第7話 この力、誰が為に。(6) Part-6
部隊全員の見事な連携により、芯核の露出を勝ち得た彼ら。
斑鳩が想い焦がれていたこの戦いの、悲願の決着の時となるか―
それとも―
「――詩絵莉!! デイケーダー開封行程全省略、装填後即射撃だッ!!!」
『――! 梟了解! 隼へ、デイケーダー開封工程全省略承認、射撃に対して狼、式神は退避を!』
「!! ――隼、了解!」
ローレッタは斑鳩の号令に一瞬、未だ全てのモニターの隅に表示される"ON LINE"の文字を意識する――。
どういう方法で、何を目的としてオンライン状態になっているのか?それは今は理解出来ない――が、どこと繋がっているかは、当たりは着く……。
――アガルタ以外に、ない……。
彼女の脳裏に、コンソール下部に収納されたあの黒い箱が過る。
本来デイケーダーの扱いは極めて過敏に行われる。貴重な弾薬、また霧散や飛沫によるヤドリギの損害を防ぐためにも射撃時、速やかな前衛の退避が義務付けられ、そしてその扱いと内容は記録される。
しかし、この機を逃す訳にはいかない――
もし、デイケーダーの開封工程全省略、なんて行為の記録が問われれば……
――いや、違う。今は、あの純種を倒す事が何よりの使命――!大きく頷きその唇をく、と強く噛むローレッタに斑鳩からの声が飛ぶ。
『退避はしない! 着弾の瞬間まで俺たちで拘束する!!』
「――!? タイチョー、なにを馬鹿な……!」
『――ローレッタ、見て。 ……もう回復しようとしている。 ……わたしたちなら、大丈夫』
斑鳩の声に思わず身を乗り出す様に否定を口にする彼女だが、続けざま――力を籠め純種の後ろ足を拘束するアールからも、力みからか冷静ながらも震える声に――彼女は急いで純種を捉える木兎の映像を拡大する。
「――!!」
そこには、未だ上半身を地に落としたままの純種――
だが、頭部の大きな損傷から覗くその芯核は、既にその下半分程が露出した瞬間より、確実に――徐々に。
黒い蔦の様なもので覆われようとしていた。
『キサヌキ! シエリ! イカルガは俺に任せろ!! アールは、あいつの速さなら離脱は問題ねえッ!! だから撃て! 撃っちまえッ!!』
『……わたしは平気、詩絵莉、撃って』
見事な上空から頭部への一撃を決めたギルは着地した場所から一気に斑鳩の元へ駆け寄ると正面から純種に背を向ける様に斑鳩の脇に手を入れる。
恐らく射撃の直後――斑鳩の身体をフックしたまま離脱するつもりなのだろう。
「……――~~!」
純種の回復速度、この攻撃チャンス、それを逃すまいとする彼らの決意――十二分に理解出来る――けど――……!
流石の狼といえど、飛沫するデイケーダーの溶液全てを避ける事なんて不可能だ――!!
刹那のやり取りの中で、ローレッタの脳裏に"もし"が過ったその時。
『――ロール……任せて』
その彼女の"もし"をかき消す様に――
恐ろしく冷静な詩絵莉の声が、ローレッタの鼓膜を優しく、そして冷たく撫でる。
「シェリーちゃん……!!」
『あんたも含めて、あいつらはピカイチよ。 ――そして、あたしも、ね』
「――!!」
そう言い放った瞬間――
詩絵莉はデイケーダーが込められたマスケット銃の引き鉄に、そっと触れようとその細い指を伸ばし……
――デイケーダーの弾頭の中身は液体……射角から飛沫範囲を計算する。
――最も飛沫を受ける可能性があるのは頭部越しに右足を拘束する斑鳩、そしてギル――。
彼女の隼の瞳は、秒にも満たないその刹那――
恐ろしく冷静に……あれ程重荷に感じていた、デイケーダーに対する恐怖と責任すら置き捨てるように思考を加速させる。
――飛沫する液体が最も純種そのものに遮られるように着弾させるには、この場所からだと……射角が大きすぎる――
デイケーダーを確実に芯核に当ててなお、その飛沫から斑鳩を守るための射角――
そう、理想の射撃場所思考が最適解に至ったその瞬間。
詩絵莉は――引き鉄に指を掛けると同時に。
橋の欄干に一瞬背を預けると……垂れ滴る様に――その身を、真っ逆さまに滑り落とした――!!
「――シェリ……!!!?」
『『『……!!!』』』
皆がその光景に驚愕する中――
詩絵莉は、20m以上の高さから落下し始めながらも、冷静に――
――ここ……だ!!!
中空からの理想の射角にその銃口が重なったその瞬間、迷わず引き鉄を――弾いた!!
ッヅッ……ッバアァァンッ!!!
瞬間、ギルは足に溜めた力を最大限に開放し、斑鳩と共に純種から一気に距離を取るため地面を蹴り付け――
アールも拘束するアンカーに一気に負荷を掛け矢じりを弾き飛ばす様に外すと同時に――詩絵莉の元へと駆ける――!
そして中空から放たれた弾丸は、詩絵莉の計算通りの射角を得て――!
ッパッギィィィインッ!!!
純種の、頭部に露出したその芯核に――見事命中を果たした!!
「くうッ……!」
詩絵莉はそれを確認する事なく、射撃の反動で空中で反った身体からマスケット銃を放る様に投げ捨てると、落下しつつも身体を反転させながら……抜き放つ様に、左腕のグラウンド・アンカーを飛び降りた橋の欄干へと射出する。
パシュウッ、と放たれた矢じりは見事にその欄干を捉えた、が――!
――まずい、巻き取り始めても落下は……防げない!
「――詩絵莉っ!!」
地面への落下を覚悟した彼女の身体を、地面を削る様に飛び込んだアールが寸でのところで――!
がっしいいっ!
欄干にフックしたワイヤーのお陰で、瞬間落下速度が緩んだ詩絵莉を何とかアールは抱え込む様にキャッチする――!
「……は、は、はっふぁああぁぁぁあ……!!!」
その光景に、ローレッタは思わず恐らく人生で最も深いため息と共にその身体をコンソールにベチャ、と投げ出すように突っ伏した。
「……アール、ありがと。 ……お姫様だっこなんて初めてされたわ。 ……案外、悪くないものね」
そう言うと、詩絵莉はバツが悪そうに彼女――白髪から覗くアールの紅い瞳に気丈に笑ってみせた。
「……詩絵莉、すごい勇気……正直、ちょっと――ビックリした」
「勇気……か、ふふ。 ただの意地よ、隼として、デイケーダーを預かる身としてのね」
ふ、と安堵からか――
笑った様に見えるアールのどこか柔らかい表情に、詩絵莉は僅かに震える両肩を抱きしめるように抱えると、「あはは」と再び笑みを浮かべながら、その身を彼女の手から地面へと下す。
「――射角を考えたら、どうしても、ね。 ま、立て直すところまで想定していたんだけど……撃った後のコトは、深く計算してなかったみたい、あたし」
そう言うと、橋に掛けられたワイヤーを外し巻き取りながら「ふうっ」と仕切り直す様にため息をつく。
と、同時に――斑鳩の声が響く。
『詩絵莉……』
「……ん」
デイケーダーが命中した純種を挟んだ向こう側――
斑鳩はギルに押し倒された様な形のまま半身を起こしインカムに呟く、色々な感情を孕んだその声に……詩絵莉は斑鳩の瞳を思わず隼の眼でつぶさに捉えると、その表情を少しだけ、崩し、頷く。
「ったく、あいつもとことん無茶しやがるぜ……」
「……そう、だな」
ギルはため息交じりに身を起こすと、斑鳩に手を差し伸べ――
彼はその手を、撃牙の無い右手で握ると立ち上がる。
ギルがため息交じりに振り返り、ゆっくりと後ずさりしながら見たものは、先程まで斑鳩が純種を拘束せんと奮闘していた位置――
その地面をほんの僅かに濡らす、デイケーダー飛沫痕……。
彼女が飛沫を計算し、あのような無茶をした結果でも、完璧にとは行かなかった。
もし、橋の上からそのまま射撃していたなら……ひょっとしたら、ギルの手助けがあったとしても、デイケーダー飛沫を存分に浴びる事になっていただろう。
『とにかく、皆……無事でよかったよ……!』
彼らの無事を再確認し安堵の声を漏らすローレッタへ、斑鳩はすぐさま緊張を取り戻す。
「……ローレッタ、純種の深過状況を頼む」
『了解……!』
デイケーダーをその芯核に浴びた純種は、変わらず上半身を地面へと臥せたまま――
だが、その巨体は僅かだが、確かに痙攣を始めていた。
深過崩壊――デイケーダーを浴びた芯核は、タタリギに対して凄まじいまでの深過を促進させ、過度に深過暴走させた結果その"命"を崩壊させる。
純種と言えど、タタリギである以上その末路から逃れ得ない――。
……――イ"イ"イ"ィィイ"ィィィィイ"イィィイイ……!!
着弾から時間にして十数秒――。
普段より僅かに遅い深過を告げる不快な振動音の様な、咆哮の様なそれが始まる。
『――純種、深度経過観測! 各式は退避を!』
「……俺たちの、勝ちだ」
ローレッタの声に、斑鳩は口角を上げギルと共に、たん、と地面を蹴る。
反対側では、詩絵莉は先程投げ捨てたマスケットを拾い上げると、純種と距離を取る様に駆けた。
――これが、俺が見たかった光景だ……。
芯核の深度経過に鳴動するように、苦痛にもがく様に身を震わせる、純種――
その左前足を苦痛に耐えるように地面へと強く貼り付け、斑鳩が杭として撃ち貫き置いたの右前足も激しい痙攣を起こし、その撃牙をガチャガチャと揺らす音が続く。
斑鳩は、今や崩壊を待つばかりの純種を目の当たりに……心に渦巻く黒い滾りに身を任せ、その表情を歪ませていた。
アール――式神の可能性は本物だ。
今彼女が居る場所……あそこにたとえ熟達の式狼が居たとしても、この勝ちは得れなかっただろう。式神の能力は本物だ……彼女の様な式神がもし、これから実戦配備されて行くのならば、あるいは……あるいは、人類は、タタリギに打ち克てるかもしれない。
ずばあッ……!!
歓喜の表情に歪む斑鳩の目の前で、詩絵莉の炸裂榴弾で裂け弾けた純種頭部の肉片が盛り上がり、黒い蔦の様なものが空へ向かって突き生える――
『――着弾から30秒! なおも深度経過……芯核明滅継続、未だ亀裂……亀裂確認出来ず……』
「……お、おいイカルガ。 ……崩壊すんの、遅くねえか?」
デイケーダーの効果は確実に表れているものの未だ明滅を繰り返すその芯核に、ギルはふと疑問を口にし――そして、純種の傍ら。
退避せずに佇むように、それを見つめるアールの姿をその眼に映す。
「お、おい! アール何してンだ!!」
「……!? あれ、アール……こっちに……!」
ギルの彼女を呼ぶ叫び声――
詩絵莉もそれに気付くと、ハッと顔を上げ彼女の名を呼ぶが――アールは、純種と近すぎる位置に立ちすくんだまま、深過してゆく純種を睨み付けていた。
『――着弾から1分……おかしい……タイチョー、なに……か……何か変だよ!! そんな……まさか……そんな!!』
ローレッタは木兎から得れるその光景に、ガクガクと震え、冷たい汗が滲むその手で――深過崩壊するはず、しなければならないその純種の躯体の変化にかすれる声で――悲鳴に近い声を皆のインカムに送る。
その瞬間だった。
――ぱぎん。
乾いた、ガラスにヒビが走る様な音――。
未だ深過を止めぬ純種の芯核から響いたその音に安堵ではなく、続く光景に、皆はその眼を疑う。
同時に、アールが弾ける様に叫んだ――!!
「――まだ、終わってない!!!」
言うが否や――
彼女は驚き硬直する皆を差し置いて、一気に駆け出していた。
緩やかにその身を持ち上げる様に起こす、純種だったものの右足――斑鳩が貫き差した螺旋撃牙へとその手を伸ばし――!
――ひゅっ……
ドシィッ……!!!
「――かはっ……!!」
撃牙を回収しようとしたアールの横腹を、純種の肩口から新たに生えた触手の様なものによる凪ぐ様な一撃が、彼女を捉える。
その鋭い一撃に彼女は瞬間、紅い瞳を大きく見開き……くの字に折れたその身体を軽々と低空へと吹き飛ばされ――
ずざあああああっ……
地面を滑るように転がり、止まる。
「……え」
その光景に、斑鳩は間の抜けたような声と共に――倒れたアールをその眼で追っていた。
一瞬。
時間にして、まさに数秒の出来事。それを呆然と眺める事しか出来なかった斑鳩たち――
あまりの光景に、皆、その口の中が乾き、舌が口内に張り付く。
斑鳩たちが目の当たりにしたのは――確かに割れた、芯核。
だが、それを押しのける様に――さしずめ、乳歯を押しのけ生える、新たな歯の様に――。
一回り大きな……新たな芯核が、煌々と煌めいていた――。
同時に割けた頭部はその芯核を中心とする様に、黒い蔦――
いや、むしろそれは、黒く蠢く肉塊を巻き上げるように、裂け弾けた頭部を構築していく。そして肩口から深過により突き生えた残りの蔦は、まるで意志を持つかのように、ゆらゆらと幾本も揺れ――
『……じゅっ……純種――深度経過、終了……芯核が……うそだ……デイケーダー……うそだっ……新しい、芯核が……そんな……こんなのって……』
カタカタと揺れる歯をそのまま、ローレッタが告げた言葉に――
「……けほっ……みんな、逃げ……」
アールはゆっくりと震え軋むその身体を地面から起こし、インカムに手を添えたその瞬間。
純種は、純種だったモノはゆっくりと右手を貫く螺旋撃牙を目にやると――
ゴバァッ!!
何の前動作も無く。
無造作に、それを引き抜くと同時に――斑鳩へと、投擲した。
「――!! イカルガァッ!!」
――ぞっ……
刹那、詩絵莉に流れる血が凍る。
彼女が隼の瞳で捉えた、地面から引き抜かれ飛び行くその螺旋撃牙の弾道は――
すぐさま――彼女は手に携えるマスケット銃の銃口を上げ、そして、気付く。
――弾丸を、込めていなかった事に。
彼女はそれでも。
弾丸が格納されたバックパックに手を伸ばしながら…まるでスローモーション中、鋭く速く、飛び行く螺旋撃牙をその眼に映しながら……胸の内で、彼の名前を叫ぶと同時に、想う。
この瞬間ほど、後悔で心を焼く事は……
今後――もし、もしここから……生きて帰れるとするならば。
今この瞬間ほど、心を焼き爛れさせる様な後悔に身を焦がす事は、恐らく…ない――。
――ドッ……
新しい芯核を頭部に輝かせる角の様に湛えたその純種が無造作に投げ放った、螺旋の芯が撃ち出されたままのその牙は――
弾ける様にその身体を駆動させ、飛び来るそれを止めようと伸ばすギルの手を空しくすり抜け、事も無く。
再起した純種に、呆然と立ち尽くす斑鳩の身体を――
――捉え、貫き。 吹き飛ばした。
…………――――第7話 この力、誰が為に。(7)へと続く。




