからと言って決して、慣れるものでは……ない。


「……ロール、暁のバイタルは……どう? ――暁……大丈夫?」


 詩絵莉は斑鳩の脇にその身を滑り込ませると、彼を気遣う様にその顔を見上げる。


『――タイチョーも危険な状態には変わりない……早く、装甲車に……簡易だけど応急処置をしないと……』

「……暁、歩ける?」

「……ああ……」


 詩絵莉は頷くと、ふと振り返る。


 脇腹に深く貫かれた螺旋撃牙の芯からは、彼が今傷口に集中しその治癒力を高めている結果か、今はそれほどの出血は見られない。

 ――だが、地面に斑鳩の血で描かれた……彼の確かな闘志の痕跡――かなりの出血量に違いない。こうして今、意識を保っているのがやっとの程――


「……行こうぜ。 イカルガの言う通り、早く――こいつを安心できる場所に、連れて行って、やらなきゃ……よ……」


 アールを抱え――眉間に強く、強く皺をよせ、涙を流すまいと歯を食いしばるギルに――斑鳩と、詩絵莉は頷き、ゆっくりと歩き出す。



 あれ程の戦いがあったにも関わらず――

 今や訪れるのは静寂のみとなった、灰散るアダプター2の中庭を背に――


 彼らはゆっくりと――進入した防壁の割れ目へ、ローレッタが待つ装甲車へと、満身創痍の身体と――

 そしてギルの腕の中で眠る彼女と共に……ゆっくりと、振り返る事なく……その場を後にした――。



 ・


 ・・


 ・・・



「……おかえり、みんな……」



 N33式兵装甲車――

 

 この車から出立したのが、遠い過去に感じる……4人――いや、3人は、ローレッタに迎えられ、開かれた後部ハッチへとよろよろと乗り込む。


「……」


 無言で、ギルに抱えられたアールを画面越しにでなく初めて目にしたローレッタは震える手で――無意識に、彼女の頭に手を伸ばす。

 溢れだしそうになる言葉と涙を唇を強く噛み堪えると、一瞬、険しい表情のギルに視線を向けた後、後部座席――ベンチシートに広げられたボディバック……所謂、死体袋に、無言で視線を落とす。


「……ああ」


 彼女の視線の先にあるそれに一瞬血の気が引くギル。

 そのボディバックに書かれた「R」の一文字に――同隊の仲間の死を――現実を――

 手に抱く、目を閉じたまま眠るような彼女のその死を、否応なしに突き付けられる。


 重い空気の中、彼は震える肩を何とか制し、アールをゆっくりと――丁寧にその袋へと横たえ、運び入れる。


「……まずは……タイチョー、の……処置を、しないと……ギル、手伝って……シェリーちゃん、止血剤、これ……」

「……うん。 暁……そこ、座れる?」


 詩絵莉は片手でローレッタから止血パッドを受け取ると、斑鳩をゆっくりとアールの対面のベンチシートへと腰掛けさせた。


「――ギル、これを斑鳩に……私が消毒するから」


 慣れた手付きで彼女は斑鳩の腹部――貫通した螺旋撃牙の杭周辺、血に濡れた衣服を大きなハサミで切り開けていく。

 ギルは小さく頷くと、ローレッタから受け取った清潔なタオルを彼の口元へ差し出し――斑鳩は、それを受け取ると、目を閉じ、強く噛む。


「……よし、いいかイカルガ。 ――抜くぞ」


 ギルの低い声に、斑鳩は目を伏せたまま小さく頷き――それを確認した彼は、ぐ、と斑鳩を貫く杭に手掛け――

 周囲を消毒しながら頷くローレッタの合図と同時に、なるべく正確に傷口をこれ以上広げない様、最新の注意を込め、ゆっくりとそれを引き抜いていく――。


「――~~……ッ!!」


 タオルを悔い千切らんばかりに噛みしめ、彼は薄く目を見開きその激痛に耐え――

 抜かれた背中の傷口をローレッタが素早く消毒液を小さな霧吹きで散布し、零れ落ちる血を拭きとると同時に、詩絵莉が止血パッドを貼り付ける。

 続いて引き抜かれた表の傷口にも同じ処置を行うと、ローレッタは小脇に置かれた古めかしい救急箱から厚手の包帯を取り出し、慣れた手付きで彼の傷口、止血パッドを覆う様に巻いていった。


「……はあ、はあ……これで、応急処置は終わり……今出来る精一杯だけど……あとは、タイチョーの狼としての治癒能力があれば、アダプター2までは……大丈夫のはず……」

「……この位置なら、内臓も心配なさそうだな……おい、イカルガ、終わったぜ」


 ギルはそう言うと、装甲車の壁にもたれ掛かったまま荒い息で天井を見つめる斑鳩の口元から、血にまみれたタオルを抜き取る。


「……あ、ああ……みんな、すまない……」


 斑鳩は額に滲む脂汗を拭うと、深いため息の後――アールへと、ようやくその目を向ける。


「……アール」


 訪れる、重い――重い沈黙。


 複雑に渦巻くその想いは、とても言葉に表せるはずもなく――それは、皆も同じだった。

 彼女の名前しか――アールに掛けてやる言葉が、今の彼らには……無かった。


「……暁。 途中からしか見てないけれど……アールの()()は、なんだったの……?」


 憔悴しきった顔で詩絵莉は斑鳩の横に腰を下ろす。

 彼女の言葉に、斑鳩は滲む汗を再び拭いながら小さく首を横に振った。


「……わからない。 ――だが、恐らくあれが……アールの、いや……式神の本当の姿なのかもしれない」

「式神の、本当の姿……」


 詩絵莉の脳裏に、抜け落ち、まるでタタリギが崩壊する様と同じ様に、灰となり散った彼女の頭髪が頭を過る。


「……深過――アールは、意図的に自らを深過させる事で、あの力を発現したように見えた。 そして、それだけじゃない……」

「取り込まれたアールが、あの野郎に刺したトドメ……か……」


 ギルは彼女の足元に腰を下ろし、俯いたまま――再起した純種、そして突然の崩壊を思い出す。

 その言葉に、医療品が詰められた箱と、斑鳩の血を拭いたタオルを片付けながらローレッタも小さく頷いた。


「アルちゃんは……最期に、あの純種の芯核を抱いていた様に見えた……きっと、何か――したんだと思う……きっと……自分の命を、引き換えにして……」

「――アールが逝ってしまった以上、今は真相は分からない……だが……俺たちは、彼女が居なければ、確実に全滅していた……」

「暁……」


 目を強く閉じ唇を噛む斑鳩。

 詩絵莉は、彼女が横たわり開いたままのボディバッグにその手を伸ばし、優しく置いた。


「今は、この子を……早く、連れ帰ってあげよう――それが……?」


 言いながらボディバッグの上から彼女を撫でる手を、はた、と止める。

 ()()()――そう、()()()、だ。詩絵莉は開いたボディバッグから見える、息絶えたはずの彼女の姿に、言いようもない()()を感じた。


「……シェリーちゃん……?」


 その様子に気付いたローレッタは、詩絵莉の顔を覗き込む。


「……ギ……ギル、ちょっと……あんた、アール運んだ時に、何かした……? この子の顔……」

「……なんだよ、何かって……」


 俯いた顔を重そうにあげ、詩絵莉が手を添えるアールの顔を視界に入れると――

 ギルは、驚いた様にその瞳を大きく見開いた。


「――ど……ういう事だ? 顔にあった()()()……()()()()()()……?」


 アールが純種の灰となり崩れた亡骸より現れ落ちたとき、最初に駆け寄ったのは詩絵莉と――そしてギルだ。

 そして、二人は見た。確かに、純種の内部に取り込まれた際に締め上げられた様な痕が無数に、無残にも刻まれたその顔を。


 ――だが、今……眠る様に横たわるアールの顔には……それが、()()()()()()のだ。


「……そんな、()()()()()()――!!」


 詩絵莉はすぐさま彼女の手を取り、首元にも手を当て――脈拍を確認する。

 だが……。



 ――脈は……ない……呼吸も、完全に止まってる……。



 それでも諦められず、彼女はアールに覆いかぶさるようにしてその胸に耳を当てるが――鼓動の一つすら今、刻まない彼女から……へたり込む様に、その身を剥がす。


 一縷の希望を見たが、再び突き付けられた現実に……体中の力が抜け落ちて行くのを感じる。


「……ちくしょう」


 その様子を見て、ギルも目を伏せ、再び椅子にもたれ掛かる。


「……ギル、詩絵莉。 ――どういう事だ? 説明、してくれ……」

「アルちゃんに、何かあったの……?」


 疑問を浮かべる斑鳩とローレッタに、詩絵莉とギルは事の経緯を途切れ途切れ、説明する。

 二人の言葉を聞きながら。その口元に手を添えたまま……斑鳩はアールを見つめ、何かを考え込むように俯く。

 

 そして、一瞬の間を置いて――彼はふと何かに気付いたようにその顔を上げた。


「……何故……バイタルチョーカーの信号を偽装する必要があったんだろう」


 斑鳩の言葉に、詩絵莉はポケットからアールのチョーカーを取り出し、じっと見つめる。


「分からない、けど……タイチョー、それがどうかしたの……?」

「……アガルタから来たあの男――ヒューバルト大尉が言っていた様に、彼女の……アールの戦闘データを取得する()()がそのチョーカーに組み込まれている……それは納得が行く。 ……アールを俺たちに同行させる……主な目的の一つが、式神の実戦データの収集…だった様だからな……だが……」


 詩絵莉の手から、傷の痛みに震える手でゆっくりとアールのバイタルチョーカーを受け取ると、それを見つめたまま――斑鳩は続ける。


「もし……初めから……()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()としたら、どうだ……?」

『……!?』


 その言葉に、一同は目を見開き、絶句する。


「俺たちがこの目で見た、アール……式神の、本当の力――。 あれはまさしく、()()……いや、むしろ俺たち()()()()(ことわり)の外だったと言ってもいい。 それを、偽装する為に……彼女は俺たちと同じ()()であると、偽装する為に……このチョーカーはあったんじゃないのか……?」

「……どういう意味だ、イカルガ……!?」


 詰め寄るギルに、斑鳩はその黒い瞳に――静かに横たわる彼女を映す。



 ――もし、彼女が初めから()()()()()()()とすれば、どうだ。



 あの時、彼女は言った。式神として戦ってみせる、と。

 ……それは、ヒトの、ヤドリギの理を外れた力を使う、という宣言だったのではないか?

 彼女の、式神としての力は、動きは……既にヒトのそれではなく。



 ――そう、あり得ない…自己による、()()



 丙型や丁型タタリギに見られるような……まさに獣じみた、あの凄まじい戦闘能力。

 さらには折れた手足をも一瞬で治癒するその自己回復能力……そして遂に、力を使い終えた様に、事切れた彼女が見せたという、抜け落ち灰と散るその頭髪――。



 ――そうだ……どうして気付かなかった……?



 気が動転していた。彼女の死に。

 一度は折れ、そして送り出す事しか出来なかった、自分に――。

 だが、彼女の身体に開いた、純種の触手による無数の貫通痕から……



 ――()()()()()()()()()……!!



「……ローレッタ、ハサミを寄越してくれ……!」

「えっ……えっ……た、タイチョー……!?」


 混乱しながらも差し出したハサミを、斑鳩はギルを跳ね除ける様に身体を起こすと受け取り、彼女が横たわるシートの前に膝を付く。

 そして、迷う事なく――彼女の上着を外し開くと、今や穴だらけとなった黒いインナーの下腹部にハサミを宛がうと――


「ちょ……あ、暁……!?」

「イ、イカルガ何してんだ?!」


 制止する二人に構わず、一気にその刃を引き上げ開き――彼女のその上半身……

 (あらわ)となった引き締まった細くも美しい肢体、緩やかにふくらみを帯びた、その両胸――。


 ――そして、その身体に無数に貫かれた筈の、触手の傷跡が――


挿絵(By みてみん)


「……()()()()()()……()()……!!」


 斑鳩の震えるその手から、からん、と落ちたハサミの音が装甲車内に響き――

 四人は、目を見開き……顕になったアールの肢体を、縋る様に見つめる。


「そっ……えっ……たし、確かに……服の穴から見ても……貫かれた傷は、もっと大きかった……はず……暁……!?」

「いっ……生きてんのか、アールは……!!?」


 ぜえぜえと、切れた緊張から傷みを思い出しその場にしゃがみこむ斑鳩は――

 顔を上げると、ローレッタを閉じかけた瞳で見据える。


「……ロー……レッタ、出発だ……アダプター1へ……通信可能範囲に、入ったら……現状の、報告と……本部に対して、医療班の……派遣、要請を……」

「……――――! ……わ、わか、わかった……じゃない、了解……すぐに、出すから……!!」


 口元を抑えたまま硬直し、あっけに取られる様見つめていた彼女は我に返り――

 装甲車の運転席へと通じる小さな扉に何度も頭を打ち付けながら、その身体を潜り込ませていった。


「……彼女が、今どういう状態なのかわからない……呼吸も、脈拍もない……」

「……だけど、傷は明らかに……癒えて、いる……!」


 斑鳩の再び滲み出す脂汗を拭いながらの呟きに、詩絵莉は震えながら返すと、小さく頷く。


「理屈はさっぱりわからねえ……けどよ、助かるかも……しれねえんだな……!?」


 そう言いながらギルは、はだけたアールの胸元をなるべく見ない様に服を被せると――

 柔らかく保温性のあるブランケットシートを取り出し、優しく掛けながら、斑鳩を振り返った。


「……彼女が、()()だとしたら、ヒューバルト……あの男は何故……アガルタは……式神とは……一体……」



 ――ごどり



「――暁!!?」

「お、おいっイカルガ!! シエリ、イカルガをシートに……!」


 言いながら、事切れる様にベンチシートの足元へ転がる様に気絶した斑鳩を、二人は運ぶ。


 同時に、静かにエンジンを起動させるN33式兵装甲車。

 その振動に皆は生を実感しながら――

 そして、小さくも不確かな……だが、確かに見た希望を載せ。


 満身創痍のY028部隊は、永遠にも感じた絶望渦巻いたアダプター2を背に。

 N33式兵装甲車は、マルセルたちが待つアダプター1への帰路を、走り出した――。







……次話へと続く。

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