第7話 この力、誰が為に。(6) Part-3
見事にその弾丸で純種を撃ち抜くも、反撃の散弾により窮地に晒される詩絵莉…
その時、彼女の視界に飛び込んだのは―!
「――うおおああぁぁぁあァァァッ!!!」
――ガッ……
「――ッ!!?」
絞り出すような咆哮と、詩絵莉に飛び掛かる影――。
それは狼としての身体能力全てを駆使したかの様な、ギルの詩絵莉を抱え込む様な体当たりだった――!
ドォッガッガァアンッ!!
純種が無造作に地面を抉り放ったその無数の岩塊からなる散弾――
それは、先程まで詩絵莉が居た場所を豪快な音と共に貫き――まるで爆破でもしたかの様にその地面を削り、爆ぜる……!
ズザザアァァァッ!
ギルは詩絵莉を押し倒すように抱えたまま、地面へ滑る様に二人は突っ伏した!
その衝撃に、詩絵莉は小さく「……かはっ」と目を白黒させて息を漏らしながら、自分に覆いかぶさるようにのしかかる存在を見上げると、そこには逆光に浮かび上がる、額を赤くその血で染めたギルの姿――。
「――はあっ、はあっ……シエリ、無事かオイ!!」
「ひゅー、ひゅー……」
横からの高速のタックルに肺が潰されるかの様な衝撃を受けた詩絵莉は、言葉にならない吐息を繰り返しながらも、ギルへと苦しそうな表情でこくこく、と何度か頷いて見せた。
その様子を確認すると、彼は厳しい表情のまますぐさま純種から彼女をかばう様に立ち上がり……未だ残るダメージに震える手で、螺旋撃牙を何とか装填する。
「ギル……!」
「……詩絵莉……よかっ……た」
斑鳩とアールは、その光景に思わず胸をなで下ろす。
額に流れる血こそ止まっている様だが、やはり相応に無理はしたのだろう――
彼は装填した撃牙を構え、ぜえぜえと肩を大きく揺らし息をしながらも、斑鳩たちへと「問題ねえ」と言わんばかりの強気な視線を送る。
その瞳に宿る闘志は衰えるどころか、むしろ高まっているようにさえ感じる。
――ギル、流石だな。
斑鳩は素直に彼に対して、小さく頷くと称賛の念を浮かべた。
かたや、詩絵莉の狙撃により左肩を大きく抉られた純種は…。
斑鳩が巻き付けたグラウンド・アンカーのワイヤーを振り返り様、五月蠅そうに、蹴り寄せるよう左後足を強く払う。ごう、という風を切る音と共に、びいんっ、と軽快な音を立て――斑鳩が引くワイヤーから、ふ、と重さが消えた。
「……!」
先端に備えられたグラウンド・アンカーの矢じりは、設定を超えた加重が掛かるとワイヤー切断を防ぐために自ら外れる機構となっている。
斑鳩は純種から眼を逸らす事なく、先端を失ったワイヤーを一気に巻き取り手元に手繰り寄せると、すぐさま小さなバックパックから替えの矢じりを素早く取り出す。
その光景の傍ら。アールは純種を挟んだ反対側に位置する、大きく息を乱すギルと詩絵莉を視界に入れ――厳しそうな表情で斑鳩に小さく呟やいた。
「……斑鳩、いく?」
戦闘を開始して初めて言葉らしい言葉を口にする彼女に対し、手元に手繰り寄せたワイヤーへ新たな矢じりを装着しながら、斑鳩は少しだけ間を置き……小さく首を振って見せた。
「……今、ヤツは詩絵莉から受けた損傷の回復を計っている……畳みかけたいところだが、こうして動かず膠着しているならば、ギルと詩絵莉の回復時間稼ぎにもなる……」
――あの二人から注意を逸らさせる為に攻撃を指示すると思ったけど……何か考えが、あるのかな……
「……うん」
アールは僅かな疑問を抱きつつも、彼の声を肯定する様、そう答え――
それでも、いつでも攻撃に移れる様に、言葉とは裏腹にまるで今にも駆け出しそうな前傾姿勢を維持し、彼の言葉通り待機する。
――同時に彼女は。
改めて、自らにしか聞こえない胸を激しく打ち鳴らす音に、く、と唇を噛んだ。
未だに彼女の胸を打つ謎の音――
そしてその音は、否応無しに不安と迷いを駆り立て――身を震わせる様に煽る。
――こいつが……きっと……わたしを"試す"タタリギ、なんだね。
彼女の脳裏に、あの仮面を貼り付けた様な表情の男――ヒューバルト大尉のその顔が過る。
彼は言った。お前は兵器のようなものだ、と。
配備された先で、近いうちに――その"性能"を試される機会が、やがて訪れると。
……タタリギと戦うのは、嫌いではない。
彼女は、いつぞや思い浮かべたその心情をなぞる。
今は――タタリギと、戦う理由がある。
何も知らず、言われるがまま兵器として戦うのではなく……
彼らと共にある者として、ヤドリギとして、そして……なにより、ヒトとして在るその為に。
そして、彼らと共にする事で得た、自らを成す……意地と誇りの為に。
――"試し"たら、いい。
この戦いで"試される"のは……わたしの性能なんかじゃ、ない――。
彼女はヒューバルト大尉の言葉に、心の内でゆっくりと頷いた。
わたしは意地と誇りを、示せるかどうか――"試す"としたら、そこだけだ。
その為の試験であるなら、例えこの力を振るう事になったとしても――後悔は、きっと……ない。
――この力は、誰の為にあるんだろう。ずうっと、疑問だった。
それを、わたしだけがここに立てた、その意味を"試してくれる"のが、きっと――今なんだ。任務だからじゃない、試験だからじゃない――
わたしが、わたしの意志で……"試す"んだ。
――ヤドリギとして、式神として――皆を守る為に、この力を……!
彼女は目を見開き、心をまさに自らが瞳に湛える様な、紅に。
初めて戦場で感じ得る湧き上がる様に強く、紅く燃える意志の炎に不思議と暖かさを感じながら…
撃牙を握るその右手を、ぎゅう、と力の限り握り込む――。
・
・・
彼女――
アールが密かに、その心の内を紅く燃やす傍ら――。
斑鳩は背中に奔る冷たいものと、湧き上がる純種への表現しがたい高揚感に、その目をぎらつかせる。
寸でのところ、ギルの助けにより詩絵莉が窮地を脱したその事への安堵は既に露と消え。
彼に満ちる感情は、今……この純種に勝てるか、どうか――
まさに、それだけで……それだけで、満たされようとしていた。
初めて相対する、まさかこんなに早く出会うとは思ってもみなかった相手――
斑鳩が求める"その先"に在るもの――辿り着きたかった、巡り合いたかった、純種タタリギ。
彼は改め戦闘開始からの僅か数分間の展開を、瞬間……頭の中で巡らせる。
――今、ここに……俺が得た"最高の仲間"を以て、ついに対峙が叶った……!
ギルの傷はあと1~2分もあれば式狼としての力を取り戻す――いや、彼の事だ。この窮地……むしろ本来の力をも超える爆発力が彼には期待出来る。
詩絵莉は……平地でのこの戦闘は……相当な不利を背負っている。
このままでは、彼女をかばいながら戦う事となる……そうなれば、部隊全体のパフォーマンスの低下は避けれない。早急に射撃場所を確保させる必要がある。
ローレッタ――彼女は必ず立て直す。
戦闘開始から兆しの報告や、指揮が無い――だが、彼女は必ずこの状況を打開するその為に今、梟としての知識と、経験と、そして彼に見た覚悟を以て――この戦場を見つめている筈だ。
アールは、まさにデイケーダーという王手に至らしめる最大の剣であり、切り札だ。
……彼女の比類なきその戦闘能力の運用こそが、この戦いを別ける事になるだろう。
――ああ、想いが滾る。
……そうだ、ここが、今こここそが人類の"瀬戸際"なんだ。
旧世代の人類は、こいつに、この純種という存在に敵わなかった。
大量の兵器、大量の人員を投入してもなお――敗北した。
……ならば、ヤドリギはどうか。
俺が思い描く理想の部隊――それぞれの式種、能力の尖った者による少数精鋭を是とし、無駄と隙を排除した……いわば部隊の全員が一つの戦力として稼働する、この俺たちならば、タタリギに届くのか――?
――ずっと疑問に想っていた。
ヤドリギが戦場に現れて幾年月、それでも人類は現状の維持が関の山。
いや……むしろ、人類はヤドリギという存在を得たにも関わらず、タタリギを前に未だ緩やかな滅びを享受していると言ってもいい、後退を続ける人類――。
果たしてそれが、人類の行く末なのか?結末なのか?
……だとするならば、この目で確かめたい。
人類はタタリギに"勝てない"と結論付けられる、その瞬間を――
全てを賭け思考し、全身全霊戦い抜いたその先が!それでもなお俺の考え通り、滅びる運命にあるならば!
……その絶望と、自らの思考と考察を証明する、その瞬間を……!
他の誰でもない、俺は……一番の特等席で、それを、この目で見ていたい。
これ以上なく明確な、その答えを。
全てを賭けても勝てないという、俺の考えの正しさの証明を得たい――!!
――いや、得たかったんだ。
彼女――"式神"、アールの存在を見るまでは。
全ての式種の能力を持ち、それを駆使し戦場を駆ける、彼女をこの目で見るまでは。
……彼女なら、あるいは!?
――この"式神"なら、あるいは!?
覆る事の無かった俺の結論――
人類に勝利はない、そう結論付けたはずの俺たちヒトの往く末を、裏切ってくれるのではないか――!?
斑鳩は、自らを捨て駒として扱う事さえも想定に入れたその作戦を――
部隊を、この戦闘を、今や盤上に並ぶ駒をなぞらえ、詰め将棋を行う様に。
ずっと焦がれたその"純種"という存在を前に、誰に知られるでもなく――
そのぎらつきながらも、夜の闇の様に黒く。
純種を前に……黒く、黒く渦巻き燃え滾る、業火の様なその激情を胸に湛え…
――静かに、その身を焦がしていた――。
…………――――第7話 この力、誰が為に。(6) Part-4へと続く。