第7話 この力、誰が為に。(閑話:マルセルの憂慮)
Y028部隊をアダプター2へ送り出したマルセル。
報告に来た五葉と共に彼は、訪れたフリッツにとある憂慮を語る。
「マルセル隊長、失礼しまッス!」
Y028部隊をここ、ロビーコンテナで見送り小一時間が過ぎた頃――。
頭頂部で結んだ黒髪を元気よく揺らしながら、同隊員の五葉つかさがマルセルの前に現れる。
「五葉。 ご苦労だったな」
「いーえっ、自分は戦うよりも、支援のほうが性分に合ってるのかもしれないッス、楽しくやらせて貰ってまッス!」
言いながら、五葉は満面の笑顔でマルセルに応える。
彼女も、マルセルと同じくドーヴィンに引き取られた孤児の一人だ。両親は共にA.R.K.間の物資運搬を担当する仕事中にタタリギに襲われ亡くしている過去を持ちながら、孤児として保護されてからは常に周囲の同じ環境の子供たちの面倒見る為、家事に育児にと奔走してきた。
それもひと段落した頃、ドーヴィンの仕事の一助になりたいと受けたテストでヤドリギへと覚醒し、戦う道を選んだ彼女だが……マルセルは、ふと表情を緩め彼女を見やる。
「なに、お前の働きに助かっているのは事実だからな。 暫くしたら、次はここの拠点の防衛線の確認と、周囲を哨戒する隊員の時間割を確認しよう。 それまでゆっくり昼寝でもして休憩していてくれ」
「了解ッス! ……あ、でもマルセル隊長、ちょっとお待ちをば」
彼に敬礼交じりに笑顔を返すと、五葉は思い出したように後ろを振り返りロビーコンテナの入り口扉を開いた。
「あ、お邪魔……じゃなかったかな……?」
開かれた扉の影から、フリッツがおずおずと中を覗き込む様に顔を出す。
「フリッツ君。 問題ないが……取り敢えず入るといい」
「そ、そうかい? なら失礼して……」
マルセルの声に、彼は後ろ手で扉を丁寧に閉じる。
「いや、その……おこがましいとは思うんだが、僕も何か役に立てればと思ってね。 兵装の整備や開発は第一として……休憩がてらに、ここの施設で僕が手入れ出来る場所があれば聞いておきたくて。 何か、出来る事はないかな」
フリッツはそう言いながら、照れ隠しをする様に頭をぽりぽりとかいてみせる。
彼の申し出に、五葉は横から心配そうな表情を見せる。
「フリッツさん、無理はよくないッスよ。 ここに到着してからずっと色んな事に掛かり切りだったでしょう? それに、給湯器の修理改善は本当に助かったッスよ! あれ、旧式とは思えない火力になってて、すごいッスから」
言うと、五葉は体全体で恐らく給湯器の小窓から見えるであろう、燃え踊る炎を体全体で表現するように、不思議な動きを見せる。そんな彼女にマルセルはプッと噴き出すと、苦笑しながらフリッツに向き直った。
「……だそうだ、今のところ取り急いで何かして欲しい事はないな。 それよりも、五葉の言う通りだ。 良い仕事を熟すには良い食事と睡眠が必要だ。 今から数時間、我々も休憩をとるつもりだしな、お前さんも一度しっかり休むといい」
そう言うと、マルセルは立ち上がりフリッツの肩をぽん、と軽く叩いてみせる。
彼はやや恥ずかしそうに「そ、そうかい?」と口にすると、少しばかり考える様子を見せる。
「……どうかしたか?」
「あ、ああいや……何だろうね。 詩絵莉……や、斑鳩隊長……Y028部隊の皆は今、大事な作戦行動に入ってる。 そんな中、僕みたいなヤツを捕まえて面と向かって"仲間だ"と言ってくれた彼らの手前……ぼうっとしているのは、どうにもモヤモヤしてね」
複雑な表情を見せるフリッツの言葉に、マルセルは「ふむ」と頷く。
「……仲間、か。 そうだな。 お前さんの言葉は最もだが、彼らも言っていたろう、人にはそれぞれ領分があると。 お前さんは彼らが休んでいる時にも工作室に籠って作業をしていたじゃあないか。 なら逆もしかり、だろう?」
「そうッス! フリッツさんは十分頑張ってるッスよ、うちの隊長が言う通り、休むときは休む! それがデキる男の条件でもあるッスよ!」
マルセルの言葉と詰め寄る五葉に、彼は少し嬉しそうな表情を浮かべる。
「そ、そう……か。 ま、まあ確かそうかも……でもね、少しでも彼らの役に立ちたく思うんだ。 僕を第13A.R.K.の地下から引っ張りあげて、役目とその……仲間をくれた、斑鳩隊長の為にもね」
やや疲れた表情ながら力強く……しかし迷い無くそう言う彼を見て、マルセルは一歩下がると腕を組み、その腰を作戦机に預けた。
「……斑鳩……か。 そうだな……フリッツ君、彼をどう見る?」
唐突なマルセルの問い掛け。
先ほどまでとは一味違った雰囲気に、フリッツはやや戸惑いの表情を浮かべる。
「どう……とは?」
「そうだなあ、彼の印象……かな」
「印象……印象か。 ……いや、彼は優秀な人物だと思う。 今まで人付き合いが多かったと言える程でもない僕が言うのもなんだが……知識、経験、物事に対する考察力と冷静さ……かな。 彼とはまだ僕も出会って日は浅いが、あの若さで局長に一目置かれるだけはある……正直、尊敬しているよ」
次第に興奮気味に、「僕の改良した撃牙、あれもいち早く理解してくれたしね」と付け加えると、自信たっぷりといった表情を浮かべる。
「なるほど。 そう見るか……まあ、それもあながち間違いじゃあない。 実際あいつは、自分が見てきたヤドリギの中でも相当に"切れてる"やつだ。……だが……」
フリッツの斑鳩に対する印象を肯定する様にゆっくり頷くと、マルセルは少し目を伏せ、ちらりと五葉に視線を向けた。
「五葉、お前は彼をどう見る」
「……自分、ッスか」
五葉は向けられた視線に一瞬ぴくりと身を揺らすが、マルセルの真剣なまなざしに「うーん」と視線を泳がす。
「……そうッすね。 フリッツさんの言う印象も同意ではあるッスが……上手く言えないッスけれども……あの人の目は……」
彼の目を思い出し、彼女は「フリッツの手前、言ってもいいものか」と一瞬迷う様に彼と、そしてマルセルを交互に見る。
そんな彼女の様子に、マルセルは小さく頷いた。
「そうだ。 俺たちはああいう目をしたヤツを、俺たちと同じ孤児のヤツの中に見て来た。 そうそう居る手合いじゃないがな……」
「ああいう目……?」
マルセルの台詞に頷く五葉を見て、フリッツはわからない、と言った風に首を傾げる。
「あの目は……全てを諦めている……俺たちにはそう見えるんだ」
「……え?」
フリッツはマルセルの発した言葉、そして彼の言葉に複雑な表情で頷く五葉の顔を交互に見ると、思わず間抜けな声を漏らす。
彼の、斑鳩の目が……全てを諦めている目……? そんなバカな。フリッツはますます分からない、と言った表情をありありと浮かべた。
「……いや、マルセル隊長……そんな筈はないよ。 彼が"全てを諦めている"なら、何故自らでY028部隊を結成したっていうんだい? 僕にしたってそうだ。 あの時、僕にに掛けてくれた言葉に偽りがあったとは思えない」
憮然としながら言葉を並べるフリッツに、マルセルはあごひげを撫でながら目を細めてみせる。
「そうだ。 ……だからこそ、分からないんだ。 確かに彼は、ヤドリギとしてタタリギと戦う道の上に居る。 そして、偽りなく最善を尽くしている……それは間違いないし、疑うつもりはない」
マルセルはさらに目を細めると、小さく首を傾げた。
「本人から聞いたが、彼は俺達と同じ様な環境……いわば、ヤドリギになる前は孤児だったそうだ。 だが、それを語る彼に……タタリギに対する感情が一切見えなかったのさ。 自分の親や生まれ故郷を襲い、荒らしたタタリギに対する怒りや、恨みの念が。 それこそ、僅かながらもね」
「……タタリギに対する、感情……」
静かに語るマルセルの言葉を飲み込みながら、フリッツは眉間にしわを寄せる。
「……自分たちは、今こうしてヤドリギとしてタタリギと戦う道を選んでるッス。 それは勿論、理由はそれぞれ皆あるッスが……根底には、やっぱり人を脅かし、自分たちの親を殺したタタリギが憎いし、打ち克ちたい、それが原動力になって……そして高じて、タタリギから皆を守りたいという感情に突き動かされてるといっても過言じゃないッス」
「……それが彼に、感じられないと?」
頷くマルセルと五葉にフリッツは思わず「……馬鹿な」と小さく呟く。
「自分も数度しか顔を合わせた事はないが……A.R.K.に帰属しない、金と物資の為にタタリギを狩る"野良"と呼ばれる連中が居る事は知っているか。 そいつらは純粋に、自らの欲の為に動いている連中だ。 最初は斑鳩もそうかと思ったんだが……それとも違う。 そういう連中は、今回の作戦の様な種別すら確認されていないタタリギと戦い往くなんて、リスキーな事は絶対にしないからな」
「……当然だ! 彼は"野良"連中とは違う、ちゃんと信念と、理念を持って戦っている、僕は近くに居てそう感じる」
彼らが言う、"野良"とは、ヤドリギとして覚醒したものの様々な理由から組織に所属せず、A.R.K.、ひいてはアガルタの庇護から離れ活動する者たちの総称だ。表だってA.R.K.の為に働く事がなく、その動向は不明な点が多いが……民間による拠点間の運搬や移動の護衛を、金や物資を代償に請け負う連中が居る。
当然A.R.K.に認可されていない為、一切の支援や責任を放棄している彼らは、逆にA.R.K.に認められていない物資や人の搬入を受け持つ側面を持つため問題視されている、が……。
現在は取り立てて大きな問題を起こしていない為、放置されている問題の一つ、でもあった。
しかしヤドリギとして正式にA.R.K.へ所属して戦う者からすれば、人類を守る為に得たその力と責務を放棄し、その力で小金稼ぐ連中として嫌われる存在である。
「……そうだ。 だからこそ分からないんだ。 彼は……斑鳩は命を賭して戦っている。 それは間違いない。 だが反面、彼は……勝てないと分かっていながら戦っている様にも感じるのさ」
「……か……勝てないと分かっていて、戦っている……?」
「ああ。 彼とここに来て何度かサシで話をしたんだが、少なくとも自分はそう印象を受けた。 ……だからこそ、わからないんだ。 彼が何の為に戦っているのか、とね」
フリッツは、マルセルの言葉を聞きながら大いに混乱していた。
勝てないと分かっていながら、戦う……?
……ならば、螺旋撃牙はどうだった?確かに彼は感動してくれていた筈だ。それは演技等ではないと少なくとも、彼は思える。
わからない。だが彼――この目の前に居るマルセルが、斑鳩を貶める為、彼の印象を悪くするためにこの様な事を言う男ではないと、理解もしている。そもそも、そんな事をする意味すらない筈だ。
「……わかった。 印象は、それぞれだ。 僕が受けた彼――斑鳩隊長の印象に間違いはないと思っているし……マルセル隊長と五葉さんが言う彼の印象も、否定するつもりはない……ヤドリギ同士で、感じ合う事があるのかもしれない。 ……けれども、それを僕に話して、どうしようと……?」
そう言うと、やや身構える様なそぶりを見せる彼に対して、マルセルは苦笑する。
「自分は、彼の……ヤドリギとしての活躍は、本当に頼もしく思っているし、気に入ってるんだ。 彼を悪く言うつもりも、卑下するつもりもない。 ……ただ、どこか彼には、危ういところがある……そう感じているのは、事実だ。 それをフリッツ君には伝えておこうと思ってね」
「……僕に? 何故?」
いぶかし気に眉をひそめ、フリッツはマルセルを見つめた。
その視線をまっすぐ見つめ返しながら、彼は続ける。
「整備士……メカニックは、いわば部隊内で言うなら"ヤドリギ"じゃあない、が。 式梟よりも外で、部隊全体を見る立場に居ると思っている。 ヤドリギ同士、距離や境遇が近い者同士じゃ中々気付けない事もあるだろさ。 今回話した彼の印象も、Y028部隊の外に居る我々だからこそ感じている事だしな」
マルセルの言葉に、五葉は真剣な面持ちで小さく頷いた。
「斑鳩は部隊長、それもかなり優秀で切れるヤツ……それは間違いない。 だが、同時にどこか……危うさを感じるんだ。 だからこそ、外側からの視線も必要だと自分は思う。 部隊をより、円滑に機能させるためにね」
「……確かに、理屈はわかる。 整備だって同じだ……第三者の精査によって、それは精度を増す……」
フリッツが口元に手を当て、考え込むように呟く言葉に「ああ、その通りだ」と頷いた。
「フリッツ君、お前さんは間違いなくY028部隊の一員だ。 だからこそ、斑鳩が何か間違いそうになった時、冷静にそれを見極めて欲しいと思う」
「僕が……」
「そうだ。 それには、ヤドリギの外に居るお前さんが適任なのさ」
マルセルはそう言うと、小さく息を吐くと苦笑を浮かべた。
「自分たちや、斑鳩たち……"ヤドリギ"は、いわば人外の力を手にしている存在だ。 だからこそ、人の道を往きたい……が、それを支えてくれるのは大勢の"ヤドリギ"ではない人々なのさ。 だからお前さんは、自分の存在と意味に自信を持って彼らとこの先付き合っていって欲しいのさ」
「……そ、そういうものかな……」
彼の意外な言葉に、先ほどとは違う困惑を浮かべるフリッツの背中を、五葉が力強く叩いた。
「そういうモン、ッス!」
華奢で小さな彼女からとは思えない力強い一発に、彼は思わず「うっ」と息が詰まる。
だが、悪い気はしない。彼らもまた、斑鳩たちと同じように自分を認めてくれる存在だと、その一発にフリッツは感じる。
「……お前さんとこの隼……泉妻な。 彼女は、自分らが感じた斑鳩が抱える"何か"に気付いているかもしれん」
「詩絵莉が……?」
背中をやや涙目でさすりながら、フリッツは顔を上げる。
そう言えば……確かに出撃前のやりとりで、彼女は言葉に詰まっていた様に見えた。
あの時、彼女もマルセルや五葉が感じたような何かを思っていたのだろうか?
「何かあった時は、お前さんが話を聞いてやればいい。 もちろん、自分らが力になれる事があるなら、声を掛けてくれたらいいさ」
「……そう……か。 そうさせて貰うよ、マルセル隊長。 ……ありがとう」
「なに、同じ釜の飯を食ってる間柄、というやつだ。 お前さんらの事を気に入ってるのは事実だからな」
そう言うと、同意とばかりに何度も頷く五葉と目を合わせ笑うマルセル。
「……あとは……彼らが無事帰還してくる事を信じてこのアダプター1を守る為にも、行動しよう。 だがその前に少し、休憩だなあ」
「了解ッス! 二人ともしゃべり続けてノド乾いたでしょう……お茶、入れてくるッスよ!」
元気よく敬礼を放ち、五葉がコンテナの扉を開け放ち飛び出していく。
笑みを浮かべながら、フリッツは彼女の背中を見つめていた。
「……詩絵莉、斑鳩隊長、皆。 ……無事に帰ってきてくれよ。 僕は、まだ……もっと、君らの力になりたいんだ」
誰に言うでもなく口を突いて出たフリッツのその台詞に。
――マルセルは目を閉じながら、小さく頷いていた。
……――第7話 この力、誰が為に。(5)へと続く。