第7話 この力、誰が為に。(1)
遂に始まった、南東区域攻略の第一歩。
アダプター1から直近となる、元軍事施設…アダプター2と仮称されるその場所の足掛かりを得る為、彼らは十数年放置された区域へと、侵攻を開始するのだった。
『……タイチョー! 前方瓦礫片影、丙型タタリギ、残り2!』
「了解だ」
ローレッタの緊迫した声が斑鳩の左耳に装着するインカムを震わせると、直後瓦礫片から二つの影が躍り出る。乱れた頭髪に、今は見る陰も無いヤドリギの式制服。一体は右手に撃牙を。もう一体は両手にマスケット銃を抱えている。
どす黒く変色した肌に、虚ろな黒い瞳……元人間だったとは到底思えない姿形……それは、タタリギへと堕ちてしまったヤドリギの成れの果て。
丙型タタリギと呼ばれる個体だ。
斑鳩は即座に相手の獲物を見てとると、翻す様に後ろに飛び退り手頃な瓦礫へと身を隠す。
「アール!」
『了解』
パシュッ……
身を隠すと同時にインカムに向かって一声、すぐさま返ってくる少女の声と同時。
二体のタタリギの左脇から、乾いた音と共に一本のワイヤーが飛来する。
――ぎゅらあッ
左手より彼女――アールが撃ち出したのは、新兵装……グラウンド・アンカー。
先端に備えられた返しの着いた矢じり状のフックの重みを上手く利用し弧を描く様にワイヤーを操ると、銃を手にした丙型タタリギの一体の身体に巻き付け、見事に銃もろとも拘束せしめる。
『んっ……』
拘束を確認した彼女は、手元に繋がれたアンカーのトリガーを引く。
一気に巻き取られるグラウンド・アンカーのワイヤーにたまらず、丙型は地面へと勢い良く叩き伏せられた。
「……よし!」
銃を持つ丙型の無力化を確認した斑鳩は、瓦礫から勢いよく飛び出る。
「ハアアアァ……ッ!!」
彼の姿を確認した残り一体の丙型は黒い瞳を揺らしながら威嚇するかの様に、大きく口を開き息を吐き出す様に唸る。
その対峙は時間にして僅か数秒――仕掛けたのは斑鳩だった。
前に倒れ込む様にゆっくりと身を沈めた次の瞬間、彼は地面を蹴り付けまさに獣の如く丙型へと駆け出した。その凄まじいスピードと迫力にも関わらず、相対する丙型は臆する様子も見せず、右手に纏った撃牙をハンマーの様に振りかぶると……懐に入らんとする斑鳩の頭部めがけて勢い良く振り下ろした。
ぎゅどっ……!
だが、落ち着いた様子の斑鳩はその右手を、自らの撃牙――いや、フリッツにより螺旋撃牙へと改装されたそれの先端を合わせるように受け止める。
装填状態の螺旋撃牙の杭先端が、振り下ろされた丙型の撃牙もろとも腕を貫通していた。
「……!!!!」
それは声にならない悲鳴なのか、それともこれから始まろうとする戦いへの咆哮を、あるいは上げようとしたのか。丙型は、破壊された右腕をものともせず開いた左手を斑鳩の頭部へと振り下ろさんと、上体を逸らしたその瞬間。
振りかぶられた左手が届く前に斑鳩は、受け止めた丙型の右手ごと相手の首元に向かってその拳を突き上げつつ螺旋撃牙のトリガーを引き抜いた。
ガッ……ギュアアァアアアッッッ!!!
撃ち抜かれた螺旋状の牙に、丙型の右手は装着した撃牙ごとねじ切れると宙を舞い――
その撃ち出された牙の先端は、さらに正面から頸椎を撃ち抜き、吹き飛ばす。
斑鳩が丙型とすれ違う様な一瞬の攻防を制すと、ほぼ同時。
白髪をたなびかせ、身を翻すように瓦礫片を飛び越え現れた少女――。
アールは拘束され地面へと伏せられていた、傍らのもう一体の丙型に着地と同時、地面ごと撃牙で頸椎を撃ち抜き、止めを刺した。
「……斑鳩、怪我はない?」
彼女は撃牙を地面と丙型から引き抜くと、それを勢い良く一振り。
斑鳩の顔と右手をちらり、と交互に見ると声を掛ける。
「ああ、問題ない……しかしアールのそのワイヤーワーク、見習いたいな。 素直に凄い技術だ」
「アガルタで何度か使ったこと、あったから……斑鳩なら、すぐに出来るよ」
アールは既に事切れた丙型から器用にそれに触れず、手元の動きのみでフックを外すと一気に巻き取り、左手へと装着したアンカーへと巻き取る。
――この射撃アンカーを扱うセンスは、まさに式神ならでは、だな。
斑鳩はアールのその姿と技術に素直に感心する。
同時に、彼女と同じく螺旋撃牙を一振りすると、装填しながらアールに頷いて見せた。
『……狼、式神による丙型二体の沈黙を確認、周囲敵影なし! ……二人ともお見事だよ!』
インカムから伝わるローレッタの声に、斑鳩とアールは周囲を警戒しつつもやや安堵の表情を浮かべる。
「……しかし、思った以上に丙型が多いな、ここは……」
「うん。 ……これで、一昨日は四体、昨日は五体……今日はわたしたちだけで、四体、斃してる」
アールは斑鳩の言葉に白髪を揺らし、こくりと頷くと式制服の裾をぽんぽん、と叩いてみせた。
彼女の声に、ローレッタは「うん……」と少し悲し気な声を漏らす。
『破棄されて、結構時間が経ってるはずなんだけど……周辺から流れてきてる"野良"の丙型が集まってるのかな』
「……対峙した個体はどれも深度がまちまちだった。 ひょっとしたらこの先の"アダプター2"にも、例の幼樹……の様な個体が居るのかもしれないな」
『……確かに、ありえる……かも』
斑鳩の考察に、ローレッタは深くため息まじりに応える。
彼女は脳裏に一瞬前回の幼樹の件が過るが、すぐに首を何度か横に小さく振ると、気持ちを切り替えた。
「どちらにしても、まずはアダプター2への進路の確保が急務だ。 木兎での上空探査が出来ない現状、こうして足を使うしかないしな」
『そ、そうなんだよねえ……この樹らのおかげで、空からの視界はほぼ無いに等しいし……』
ローレッタは、斑鳩たちに随行させいてる木兎――ドローンのカメラを上空へと向ける。
タタリギの影響が強い為だろうか。元はどんな種類の木々だったのか、今では知る由もないが……浅黒く硬そうな、胴回り1mはあろうかという樹木の枝木が生い茂る様子が彼女の視界――N33式兵装車内、コンソールへと座るローレッタが装着するヘッドディスプレイに映し出される。
確かに、この状況下では木兎による上空から地上の偵察というのは難しいだろう。
「でも、斑鳩……みて」
徐に、アールは斑鳩をついついと左手でつつくと、後腰に備えられたウエストポーチから周辺一帯の地図を取り出す。
「今、ここの区域だから……アダプター2まで、もうすぐだと思う」
彼女が指を落としたその先は、現在地。
確かに彼女の言う通りアダプター2と描かれた場所へは、もう目と鼻の先と言ってもいい距離だ。
「……確かに、この3日でここまで進路の確認が出来ているのは上等か……。 ローレッタ、この先に飛ばしてる木兎……様子はどうだ?」
『うん、今視てるんだけど……あまりよくはないかな……』
ローレッタは索敵と経路確認の為に飛ばしているもう一機の木兎から送られてくる情報に眉間にしわを寄せながらつぶさに確認する。
彼女が操る木兎は、器用にコンソール上のキーボードとボール型の入力デバイスで操縦されながら、木々の間を駆け抜けつつその情報をローレッタの視線に写す。
『うーん、こっちのルートは難しいかも……。 タイチョーとアルちゃんが今居る場所から1km弱ところ、派手な落石あり。 このアダプター1と2を結ぶ正規の道路は、N33が通れそうにないね』
「……ざんねん」
彼女が伝える偵察の模様に、アールは少しだけ肩を竦めると斑鳩に視線を送る。
「ああ。 だがまるで無駄だったわけじゃないさ。 少なくとも丙型は処理出来たわけだしな。 ……あとは、ギルと詩絵莉の方がどうなっているか、だな……」
『そうだねえ……あのアダプター1を襲った乙型が通ってきた道……あれが通れるなら、N33も通れるだろうし』
「よし、ローレッタ。 俺とアールの両名はこれより周辺に警戒しつつ、件の乙型の進路痕跡の場所まで引き返す。 三機の木兎の采配は任せるが、こちらは手薄にしていい。 ギルと詩絵莉の支援を重点的に頼む」
『はいほー、了解! じゃあ何かあったらすぐに知らせるよ! オーバー!』
通信を終えると、斑鳩は改めて周囲を見渡した。
所々、元はタタリギに対する防衛線だった名残だろうか。
今は崩れ、瓦礫となっているコンクリート製の壁が散見されるこの道は、元々アダプター1と直下の攻略目標地点である元軍事施設、仮称アダプター2を結ぶ道だったが、今は荒れ果て見る影はない。辛うじて樹木の間を縫っているように見える、という程度だ。
それらを囲む樹木もまた、どこか普通のものではない……曲がりくねり、また絡み合うようなそれら。
斑鳩はタタリギが現れる前の自然の森、というのは資料の中でしか見た事はないが、それとは明らかに違うどこか異様な雰囲気がこの森にはある。
――自然の森……か。 ……いつか、見れる日が来るといいんだが。
斑鳩はどこかであり得ないと思いながらも、ふとそんな考えを巡らせながら……傍らのアールに視線を落とす。
すると彼女はどこか遠く……いや、視線の先は、アダプター2の方向を、だろうか。
じいっと押し黙り、見上げる様に佇んでいた。
とても先程の戦闘をこなした同一人物とは思えないほど、彼女は心底ぼうっとしている様に見えるその姿に、斑鳩は声を掛ける。
「……アール?」
「あっ、うん。 どうかした、斑鳩?」
「……いや、なんでもない。 合流地点に戻ろう」
呼び声にはっとするように答えると、アールは何事も無かったように斑鳩に問い返す。
――また、"何か"を感じているのか……?
斑鳩は乙型タタリギと遭遇する直前、N33式兵装甲車内の彼女を思い出す。
あの時の彼女もまた、今のようにぼうっとしていたかと思うと突然、タタリギの挙動を感じ取っていた様な発言をした。
そしてここ数日アダプター2付近での活動中にも、こうして時たま戦闘や任務の緊張が解けた時分、心ここにあらず、とばかりにぼうっとしている姿を何度か、斑鳩たちは見ていた。
最も当の本人に聞いても「ざわざわするかんじ」だったり「じぶんでも、よくわからない」そうなのだが。
元軍事施設、アダプター2……。
放棄されてからかなりの年数が経つ、今や人類の拠点に一番近いタタリギのコロニーと化している。
まさに鬼が出るか蛇が出るか。彼女が何かを感じるほどの存在が、そこには居る……と見ていいのかもしれない。
そんな斑鳩の心配を知ってか知らずか。彼女は地面をつま先でとんとん、と鳴らすと、彼に「ん?」と首を傾げてみせる。
――今考えても仕方がない事……か。斑鳩は馳せる思いと一旦距離を置き、アールに浅く頷く。
そうして二人は踵を返し。元来た道を、急ぎ駆け戻るのだった。
斑鳩たちY028部隊が本拠点である第13A.R.K.を出立し、はや三日が過ぎようとしていた。
彼らがアダプター1へと無事到着したその同日――。
同じくこの拠点へ駐在し、第13A.R.K.からの物資の搬入や運搬、他の雑務を担う回収班、そしてその彼らの護衛……加えて有事の際、アダプター1を守る戦力でもあるY036部隊と綿密な打ち合わせを行うと、直下攻略目標地点である元軍事施設……通称、アダプター2の奪還に向けてさっそく行動を開始した。
まずは、アダプター2への経路の確保である。
かの地へ至る道路は一応存在こそしていたものの、今は利用する者は当然居ないためもはや道路と呼べる代物ではない状態だったのは、説明するまでもない。しかし部隊の運用には当然、式兵装甲車が必要になってくる。それは作戦場所までの移動の手段の確保、兵装や物資の運搬は当然ながら、部隊作戦行動に必要な式梟を運用する為のコンソール室そのものという点も大きい。
式梟がサポート可能な距離はそう遠くない。
加えて作戦行動時に必要なドローン、木兎の存在。これら全てを有効的に運用する為には、梟の活動を支援出来る距離まで当然、式兵装甲車を乗り付ける必要があるのだ。
その為にまず彼らは、少しずつ戦線を上げるように……N33と随行しながら経路確保の為の進軍を行っていた。しかし、ある程度の荒れ地ならば走破出来る作りになっている装甲車と言えど、限度はある。
その障害物は当然瓦礫片であったり、倒れた樹木であったり様々であるが……当然、一番の脅威はタタリギそのものとの遭遇だ。
想定よりも多いとは言え、幸い今のところ散見的な丙型との会敵のみで、前回の作戦で相対したような大型タタリギとは今のところ遭遇してはいない。
しかし深度も様々ながら、新兵装であるグラウンド・アンカーや螺旋撃牙……加えるなら今作戦に対する緊張感と使命感を纏う彼らにとって、それはさしたる脅威ではなかった。
そうして進軍を開始して戦線をある程度上げてはアダプター1へ帰還を繰り返しながらの三日。
ついにアダプター2手前に広がる周囲を山岳に囲まれた森林地帯へと到達したのだ。
この森を抜ければ、目的の場所……今回の調査、及び奪還目標である場所へとたどり着く。
だが、タタリギの影響からだろうか。
見た事もない様な異様な樹木で構成された、いびつな森林の中の進軍は困難を極めていた。
しかしそんな中。前作戦で下した戦車型タタリギ、乙型壱種がアダプター1へ向かう為に通ったであろう履帯後を、斑鳩たちは発見する。
そこで視界と足場が悪そうなルートでの遭遇戦に備え斑鳩とアールの両名は正規の道路があったルートを探索。
タタリギではあるが、いわば戦車が通った後……それなりに開けた道であるその履帯後のルートを、感覚と視覚に優れる詩絵莉、それをバックアップする形でギルが探索に向かっていたのだった。
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『という訳で、タイチョーとアルちゃんの方は合流地点に今戻ってきてる最中だよ。 正規のルートは私たちの部隊じゃあの落石を撤去するのは難しいと思う』
「了解よ、ロール。 ……てことはやっぱり、この乙型が通ったルートが……アダプター2への侵入経路になりそうね」
インカムから斑鳩たちの状況を聞くと、詩絵莉は大きく頷く。
その横では、ギルが周囲に警戒を払いつつ、単眼望遠鏡でアダプター2の方角を睨め付けながら彼女たちとのやり取りを聞いていた。
「ロール、斑鳩たちと直接通話はまだ難しいかしら?」
『ごめんねシェリーちゃん、普段通り木兎に通信中継させたいんだけど……どうしてもこの森の中だと、いい位置取りが出来ないの』
「ああ、気にしないで大丈夫だよ、ロール。 こっちこそ無茶言ってごめんね」
詩絵莉は静かにローターを回転させながら浮かぶ真っ黒い木兎のカメラに向かってパタパタと手を振ってみせる。
各隊員を繋ぐ通信の中継も担う木兎だが、まさに今回の様な、各機が止む負えず距離を置く状況に弱いのだ。
脇でギルは単眼望遠鏡を持つ右手を下ろすと、インカムへと左手を添えた。
「キサヌキ、イカルガに伝えてくれ。 アダプター2への経路は確認出来た、ってな」
その言葉に、ローレッタが操る木兎の一機がギルと同じ視線の高さへと舞い寄る。
カメラがピントの調節をしているのだろう。小さく軽快な機械音をならし、ギルが指差すその方角を向く。
『……了解、ギルやん。 今3号ちゃんでも確認が取れたよ。 アダプター2を囲う防壁に、大きな穴……。 今のところはタタリギの姿は見えないね』
「ああ。 知っての通り斑鳩たちと別れた後、ここまでも2体程丙型と会敵しただけだ……逆に、なんとも不気味だぜ……」
ギルはそう言いながら、再び単眼望遠鏡を覗き込む。
詩絵莉も手にした銃はそのままに、ギルと木兎の脇へとしゃがみこむと、遠くを見抜くように視線に意識を集中させる。
その瞳に映るのは、ローレッタが言う通り壁面に開いた巨大な穴――。
開いた穴のサイズは、N33式兵装甲車も悠々と進入出来る程だとすぐに見てとれた。
「確かに、不気味な程静か……ね」
「ああ、ここまで来るのに乙型の影一つすら見てねえのはなんともな……」
呟く詩絵莉に、ギルは単眼望遠鏡を胸元にしまい込みながらぼやいてみせる。
『タイチョーに木兎を一機突っ込ませて内情偵察する案も提案したんだけど、何がきっかけで大規模な戦闘になるか分からないから、マズいからやめようって』
ローレッタを通じた斑鳩の報告に、ギルと詩絵莉は納得する様に「そうだな」「わかったわ」と返事を返す。
斑鳩たちと別れた後、履帯後を慎重に進軍していたギルと詩絵莉。
直後、二体の丙型タタリギと遭遇するも、ギルはフリッツが見事に仕上げた螺旋撃牙を以て、速攻によりこれを難なく撃破する。
その後、緩やかにカーブを描く履帯後を慎重に進む彼らの前に突如……それこそあっけない程あっさりと、あの壁面に開いた大穴を発見するに至ったのだった。
『シェリーちゃん、ギルやん。 タイチョーたちが相互通信可能なエリアに入ったよ』
『……こちら式狼、斑鳩。 状況はローレッタから聞いた……進入経路の確認が出来たなら、上出来だ。 一度アダプター1へと帰投しよう』
『えっと、こちらアール。 ふたりとも、おつかれさま。 今、合流地点へ向かっているところだよ』
思いの外早く通信可能となった斑鳩とアールの声に、ギルと詩絵莉は安堵の表情を浮かべると同時に言葉を返す。
「こちらギル。 了解だ、色々思うところはあるが……合流してから話すぜ」
「同じく式隼泉妻、了解。 現状周囲に敵影もない模様……合流地点へと急ぐわ」
二人は周囲を警戒する様に立ち上がりながら、インカムに言葉を送った。
『了解だ。 ローレッタ、合流地点でのピックアップを頼む』
『式梟、りょっかい! 合流地点まで所要時間、約8分……一応タイチョーとアルちゃん、ギルやんとシェリーちゃんにそれぞれ一機木兎、付けておくね』
『うん。 ローレッタ、ありがと』
一通り通信を終えると、詩絵莉はサイドポーチから水が入った水筒を取り出すと、一口。
飲み終え駆け出す詩絵莉に、ギルも同じく並走する。
「……今回の作戦、まだ一発も撃ってないから、なんだかあたしお荷物な感じがするわね……」
「なーに言ってんだよ、シエリ。 ルート確認の為の偵察任務みてえなモンなんだぜ……お前の武器は、その銃だけじゃねえだろ」
言いながら、ギルは「これだよ、これ」と自分の眼を右手で指差した。
「ギルに正論言われるとなんかハラ立つわね」
「なんだそりゃ!……っつってもまぁ、気持ちは分からんでもねえよ。撃てば銃声で色々呼び寄せる危険性あるしな……」
Y035部隊の様に、回収班付きの護衛部隊に隼が少ない理由の一つもこれだ。
今回の様な斥候や、偵察任務ではその銃声が命取りになる可能性も十二分に考えられる。
本来、こうした任務は別動隊が行うのだが……なにぶん、現状第13A.R.K.、そしてこの南東区域攻略にあたっては深刻な人手不足、とも言える。
むしろ仮拠点であるアダプター1に対する防衛戦力があるぶん幾分ましである、とも言えるが。
「……そう言えばフリッツがお前に向けに何か武器を作る、とか言ってたな」
「そうね。 いっそのこと弓と矢でも作ってもらおうかしら。 それなら音を気にせず撃てるのに」
そう言うと詩絵莉は弓を構え、矢を放つ様子を身振り手振りでしてみせる。
「ま、でも弓とか矢があっても、タタリギに有効な威力に達する様には、あたしの力じゃ引けはしないだろうけどね」
「しかしよ、アダプター1に到着してずっとあいつ、籠って作業してるだろ。 期待していいんじゃねえか? なんつったってこの螺旋撃牙を作ったヤツ、だからな。 期待出来るぜ」
右手に装着された螺旋撃牙を奔りながらもぽんぽん、と手の甲で叩いて見せるギル。
事実、斑鳩も使うこのフリッツ謹製の螺旋撃牙は凄まじい威力と性能を持つ。それを使う彼がフリッツを推さない理由もないだろう。
詩絵莉は「ま、そうね」と螺旋撃牙を一瞥すると、あの地下でのやり取り……アーリーンと呼ばれたときの事を連鎖的に思い出し、首をぶんぶん、と横に振った。
「どうかしたか?」
「な、何でもないわよ……まあ、フリッツには、はぁ、はぁ、期待してる気持ちあるっ……んだけどね。 やっぱり使い慣れた武器があたしには一番だし……って、あ、み、見て」
履帯後に残る瓦礫片や小さな枝を飛び越しつつ、やや息を切らしながら走り抜けたその先。
その出口には既にN33式兵装甲車……そしてそれを護衛する様に警戒を行う斑鳩とアールの姿が目に映った。
「よお、すまねえ……また待たせちまったか?」
「はあ、はあ。 暁、お疲れ様……」
「よし、ギルも詩絵莉も無事だな……皆、N33へ。 報告はアダプター1への帰路で改めて聞かせてくれ」
『了解』
二人は装甲車後部、ローレッタの操作で開きゆく扉に、同じく迫り出すタラップに足を掛けるとすぐに乗り込んだ。
斑鳩はそれを確認すると……やはり、先ほどと同じくややぼんやりとアダプター2の方面を眺める彼女に声を掛ける。
「……アール、行くぞ?」
「……うん、すぐに乗る」
アールは斑鳩に向き直ると、一つ頷いて見せる。
彼女のその姿を確認すると、斑鳩はタラップへと足を掛け、車内へと乗り込んだ。
彼に続こうと、車両後部へと小走りに駆けるアールだったが、タラップに足を掛ける直前。
今一度、アダプター2へと振り返る。
「……このざわざわ、前より……大きい。 やっぱり――居る、のかな」
誰に言うでもなく、彼女はそう呟くと……ぐ、と拳を握り込み――ため息一つ。
その俯いた表情、瞳に宿す思いを誰にも悟られぬように……
アダプター1へ帰投する車内へと軽快に乗り込むのだった。
…………――――第7話 この力、誰が為に。 (2)へと続く。