第7話 この力、誰が為に。(8) Part-3
アールの放った弾丸――
デイケーダーの弾頭は、彼女の計算通り。
うごめき、無数に振るわれる触手の僅かな隙間をまさに針に糸を通すが如く、一直線に飛来してゆく。
その空中で放たれた弾丸は、彼女の意識が奔った弾丸の軌跡をこの上なく正確になぞり――
そして――!!
――ッパギィィンッッ!!
『!!!』
――あ、当て……やがった……!!
空中で受け取ったマスケット銃を、着地する事なく――
そして、一縷の迷いも無くその引き鉄を放ち穿った彼女の姿に、その離れ業に――斑鳩は自らのダメージすらひと時忘れ、見惚れていた。
ずだァんッ――!
デイケーダーという大型の弾頭を空中で射撃しながらも体勢を崩さずに。
アールはマスケット銃を大事そうに抱えながら、その両足で地面へと膝を立てる様に着地し――渦巻く髪の毛越しに純種へと、その紅い視線を向ける。
頭部の芯核に再びデイケーダーを被弾した純種は、縦横無尽に振り回していた肩から生える触手が一瞬空を掴む様に、巻き込む様に激しくたわめくと――
……――イ"イ"イ"ィィィイ"イ"ィイィィィイ"ィイ"イィ――!!
全身を硬直させ、頭を垂れるように地面へと落とすと同時に……
深過に伴う苦痛を叫ぶ様に、もがき苦しむ様に――その身を震わせ始めた――!
――ッデイケーダーの効力は確かに発現している……あの純種の姿は、確実に……でも――!
斑鳩のその身を省みない無謀としか言えない銃の回収、そしてアールの射撃――
その光景に目を奪われながらも、ローレッタは再び着弾したデイケーダーの効果をつぶさに確認する様に目を見開いていた。
――ここからだ……! ここまでは、初弾と同じ……二発のデイケーダー、これが……トドメになるのか!? アール……!!
そう拳を握り込み、純種を――そして彼女、アールを粗い呼吸で見つめる斑鳩の後ろ――
気絶していた二人……ギルと詩絵莉は、斑鳩が叫び呼んだ彼女への声で目を覚まし、そして……彼女の姿に、彼女が成した純種へ対する二発目のデイケーダーの着弾を大きく開いた瞳で見つめていた。
――あれ……は、アール、なのか……!? あの姿は一体――!?
――何が……起きてるの……!? アールの様子が……それに、あの動き……!!
混乱する思考で、詩絵莉は覆いかぶさるギルを気に留める事もなくその視線を斑鳩へと向ける。
彼の腕に絡みつく撃牙の成れの果て。そして、おびただしい量の出血跡と荒い呼吸――
だが、アールを……そして純種を見つめる彼の瞳は――先ほどまでの黒い絶望を微塵も纏っていない、闘志に溢れる気配を感じた。
「暁……」
「ぐうっ……シエリ、平気か……!? こいつは一体……何が起こってんだ……?!」
「わからない、わからない……ケド……!」
アールのあの姿――
長く伸び、渦巻く白髪……純種を睨み付ける溢れる様な紅を湛え、揺れるあの瞳――
何が起きたかはわからない。しかし、あの異様な彼女の姿――普段の彼女をも軽く凌ぐ……いや、むしろ何かを逸脱した様なあの身のこなし……――理解こそ追いつかないが、おそらく彼女がこの窮地を打開し――きっと……それに斑鳩もそれに協力したのだ。
そして、二発目のデイケーダーを頭部の核へと撃ち込むに至ったに違いない――……!
『……じゅ、純種……深度経過を確認……アルちゃん……!! これで、終わるの!? ――終わるんだよね!?』
意識を取り戻したギルと詩絵莉を気に掛ける余裕もなく、ローレッタは木兎の眼が捉える純種を、その歯を強く食いしばりながら観察する。デイケーダーの効力――強制的な深度経過にその身を強く振動させながら、上半身を地面へと落とす純種――
『――アルちゃん……!!』
その時だった。
――ぱぎん……っ
辺りに響く、分厚いガラスにヒビが奔るような乾いた音――
先程も確かに聞いた、芯核が割れるその音を――皆が固唾を飲み見守る中――。
「……」
アールは両手に抱えたマスケット銃を静かに地面へと置くと、立ち上がる。
静かに――静かに……右腕に纏う撃牙を繋ぐ金具を、ぱちん、ぱちん、と外し――地面へと、滑り落とした。
――がしゃあっ……
「……!?」
その音に、斑鳩は反射的に純種から彼女へ視線を移す。
そこには撃牙を外し、静かに――だが、どこか異様な雰囲気を纏い、渦巻く髪を風に揺らす彼女の姿。
「アール……?」
げほ、と散らす血と共に咳き込みながら、斑鳩は彼女の姿を見る。
――ずぅんっ……!!
純種からデイケーダーの効果による、鼓膜を不快に震わせる耳鳴り音が消え――その上半身を大地に落とす音。
だが、同時に――再び。数刻前の再現と言わんばかりに、純種はヒビ割れ光を失った頭部の角の様なそれをどかす様、ぐらぐらと揺らし始めた。
『……そんな……ま、また……!! また、芯核が……芯核を、再生しようとしている……!! これじゃあもう――!!』
割れたそれの下から再び黒い身を貫き生え変わろうとする芯核に気付いたローレッタは、悲鳴に近い声でそれを告げ――
――二発目のデイケーダーでも駄目、なのか……!? 一体、どうすれば……あいつを……
ローレッタの言葉に、そして目の前にする再び芯核の再生を遂げ様とする純種のその光景に――
皆の心に絶望が過った、その瞬間――だった。
『――だいじょうぶ、だよ』
今まで聞いた事の無いほど、この状況、この戦場に似合わない優しい声が――
優しく、皆を労わる様なアールの声が……皆のインカムに、響いた。
『……だいじょうぶ。 みんなは、もう…だいじょうぶだから――』
「……アール?」
『……だから、また……――また、あのパイを……みんなで――』
――たんっ……
聞き返す斑鳩の声に、彼女は反応する事なく。
そう言うと、彼女はキッ、と純種を強く見据え。
地面を蹴り、一足飛びに……軽やかに駆け出すと勢いそのままに、身を翻し高く跳躍する。
――そして、芯核を再生しつつある純種の背中へと飛び乗り――!!
――ぞぶっ……!!
デイケーダーの効力により深過経過からの硬直、そして今、芯核再生の過程なのか……地に伏せ弛緩する、純種の背に。
彼女は撃牙を纏わないその右手を、迷う事なく深く突き立てた――!
『『――!?』』
そして、その両の手で。
純種の背に生える兵器群を、編み上げ形作る黒く禍々しい肉蔦を、次々と引き抜き―
あるいは千切り捨てる様に開いていく…!!
「……なっ……アール……! お前、一体何を……!!」
ゥクァァアアァアァァァアアアァアァッ――――!!!
その行為に純種は身を震わせ、今まで聞いたことも無い様な、聞く者の身を震わせるような禍々しい咆哮を上げる――!
それでも、彼女は――アールは素手で、身をよじる純種のその上で、指を、両の手を黒い体液に濡らしながら肉蔦を剥がし、削り捨てていく――。
「――あっ……暁ぁっ……うぐ……アールは、何を――何をしてるの……!?」
「…………ッ!」
よろよろと身を起こしながら、詩絵莉は痛む腕を抱えながら斑鳩に吠える。
だが、当然彼にも――彼女の真意は分からない。一心不乱にその指を、腕をボロボロにしながらも、次々と生え埋めようとする背中の傷口を荒々しく引き千切り続ける彼女の姿に、ただただ目を見開いて見つめる事しか出来ないでいた。
「…………!!」
そして――唐突に。
純種のその傷口から噴き出す黒い体液にまみれた彼女を、突如紅い、紅い光が照らす――!
『――!? そっ……えっ……!?』
上空からそれを確認したローレッタは、思わず混乱の声を上げた。
『――じゅ……純種、後背部体内に――し、芯核を確認……ふた、ふたつの……芯核――!!?』
「「「!?」」」
彼女の声に、斑鳩、ギル、そして詩絵莉は声にならない声を上げ。
そして身をよじる純種の上で、煌々と、新たに顕になった芯核……その明滅光に紅く照らされる彼女を一斉に見上げた。
――もう一つの、芯核――!! アールは……それを見抜いて……いたのか……!!
一瞬訪れた、不死身かと思われた純種の謎への答えに対する驚愕と歓喜にその身体を突き動かされ、斑鳩は深手を負ったその傷の痛みすら忘れ、よろよろと立ち上がる。
頭部の芯核は……囮……?――いや、当初露出していなかった事を考えると、あれはあれで重要な核に違いなかったのだろう……そして、今彼女が露見させたあの体内にあった核こそが、まさに中枢を司る……本当の、芯核――!!
――あれを破壊すれば……あるいは……!!!
だが――思考の帰結と共に訪れる絶望に、斑鳩は再び体中を貫くような痛みと共に思い出す――。
――だけど……だけど! もう、デイケーダーが……無い……!!
詩絵莉は、唇を強く噛んでいた。
おそらく、彼女が露見させたあれこそが――本当の芯核、なのだろう。
半分は黒い肉に埋まってこそいるが、全体で言えば抱える程はあろうかというその大きさ。そして、赤く――不気味な程鮮やかに明滅を繰り返す、あの芯核――今見れば、頭部に生える角の様な芯核と比べればその違い、感じる異様さと、放つ存在感はまるで別物だ。
ギルも彼女を照らす光に、そして芯核を目の当たりして――直後振り返ると詩絵莉へ縋るような、訴える様な視線を送る。
もの言わぬとも彼の視線、その表情に――詩絵莉は彼が言いたい台詞を理解していた。
――デイケーダーの予備は……!!
――あれで……さっき撃ったので……最後……
強く噛む唇から僅かに滲む血、そして首を力無く横に振る詩絵莉に――ギルは半身を地面に預けたまま、力の入らぬ拳を……地面を叩き付けた。
彼もまた、理解していた。……たとえ芯核が露見しても――もう、自分たちにそれを破壊する手段が無いという、その事実に――。
――そして。
純種の頭部の芯核……深過崩壊によるヒビ割れ欠けた角であるそれを押しのけ、再び新たなものへと生え変わる。
同時に――肩に生えそろう触手の数本が力を取り戻すように空へ向けてたわめき――
「……――ッ!! ア、アール……逃げろっ……逃げるんだっ……!!」
垂れた頭を持ち上げ――
伏せていた上半身をゆっくりと起こす純種に、斑鳩は転がる様に前へと倒れながら、ただ――叫ぶ事しか出来なかった。
『――純種、頭部の芯核、再生――ッ アルちゃん、離れてっ……だめ、そこは……傷の再生に、取り込まれる……!!』
ローレッタの消えゆく様な悲痛な声。芯核が覗く背中に大きく開いた、アールが千切り穿ったその傷も今や、そこへ立つ彼女の足を絡み取る様に再び編み上げていく。
鳴動する黒い蔦の、黒い肉のうねり……そして――!
――ぎゅばあっ……!!
傷口から天を貫く様に噴き出す様に現れる新たな肉蔦――!!
「……アー……ルッ!!!」
血だまりの中、斑鳩は噴き出す黒い肉蔦の影に隠れる彼女に手を伸ばし――そして――
――斑鳩。 ありがとう……信じて、くれて。
「――ッ!!?」
加速する様に再生を果たしてゆく純種の背。
彼女は身を屈めると、露出しゆっくりと紅く明滅するその芯核を、その身に抱くように両手で――抱えた。
「……一体、何を……アール、何を、しているんだ……!?」
直前、それは耳元で囁く様に……確かに聞こえた、彼女の小さな声。
混乱する斑鳩の視界の先――黒い触手が彼女に落とす影の隙間、その刹那……彼が見たのは――彼女の、表情。
それは、確かで、晴れやかで。
今まで……今まで見た事の無かった様な……彼女が――アールがその顔に湛えていたのは。
穏やかな微笑み、だった――――。
――ズギュ……ッ!!
振り上げられた肩の触手の一本が、自らの再生しつつあるその背中へ固定するように……アールの身体を、その背を刺し貫く。
続いて降り注ぐ、傷口を塞ぐ様に純種の体内から溢れ出た無数の触手に、あるいは貫かれ、あるいは締め上げられ――
だが、彼女は芯核を抱えたまま――無言で、悲鳴一つ上げず……!
『……ああぁ、ぁあぁああぁ……』
ゆっくりと立ち上がり、傷を編み上げるように塞いでゆく純種の背に――
貫かれ、飲まれ、折り巻き込まれる様に……次第に黒い肉蔦で見えなくなっていく、彼女の姿。
その光景に――ローレッタは、言葉にならない悲鳴を上げ――
そして斑鳩たちもまた、その絶望の二文字が綴る光景を目の前に……身一つ動かせないでいた。
発する言葉は無く――静まり返ったアダプター2に、純種が彼女を……アールをその身に織り込みながら再構成する、不気味な異音のみが響く。
――アール、何故だ……今のお前の力なら、逃げる事なんて……造作もなかったろうに……
ぎし、ぎし、と身体を黒い肉蔦で織り、きつく締め上げるるような音に――斑鳩は、膝を落とす。
『……ローレッタ、お前だけでも……撤退、するんだ……』
「――!! そんな、や……だよ!!」
斑鳩の、インカム越しに――初めて聞く震えるその声に、ローレッタは強く首を横に振った。
『……ローレッタ、悪りいが……無事に戻れたら、リアを――あいつを……宜しく頼む、ぜ』
彼に呼応する様に――
ギルは身体に刻まれた無数の裂傷から血を滴らせながら、詩絵莉の前を塞ぐ様に震える身体を起こすと、ゆっくりと――撃牙を装填する。
「ギルまで……!? やだ、やだよ! わっ……私は……最期まで、みんなと……!!」
『ロール、お願い。 ……この事を、あの純種の事を――マルセルたちに、本部に、伝えて。 ――今ならまだ、逃げれるかもしれない』
詩絵莉も震える膝を片手で抑え付けながら立ち上がると、アールが地面へと置いたマスケット銃を、その視界へ入れる。
「しえりーいやだよ、しえり……!!!」
皆が、斑鳩が、ギルが、詩絵莉が。その最期を――間近に迫る、最期の時を覚悟し並べる言葉に。
――いや、じゃない……泣いてても、仕方ない……わかってるんだ、本当は……そうしなければならない事、くらい……
ローレッタは、皆の声を聞きながら――頭の片隅では、そして心のどこかでは……理解していた。
通常の通信が届かないこのアダプター2での部隊全滅――それが意味するものを。
もし――この純種がここを後にし……何の情報も、対策も無いアダプター1を襲ったら、どうなるのか。
斑鳩やギル、詩絵莉――そして、あのアールでさえ太刀打ち出来なかった、この純種が――
――わかってるよ、わかってるよっ……私は、式梟としての責務を……敵の情報を、僅かでも後方へと知らせる義務がある事、くらい……
――でも……でも、こんなのって……こんなのって……!!
みしみし、と異音を奏で――再び頭部の芯核を再生せしめ、更なる禍々しい深過を遂げようと、その黒い巨躯を震わせる中――
ローレッタの大きく見開いた瞳から大粒の涙が、次々とこぼれ落ちていく。
装甲車のエンジンを起動させるスイッチに、その震える手を添えた――そのとき。
――ロロロロロロロロロォオオ"オ"オ"ォォ……!
ついに――完全に身体を復元し、一回り程その身体を膨らませ、その歓喜を叫ぶ様に――勝ち鬨を上げるように、そして……無力なヒトを嘲笑う様に。
天に向かって頭を雄々しく掲げ高らかに、黒く濡れたその咢を大きく開くと、不気味な咆哮を上げた――!
『――ローレ……ッタ……!! 行く……んだッ……!!』
「……タイチョー……!! ――みん……な……?」
斑鳩の力の無い、悲鳴に似た彼女をせかす声――
だが。彼女の耳は、確かに――聞いた。
彼の声に交じりながらも、木兎が拾った確かな――確かな異音……。
ローレッタは一瞬、その音に頭の中が真っ白になり、言葉を詰まらせる。
――えっ……
瞳から溢れる涙を拭い――震える手で、両耳を覆うヘッドセットを耳に押し付けるように、強く、強く抑える。
『……ロール、早く、逃げ……!』
「――まっ……待って!!! この音――そんな、この音は――!!!」
木兎の集音感度を上げるまでも無く。
次の瞬間――戦場を、閑散としたアダプター2を、異音が揺らした――!!
――ッィィイ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"イ"……ッ!!!
まさに、轟音――!!
突如として響き渡る、地面を揺らし、空気を振わせ、耳を劈き、その身を貫く様な轟音に――皆は耳を反射的に塞ぐ――!!
「――なッ……!?」
その音の源は――!
それは天を仰いだまま、全身を強く痙攣――いや、痙攣という表現では足りない、全身を黒く波打たせるように揺れるは、純種の身体――!!
「なっ……なんだあ……こりゃあっ……!!」
「わっ、わかんない、わよッ……!! でも……この……音ッ……!!?」
両耳を押さえつけたまま……ゆっくりと、純種から遠ざかる様に後ずさりしながら――
ギルと詩絵莉は傷を貫く轟音にその表情を歪めながら、黒い巨躯を見上げる。
『……そんな、まさか――……この、音はッ……!!?』
「……馬鹿な……これは、深度……経過の……芯核の――!!!」
刹那、斑鳩の脳裏には彼女の最期の姿――
純種の触手に貫かれ、締め上げられながらも微笑み――芯核を抱いていた、アールの姿が浮かぶ。
――まさか……そんな、これは……彼女の……!!?
――だとしたら、まさか、そんな!!! そんな馬鹿な……そんな、彼女は!!!
「アールッ……!!!」
――「……わたしを、信じて、欲しい」
――アール……お前は……お前は……!!!
――お前は!!!
――「……きっと……役に立ってみせる、から」
――バッ……ギィィイイィィィイインッ!!!!
異音が止み……一瞬の静寂が訪れたその直後――
震え、その黒い蔦肉を波打たせ、天を見上げたままだった純種から、何かが砕け、割れはじけるような、重い音――
――直後。
――ヴシイ"イ"ィィイイィィィイイイ――ッ……!!
天を仰ぐそのままの姿勢で――
痙攣が止み、微動だにしない純種のその目から、肩から、背から、腹から――
至る所から吹き出す黒い飛沫が、地面を濡らした――次の瞬間……!
……ざ……ざぁああぁああああぁぁぁ……
『『『『……!!!』』』』
あっけにとられ、目を見開き微動すらしない、一同の前で。
その黒い肉蔦で強靭に編み上げられた、純種の巨躯が――あれ程までに絶望を見せた、あの純種の黒い巨躯が。
風に吹かれ、柔らかい灰を散らすように――
ゆっくりと……崩壊、していく――。
『……深過……崩、壊……?』
ローレッタの乾いた小さな声が、3人のインカムに響く。
「……一体、何が……暁、いっ……たい、何が――!」
詩絵莉は混乱しながらも、崩壊していく純種をなお横目で警戒しつつ――振える足を斑鳩に向けた、その時だった。
――とさり。
吹き散り、あるいは地面に溜まる、純種の灰の上へと――
軽い音を立て、落ちる影が、一つ。
――それは……
「――ッ!!」
『――あ、あぁ……うああぁあ……!』
それは――
純種が散らす黒い灰にまみれ。
その小さな身体に無数の命に届くであろう深手を負った―
今や……身動き一つしない、彼女――。
アールの、姿――……だった。
……――第7話 この力、誰が為に。(終)へと続く。