第7話 この力、誰が為に。(6) Part-2
アダプター2内部に突如現れた、異形を成す黒い獣――。
突然戦いの口火が切られる中、負傷を負うギル、新たな敵に対応が遅れるローレッタ。
その彼女の操るコンソールに、追い打ちを掛けるように発生する異常が起きる―!
『……キサヌキ、なに……ボケッとしてんだ、オイ』
混乱した彼女の思考へ割り込む様に、彼女の耳を揺らしたのは――
「ギッ……ギル!! 無事!? 怪我は……!?」
先程まで宙を彷徨っていたローレッタの焦点が、一気に一点――バイタルデータが表示されるモニターへと収束する。
その声の主――ギルの苦しそうな様子な呼吸音に、彼女は唇を少し噛む。
「大丈夫!? 出血は止まりそう!? ギル……!」
『撃牙が……偶然だけど盾になってたみたいでな、はぁ、はぁ……なーに、大した事はねえ……あと1~2分もありゃ動けるようになる……うぐっ』
式狼を代表する能力の一つである、卓越した自然治癒力――。
切り傷や、打撃による外傷、それに伴う体内の損傷。
それらの修復能力が強化されている彼ら狼は、傷の深さにもよるが浅い傷ならばたちどころに回復していく。
こと骨折や内臓の激しい損傷、身体を貫通する様な外傷でも無ければ、数分もあれば再び戦線に復帰出来る程の回復力を有している。
『ブッ叩かれる瞬間……後ろに飛べたからな……そうでもしてなけりゃ骨は数本、持ってかれてたぜ……いや、今はそんな話はどうでもいい……ゲホッ』
「ギル、無理にしゃべらないで! ……タイチョーたちが時間稼ぎをしてくれている……回復に専念し……」
『……お前、なにしてんだ……キサヌキ』
労わるローレッタの声に被せるように、ギルの逼迫した声が、彼女の台詞を止める。
『普段なら……兆しや、敵の情報……はぁ、はぁ……うるせえくらいに言ってくるだろうがよ……』
「そ……それは……! ……ごめん、あいつの動きが……動きが掴めなくて……! そ、それに今……コンソールの様子もおかしくて……私……!」
懺悔と動転した彼女の声に、インカムの向こうで流れる数秒の沈黙。
『……馬鹿だろお前……いや、この場合……頭が良すぎるんだよ、お前は……はぁ、はぁ……』
「!?」
『あんなヤロウの機をいつも通りに読めなんてのは、そりゃ土台無理な……げほっ、話だろうが』
「ギル……」
予想していなかった彼の返答に、ローレッタは戸惑う。
ギルは呼吸を整える様に深呼吸をしながら続ける。
『俺は……難しいことは、わからねえ。 コンソールの異常も、なんの……はぁ、はぁ、ことだか、わかりゃしねえ。 だから……お前もそうなれ……ローレッタ』
「……!」
『い、いいか……こうして通信出来て、俺たちの姿は見えているんだろ? ならやる事ぁ一つだろうが……お前のやりたいことを、一つだけ選んで……やれよ』
「一つだけ……」
ローレッタは彼の言葉に頭に登っていた血が、すう、と引いていくのを感じる。
『……わかんだろ? あれもこれも処理するのが、梟の仕事かもしれねえ……だが今だけは馬鹿になって、一つだけだ……お前が今、一番やるべきことを……やれよ、ローレッタッ……』
「……ほんともう……馬鹿馬鹿うるさいな、ギルやんのくせに」
『へっ……ならさっさとやれよ……秀才なんだろ、キサヌキ……お前はよ』
そうだ、彼の言う通りだ――。
一つだけ――今は一つだけの事に集中する。
この画面に表示されたオンラインの文字……幸い、今は木兎を始めとした各機能には影響は無い。
――頭の隅に浮かんだ、あの黒い箱、そしてアガルタ……でも今は、置いておく……!!
―皆を、助けるんだ!!
彼女は、ふうう、と深く息を吐くと……コンソールに表示される映る情報を、次々と制限していく。
今は、必要なものだけ……一つの事に、必要なものだけを視るんだ――!
ローレッタは装着し直したヘッドマウントディスプレイに映るアダプター2の構造地図――。
そして黒い獣と戦う仲間の戦う姿を、大きく写す。
晴れた迷いと視界。
大きく頷くと、彼女は意識と感覚の全てを木兎へと流し込む――!
・
・・
・・・
「ちいいッ……!!」
ギルが被弾したその直後――。
振われる丸太の様な腕から繰り出される攻撃を寸でのところで避けつつ――
機を掴んだ斑鳩が放つ渾身の螺旋撃牙の一閃が、黒い獣――純種タタリギの胸部を捉えた!
ズッ……ギャアァァァッ!!!
黒い外皮をやすやすと突き破り、まさにその肉を挽く様な一撃――。
並のタタリギならば、確実に動きを止めるであろうその深手を以てしても、それは一切動じる事無く身をよじり、攻撃へ転じてくる――。
――間違いない、これが……これが純種のタタリギ……! 俺が会いたかった……焦がれた相手――!!
傷を介する様子も無く、牙を突き立た斑鳩に対して無造作に繰り出されるその攻撃――。
避けた純種の振う前足の風圧に、前髪が焦げるように散るその奥で……斑鳩は、その瞳をぎらぎらと輝かせていた。
今、人類を脅かす脅威として存在するタタリギ。丁、丙型……そして、乙型、甲型と呼ばれるそれら――。
それらは、言わばヒトが旧時代に純種タタリギに対抗するために投入した戦力を取り込み、それを核として稼働するものたち。
だが、斑鳩は考える。
投入した戦力は、無限ではない、と。
悉く。悉くそれらと戦い、勝ち、敗けたその先。その先――!
俺たちヤドリギがいつの日にか相対する事になる、その先にある"もの"――!!
「――そこッ!」
――バガァンッ!!!
詩絵莉の放った大型の弾頭が、純種のこめかみを正確に捉える。
一瞬その衝撃に、弾かれるように首がずれる純種――そこへ、斑鳩は被せるように首元へとその螺旋撃牙を番え――
「くらえッ……!!」
ズッギュアアアアァンッ!!
深々と――貫き挽く様に、斑鳩は再びその牙を突き立てる!
だが――。
ロロロロ……
「……!!」
螺旋撃牙を撃ち込んだ斑鳩の右腕の上――。
黒い外皮に刻まれた傷の様な、真っ赤な血を湛えたような瞳が斑鳩を見下ろす様に、てらてらと不気味な光を漏らす。
同時に、本来の動物であるなら急所であろう場所を貫かれたにも関わらず、不敵とも取れるような鳴き声を漏らす純種に、斑鳩の背筋に冷たいものが奔る。
その刹那。
無造作ながら驚くほど滑らかな所作で、その右前足を斑鳩に振り上げ――!
「――斑鳩!!」
その瞬間、純種の股下を滑り込む様に飛び込むアールの姿。
彼女は浮いた右前足の反対、左前足に対して狙いを付けると、く、と唇を強く噛み――!
ガアァンッ!!
一撃。
そして撃ち込んだその反動を利用するようにすぐさま装填――!
ズッッガァンッ!!
二撃。
身を翻し、さらに装填――!!
「――んッ」
小さく吐息を吐くと――さらに撃牙のトリガーを、強く引き絞る!
ズッガァァアッ!!!
三撃。
彼女が以前の戦いでも見せた、一瞬での撃牙による連撃――
インパクトした瞬間の反動――、その戻りを利用した瞬時の装填、そして再射撃……!
目の前で繰り広げられる、同じヤドリギである者から見てもその人間離れした華麗な技に、斑鳩も一瞬目を奪われる。
斑鳩とギルが扱う螺旋撃牙と違い、彼女が右腕に装着するアガルタ製の最新型の撃牙は、その牙の先端にかけてやや細身を帯びているものの突き刺し貫く、というよりは衝撃点を絞る事により威力を重視した、言わば打撃型である。
「!」
彼女の連撃に、ぐらり、と斑鳩に対して振り上げた右前足の攻撃の為――その為に加重が掛かっていたであろう左前脚が、一瞬ゆらぐ。
瞬間、斑鳩は螺旋撃牙を引き抜くと、後ろ手――うずくまるギルと反対方向に飛びずさる。
「……斑鳩、ギルは大丈夫、かな……」
ずざあっ、と、斑鳩が着地したそのすぐ脇に、既にあの連撃から離脱せしめたアールの姿。
彼女は、あの滑り込みから放った連撃を終え、既に離脱していた。
頬を伝う汗を拭いながら、「……あいつなら大丈夫さ」と小さく呟きながら、斑鳩はチラリと横目で彼女の顔に視線をやる。
――アールの戦い方は、超高速のヒットアンドアウェイだ。
敵の隙に応じた的確な手数を選択し、撃牙を叩き込み、離脱する。
ここへ赴く前――。
フリッツが彼女、アールに対しても螺旋撃牙を今後提供したいと提案したとき、彼女は断った。
貫通性を有する螺旋撃牙の提供を断ったのは、彼女の戦い方故だろう。
確かに見ての通り、あの純種――斑鳩たちも良く知る"タタリギ"の本質である、黒い根……それを編み上げたかの様な外皮。 かなりの強度を誇るそれをやすやすと撃ち貫く螺旋撃牙だが……。
―引き抜く、という動作が回避と反応を遅らせる、か…。
なるほど、と斑鳩は呼吸を整えながら…
目の前の黒い獣――純種タタリギを、再び射抜くように見つめる。
人類の武器を駆り、模倣し、ヒトを狩るタタリギ――。
ヒトが抵抗する為に投入した兵器全て、それをあざ笑う様に、諫めるように。
その悉くを、人類をまるで否定するかの如く返してきた存在、タタリギ――。
だが、ヤドリギの登場により、今や通常兵器は戦場において使用されていない。
……ならば、旧世代の兵器を纏うタタリギ全てに打ち勝ったその先とは――?
――その答えが、目の前のこいつだ……純種と呼ばれる、原初のタタリギ……。
純種はゆっくりとその首を、詩絵莉の方へと向ける。
その様子に、すぐさま反応し大地を蹴るアール。そして斑鳩も彼女に続く様に撃牙を装填しながら、駆ける――。
――全ての寄生型のタタリギを倒したその先に待っているのは、こいつだ。
旧世代のヒトは、純種に敗れその力と存在、全てを奪われる結果になった。
だが、時を経て憎むべきそのタタリギの力を血肉として生まれたヤドリギという存在――。
そして、新たな世代として今、前を駆ける彼女――式神……アール。
彼女と出会ってから――彼女の戦いを見た彼……斑鳩は。
寄生型のタタリギに対して、今やヤドリギは五分……いや、それを上回る戦果を確信する。
ならば、と斑鳩は左手のグラウンド・アンカーの引き鉄を握り込む。
――俺たちヤドリギは、タタリギそのものに……純種に、勝てるのか!?
――シュパァッ!!
駆けながら放つ、純種の後ろ脚を狙った強靭なワイヤーで繋がれた矢じり。
それは斑鳩の射撃と同時に振り抜くような右手の操作により、弧を描き、見事にその足へと幾重にも巻き付くように絡む。
「ぐううッ……!!」
同時に斑鳩は、地面にその踵を埋めるように急停止し、身体を駆けていた方向と反対側へと捩じり込むように、巻き込む様に。
歯を食いしばり、力の限りワイヤーを引き寄せる――!
詩絵莉に向かおうとしていた純種は、がくん、と捕らわれた後右足により身体を一瞬震わせ、その動きを止めた。
その光景を目の前に、アールは跳ねるように駆けながら、一瞬斑鳩の方を振り向く。斑鳩はその視線に目で応える――。
そして。
「……ッ!!」
ズガァッンッ!! ――ズガァンッ!! ――ズッガァアアンッ!!!
一瞬止まったその純種の後ろ足へ、アールは再び連撃を叩き込んだ!
その一点に集約された衝撃に再び、がくん、と体勢を崩す純種――その横面に、詩絵莉が狙いを付ける――!
「これならどう――!?」
彼女は、ざ、と地面に力強く膝を立て、脇を締め……素早く、そして力強く膝射の体勢を取る。
以前乙型との戦闘で拘束され、宙へと持ち上げられた斑鳩を掴む根を見事に撃ち切った、彼女"とっておき"弾丸が込められた銃身。
――その引き鉄に掛けられた指を、強く引き絞った!
ッズッ……バァアンンッ!!!
凄まじい射撃音と、その衝撃で大きく銃身が跳ね上がり――。
刹那、銃口を天に掲げた彼女が見たのは……撃ち放った弾丸が、純種の頬の外皮を巻き込むように撃ち斬り。
そして見事に、左肩を抉るように貫く光景と――
ドガァッッ!!!
撃ち抜かれながらも、同時に地面へその右前足を突き刺す様に叩き付け――
――ゴバァッ!!
轟音を立て、力任せに掬い上げる様に――
岩盤による、まさに規格外の散弾の如くこちらへ放たれる、土煙を巻き上げ放たれた無数の岩塊――!!
――あ……。
その一つ一つが致命傷になるであろうそれを、隼である詩絵莉の瞳は、つぶさに捉え――――。
第7話 この力、誰が為に。(6) Part-3へと続く――。