第6話 エピローグ
アダプター1へと、彼らは往く―。
それぞれ過ごした、僅かな休息の時間を、胸に。
「すっかり慣れた道のりになっちまった気がするな」
揺れるN33式兵装甲車の車内。
ギルは小さなのぞき窓から左舷を確認しながら、誰に言うでもなくそう呟いた。
作戦会議室でアダプター1を拠点とした南東区域侵攻作戦会議の後。
彼らY028部隊は物資や兵装の搬入を終えた後、僅かな時間を経て第13A.R.K.から出向した。
「……そうだな、これでアダプター1へ向かうのは三度目か」
斑鳩は左手に装着したグラウンド・アンカーをいじりながら、視線をそのままに答える。
「にしてもよ。 ミルワード代行も言ってたが、南東区域は完全に未知の領域なんだろ? 流石にちと不安だな」
「取り敢えず第一目標に設定されている、アダプター1から南東へ下った先にある元軍事施設……まだ"A.R.K."の名を付けられる前の拠点跡……か。 今はタタリギの巣窟になっている可能性が高い」
「ぞっとしねえな」
作戦会議で通達された内容はこうだ。
Y028部隊は、アダプター1から南東へと攻略を開始。主な任務は南東区域の現状の把握、斥候、そしてタタリギと遭遇した場合は可能な場合これを撃破しつつ、まずは十数年前に破棄された軍事施設への到達が第一目標。
補給が必要になった際や、不慮の場合は無理せずにアダプター1へと帰投し、支援と補給、休息を受ける事。
斑鳩たちが不在時のアダプター1の防衛はマルセル率いるY036部隊が担当し、必要に応じて第13A.R.K.からの物資の搬入などを行う手筈に。加えて、これを機にアダプター1を新たなA.R.K.へと改修する為に折りを見ながら設備の増設なども行う予定になっている。
……最も、斑鳩たちY028部隊が戦線を上げる事に成功し、尚且つタタリギの襲撃などが頻繁に起こらなければ、という全てが不確定要素を孕んだ事柄ではあるが。それでもこうして、最前線である第13A.R.K.からの人類の陣地を新たに広げるこの作戦は、にわかにA.R.K.内でも期待される作戦でもある。
「でも……留守中、ああいや僕は滞在する事になるアダプター1だけど……防衛力は大丈夫なのかな。 こう言っちゃなんだけど、整備士として随行してるとは言え……少し怖いな、A.R.K.の外は……」
斑鳩の正面で、揺れる車内にも関わらず器用に螺旋撃牙の整備を行いながらフリッツはため息をつく。
「大丈夫だよ。 マルセルたち、きっと強い……と思う」
斑鳩の隣にちょこんと座るアールがフリッツに小さく頷く。
「ああ。 彼らの事はあの後司令代行と立ち話ながら聞いたんだが、この護衛に付くまではY005部隊に在籍していたらしい。式隼のマルセル……式狼の五葉つかさ。どちらもこと戦闘において、優秀な人物らしいな」
「……おお、一桁部隊かよ……通りで面識がねえと思ったぜ。エリートじゃねえか」
ギルは斑鳩の言葉に目を丸くして感嘆の声を上げる。
部隊に付与される数字……斑鳩たちならば、028。この数字は基本的にA.R.K.に在籍する部隊の種別によって分類される。
Y030番台は、主に回収班の護衛や拠点防衛を担う。
Y020番台は、遊撃部隊。作戦に応じて、独立部隊行動や、他部隊の戦力補強を旨とするもの。
Y010番台は、A.R.K.主力部隊として、大規模作戦や侵攻作戦などに当たる。
そしてY001~Y009の番号を振られた部隊は、A.R.K.内でも優秀な成績を収める隊員によって構成されたエリート部隊だ。
内外地で優秀な成績を収めた人員を集めた少数精鋭で構成されるその部隊は、同じく少数人員の斑鳩たちとは違い他の部隊を統率する役目を担う。
いわば、部隊を統率する優秀な隊員で構成されたまさにエリートたち、なのである。
「五葉、っていうヒトはよくわからないけど……マルセルっていうヒトは、強そうだったから、きっとだいじょうぶ」
「最前線の第13A.R.K.で一桁部隊を経験している人物……か……。 でも今第14A.R.K.奪還作戦で忙しいだろうに、よくこっちの作戦に参加してくれたね。 ありがたいことだけどさ」
アールの言葉にフリッツは変わらず螺旋撃牙に工具を差し込みつつ、首を傾げる。
「第035部隊を始めとする護衛部隊は、他の部隊に従事した後に前線から色んな理由で一歩身を引いた隊員が移籍するケースが多いんだ。 マルセルはドーヴィン隊長と旧知の仲と言ってたからな。 元同じ部隊の仲間だったのかもしれないな」
「ドーヴィン隊長……前作戦の回収班護衛に付いていた部隊長か……」
斑鳩の補足に、フリッツは「なるほど」と頷く。
「まあ何にせよ、アダプター1防衛の任には有り余る実力者ってやつだな」
「司令代行も気に病んでいたが、まさかあれ程の被害が出るとは想定していなかったんだろう。 経緯はどうあれ、アダプター1防衛に信頼できる実力者を置いて貰えるのはこちらとしても何よりだな」
「ああ、気兼ねなくお仕事に出向けるってもんだぜ」
そう言うと、ギルは再びのぞき窓から荒廃した景色が流れ往く外へと視線を向ける。
「斑鳩」
アールについつい、と右手をつつかれ、斑鳩は彼女に首を向ける。
「ローレッタ、だいじょうぶかな?」
彼女は少し首を傾げながら、斑鳩にそう問った。
あの"幼樹"の一件、状況的に木兎での発見は難しかったとはいえ、やはりローレッタが受けたショックは大きかったのだろう。平静を保ち、アガルタからの兵装に話題が移った後も、やはり彼女はどこか上の空と言った雰囲気だったのはアールでも感じる事が出来た。
「大丈夫さ。 ローレッタは人一倍責任感が強い……式梟という立場からも、そうあるんだろうけどな」
「あの指令室での話の後によ、あいつ一人でどっか行ってただろ? どうしても寄っておきたいところがある、とか言ってよ。 どこ行ってたか知らねえけど、それから帰ってきて……ちっとはすっきりした顔になってたと思うぜ」
斑鳩とギルの言葉に、アールはうんうん、と頷く。
確かにあの作戦司令室での会議を終え、物資の搬入を行う際にローレッタは皆に一言断ると、返事も聞かずに一人姿を消していた。
「ギル、ローレッタのことよく見てる」
「ば、ばっか、そ、そんなんじゃねえよ!?」
アールが無表情で放つその言葉に「はぁ!?」と声裏返らせそう答えると、すぐにため息を一つ付く。
「……なんつうかよ。まあ、キサヌキはなんだ……普段通り能天気なしゃべりしてる方が、こっちとしても落ち着くんだよ。 そうだろ?落ち込んで、畏まって話すあいつ見てるとよ、どうにも調子が出ねえっつうかな」
頭を片手でがしがしと掻きむしりながらそう言うギルを見て、斑鳩は少し噴き出す。
「前までローレッタのあの喋り方、何とかならないかと愚痴ってたギルとは思えないな」
「お、お前までからかうんじゃねえよ!……いや、まあそのなんだ……とにかくだ。 何して来たのかは知らねえけど、大丈夫じゃねえかな」
言うとギルはふん、と強く鼻息を鳴らすとアールの正面、フリッツの隣にどっかと乱暴に腰を下ろす。
その衝撃がシートを揺らし、フリッツは手に持つ工具を思わず取りこぼしそうになると、「おっとっと」と少し慌ててみせた。
「まあ、ローレッタがどこへ行ったのかはおおよそ予想は付くが……あえて俺たちがクチを挟む事でもないだろう」
「……うん、そうだね」
ギルは斑鳩の目配せに頷くアール、二人を見ながら疑問の表情を浮かべて見せるが、すぐに「ま、あいつの事だから大丈夫だろ」と一人納得したように何度か頷き、ふと思い出した様に口を開く。
「そう言えばあの搬入の時間、俺もコーデリアに出立伝える為に会って来たんだけどよ。 例のパイ、預かってきてるぜ」
その言葉に、アールは目をキラキラとさせた。
「コーデリアのパイ……うまいやつ。 あとで食べるの?」
「おおよ。 とりあえず第一目標達成したら、だな。 冷えちまっても温めなおせば美味いからな、あのパイはよ」
「……うん、楽しみ。 ね、斑鳩」
アールは僅かながら笑みを浮かべて、斑鳩に視線を向ける。
彼女のその表情に少し驚いたが、「ああ、あれは勝利の味だからな」と斑鳩も微笑み返した。
「それ、僕も頂けるのかな……?」
おずおずと言葉を挟むフリッツにギルは、腕組みをしつつ「うむ」と頷く。
「焼き立てを降る前ないのが残念、とうちの妹が言ってたけどな。 ま、自慢の味ってやつよ、楽しみにしとけよな」
「それはありがたい……! なにせこっちに来てから思い返せばレーションしか食べてないんだ。 他の整備士の人と顔を合わせるのもアレで、食堂にすら殆ど寄り付かなかったからね……。 よし、僕も皆と勝利の味を楽しめるように、ギルバート君のぶんの螺旋撃牙もちゃんと仕上げてみせるよ」
「他人行儀だなぁおい、ギルでいいぜ、ギルで」
「……わたしも、アールでいいよ」
和気あいあいと話す彼らを見て、斑鳩も少し口元を緩めるのだった。
これから始まるアダプター1を拠点とした南東区域攻略作戦に、不安要素が無いわけではない。
新たな拠点拡張、十数年放置されていた区域への少数部隊による侵攻。
出立前にヴィルドレッド局長と交わした言葉が、斑鳩の脳裏によぎる。
『斑鳩……南東区域攻略、式神の事を含めて、お前たちだけに重荷を背負わせる様な事をしてすまないな』
『いえ、俺たちは適任だと思っています。 アールの事も含めて、そう今は』
『ああ。 そう言って貰えるならば、ありがたい、が……斑鳩。 拠点に座したままの俺が言うと無責任な言葉となるかもしれんが……死ぬなよ。 南東区域はまさに未知の領域だ。 お前たちの実力を軽んじるつもりは無いが、アール……あの式神を加えたとはいえ、な。 いいか、決して無茶はするな。 わかったな』
『……了解です』
……無茶はするな、か。
斑鳩は、横に座るアールにちらりと目を向ける。
揺れる銀髪に、大きな紅い瞳。式神の少女、アール……。
十数年放棄されていた区域への侵攻……それが始まると同時に現れた、人類がタタリギへ対抗する新たなカードだという、この彼女の配属。加えてアガルタからの最新兵装の支給。タイミングが良かったとみるべきか、それとも……?
しかし憂慮したところで始まらない。
新たな人類の切り札とされる式兵、式神の投入。加えてアガルタから配備された最新兵装。南東区域攻略に向けて、これ以上無い布陣ではあるとも言える。他の部隊には出来ない事……いや、自分たちY028部隊にしかこの役割は担えない。
斑鳩自らが想定する"少数精鋭部隊"は、アールを迎えた事でより、理想へと近づいた。
これが、どこまで通用するか……可能性を確かなものと感じる事が出来るかどうか……まさに、鬼が出るか蛇が出るか、だ。
何にせよ、往くしかない。
斑鳩はこれから始まる作戦を前に、誰に向けてでもなく……小さく頷くのだった。
・
・・
・・・
「え、じゃあクリフに会ってきたの?」
時を同じくして、N33式兵装甲車前方、運転席とその助手席。
ローレッタが物資搬入中に開いた僅かな時間に会って来た人物の名に、詩絵莉は少し驚いた様に彼女を見た。
「驚いた、ロールって意外と積極的なのね」
「ち、違うよ!?そ、そんなんじゃないってば!」
ややからかうような口調でにやりとしてみせる詩絵莉に、ローレッタは運転中のハンドルを握る手に力を込めて否定する。
その様子を見て、詩絵莉は少し喜ぶようにはにかむと、すぐに真面目な表情を浮かべた。
「冗談よ、冗談。 ……見つけれなかった、"幼樹"の事ね」
「もう、シェリーちゃんったら……。 ……うん、そうなんだ」
ローレッタは装甲車の狭い窓から見える景色を見つめたまま、静かに頷く。
「司令代行や、タイチョー……あの、マルセルって人が言う様に、確かに木兎じゃあ発見は難しかったかもしれいない……けどね。 もっとちゃんと私が視れてたら、痕跡は見つけれてたかもしれない。 そう思うと、どうしても」
「真面目ね。ロールのそういうところ、あたし好きよ」
詩絵莉は同じく、狭い窓から流れ往くアダプター1へ向かう景色を眼に映しつつ、彼女の言葉に頷いてみせる。
「……もし、見つけれてたら。クリフは……クリフたちの部隊は、ああはならなかったかもしれない。 どうしても、そう考えちゃって」
「それで、クリフは何て言ってたの?」
ローレッタは少し押し黙ると、へら、と表情を崩す。
「……怒られちゃった、逆に」
詩絵莉はその彼女の横顔を見ると、苦笑してみせる。
「……怒られた? 見つけれなかった事、に?」
「ううん、そうじゃなくてね」
ふう、とため息をひとつ。ローレッタはハンドルに置いた手はそのまま、「んー」とシートに預けた背を伸ばす。
「シェリーちゃんも知ってる通り……私、みんなと組む前に居た部隊でも木兎の情報見落としちゃって。 部隊にすごく迷惑……というか、うん、迷惑っていう言葉じゃ足りないくらい、損害出した事……また、同じことしちゃったって思ってて。 でもクリフは違うって」
ローレッタがたどたどしく口にする想いを、詩絵莉は静かに聞いていた。
「……私たち梟は、確かに皆の目であり、耳である事が仕事なのは間違いないんだけど……お前はどこまで自分が万能だと思ってるんだ! そんな事で悩める程、俺は自分の能力を過信したことはないぞ!……って」
それを聞いて、詩絵莉は「よかったあ」とぷふぅー、と息を吐き出す。
「もしクリフが、あの"幼樹"とかいうのを発見出来なかった事に対して怒ってたとかだったら……今すぐ箱舟に引き返して銃床で、思いっきりブン殴ってやらなきゃだもの」
「も、もぉシェリーちゃんてば」
「……冗談じゃなくね」
ふふ、とローレッタに笑ってみせる詩絵莉。
「……でも、クリフの言う通りよ。 ロール、私たちは確かに式兵として能力を持ってる。 でも、彼が言う通り万能なんかじゃない……怪我だってするし、的を外す事もある……そして、簡単に死ぬ事だって、あるのよ」
「……うん」
「ロールは……式梟としてすっごく優秀で。 多分、優秀であるからこその負い目みたいなのもあるんだと思うケドさ。 ほら、これくらい当たり前、出来ないと、みたいなヤツ」
――しぇ、シェリーちゃんは本当にズバズバ物事を言う人だなあ。でも、そう言うところが……本当に嬉しいな。
ローレッタは彼女の言葉に頷く。
いや、普段なら、別の誰かから言われたなら、優秀だからこそ、なんて言われ方をするなら謙遜するだろう。
だが、彼女……詩絵莉の言葉には本当に裏表がないのだ。彼女はそう思うから、そう言う。
そう言えばいつか斑鳩に、詩絵莉どんな人かと聞いたとき……彼女はまさに弾丸みたいなやつだよ、そう笑ながら言った。
あれは……出会った当時の事だったか。その言葉を聞いて、少し恐ろしくもあったけど、不器用ながら真っ直ぐな彼女の言葉は今では素直に受け入れることが出来ている自分……いや、部隊の仲間が居る。ローレッタはその事が、とても嬉しかった。
「優秀だから、なんてそんな期待勝手にさせとけばいいの。 それに全て応えようとしてたら、必ずどこかで綻びが出るもの。 あたしが言わなくても、ロールなら解かってると思うケドね。 ロールの梟としての仕事にケチなんて、あたしたちが付けさせない……だから、もっと胸を張って」
詩絵莉はそう言うと、右拳をローレッタの左肩にぽん、と添える。
「うん、ありがとう……シェリーちゃん。 うん、クリフと梟同士、腹を割って話てきたし……あれ?いや、お説教されただけかもしれないけど……でももう、平気!」
「当然よ。 改善出来るミスがあったら、それはちゃんと言うわ。 あ、勿論あたしたちもそうだよ、駄目なところ、いつも視てくれてるロールが一番把握してくれてると思うし。 何かあったらいつでも言って欲しい!」
二人は、満面の笑みを浮かべて笑いあう。
「それじゃあシェリーちゃん、早速気になる事があるんだけどね」
「ん、何かある? すぐに改善出来る事だといいんだけど……」
ローレッタはひとしきり笑ったあと、「うん」と区切りを付けて詩絵莉を横目で見やる。
「タイチョーとのご関係は、この朝……進展しましたか?」
「ぶふぉッ!」
彼女の思わぬ攻撃に、詩絵莉は盛大に噴き出した。
「なななな、なあああにを言いだすのかこのコはーッ!?」
詩絵莉は慌てて、斑鳩たちが居る後部座席へ会話を繋げるマイクの電源がオフになっている事を確認する。
彼女にとって幸いにも、最初から後部座席との会話は繋げられてなかったようだ。その事にあからさまに安堵する詩絵莉。
その様子に、ローレッタは思わずにやにやと口元を緩めてしまう。
「ばばば、バカな事言わないでよもう!!……あき、暁とはそんなんじゃないってば……」
「ンフフ、シェリーちゃん可愛いんだから……!」
口元を手で拭いながら「ふん」と目を閉じる彼女を見て、さらに、にやにやが止まらないローレッタ。
そんな彼女を薄目を開いてちらりと確認すると、詩絵莉は諦めた様に、ふう……と重いため息を付くとどこか寂しそうに口を開いた。
「あいつとは……そういうのじゃないの、本当に。 暁は……最初から、ずっと遠くを見てる感じがする。 ……どこを視てるのかあたしには分からないケド……ずっとね。 この先も、きっとそう……だからあたしは……別に……そういうのじゃないってば……」
「シェリーちゃん……ううぅ、不憫な子だよう!!」
「ばっ……! だ、だからちーがーうーッて言ってるでしょ! もう……元気になった途端にこのコは!!」
詩絵莉はそう言うと、運転するローレッタの左頬をぎゅっとつまむ。
ローレッタはどこか嬉しそうに「あひへへへ」と笑うと、同時に装甲車前方の小さな窓から見える景色にはっとする。
「へりぃーちゃん、へりぃーちゃん! まへ、まへ!」
「……ん?」
彼女の頬をつまんだまま、促されるまま詩絵莉は同じく窓の外、前方の景色に目を移す。
そこには、緩やかな丘陵のふもと……三度目となるアダプター1が、遠巻きに装甲車の小さな窓から見てとれた。
隼である詩絵莉の眼には、古い給水塔の麓に以前には無かった、新たに設営された数機のコンテナハウスも写る。
「……いよいよね」
「……うん」
ローレッタの左頬から指を放すと、二人は小さく頷く。
同時に、ローレッタは車両後部へと会話を繋げるスピーカーのスイッチをぱちん、と弾く。
「タイチョー、皆! アダプター1、見えてきたよ!」
「視界良好……目的地の給水塔直下に設営されたコンテナハウス、及びY036部隊の装甲車も確認出来るわ」
マイクに向かって、二人は状況を伝える。
直ぐに斑鳩の声が返ってきた。
『了解した、後方及び左右にタタリギの敵影無し。 一応瓦礫帯を抜けるまでは警戒しつつ、このままアダプター1へ進入してくれ』
「式梟、了解! 減速前進しつつ、木兎2機を展開後、目的地へ。 同時に、Y036部隊へと通信繋げます!」
『了解だ』
軽快に様々な計器に灯をともしつつ、木兎からの画像をリンクさせる、いつもの大型のヘッドマウントディスプレイを上部から取り出すと、ローレッタはそれに顔を埋める様に装着した。その横で、詩絵莉は前方を隼の眼でつぶさに偵察を開始する。
車両後部では、斑鳩を始めとしたギル、アール、フリッツの四人が降車に向けて準備を行う。
これから始まる南東区域へ向けた作戦に、六人はそれぞれの思惑を胸に、緊張感を漂わせる。
降車の準備が一通り終わると、斑鳩は皆に向けて言葉を切った。
「……皆、遂に南東区域攻略作戦が始まる。ヴィルドレッド局長からの直々の命令を、一つ拝してきた。 "死ぬな"、だ。 分かっていると思うが、俺たちヤドリギは戦い、死ぬ事も仕事のうちに入っている。 それでもなお、局長は俺たちに"死ぬな"と命令を出した。 南東区域は未知の領域だ、危険なのは言うまでもない上で、だ」
その言葉に、部隊の皆は黙って耳を傾ける。
「……だからこそ、往こう。 このY028部隊の皆となら、楽観ではなく……死ぬ事なく、任を遂げられると俺は信じている。 この部隊の、俺たちの可能性の先にあるものを確かめに往こう。 ……厳しい戦いになるかもしれないが、皆……改めて宜しく頼む」
『了解!』
彼の言葉に、ギルバート、ローレッタ、詩絵莉、フリッツは力強く応える。
だが、そんな中で一人。
紅い瞳に何を写しているのか……その言葉に応えなかったアールは一人。
まるで何かを、予見するように。
斑鳩を、どこか遠い目で見つめていた――。
…………―――――――――第6話 アダプター1へ向けて ――終――